「何? アメリは生きているのか」
ずらりと本棚が並びきっちりと整理された書物机が置かれた執務室、小綺麗な室内に響く声は低い。
書類に向けられてた目を上げてエルヴィスは嫌そうに眉を寄せながら白金の短い髪を掻き上げる。何故、生きているのだと言いたげな表情だ。
兵士は「それは分かりませんが」と答えるしかないのだが、それを聞いて安心したのはグラントであった。エルヴィスの傍に居た彼はアメリが生きていたと安心したふうに小さく息をつく。
「まぁ、何があったかは知らないがもう関係ないことだ。放っておけ」
そう言ってもう興味を無くしたように書類に目を通すエルヴィスの態度にグラントは何か思うことがあるも口には出さない。
「グラント、これを任せる」
「わかった」
書類を受け取ってグラントは部屋から出ると真っ直ぐに自身の執務室に向かう。エルヴィスから受け取った書類を机に放ると便せんを取り出してさらさらと何か記して封筒に入れた。
「確か、エムロードに向かう荷車が来るはず」
グラントは窓から外の様子を窺った。
***
「くあぁっ」
アメリは大きく欠伸をして猫のように伸びをした。はっとそれに気づいていけないけいないとベッドから起き上がる。
(気を抜くとつい、猫の仕草に……)
たまに口調もおかしくなるしなぁとアメリは気を付けなくてはと頬を叩く。さて、今日も身支度をしてマリアの元へいかなくてはならないのでドレッサーの前に座って髪の毛を梳かし始めた。
いつものように花の髪飾りで一つに結い、白いワンピースへと着替えると裾の部分がほつれていることに気が付いた。何処かに引っ掛けてしまっただろうかとアメリは裾を弄る。
「うーん、新しいのを用意してもらうしかないかなぁ」
でも、このワンピース動きやすいしと思いながら応急処置を施していく。目立たなくなったのを確認してからアメリはマリアが待っているであろう飼育場へと向かう。
(毎回、早く行ってるのにマリア様は先にいるんだよなぁ……)
待たせてしまってばかりで申し訳ないとそう思っていつも早く起きているのだがマリアより早くに着いたことはなかった。今日も無理かなと思いながら部屋を出て早足で廊下を進み、ぼんやりとしていた時だ。
「わっ!」
「ふにゃぁっ!」
廊下の角から姿を現したのはシリルであった。わっと飛び出してきた彼にアメリは猫のように驚き飛んでしまい、その反応が面白かったのか彼は笑っている。
「そこまで驚くことかよー」
「し、シリル様……びっくりしましたよ……」
「あー、君の反応はいつ見ても面白いよ」
あっはっはっはとひとしきりシリルは笑うと「今日もマリアかい」と聞いてきたので、頷けば「大変だねぇ」と返される。
「毎日毎日、動物の通訳も大変だろー」
「いえ、それは特に」
動物の通訳もするが大半は現状の進捗状態の確認だ。このままいけば大丈夫だろうとマリアと相談したり、前世の思い出話を話したりしているだけだったりする。
大変ということはなく、むしろ楽しかったりするのだがそうとは言えないので「苦労はしてませんよ」と返しておく。
「へー。まぁ、君がいいならいいけどー。僕もついていこうかなー」
「シリル様もですか?」
暇なんだよねとシリルは緑の少し長い髪を弄る。自分に任される仕事というのは少ないうえに簡単なものばかり、今日は何もない日さと。つーんとした様子を見るに彼は兄よりも少ない仕事に多少の不満があるようだ。
これは下手に突っ込むと怪我をしそうだなとアメリは気づいていないふりをする。
「あら、シリルお兄様。どうかなされたの?」
その声に振り向けばマリアがテオを連れてやってきた。いつの間にきたのだと驚いていると、シリルが「なんでテオ兄さんがいるんだ」と愚痴をこぼす。
「あ、マリア様。どうして……」
「今日は迎えに行こうと思ったのよ!」
「俺はなんか連れてこられた。あと、シリル。聞こえてるからな」
「だって、そうじゃないかー。執務の時間だろー」
「そうだよ。マリアを送っていったら仕事だ」
テオが「マリアに引っ張られたんだ仕方ないだろう」と言えば、シリルに「断ればいいじゃないか」と返される。
確かにその通りだなとアメリも思ったのだが、兄たちは妹の頼みというのをなかなか断れないらしい。お前だってそうだろうと言われてしまい、シリルはむーっと口を尖らせた。
「あぁ、こちらでしたか。アメリ様」
「はい?」
そんな彼らの元にメイドが一人、駆け寄ってきて彼女はアメリに封筒を差し出した。
「エグマリヌ国のグラント様からお手紙を預かっています」
「え、グラント様から!」
アメリは驚いてその手紙を受け取ると宛名の筆跡を見てグラント・モリアーガンで間違いないことを確認する。この癖字はよく見ていたので覚えていた。
マリアは乙女ゲームの攻略情報を知っているのでグラントと聞いて「うっそ!」とアメリに抱き着いて封筒を見た。
「これはフラグがまだ立ってるのかしら……」
「ど、どうなんでしょうか……」
マリアの鋭い指摘にアメリはどうなのだろうかと考える。乙女ゲームの情報ではグラントはアメリに恋心を抱いてたのは確かなので、まだ想っているのならばフラグは立っているのかもしれない。
「男か」
「えぇ……そうですけど……」
男。テオはそれを聞いて不機嫌そうな表情を見せたて、シリルもなんだかつまらなさそうな顔をしている。
どうしたのだろうか、二人とアメリは不思議そうにしながらも封筒から手紙を取り出した。
内容は簡潔なもので貴女が無事であることを知り手紙を出した、生きていることが嬉しいと記されている。彼は心配していくれていたのだ、アメリのことを。
自分はもう忘れられているものだと思っていたものだからその優しさが嬉しかったアメリはじっと手紙を見つめる。そんな様子にテオは腕を組み、苛立ったように指を動かす。
「やっぱりまだフラグ立ってるわよ、あんちゃん」
「えぇえ……どうしよう……」
「なんだ、見せてみろよ」
「僕も見たいなー」
二人の声にえっとアメリは手紙を胸に押さえると、その反応にテオは「マリアはよくて、俺たちは駄目なのか」と眉を寄せた。そう言われては言い返せないので、アメリは別に内容は見られてもいいものだったので手紙を差し出す。
内容を確認する二人の目が細くなってくる。鋭いというのか、不機嫌そうというのか、なんとも言えない瞳をしていた。
(え、こっわ! 何があった!)
あまりの様子にアメリがマリアを見遣ると彼女は「なるほど、なるほど」と兄の様子に何か納得した反応をしている。アメリには全く分かっていないのだが、彼女は「これなら死亡エンドを回避できるかも」と小さく呟いていた。
「で、こいつのことはどうなんだ?」
「えっと、友人ですよ?」
「それ以外には思っていないと」
「もちろんですよ! エグマリヌ国にいた時はエルヴィス様がいましたし、他の男性に気持ちが傾いたことはないです!」
そこを疑われては困るとアメリは否定する、グラントのことは友人でそれ以上の想いを抱いたことはないのだ。二人は暫くアメリをじっと見つめていたが納得したのか手紙を返した。
「お兄様たちったらそんな怖い顔しなくてもいいじゃない! アメリは此処にいるんだから!」
ねっと笑むとマリアはぎゅっとアメリの腕に抱き着く。それにテオとシリルは「……そうだな」と納得はいっていない様子で返事をしていた。
マリアは二人の反応をにこにこしながら見つめると、アメリの腕を引いて歩き出した。
「さぁ、今日も通訳をお願いね!」
「おい、マリア!」
「テオお兄様はお仕事頑張って~」
「僕は何もないから着いていくよ」
じゃあねぇとシリルは悪戯げに笑みを浮かべて手を振って行ってしまい、残されたテオはくそっと小さく呟いた。