午後の昼下がり、窓から零れる光を背に机に向かう。綺麗な便せんに記されていく文字、何度も確認しながら感謝の想いを籠めてそれを封筒にしまった。
アメリは部屋を出て、きょろきょろと周囲を見渡しながら召使いの竜人を探す。廊下を曲がって少し進むとメイドが一人通りかかった。
「あ、あの!」
「なんでしょうか?」
「お手紙をお願いしたいのですが……」
アメリは封筒を差し出すとメイドはそれを受け取って宛名を確認してから少し考える素振りをみせる。
「エグマリヌ国となりますと、手紙が届くのに少し時間がかかりますが……」
「大丈夫です。急ぎではないので!」
「それならばいいのですが。分かりました」
メイドは手紙を仕舞うと一礼し、歩いてくその背を見送りながらほっと息をつく。さて、戻ろうと廊下の角を曲がってアメリは誰かにぶつかった。
「うおぅっ!」
「こんなところにいたのか」
「あ、テオ様?」
ぶつかった相手はテオで、彼はアメリを探していたようだ。何故だろうと首を傾げれば「マリアが呼んでいる」と言われる。
時間に余裕ができたから、少し早いけれどお茶にしようということらしく、テオはマリアに捕まって迎えにきたのだという。
「つーか、どうしてこんなところにいるんだ」
「え! いや、お手紙を頼んだだけですよ?」
隠すことでもないので素直に答える、手紙をくれたグラントに返事を書いたのだと。それを聞いたテオは眉を寄せて少し不機嫌そうにしたので、アメリは何かしてしまっただろうかと不安になった。
別にやましいことなど一切、書いていないのだ。そんな想いは微塵もなく、手紙のお礼と心配してくれたことへの感謝を記しただけだと言うのだがふーんと返事がかえってくるだけだ。
(な、何があるの……わからぬ……)
全く分からない、乙女ゲームの情報にすら彼は載っていないのだ。なんだ、このゲーム情報は全く役に立たないじゃないかとアメリはむむむと頭を悩ませる。
「……なんだ、今日はそのドレスか」
「え? はい。テオ様が選んだものですよ」
じとりとテオは見遣る。今日のアメリの服装は彼が選んだ白いワンピースドレスであった。
それを見て少し機嫌を良くしたのかテオの表情が和らいだので、今だとアメリは「マリア様が待っているので急ぎましょう」と声をかけて急かすように彼の背を押した。
*
遅れてやってきた二人にマリアはにこにこと笑みを見せながら「遅かったわねぇ~」と声をかける。テオは「俺が遅れたんだよ」とそれに返していた。
テラスの椅子に座ってお茶を飲む彼の様子にアメリは「わたしのせいにはしないのだな」と見遣る。
テオはそんな視線に気づいているのか、いないのか反応は示さない。これはこのまま突き通せということだろうかとアメリは察して話を変えるように「そういえば」と口を開く。
「テオ様はお仕事は……」
「キャンセルになった」
「暇そうにしていたから誘ったの」
息抜きだって大事よとマリアはメルゥを抱きかかえた。マリアに「お兄様は無理をしちゃうことが多いから少しは休むべきだ」と言われて、テオは「俺よりもバージルに言え」と返す。
「あいつ、後継ぎだからって無理しすぎなんだよ。王になるなんてまだまだ先だろ」
父はまだ現役だ。病気もせず、元気であり、執務は問題なく行えているのでまだまだ長生きはするだろうというテオの話に元気そうではあったものなぁとアメリも思った。
マリアも同じことを思っていたようで、そんなに頑張らなくてもと呟く。後継ぎとして選ばれた王子はそれだけ優秀であり、責任というのも重いので無理をしてしまうのかもしれない。それはアメリだけでなく二人も理解しているようではあった。
「やっぱり、たまには息抜きしてもらわないと!」
「そうだな。誘ってやれ」
「えぇ! あ、アメリ。今日はそのドレスなのね」
よく似合っているわとマリアは微笑む。兄とどちらがセンスがあるかと勝負はしていたものの、選んだドレスが似合っていないとは思っていないようだ。「この前はワタクシが選んだものを着てくれたわよね」と嬉しそうである。
「テオお兄様、意外と真剣に選んでいたのよ」
「おい、こら」
「そうなんですか?」
テオの言葉など無視してマリアは話す。いつも着れればいいとか言ってあまり考えないというのにあの時は真剣に吟味していたらしく、かなり長い時間をかけて選び抜いたようだ。そんなに真剣にと驚いていればテオは恥ずかしげに頬を掻く。
「お、女はそーいうの、気を遣うだろ」
おしゃれとかと呟く、どうやら女性が着るものとしてしっかりと選んでくれたようだった。
「ありがとうございます、嬉しいです」
そこまでしてくれたことに感謝すると彼はそっぽを向いて頬をまた掻く。
「お前が気にいってくれたなら……」
「カーっ!」
「いってっ!」
ごいんと頭に突撃してきたそれにテオは怯む。カラスがテーブルにとまったかとおもうと、カーっと鳴いていた。
「あら、カラスじゃない」
マリアが不思議そうに見ていればカラスはアメリのほうを見て鳴いた。
『お前からもらったやつ、気に入った! ありがとう!』
「……あ、あの時のカラスさん!」
アメリは思い出した、ユーリィの指輪を盗んだカラスの事を。どうやら、交換した花々の髪飾りを気に入ったらしくお礼を言いに来たようだ。
「あら、律儀ね」
「なんだ、カラスでもそんなことすんのかよ」
『お前はおれから奪おうとしたから嫌い!』
「……こいつ、今絶対なんか言っただろ」
「どうやら、あの時にテオ様が無理矢理奪えばいいだろうって言ったの理解しているみたいでして……」
それを根に持っているらしい。カラスは賢いのか、自身へ向けられた感情というのも察することができるようで、テオの頭に突撃したのもその仕返しらしい。
言っただけだろうがとテオが睨めば、カラスは怯むこともなく鳴いた。
「この子、度胸があるわねぇ」
「だからって、突撃してくるのはなんだよ」
「それはお兄様がそんなこと言ったからよ」
「納得がいかねぇ……」
テオは不服そうにカラスを見るけれど、見られているカラスは何とも思っていない様子でテーブルに置かれていたクッキーを突きながら食べていた。度胸と言うか、肝が据わっているなとアメリは思いながらカラスを見つめる。
「この子は此処を気に入ってくれているのね」
『ここは住みやすいから好きだ』
「此処は住みやすいみたいです」
「まぁ、外敵はいないしな」
住みやすいのは当然かとテオは納得したように呟く。カラスは「これは旨い」とお菓子をついばんでいて、それをマリアは「可愛いわねぇ」と眺めていた。
「お前はさ……」
「なんでしょう?」
「此処での暮らしはどうなんだよ」
遠慮げにテオは聞いてきて、アメリは首を傾げる。どういうことだろうかとマリアを見れば、彼女はにまにまとしながらテオを見つめていた。
何がなんだか分からないけれど、質問には答えようとアメリは「楽しいですね」と返した。
「マリア様と毎日お話できますし、皆さん優しいので」
「そうか。なんかあったら俺やマリアに言えよ」
また隠そうとするなと言われてユーリィのことをまだ気にしているのだなとアメリは気づく。あれに関しては自分も悪いので「気を付けます」と大人しく返事をする。
「お兄様って、口下手よねぇ」
「な、なんだよ……」
「なんでもないのよ~」
マリアのからかう口調にテオはむっと口を尖らせる。そんな二人にやっぱり仲が良いよなぁとアメリは眺めていた。
「アメリはワタクシの大切な友達なの。絶対に悲しませたくないから、お兄様は気を付けてね」
もし、アメリを泣かせたらワタクシは怒るわとマリアは言ってティーカップに口をつける。
それは今まで揶揄っていた口調とは違った真剣さがあってアメリは目を瞬かせる。それはテオも察してか、「そんなことするかよ」と強めに返していた。
「それならいいのよ。頑張ってね、お兄様」
「……お前」
「何のことかしらねぇ。そうだ、アメリ! このカラスとお話させてちょうだい」
話を変えるようにマリアは手に持っていた焼き菓子をカラスに食べさせながら言う。テオは何か言いたげであったけれど、諦めたように溜息を吐いて頬杖を突く。
アメリも何か思うことはあったけれど、話はそれで終わってしまったのでそれ以上は突くことをせずにカラスの通訳をすることにした。