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第18話 少し前の自分に似ている気がして、嫌いにはなれなかった

 それはマリアのお茶の時間から少し前のこと、アメリはユーリィに捕まっていた。中庭に続く廊下の隅に座ってアメリは自身を見下ろす彼女に目を向ける。


 冷たい瞳は今日も痛いくていつ会ってもそれは変わらなかった。なるべく逆らわないように彼女を刺激しないようにしていたけれど、今日は何故だが酷く機嫌が悪いようで苛立ったように足を揺すっている。



「どうして、アナタがお茶に誘われるのよ。わたくしは帰れって言われたのよ!」



 アメリと会う数分前、ユーリィはテオをお茶に誘ったらしいのだが彼は「妹と約束しているから」と言って断ったのだという。


 自分も混ぜてくれと言ってみたが、邪魔だと言われただけでなくそこでアメリの名を聞いて、どうして自分は駄目なのだと怒っているようだ。


(テオ様、そこはわたしの名前を出さなくてもー!)


 これはかなりきつくなるのだろうなとアメリは諦めた。抵抗などすれば悪化するのは目に見えているので、大人しくユーリィの気がすむまでやらせるほうが被害は少ない。ただただ、反論することなくアメリは大人しくする。



「貴女は自身がどういう身分か分かっていらして?」


「はい……」


「ふざけないで頂戴。貴女、何様のつもりよ マリア様やシリル様の前で恥までかかせて!」



 髪飾りを隠した犯人を見つけただけなのだけれどと思ったアメリだが、ユーリィの「調子に乗っている」という言葉に何も言い返せない。


 彼女から見ればそう感じてしまうのも無理はないからだ。冷たく凍った瞳と目が合ったその瞬間、ユーリィはアメリの頭を掴み押さえつけた。



「何、その目。睨みつけてるつもり?」


「そ、そんなことは……」


「いいえ、睨みつけているわ」



 否定しても聞き入れなくてぐっと押さえつける力を強めるられる、彼女の怒りを増幅させるだけだ。



「貴女は人間、弱い存在なのよ」



 そう吐くとユーリィはアメリの頭を離したかとおもうと蹴飛ばした。弱い存在であるのは本当のことだ、自分は住まわせてもらっている身なのでただ、黙ってそれを受け入れるしかないとアメリは俯く。


 これは酷い目にあるなと受け入れているとしゅっと何かが走ってくる気配がした。



「きゃぁっ!」



 ユーリィの声に思わずアメリは頭を上げて、目に飛び込んできたのは肩を押さえるユーリィとそれを見つめるテオの姿だった。


 二人の様子に何が起こったのか分からず混乱しながらも様子を見て、彼女は突き飛ばされたのだろうことをアメリは察する。


 どうして、彼がいるのだろうかと混乱する頭の中でアメリが周囲を見渡すと駆け寄ってくるマリアの姿が見えた。



「あんちゃ……アメリ! 大丈夫?」



 マリアは心配げに瞳を揺らしながらアメリを起き上がらせる。彼女の後を追いかけてきてか、バージルとシリルもやってきた。


(そういえば、今日は兄妹でお茶をするんだっけ)


 兄三人の時間がとれたから久々に一緒にお茶をするんだと、マリアは嬉しそうに話していたことを思い出す。



「お前、アメリに何をやった」


「そ、それは……」


「いい。見たから。お前は何様なんだ。お前にアメリをどうにかする権利などない!」



 テオの「こいつは俺の所有物だ」という怒声にユーリィは頬をこわばらせる。彼は怒っていた、それは誰が見ても分かるほどに。


(あぁあぁぁ、見つかってしまった……)


 そうだとアメリは気づく。ユーリィに苛められていたところを彼らに見られてしまったので、どうしたものかと思っていればマリアが言った。



「ほら、やっぱりアナタは性格が悪い! アメリがアナタに何をしたっていうの? 指輪や髪飾りを探すのを手伝ってくれたのよ? それ以外に何かしたっていうの?」



 マリアに「アメリはしたの?」と問われてアメリは黙る。何をしたかと問われれば何もしていないのだが、それを言ってしまったらユーリィはどうなってしまうのだろうかと、考えてしまって言葉にできなかった。


 そんな様子にマリアは眉を寄せている、きっと何もしていないのを理解しているのだ。それなのにどうして何も言わないのか、そう思っているのだろうことはアメリも分かったけれど口を閉じる。



「流石に人間だからといってそこまでする必要はない」


「そうだねぇ。て、いうか。面白くないんだけど」



 バージルの言葉に賛同するようにシリルは頷くと、ずいっと前に出てユーリィを指さし鋭く目を細めた。



「陰湿に苛めるとか、面白くない。からかい甲斐のある人間をダメにする気? 大体、君こそ何様なんだい? 僕らがアメリをどう弄ろうが勝手だけど、君は違う。まだ婚約者として選ばれてもいないのに何で偉そうなんだ」



 シリルの「君にそうする権利はないはずだよ」という言葉にユーリィは何も言い返せない。黙る彼女に彼は言う、調子に乗ってるのは君だよと。



「だ、でも……」


「なんだ、お前に何かあるっていうのか。婚約者候補にそんな権利はねぇし、そもそも俺はお前を婚約者にする気はない」



 はっきりと言い切られてユーリィは目を見開く。婚約者にはしないという言葉に瞳に涙を浮かべる彼女など、気にも留めずにテオは睨みつけた。



「お前を婚約者候補から外させてもらう。もう二度と、此処を訪れるな」


「そんな、テオ様っ」


「気安く名を呼ぶな」



 冷めた言葉が投げつけられてユーリィは涙を流すと唇を噛みしめた。テオは何も言わず、背を向けて歩いて目で合図するようにマリアと視線を合わせた。



「行きましょう。アナタはさっさとこの宮殿から出ていってくださる?」



 その合図に冷たくマリアはそう言ってユーリィを一睨みすると、さぁとアメリを支えながらテオの後を追う。バージルもシリルも彼女には声をかけず、その場にはユーリィだけが残された。


           *


「どうして、何も言わなかった」



 中庭のテラスでアメリは縮こまっていた。何せ、三人の王子と一人の姫に取り囲まれているだけでなく、テオは厳しい目つきを向けているのだから。


 テオに「あの様子ならばこれが初めてじゃないだろう」と言われて、「はい」とアメリは頷くしかない。



「なんで、言ってくれなかったの!」


「それは……」



 酷いことをされたのだ、助けを求めることもできたのではないかと言うマリアにアメリは視線を逸らす。



「私たちが怖かったのかい?」



 バージルの問いに答えられずアメリは口を閉ざす。何もしてくれないかもしれない、自分は住まわせてもらっている身だと考えるもの無理はないかと彼は思ったのだ。



「まー、人間を助けるかとか分からないもんねぇ」


「シリルお兄様! ワタクシはそんなことしないわ!」



 むっと頬を膨らませるマリアにシリルは「人間はそうは思わないかもしれない」と返す。


 マリアはアメリを見捨てつもりはないのだが、これはアメリが自分の元愛猫であることを知っているからであって、もし相手が知らなければそう思ってしまうかもしれないなと兄の言葉に俯く。


 アメリはこれは否定しないといけないと、「信じてないとかじゃないです」と答えた。



「その、マリア様や皆様を信じていなかったとか、そんなことではないです」


「なら、どうして言わなかったんだ」


「それはその……ユーリィ様が酷い目にあうのは、嫌だなと……」



 その言葉に四人ははぁと声を上げて、何を言っているのだといったふうに見つめてきた。そんな反応になってしまうのも仕方ないよなとアメリも思ったけれど、これは本心からなので正直に話すしかない。


 テオに「お前を苛めていた奴だぞ」言われて「そうなんですけど」と口ごもる。ならどうしてだと言いたげな四人の様子にアメリは素直に話すことにした。


 自分に似ていた、悪役令嬢時代のアメリにユーリィはよく似ていて。彼女の嫉妬心も、どうにか振り向いてもらおうとする気持ちも、痛いほどに分かった。好きな、愛している存在が他の誰かに夢中になっているのが嫌なのも、全部。


 それを壊してしまいたい、自分の配下にして分からせてやりたいとそうやって行動してしまうのも、やったことのあるアメリにはよくわかる。だから――



「嫌いにはなれなかったのです」



 嫌いにはなれなかった。もちろん、恐怖はあったし嫌だとも思ったけれどユーリィを嫌いにはなれなかった。彼女に罵られるたびに昔の自分と重ねるのだ。


 いくら、生まれ変わった記憶を取り戻す前とはいえ、やってしまったことではあるのでユーリィがしたことというのは理解できた。


 アメリの話にテオは深い溜息を吐いた、それはもう深く。彼は話を聞いていたからなのか、困ったように頭を掻く。


 知らなかったバージルとシリルはどう言葉をかけていいのか分からずに顔を見合わせて、乙女ゲームの情報を知っている転生者のマリアは何とも言えない表情を見せていた。



「あのな、アメリ」



 最初に口を開いたのはテオであった、彼はぐしゃりとアメリの頭を撫でた。



「お前の気持ちはわかった。でもな、お前は俺の所有物なんだよ。それが酷い目にあっていたと知ったら、いい気はしないぜ?」



 自分のモノを誰かに貶される、傷つけられることが良いわけがないとテオは言う。彼の言う通りだ、自分は彼の所有物なのだからいい気はしなかっただろうと理解して、アメリは申し訳ないといったふうに眉を下げてテオを見上げた。



「謝らなくていい。お前は悪くないからな。だが、もう黙っているようなことはしないでくれ」


「そうよ! 隠し事は駄目だからね!」



 テオに賛同するようにマリアはアメリの手を握る。アナタの気持ちは分かるけれどワタクシは心配なのよと。前世では飼い主とペットの間柄だったけれど、今は大切な友達なのとマリアはアメリにだけ聞こえるように小さく告げた。


 あぁ、心配をかけてしまったなとアメリはマリアを見て反省した。彼女は飼い主とかではなく、自分を大切な友達だと思ってくれていたのだ。だから、アメリは「ごめんなさい」と謝って手を握り返した。



「しかし、彼女はテオを余程、好きだったのだろうね」


「あれは分かりやすかったじゃないか、バージル兄さん」


「もうやめてくれ。あいつは好みじゃねぇ」



 嫌そうに眉を寄せるテオにシリルはくすくすと笑って、ぱっと明るくなる感覚にアメリは気持ちを落ち着かせる。



「おら、分かったのか?」


「あ、はい!」



 テオに小突かれてアメリは背筋を伸ばした時だ、シリルがそっと背後に回る。ぴょんっと跳ね飛ぶ複数の蛙にアメリは思わず、飛び上がる。



「ふにゃぁあっ!」


「くはははっ、その反応、最高!」


「おいこら、シリル!」



 飛び上がったアメリを支えるように抱きながらテオが叱るがシリルは笑うのをやめない。それを皮切りに二人の言い合いが始まってしまい、バージルが「全く……」と呆れながら間に入った。



「こらこら、二人とも」


「なんだよ、空気を換えてあげようと思っただけじゃんかー」


「やり方があるだろうが! この悪戯野郎!」


「お兄様たちったらー」



 くすくすと笑うマリアにつられるようにバージルも笑む。皆が綺麗に笑うものだからアメリは眩しさに目を細めそうになった。



「えっと、その、ありがとうございます」


「気にしなくていいのよ、アメリ! ワタクシたちは友達なのだから!」



 ねっと微笑んで抱き着いてくるマリアにアメリは少し照れたように頬を緩ませた。

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