いつ見ても飼われている動物たちは大人しく、居心地よさげにしている姿を見せてくれる。
召使いたちの掃除が行き届いているので清潔なのもあるのだろう。そんな飼育場へとやってくるとマリアがあれとと口にした。
「アメリ、スカートの裾がほどけているわ」
「あ、あぁこれですか。大丈夫ですよ」
ちょっとほどけているだけだとそう返せば、「新しいのを用意しなくてはなね」とマリアはにこっと笑みを浮かべた。
着れなくはないのだだけどと思っていれば、放っておけばぼろぼろになるわと注意されてしまう。
そんな様子を飼い犬と眺めていたシリルだったが、「グラントってどんな人?」と問うてきた。話はあれで終わったのではと思っていたアメリはうんっと首を傾げる。
「あら、シリルお兄様ったら気になるの~」
「え? あー、ちょっとね」
それに食いついたのはマリアで、シリルの様子に口元を緩ませながらちょいちょいと突いている。そんな妹の様子にシリルは眉を寄せながらも、エグマリヌ国に居た時はどうだったのかと聞く。
乙女ゲームの情報が頭にあるアメリはグラントが好意を寄せていたことを知っている。この情報も今や何の役にも立たない、何せ、ゲームのシナリオ外の状況になっているのだから。
(どんな風だったかって聞かれても……)
グラントは誰に対しても態度を変えず、頼まれたことも難なくこなす人間だ。エルヴィスからの信頼も厚く、恨まれるような存在ではないと記憶にあるままに話せば、「面白くない人間だね」とシリルが呟く。
「もう、シリルお兄様ったら。またそう言って」
「だって、面白くないと興味がわかないんだから仕方ないだろう」
何の面白みもない人間にどうやって興味を持てっていうのさとシリルはそう言ってアメリを見遣る。
「アメリみたいに何か特徴があればいいけど、ただ頼りになる人間って。真面目そうで僕は嫌だね」
真面目な人間ってからかい甲斐ないしとシリルは興味がなさげで、「そこがお兄様の悪いところよ」とマリアは呆れていた。
面白いか面白くないかは個人の主観であるし、興味があるなしで決めつけるのはよくないことではある。マリアの言いたいことも分からなくはないなと、二人の様子をアメリは眺めていた。
「あー、でもアメリは興味があったのかは気になるなぁ」
「え、わたしですか?」
「本当にただの友人だったの?」
「友人ですよ! エルヴィス様がいたのですよ? それ以上の感情は抱いていません!」
これを疑われては困るとアメリははっきりと口にすると、シリルに暫く見つめられたが何とか納得はしてもらえたらしい。
シリルは「そいつはアメリが好きなんだろうね」と飼い犬を撫でながら面白く無さげに言う。あの手紙だけでよくそこまで分かるのかぁとアメリは感心してしまった。
「手紙を送ってくるぐらいだから好きなんだよ」
「そう言われましても……わたしは国には戻れませんし……」
戻れたとしても自分の居場所というのはないというか、そもそもどうやって戻るのだという話なのだが。アメリの言葉にシリルは「戻れたら戻りたいの?」と食い気味に質問してきた。
「戻れるかもしれないってなったら、戻るの?」
「え? いや、戻っても居場所ないですし……」
「じゃあ、戻らないのかい?」
「うーんと、多分」
戻りたいかと言われると微妙だ、居場所などもないのに今更戻っても居心地が悪いだけだ。でも、親の死に目ぐらいは見届けたいなとは思わなくもない。
親不孝をしてしまった自分に看取る権利はないかもしれないが別れの挨拶はしたい。
いくら転生したとはいえ、此処まで育ててくれた恩はある。自分の行いのせいで関係が崩れてしまったが、そうなる前までは両親との仲は悪くなかったのだ。
「……親の最後を看取りたいっていう気持ちは分からなくないかな」
ぽつりとシリルは呟く、それがなんだか寂しげですんと少しだけ暗い雰囲気になる。何か言ってしまっただろうかとアメリが不安げにシリルを見ていると、ぱんっとマリアが手を打った。
「大丈夫よ! そういう時はちゃんと看取らせてあげるわ!」
「えっと?」
「アメリのご両親に何かあったら、様子を見に帰すぐらいはするわってこと」
だって、アメリを産んで育ててくれたのだからとマリアは言った。彼女はアメリの気持ちを察したようで、どうやら看取らせてくれる配慮はするらしい。
でも、自分はテオの所有物なので彼以外がそれを決めていいものなのだろうか。アメリの考えを読んでかマリアは大丈夫よと笑った。
「テオお兄様だってそこまで酷くないわ。と、いうかね。所有物っていう扱いはよくないと思うのよ。そもそもお父様はそんなこと言ってないわ!」
マリアは「アメリは物じゃないのよ」と指摘する。デーヴィドも所有物という扱いとは言っていないかったのだが頷けなかった。
テオが所有物としてくれたから、今の自分があるのだ。マリアも頑張ってくれたけれど一押しをしてくれたのは彼だったので、所有物という扱いでもいい気はした。
「僕も所有物という扱いはよくないと思うなー」
シリルのは愛犬を撫でながら「だってつまらないんだもの」と口にする。
「テオ兄さんのっていう扱いだと、僕が何もできないじゃないか。ちょっとからかっただけでぐちぐち文句言うしさー」
「シリルお兄様のはからかいじゃなくて、悪戯なのが悪いのよ」
「えー」
「えー、じゃなくて。何度も驚かされているアメリの身にもならなきゃ」
ねっと同意を求めるようにマリアに言われてアメリはえっとと慌てる。何度も驚かされてはいるのでやめてもらえるのなら有難いが、そこまで気にしていなかったりもしていた。びっくりはするけれど嫌ではないという感じだ。
シリルにいじめられている訳ではないのは感じているため、嫌だとは思っていなかったのかもしれない。
「でも、びっくりはするんですよねぇ」
「反応が面白いからね!」
「シリルお兄様、また怒られますわよ~」
「ほんと、テオ兄さんは短気なんだからなー。短気は損するよ」
「まぁ、確かに短気なのわねぇ」
短気というのは同意らしく、マリアが言うにはそのせいで何度かやらかしたことがあったとか。全て彼に非があることではなく、相手に問題があったらしいのだがそれでも問題を起こすのはいけないことだ。
「父上に何度も叱られているのにねぇ。まぁ、からかえないのはおいておくとしても、アメリを物のように扱うのはよくないと思うよ」
シリルの「キミは人間なんだもの」という言葉にアメリはどう返していいのか分からなかった。
(そう言われても、それで助かったしなぁ……)
ここで気にしていないと言っても、二人は納得してはくれないように思えた。気を使ってるのではないかと、我慢しているのではとそう思わせてしまうらしい。だから、何も言わず笑みを見せるしかなかった。