「聞いて、お父様~。今日ね、アメリとー」
マリアは楽しそうに今日あったことを話す。彼女たちは食事をする時、必ず家族そろって食べるという昔からの決め事であった。
どんなに忙しくとも家族と共に食事をし、話を聞く、それは家族としての交流を深めるために。
今日も父、デーヴィドと四人の兄妹は夕食をとっていた。
「あの人間を気に入ったようだな、マリア」
「それはもちろん! とっても楽しいのよ!」
マリアは彼女がいたから動物との触れ合いも気を付けるようになったと話す、彼らにだってされて嫌な事もあれば、嬉しいこともあると知って。
前世の記憶など関係なく、知らなかったことが知れて、仲良くできて嬉しかった。そうとは言わずにマリアは「素敵な友達よ!」と微笑んだ。
「あれは俺の所有物だぞ」
「テオお兄様、その所有物って言い方よくないと思うの」
「なにが言いたいんだよ」
「アメリは物じゃないの。人間よ、所有物という扱いはおかしいわ」
物として扱われるのは可哀そうだとマリアは指摘するとテオはむっとした表情をした。
マリアの言う通り、アメリは人間であり物ではないためそう言われると何も返せずに黙っていれば、バージルも「確かにそうだね」と頷いていた。
「彼女は物ではないね」
「でしょう? テオお兄様、わかった?」
「そりゃあ、あいつは人間だけど……。管理しているのは俺だぞ」
「だから、管理とかそんなのがよくないのよ。アメリにだって人権はあるのよ? 縛るようなことはよくないわ」
もっとアメリを自由にするべきだというマリアの提案にシリルもバージルも賛成の様子だ。テオはまだ何か言いたかったが多勢に無勢で、それでも自身のものであるというのは譲りたくないらしい。
「所有物とか、誰が決めたのさ。それに誰の物とか決めなくてもいいじゃん」
「なんだよ、俺が先だぞ」
「ほら、また。彼女は物ではありませんよ、テオ」
バージルにそう指摘されてテオは黙る。彼もシリルの意見には賛成のようで、誰かの所有物という扱いじゃなくてもいいのではと思っていたらしい。
それでもまだ納得できない様子でテオは二人を睨むけれどその視線は通用しない、兄妹なのでその目には慣れている。三人の様子を眺めるデーヴィドの瞳は何を考えているのか分からない。
そうやって言い合っているとマリアはあっと思い出したようにデーヴィドへと目を向ける。
「そうだわ、お父様」
「どうした、マリア」
「アメリにお洋服を買ってあげたいのだけれど、いいかしら?」
マリアは思い出したようにデーヴィドに言うとそれに反応したのはテオとバージルだ。何かあったのかとテオが問えば、いえねとマリアは話す。
アメリの着ていた服がほつれていたのに気づいたこと、彼女は白いワンピースばかり着ているし、丁度いいからいろいろ服を与えたいのだと。
「なるほど。仕立て師を呼ぶか」
「いえ、買いに行こうかと」
「おい、アメリを連れていくとか言うなよ」
「いけないの?」
「あぶねぇだろうが」
マリアは大丈夫よとテオを見遣る、護衛の騎士は連れていくし彼女にも外の歩き方を教えるわと。それでも駄目だと言われて、何よ何よとマリアは頬を膨らませ睨む。
テオの「俺の所有物だ」、マリアの「彼女は物ではない」という二人の言い合いにデーヴィドは落ち着きなさいと制止した。
「あの人間はマリアと同じ体格だろう。マリアの身体に合う服を買えばいいのではないか?」
デーヴィドの助言にマリアはそれはそうだけどと眉を下げる、一緒にお出かけがしたかったようだ。
「わかったわよ。ワタクシが買いに行くわ」
「俺もついてくぞ」
「なんでよ!」
「お前のセンスが悪いからだよ」
テオに「派手好きのお前が選んだらどうなるか」と言われて、「そんなことはないもん」とマリアは立ち上がり指をさす。テオお兄様ほどじゃないものと。
「俺はお前よりセンスある!」
「ないわ! 絶対にない!」
ぐぬぬと睨み合う二人にバージルは呆れてシリルは面白そうに眺めていた。
「勝負よ!」
「望むところだ!」
「面白そうだから、僕もついていこー」
「私も行きしょう」
この二人の暴走を止めれるのは私ぐらいでしょうとバージルは苦笑する。デーヴィドもそう思ったのか、頼むぞと彼に二人を託した。
***
「で、この服の量なんですね……」
次の日、訳を聞いたアメリは部屋に並べられたドレスの数々を見る。豪奢な室内に合うそれらはどれも綺麗に仕立てられており、高いだろうというのは見て取れた。
しかし、数である。十着以上はあって服だけでなく、靴も用意されていてこれらから好きに選んでとマリアは言うのだ。
「全部でもいいわ!」
「そ、それは勿体無いといいますか……」
「なら、好きなものを選んでいいのよ」
きらきらとした笑みをみせながらマリアはアメリの背を押す。そう言われてもだなと思いながら並べられるドレスを眺める。服など着れればいいのではと思わなくもないのだが、彼らからしたらそうではないのだろう。
マリアの様子にアメリは前世の時もいろんな服を着せて喜んでいたことを思い出す。
(前世と違って傍にテオ様たちがいるから余計にプレッシャーががが……)
マリアは元飼い主であるので特になんとも思わないのだがテオたち三人もいるのだ。シリルは面白そうに見ているし、バージルの瞳は読めなくて、テオもじっと見つめているだけだ。
話を聞くにテオとマリアが選んだようではあるのだがどれがどれだか分からない。ちらりと彼女たちを見遣るが表情だけではどれを選んだのか分からなかった。
どっちを選んでも怖いのだがとアメリはうっと痛む腹を押さえながらドレスを見る。一つのドレスに手を伸ばしてその生地の感触にこれは高いぞと思わず引っ込めた。
見た感じではどれも派手過ぎず地味過ぎなくて、白や赤のドレスに黄色や緑のドレスなど色はカラフルであるが装飾品は控えめであった。
(服を選ぶ……おしゃれか……これは人間や竜人にしかできないことだよね……)
おしゃれを楽しむというのは人間などにしかできないことで猫時代では考えられないことだ。なら、ちょっとだけでもやってみようかとアメリは思った。せっかく人間になったのだから気になるものはないかとドレスを選ぶ。
ぱっと目に留まったのは白のワンピースドレスであった。袖はなく肩を出した造りで、金の装飾が施されて落ち着いたデザインは今付けている花の髪飾りに合うドレスである。
これいいなと手を取って身体に合わせてみると胸の部分が少しきつそうではあるが調整ができそうであった。
「そ、それが気にいったの!」
「え? そうですね。落ち着いていますし、今の髪飾りに似合っているので……」
「おっしゃ!」
アメリの言葉にマリアは嘘よと頭を抱えてテオはよしっと声を出す、それだけでこのドレスを選んだ人物が分かった。
この白のワンピースドレスを選んだのはテオで、他にも何着か選んではいたがこの服は自信があったらしい。
「どうしてよー!」
「えっと、髪飾りに似合っていたので……」
「そうだと思ったんだよ。絶対に似合うと思ったんだ!」
「こっちの服だって似合うわ!」
マリアは納得しない様子で一着のドレスを掴む、それは白と赤のドレスでスカートの広がりがとても綺麗であった。
彼女が似合うと言っているのだからそうなのだろう。アメリも嫌いなデザインというわけでもなかったので「そちらも綺麗ですよ」と答えた。
ほらというマリアにこっちだとテオは譲らない。二人の睨み合いにどうしたものかとバージルのほうを見ると彼はまたかといったふうに息をつき、シリルは笑っていた。この様子でずっと服を選んでいたのだろうなとそれだけで理解できてしまう。
「えーっと、どちらもお二方が一生懸命選んでくださったので好きです」
そうアメリは答えてみた。すると二人は「それはそうだけど」と声のトーンが落ちる、そうではなくてと言いたげにじとりと見つめてきた。
真剣に選んだのは確かなので否定ができないようだが、二人はどちらなのかというのが知りたいようである。
「こら、アメリが困っているでしょう。一つに選べないほど君たちのセンスが良かったということだよ」
「そ、そうです! 素敵なドレスありがとうございます!」
バージルに同意するように言えば二人は納得したようで、それなら仕方ないと睨み合うのをやめる。
「ふったりともおっかしー」
必死になってさーと笑うシリルに二人はだってと言い合う。
「絶対ワタクシなのよ!」
「違うだろ!」
また始まる言い合いにバージルは呆れて、シリルは「こっちとかどうなの」と彼らを放って別のドレスを見せてきた。
いつものことなので放っていてもいいらしく、彼の言葉で始まった言い合いなのだがと思わなくもないだがアメリは突っ込まないでおく。
(ご主……じゃなかったマリア様も転生生活満喫してるよなぁ)
マリアは転生してきたとは思えないほどに兄妹仲を深めていた。それは彼女が転生という現実を受け止めて、第二の人生を歩んでいる証だ。
アメリは自分もそうやって生きていかないとなと二人の仲の良さを眺めながら思った。