目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第7話

「なに見てるの」


次の日にお昼休み、バイク雑誌を読みふける僕の上に不意にかけられた声。


「日南さん」


 僕は慌てて、雑誌を隠そうとする。


「私に見せられないような雑誌ってこと? もしかして、いやらしい雑誌とか?」


「違うよ。もしそんなんだったら、お昼休みの教室で堂々と開いてみてなんかできないよ」


「じゃ、見せてよ。先生に言っちゃうから。いやらしい雑誌、学校に持ち込んでるって」


 仕方なく僕が手渡すと、日南さんは無言で、ぺらぺらと雑誌をめくる。


「意外ね。こういうの読むなんて」


 日南さんの手元で、水着を着た女の人がバイクにまたがるグラビアのページが露わになった。


「別にこれが目当てで買ったわけじゃないし」


 そう言って僕は、日南さんの手から雑誌を奪った。


「別にそういう意味で言ったんじゃじゃないんだけど」


 日南さんは、あくまでもクールなスタイルを崩そうともせず言った。


「なんていうか、あなたのイメージと、上手く結びつかなかったから。なんだか、よくわからない人ね」


「よくわからない、僕が」


「まあ、あなたも言ったものね。“日南さんには、絶対わからないよ”って」


「もう忘れてよ、そのことは」


「けど本当ね。あなたも含めて、男の人って本当に、よくわからない」


 日南さんの口からついて出たのは、意外な言葉だった。


「ねえ、バイクの何に、そんなに惹かれるの」


イスを返した日南さんの体は、いつの間にか僕に向かい合っていた。


「乗ってみたい、ってこと? またがって操ってみたい、ってこと?」


 イスにまたがる日南さんのスカートの隙間に、できる限り意識が集中しないように努める。


「まあ、そいうことになるのかな」


「動かせないのに? 免許もないのに、ただ眺めているので満足できるの?」


 日南さんの微笑みは、どこかいたずらっぽく、それでいて、また僕自身の心の内を見透かしているようにも見えた。


「動かせるさ。僕にだって」


 僕の声は、自分自身が少し驚くほどの強さだった。


「キーを回してチョークを引いて、エンジンをかけて回転を上げたらチョークを戻して、エンジンがあったまってきたら、アクセルを開いていくだけ。簡単じゃないか」


 気が付けば、僕を見つめる日南さんの目が少し大きく見えた。


「ごめん、だけど、乗ろうと思えばいつだって乗れるさ」


「免許、ないのに?」


「とれるんなら、今すぐにだってとれる自信があるよ」


 そういって僕は、バッグを抱えて教室を後にした。


―――


――動かせるさ。僕にだって――


こんな言葉を口にすれば、日南さんじゃなくたって、僕の心なんて見透かされて当然だ。


 今僕は十四歳。


 ゼファーを走らせることが認められるまで、あと一年半。


 けどその一年半は、僕が抱えるこの心にとって、あまりにも長すぎる。


それに、一年半を待ったところで、お母さんにバイクの免許を取っていいかなんて訊ねたところで、問答無用で却下されるにきまっているし、そもそもそう切り出す勇気もない。


 結局僕のあこがれは、あこがれのまま終わる以外にないのか、そんな焦りが、僕の胸を締めつけた。


ダイニングのテーブルの上の、お母さんが朝作っていった夕食の皿を見るだけで僕の食欲は消え、それどころか吐き気が込み上げてくる。


僕は、いったいいつまでこのままこうして、生きていかなければならないんだろう。


それは僕が子どもだからだろうか。


大人になれば、それが少しは変わるんだろうか。


ベッドに寝転びながら、僕は目を閉じ、僕自身の言葉を反芻する。


 そう、僕は、いつだって動かそうと思えば動かせる、だけど、今は動かすときじゃないんだ、そんな自分自身の負け惜しみのような思いは、何度反芻しても消えることはなかった。


 僕の瞼の裏には、いつものあのイメージ。


 西から吹く熱い風を向かいに受けて、僕はゼファーを走らせる。


 だけどその日の僕は、その背中に、誰かの影を感じていた。


 ゼファーに乗っているから、当然その姿は確認できないけれど、背中に感じるその柔らかい感触は、それが女性であるということを僕に教えてくれる。


 僕に吹き付ける心地よい風と背中に感じる感触は、衝動となって僕を突き動かした。


―――


ガレージの中でフルフェイスヘルメットをかぶると、バイクのハンドルをつかんでスタンドをあげ、ゆっくりとゼファーを押していく。


軽いものではないと想像はしていたけど、その重さに、僕は何度も足を取られそうになった。


自分自身の体力のなさに情けなさを感じながら、少しずつ、僕はゼファーを目的の場所まで転がしていった。


―――


 たどり着いた場所、そこは多摩川の土手。


僕は周囲を確認しながら、慎重にブレーキを操作し、ゆっくりと河川敷の広場までゼファーを下ろしていく。


河川敷の電車の橋のところまでたどり着いてスタンドをあげ、フルフェイスのヘルメットをとると、ようやく僕は一息ついた。


再びヘルメットをかぶりスタンドをあげ、僕はゼファーにまたがる。


キーをキーホールに突き立てて荒々しくかき混ぜるように回転した時、何か想像もできないようなものが爆発してしまうんじゃないか、そんな思いが僕をとらえた。


インターネットで読んだマニュアルを思い浮かべながら、僕はキーを鍵穴に入れようとした。だけど、その時はどういうわけか、上手く入らなかった。


僕は心を冷静に努め、もう一度頭の中にマニュアルを思い浮かべながら、キーをホールに突き立てようとする。


しかし、やはりうまくいかなかった。


鍵を刺そうと四苦八苦する中、僕はバランスを崩してゼファーとともに河川敷の土の上に倒れこんでしまった。


「へたっぴ」

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?