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イメージの風
Sakura
文芸・その他純文学
2024年07月26日
公開日
110,496文字
完結
母親の過干渉の中生きる一人の少年の心の支えは、学校で前の席に座る少女日南さんの下着の色と、ガレージで見つけたナイフ。
このナイフを手に、ガレージの中で日南さんに対する加虐的な妄想にふける毎日を過ごす。
しかし日南さんに、その視線に気づかれたとき精神のバランスを崩し、街で不良たちに暴行を受ける。
自身を守ろうとナイフを手にしようとする少年に対し、ギャル系少女が不良たちを瞬く間に叩きのめし、ナイフの正しい使用法を少年に説き、ナイフを少年からもらい受ける。
その少女の姿に強い印象を受けながら少年が再びガレージに足を運ぶと、そこに一台のバイク、ゼファーの存在に気が付いた。
その存在に魅入られた少年は、母親の不在時、多摩川の河川敷でそれを走らせようとするが、上手くいかない。
そこに現れたのが、渋谷で少年を助けた少女スゥ。
スゥは少年をわんこくんと呼び、ゼファーの操縦方法を教える。
スゥはある人物を探しに、北海道から家出してきたという。
自由を手にするためゼファーに乗ってスゥの旅に同行し、その旅の中で少しずつ大人になっていく。
名古屋でスゥの探し人、モッチを発見した二人だったが、自身の音楽業界での成功のためにスゥを一方的に捨てる。
スゥは自殺を試みるが、少年と、モッチのマネージャー畠山の処置で一命をとりとめる。
少年は畠山からこっちの居場所を聞き、京都でモッチを殴り飛ばす。
回復したスゥは、少年の本当にしたいこと、十年前に家を出て行った父親に会いに行こう、という。
しかし、父親はすでに別の家庭を築いていた。
自暴自棄になる少年だったが、スゥ、そして偶然出会った父親の息子、すなわち義理の弟との交流の中で、徐々に父を許していく。
そして二人は、シュウ、スミレという本名を名乗りあい、名古屋の空港で別れる。
そこでシュウは、同じく家を出ていた姉と出会い、姉とともに東京へ帰っていく。
一回り成長した少年の姿が、そこにはあった。

第1話

“西から吹く風”は、きっと熱く湿ったものになるはずだ、僕はそう考えた。


旅をするためには衣服は必要最低限のものだけにしたほうがいい、スゥもそう言っていたから、引き出したタンスの中を、僕は慎重に吟味する。


七月中旬の真夏の太陽の下、ゼファーに乗って西へと向かうわけだから、日差しへの対策としてロングスリーブのシャツは必須だろう。


もちろん、安全対策面でも重要なことだ。


だけど、僕たちが旅に出る理由は人を探すことにあるわけだから、街中を歩きまわるためには、やっぱり夏用の服も持っていくべきだろう。


できる限り荷物を少なくすることを考えて、僕は生地のしっかりした柄の無い、なるべく汚れの目立たなそうな半そでのTシャツと、デニムのハーフパンツ、あとはボクサーショーツをそれぞれ数枚、サドルバッグの中に詰め込むと、ジップアップのパーカーを羽織った。


その後バスルームに向かい、小さなタオルと三枚と大きめのバスタオルを一枚、きちんとたたんでサドルバッグに入れる。


汗を拭いたりするのにタオルは必要だろうし、バスタオルは、使いようによってはタオルケットにもなるだろう。


キッチンに向かった僕は、棚から八枚切りの食パンを一斤と、冷蔵庫の中からまだ開封していないマヨネーズを取り出すと、コンロの横の引き出しを開ける。


そこにはお歳暮やら何やらの貯めこまれていた缶詰の山。


僕はそれを一つ一つ吟味し、缶入りソーセージ、コンビーフ、ランチョンミートなんかを見つけて、これもサドルバックに詰め込んだ。


食事だけはいくらあってもかまわないだろうけど、それでも必要最低限の、すぐに食べられるものの方がいい。


―――


僕の家の裏、そこは物置。


いや、今は物置になっているというべき、古いガレージ。


シャッターを開けるときの、油を指していない錆び付いた金属同士がこすれる金切音にはもう慣れた。


使われなくなって長いこと立つ木製の棚の扉を開けると、僕の睨んだ通り、たくさんのアウトドア用品があふれている。


これから旅をする中で、とても快適なキャンプ生活なんて期待はできない。


大きさや重さ、必要性なんかを吟味しながら、固形燃料や小さな鍋、アルミ製の食器類なんかの必要最低限をサドルバッグに詰め込むと、何かを持ちだした形跡がばれないよう、慎重に不必要なものを戻して扉を閉じた。


もう誰も運転するものもいないトヨタ・カローラの横、古びた工具や、べとべとした水あめのようなオイルの缶をまたぎながらその奥に進む。


そのさらに奥にあった、オイルと埃とカビのにおいに覆われた古い毛布を跳ね上げると、その下から、黒光りする、機能的な姿の昆虫のような鉄の塊が姿を現す。


ZR400-C7、カワサキ・ゼファー、ブラックカラー。


僕はそのバイク、ゼファーをガレージの前まで移動させると、古タイヤとか雑誌、新聞紙なんかをゼファーのあった場所に置いて、その上にさらに毛布を掛けた。


もうここにバイクがあることなんて誰も知らないだろうけど、それでも小さな違和感がこれからの僕たちの足取りの手掛かりになるかもしれない。


ゆっくりと、しかし古いブリキがこすり合わされるような音を立てながら、シャッターが下ろされた。


そして僕は、狼のカッティングの張ってあるフルフェイスのヘルメットをかぶる。


これなら十四歳の僕だって、少なくとも免許が持てる十六歳くらいには見えるだろう。


そしてもう一つ、半帽のヘルメット、そのベルトに僕は腕を通しぶら下げる。


僕はゼファーにサドルバッグを装着して、三十㎝ほど離れてバイクの左側に前を向いて立つと、両手でゼファーのハンドルを持つ。


ゼファーを自分側にほんの少しだけ傾けて、身体とゼファーを密着させて支え、腰と腿のあたりを中心に身体とバイクを密着させて押し出す。


用心のために、前輪ブレーキがすぐに掛けられるようブレーキレバーに指をそえて、周囲の目を気にしながら騒音を立てないように、エンジンをかけずにゆっくりと。


非力な僕にとってはその重さにはてこずらされる。

けどこの現実的な重さが僕自身を自由へと軽やかに駆り立ててくれる、それがその重さを少し和らげてくれているように感じられた。


目指すは多摩川河川敷の橋の下、二百㎏はあるバイクを、僕は全身を使って押す。


僕の切れる息がこの夜中の住宅街でやたらと大きく響いているようで、その緊張のせいだろうか、心なしか呼吸が激しくなっているような気がする。


すぐに僕の背中に、胸元に額に、汗がにじみ始める。


フルフェイスのヘルメットを脱ぎたかったけど、少しでも年齢がばれるかもしれないリスクを考えれば、我慢するしかない。


見上げると、街頭に無数の羽虫が柱をなしている。


ニ、三か所、やぶ蚊に刺されたみたいだ。

アディダスのスニーカーの底をアスファルトにこすりつけながら、十四歳の僕はゼファーと一緒に進む。


前を向く僕の視線の先には、街灯の灯りがリズミカルに輝く。


その催眠術の導入のような点滅は、スゥという少女との出会いを、誘導催眠のように思い起こさせた。

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