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第16話

 僕たちは横浜の裏道を抜けて、西へ西へとゼファーを走らせる。


 その途中、僕達は二十四時間営業のスーパーを見つけ、そこでもう少し、食料を買いたしておくことにした。

ガソリン代も考えると贅沢はできないけど、僕達は簡単な調理道具は持ってきてあるので、少し工夫をすれば食べられそうなものを購入することにした。


カップヌードル二つと食パン、ベーコンを買って、ペットボトルの回収箱から二リットルのペットボトルを拾って、店の外の水道で何度も洗って水を補給し、僕の水分補給用にした。


今までの僕だったら、汚いとか、不潔とだとか考えたんだろうけど、今の僕にはもう、それほど気になるものではなかった。


その食材を、ゼファーのサドルバッグとスゥのリュックサックに詰めると、そのままゼファーに乗って夜を飛ばす。


時折吹く西からの、神の手招きのような風に向かって。


―――


朝焼けを映す、ぎらぎらとした油のような大磯の海。


 その照り返しに、僕は目を細める。


 スゥが僕のお腹に合図をしたので、僕は海沿いの無料駐車場を見つけてそこにゼファーを止める。


僕は海で固形燃料を取り出しそこに火をつけ、小さなフライパンに

そのままベーコンを焼く。


ベーコンが焼き上がると、その油を使って、今度はそこに食パンに乗せて焼き、焼き上がった食パンにベーコンを乗せて、マヨネーズをかけて食べた。


―――


 僕たちは岩陰にテントを張って仮眠を取ると、ゼファーにまたがって茅ケ崎に入る。


 茅ヶ崎市内で図書館を見つけ、いつものようにそこで、時間つぶしがてらの休憩を取る。


スゥはまた雑誌や新聞に目を通し、僕は『白鯨』の続きを読み進めた。


閉館の『蛍の光』が流れたら、僕達は茅ケ崎市内のライブハウスやクラブをしらみつぶしにして、茅ケ崎近くの砂浜に戻る。


日が昇り切る前に朝食を取った僕たちは、大きな岩陰にテントを張り、そこでしばし仮眠をとった。


※※※※※


目が覚めたころ、すでに太陽は南中高度に差し掛かろうとしている。


気が付けば、いつも僕の隣で寝息を立てているはずのスゥの姿が見えない。


体からは潮のにおいと汗のにおいが漂う。


テントを出て周囲を見渡しても、スゥの姿が見えない。


「あ、起きたんだ」


 気が付けば波打ち際から、ビキニとホットパンツ姿の女の子が僕のもとに駆け寄ってくる。


 目のやり場に困るその格好と、逆光で最初はわからなかったが、少しずつそれは姿を明らかにし、その女の子がスゥであるとようやく理解できた。


「もしかして、ずっと遊んでたの?」


「もったいないじゃん。こんなに海が、綺麗なんだからさ。よっと――」


 そういうとスゥは、僕の腕を引っ張り上げた。


「疲れてても、このまま寝るなんてもったいないし。せっかくだからさ、少し海で遊ばない?」


 スゥは、ビキニのひもを人差指で直しながら言った。


「ほら、わんこくんも」


 躊躇する僕のTシャツの裾をつかんで無理やり脱がせ、スゥは得意そうな笑顔を浮かべた。


「はい、これ」


 そういって、スゥはスプレー式の日焼け止めを僕の体に吹き付ける。


「誘っといてなんだけどさ、夏の太陽舐めると、後できついし」


 それから僕たちは、日暮れまで波打ち際で追いかけっこをしたり、足が付く場所で泳いだり、貝殻を拾ったり、思いつくまま海を堪能した。


 そういえば、僕は今まで何回、海で遊んだことがあっただろうか。


 僕の記憶の中から、それはすっぽりと抜け落ちている。


 だけど、体が覚えている。


 心のどこかに、懐かしさを感じていた。


―――


「あー、疲れた」


 遊び疲れた僕たちは、テントの近くに倒れこむように腰を下ろした。


「けど、楽しかったよ」


 寝ころべば、砂の熱さが僕の背中を焦がした。


「けど、こんなふうに遊んでていいのかな」


「そりゃあ、確かにそうなんだけど。だけどさ、こういうことがなくちゃ、人一人を日本中から探そうなんて無理じゃね? 心折れるし」


 スゥは、夕焼けの空を仰ぐようにして体を伸ばす。


「わんこくんが楽しそうに羽根を伸ばしてくれることも、うちにとっては大切なことなんじゃないかなって、そう思えてきたんだ」


 そういうとスゥは、ぐいと人伸びをして見せる。


「ウチは、自由に生きること大切さ、あの人に教えてもらったから」


 そういって、スゥは立ち上がる。


「知ってる? 海とかプールって、気が付かないうちに、めちゃくちゃ汗とかかいてんの。まあ、海の水一杯飲んだし、塩分とかは心配ないだろうけど、水は大量に飲まなくちゃね」


 水着姿のまま空のペットボトルを二つもって


「だけど今日は、塩分補給は問題なさそうだね」


砂浜をゆっくりと道路の方へ上がっていった。


―――


 その後僕たちはゼファーで海岸線を進むと公演を見つけ、Tシャツを洗って干して体を拭くと、公園の片隅にテントを立てた。


 だけど僕は、全然寝付けない。


 僕の中の熱が、僕の中から消えない。


 スゥの深くて心地よい寝息を確認した僕は、静かにテントを出た。


 テントの横で、腕立て拳立てと腹筋背筋、スクワットを行う。


 再び全身に汗が噴き出す。


 筋繊維一本一本に熱が走り、その熱で焼ききれるような感覚が走る。


 何とかメニューを終えると、今度は立ち上がって、繰り返し繰り返し、スゥの教え得てくれたコンビネーションを空に繰り出す。

心ゆくまで拳をふるった後、三十分程度公園の周囲のランニングを行い、近くにあった公園の水道水で再び汗を流した。


体中の筋肉が悲鳴を上げている。


だけどそれ以上に、言葉にしようのない何かが僕の中にこみあげているのを、僕は感じた。


倒れこむように、僕はテントに体を横たえてようやく、眠気は僕の頭に侵入し始めた。

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