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第6話

 シャワーを浴びてベッドに入って目を閉じたけど、全く眠気を感じない。


 胸の興奮が収まらない、抑えられない。

バイクにまたがり風に乗る僕自身の姿が、僕の頭の中に浮かび続ける。


異様なほどに現実的な風が、想像の中の僕に吹き付ける。


ときに激しく、ときに冷たく暖かく、西から吹く風が。


まるでその風が、僕の心の奥底に潜んでいて、この時を待ち構えていたように。


Z-P-H-Y-R、僕はスマホの画面にアルファベットをフリックする。


それは思った通りそのバイクの名前、カワサキ・ゼファー、ZR四〇〇-C四、一九九二年モデル、パールグリーニッシュブラック。


計器やエンジンなどがカウルで覆われていないむき出しのままであることから、ネイキッドと呼ばれるタイプのバイクで、エンジンの機能美や武骨さから、九〇年代に一世を風靡した、現在では生産されていない名車、とのことだった。


※※※※※


 眠れぬ興奮の中過ごした翌日の放課後、僕は寄り道をして、隣の市の本屋へと寄り道をした。


 昨日から僕の頭の中をゼファーの存在が占めていて、なんでもいいからバイクの写真を眺めていたいという衝動に勝てなかった。


 だけど、近所の本屋でバイク雑誌を買うのを知り合いとかに見られたり、まさかないとは思うけど、お母さんにばれたりしたら困る。


だから僕は、できる限り知り合いに会う可能性の無い場所を探した。


 最寄りの駅から十五分ほど離れたところをうろついていると、一軒の古びた本屋を見つける。


 僕はバイクの雑誌を探して、一冊のカラー刷りの雑誌を手に取った。


その表紙には、水着を着た、バイクにまたがるスタイルのいい女性。


これはバイク雑誌なんだ、自分にそう言い聞かせて、文庫本の棚から目についた適当な文庫本を一緒にもって、レジへと向かった。


 カウンターに二冊の本を置く僕を、六〇歳を超えたくらいの男性が、じとりと僕を一瞥する。


何か言われるかと思ったけど、男性はすぐに雑誌を紙袋の中に入れた。


「バイク、好きかね」


 低くしわがれた声が、僕の全身を震わせる。


「あの、まだよくわかりませんが、何となく、です」


「まだ免許をとれる年齢じゃなさそうだが」


「えと、はい。ですが、興味があって、ただ読んでみたいってだけで」


「知ってるバイクは、あるかね」


「えっと、そんな詳しくないんですが、ゼファーだけ」


「渋いな」


 そういうと店主は、目を細めた。


「実に渋い」


―――


 家に帰った僕は、脇目もふらずに、むさぼるようにそのバイク雑誌を読んだ。


時折挟まれる女性のグラビアに、目を滑らせながら。


その日は一晩中、バイク雑誌の写真から写真、文字から文字、あらゆる情報に目を通した。


※※※※※


その次の日の授業中も、やっぱり僕の心は、退屈な授業の中身なんかじゃなくてバイクにとらわれて、おかげで何度先生から注意を受けたかわからない程だった。


待ちに待ったお昼休みの時間、僕はお弁当と一緒にバイク雑誌を広げて見る。


もう何度も同じページに目を通したはずなのに、それでもページをめくるたびに新しい興奮が僕の胸をかきたてる。


お母さんが出張から帰ってきてからも、僕は布団の中で、バイクの雑誌をばれないように読みふけった。


絶対使うはずのない知識なのに、と思いながら僕は、バイクのエンジンのかけ方、操縦の仕方、道路標識とか道路交通法なんかも検索する。


動画サイトで見たゼファーの運転の仕方はものすごくシンプルで、これならば僕にもできるんじゃないか、このままエンジンをかけてアクセルを吹かせば、僕をどこへだって連れて行ってくれるんじゃないか、そんな思いが、僕の心の中で嵐のように渦を為した。


※※※※※


 僕はあれから、放課後に図書館に足を運ぶこともなくなり、一人で駅の近くのカフェに入ってバイクの雑誌を読むことが多くなった。


 学校にいる間も、僕自身に誰も注目なんてしていないことを逆手にとって、昼休みなんかにバイク雑誌を広げて眺めることが日課となっていた。


―――


「ただいま」


 お母さんが戻ってきた。


 気が付けば、時計は深夜の一時を回っている。


 僕は階段を降り


「おかえりなさい」


 と返した。


「まだ起きていたのですか」


「宿題やってたから」


「宿題は、帰ってきたらすぐにやりなさい。こんな遅くなる時間までやるものではありません。宿題をやったうえで、自分自身の勉強を自主的に行いなさい」


 お母さんは表情を変えることなくそういうと、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを出して一口含んだ。


「急な話ですが、また明日から一週間、取材のために出張に出かけることになりました」


 その言葉は、福音のように僕の耳に響いた。


「朝早く出るので、食費などはテーブルの上に置いておきます。無駄使いなどせず、節度を持った生活を心がけなさい」


 お母さんはそういうと、持ち帰りの仕事を行うためだろうか、重そうなバッグを抱えて部屋に戻って行った。

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