朝日で夜空が大きく後退したころ、横浜に入った僕たちは、海沿いに公園を見つけて底で休憩を取ることにした。
一仕事終えたサラリーマンってきっとこういう気分なんだろうな、と勝手な想像をして僕はフルフェイスを脱ぐ。
一睡もしなかった寝不足と、初めて女性を乗せて行動を走るという緊張に、僕の肩はこきこきと鳴ったが、それは悪いものではなかった。
初めて降り立った土地、鼻をくすぐる潮の香りと解放感は、僕の胸は高ぶる。
夏の朝日はあっという間に、周囲を明るく染め始めた。
「ご飯にしようよ」
僕はサドルバックに詰め込んだ食パンとハム、マヨネーズを取り出す。
「気が利くじゃん」
僕たちはゼファーの傍らで、マヨネーズをたっぷり塗ったハムサンドにかぶりつく。
そして、持ってきたソーセージの缶詰をナイフの缶切りでこじ開け、それを二人でつまむ。
「あー、なんか、久しぶりに“食材”じゃなくて、“料理”を食べた気がする」
そういって笑うスゥの口角から、ソーセージとマヨネーズの油が垂れた。
食べながらスゥは、一リットルのペットボトルの水をがぶがぶと飲む。
「はい」
そういってスゥは、僕にその大きなペットボトルを投げ渡した。
「これからどんどん暑くなるよ。めっちゃ汗かくし。しっかり水飲んでおかないと死ぬよ? ほらその汗。ゼファーに乗ってる時だって、汗めちゃかいてんだからさ」
スゥに言われてシャツを確認すれば、僕の着ていた白いTシャツは、僕の体から染み出るような汗でじっとりと濡れて体に張り付いていた。
「とりあえず塩分はこのマヨで補給できてるから、とにかく水は飲んどき。ウチも、旅の最初のころは水分補給なめてて、しばらく体調が悪かった時があったんだ」
僕はスゥの勧めに従い、僕はペットボトルの水を勢いよく流し込んだ。
「そん時は、自転車で日本一周している大学のグループに助けてもらったんだけどさ。水分保有しないなんて死にたいのか、ってお説教されたし」
徐々に周囲の大気に熱と湿り気が混ざり始め、僕は自分自身の体の汗臭さと、渇きかけの汗が肌にべたつくことに少し不快感を覚える。
「気持ち悪いっしょ、汗。でも、そのうち慣れるよ、汗の臭いとかべたつきなんて。それにさ、そもそも、石鹸とか香水とかが発明されるまで、人間は汗臭かったんだしさ。せめてこの旅の途中には、本当の人間の姿でいてもいいんじゃね?」
そういうと、スゥは僕の手からペットボトルを取った。
「どんなきれいな服を着れるからって、それで幸せってわけじゃなくね? それでも、どうしても気になるんだったら――」
スゥは、頭から手にしたペットボトルの水をざぶざぶとかぶった。
「ほら、こうやって自分の体のやりたいようにすれば、自然は味方してくれるし」
ぷぅ、とスゥは顔を拭き、微笑みとともにペットボトルを僕に返した。
僕もスゥに倣って、頭からざぶざぶと水をかぶる。
その水は、僕の体から火照りを奪い、冷やしていった。
「いいっしょ、これ」
その言葉とともに、スゥは僕の肩にタオルをかけた。
「うん。最高、いい」
僕はスゥのタオルで、顔を拭いた。
「とりあえずさ、あそこに水道の蛇口あるから、もっとたくさん水浴びしよ。日本の一番いいところは、なんたって水がタダで手に入る所だし」
僕たちは近くにあった水道で水をペットポトルに補給しては服の上からかぶった。
「あー、最高っ」
そういうとスゥは僕の目の前で堂々とタンクトップを脱ぐ。
あまりに急なことに僕の体は固まったが、スゥはタンクトップの下に、下着代わりのビキニの水着を着ていた。
「この格好さ、いつでも自由に水浴びできるから、旅するにはめっちゃいいんだよねー」
髪をかきあげるようなしぐさに僕は何も言葉を返すことができず、おそらくは真っ赤に紅潮した頬のまま、体中をタオルで噴き上げた。
「余裕があるときは洗濯とかしてたんだけどさ、今はこれが一番楽なんだよね」
スゥはそういって、僕のTシャツと一緒にタンクトップを簡単に水洗いし、木と木の間にひもを一本通してそれをかけた。
体をタオルで噴き上げてTシャツを着替えると、体にまとわりついていた熱が、するりと抜け落ちたような爽快さを覚えた。
僕たちは歯を磨いて口をゆすぐと、僕達は木陰にテントを立てて蚊取り線香を焚き、テントの中に潜り込む。
「これから、どうするの?」
「とりあえず、夜を待つ」
そういうとスゥは、一つ背伸びをする。
「今は寝ておこう。夜んなったら、ライブハウス探すから」
「ライブハウス」
「ライブハウスとかクラブとか、そういうとこ全部探すの。生きてる限り、絶対自分自身を表現しなくちゃ生きていけない人だから」
スゥはがあくびを一つ浮かべると、それにつられて僕にも、大きなあくびが浮かぶ。
僕たちはテントのメッシュ状のカーテンを下ろすと、心地よい眠気に頭と体を委ねた。