アメリは兵士たちの訓練場を見学していた。闘技場のようになっている広い敷地で兵士たちが竜の姿となって組み手を行っている。それは人間が行うこととは違って迫力がるものだった。
大型の竜の姿で取っ組み合い、時に火を噴いて戦っている様子というのは普通の人間ならば恐れるだろう。アメリもその勢いに少しばかり恐怖を感じてしまった。
「あんちゃんは竜の姿の竜人は初めて見るのよね」
「は、はい……」
「ちょっと怖かった?」
「そうですね……」
そこは素直に答えるしかないので頷けば、マリアは「それは仕方ないわよね」と納得する。人間なのだから竜の姿が怖くないということはそうそうないだろうということは理解しているらしい。
この訓練場の見学に誘ったのはマリアだった。「この国で暮らすのだから竜の姿にも慣れなきゃダメよ」と言われて、それもそうだよなとアメリも思ったのだ。ただ、いざ間近で見てみるとその迫力に怖いと感じてしまうわけで。
マリアも今は人の姿であるが竜の姿になれるのかと思うと怖さもあるが少し見てみたいと思ってしまう。とは言わずに、「凄いですね」とアメリは返した。
「ワタクシたちからしたら普通なんだけれど。記憶が戻ったときはワタクシも少し驚いたわ」
「あ、そうだったんですか」
「でも、身体は慣れちゃってるみたいですぐに受け入れたけどね」
マリアは「ワタクシも竜になれるけれど滅多にならないの」と話す。マリアが外に出ることは早々ないことで、自分の身に危険が及ばないかぎりは人の姿なのだという。話を聞きながら組手をしている竜たちをアメリは観察していた。
竜人によって鱗の色は違うようで見渡すとそれらが合わさって色鮮やかに見えて、人の姿の時にもあった二本の角がぎらりと輝いている。
大きな翼ははためき、鋭い牙が見え隠れしていてあんなので噛まれたら大変どころじゃないよなとアメリは想像してぞわりと背筋を冷やす。
「マリア様の鱗の色ってなんですか?」
「赤よ。ちょっとくすんだような感じなの」
「へー」
「テオお兄様は明るめの赤で、バージルお兄様は薄緑、シリルお兄様は緑なのよ」
「髪の色と同じ?」
「そうそう。髪の色と同じなの」
竜人の鱗の色は髪色と同じであるのだとマリアは教えてくれた。アメリはそれを聞いて面白いなと思う、次に竜人を見た時は髪色も見てしまうかもしれない。
「マリア様はお母様似なのですか?」
ふと、髪色でアメリは兄妹で違っていたことに気づいて聞いてみるとマリアは「そうなの、母似なのよ」と教えてくれた。テオとマリアは母似でバージルとシリルは父似なのだが、髪色が対照的でよく驚かれるらしい。
「なんかね、ワタクシは亡くなった母によく似てるんですって」
「あ……お母様は亡くなって……」
「うん、ワタクシが幼い頃にね」
「す、すみません……」
「あら、謝らなくていいのよ。あんちゃんは知らなかったんだから」
マリアは気にしていないように「ワタクシはよく似てるからって父やお兄様たちに言われるのよねぇ」と笑う。自分では自覚がなくて、何処が似ているのかいまいちピンときていないようだ。
「あんちゃんの髪色は猫の時と似てるわね」
「茶色のまだらじゃないですよ?」
「そうだけど。でも毛足が長い白だったじゃない?」
今の真っ白な長い髪はとても似合っているとマリアは言われてそうだろうかとアメリは自分の髪に触れた。
似合っているのかどうかというのはあまり気にしていなかったので、そう言われると少しばかり照れてしまってアメリはえへへと頬を掻いた。
そうやって話をしているとざわりと闘技場が騒めいた。なんだろうかと見遣れば組手をしていた兵士が竜の姿で言い争っているようだ。
遠くからなのでよく聞こえはしないが訓練の態度などについての指摘のようで、それに反論しているのか騒がしい。
竜の姿での組手で高揚し、熱くなって加減を誤るというのはよくあるのだとマリアは説明する。そのことで言い争っているのだろうと聞いて、竜人も大変なんだなとアメリが言い争っている二人に目を向ける。
彼らは暫く言い争っていたが、青い鱗の竜が指摘してきただろう薄黄色の鱗の竜を蹴飛ばした。それで火がついたのか取っ組み合いの喧嘩のように争い始めてしまう。
あれは大丈夫なのだろうかとひやひやしながら見ていると、青い鱗の竜が火球を吐き出した。薄黄色の鱗の竜はそれを自身の長い尾で弾き返し――それがアメリたちのほうへと向かっていく。
これは危ないとマリアがアメリの手を引いたのと同じく、目の前に鮮やかな赤色の鱗の竜が降り立った。
赤い鱗の竜が飛んできた火球を地面に叩き落とすと「お前らいい加減にしろ!」と怒鳴る。その怒声に取っ組み合いをしていた二頭の竜は固まったように動けなくなった。
「て、テオ様……」
「訓練中に何をやってんだ! 周囲をよく見ろ!」
赤い鱗の竜はどうやらテオらしく、彼に言われてマリアとアメリがいることに気づいたようだ。怯えたように二頭の竜は縮こまってテオを見つめている。
「周囲を把握できていない、私情を挟む、お前らはこの国の兵士だろうが! そんなことで国を守れるというのか!」
「申し訳ございません」
「テオ様の言う通りです……」
二頭の竜は反省したように頭を下げて翼を閉じて謝罪していた。彼らの様子にテオは「次はないと思え」と告げてから足元にいるマリアとアメリに目を向ける。
「大丈夫か、マリア、アメリ」
「お兄様大丈夫よ、ありがとう」
「お前は訓練を見に来るならちゃんと言え」
テオはいることに気づいて驚いたのだと言う。マリアは「それはそうよね、ごめんなさい」と謝ってアメリに大丈夫かと声をかける。アメリはといえば間近で竜を見てその大きさに驚いていた。
(大きい!)
見上げるほどの大きさに鋭い金の竜の眼というのは迫力が凄まじい。アメリが凄いと見惚れているとテオは気づいたらしく、ぱっと身体を光らせたかとおもうと人の姿へと戻った。
「あぁ、人間は竜の姿が怖いんだったな。大丈夫だったか、アメリ」
「え! あ、はい! ありがとうございます!」
「怪我は……ないみたいだな」
そう言われてアメリは自分になんの問題もないことは伝えねばと「大丈夫です!」と元気よく返事をした。
「怪我はないです!」
「そうみたいだな。……でも、怖がらせただろ」
「えっと?」
「……竜の姿で喧嘩してるのとか、竜の姿で近寄ったのか」
テオの言葉にアメリは小首を傾げながら考える、これは心配してくれているのではと。怖がらせてしまって、竜人に恐怖心を抱かせてしまったかもしれないというのを。アメリは多少は怖かったけれど、テオたちにそんな気持ちは抱いていなかった。
竜の姿に驚くことはあれど、相手がどういった人なのかを知っているというのもあるのだろう。だから、「テオ様だってわかったので怖くないですよ」とアメリは返した。
「喧嘩はちょっと怖かったですけど……。でも、助けてくれたのはテオ様だったので、特に恐怖心はなかったです」
「そうか?」
「間近で竜を見たのは初めてだったので、凄いなぁと思ってました」
間近だと迫力が違うのだとアメリが言えば、テオはそれはそうだろうなと頷く。アメリが嘘をついているわけでも、気を使っているわけでもないのを理解してか、彼は「それならいいんだ」と安堵したように息を吐いた。
それほどに心配をかけてしまったのだろうかとアメリが思っていると、「嫌われちゃったか不安だったのよねぇ」とマリアがにやっと笑みを見せる。
「ばっ、バカ。そんなんじゃねぇよ。心配するのは当然だろうが」
「そうかしら~」
「えっと、大丈夫ですよ? テオ様って優しいですし」
まだここに来てから日が浅いけれどテオと話をして彼が優しい竜人であるのは感じ取れていた。
妹にちょっと甘いところとか、口は悪いけれどはっきりと物事を言い切るところとか、そういった面を見てきてアメリは悪い人ではないのだと。
素直にそう話せばテオは数度、瞬きをしてからそろりと視線を逸らして頬を掻いた。いざ、そう言われると照れてしまったようだ。
「今だってこうやってわたしのこと気遣ってくれますから、優しいなぁと」
「お兄様は優しいものね! 口は悪いけど」
「う、うるせぇ」
くすくすと笑うマリアにテオは揶揄われているのが分かっているらしいけれど、妹には強く言えないみたいだった。やっぱり仲が良いよなとアメリはそんな様子に小さく笑ってしまった。