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第16話 動物にだって感情はある

「アメリ、助かりました」



 そう言ってバージルはエメラルドの瞳を優しく細める。アメリはバージルと共に宮殿の裏にいた。それはマリアの飼い猫、メルゥが何処かへいったと彼女が騒いだからだ。


 メルゥがいないと半泣きの様子にアメリが探していれば、外に出たかもしれないと小鳥に教えてもらった。


 急いで宮殿の裏の方へ向かっていると、バージルに出会って「どうしてこんな場所に」と問われたので事情を話し、彼も探すのを手伝ってくれたのだ。


 メルゥは宮殿の裏の木の上にいた。なかなか言うことを聞いてくれない様子にアメリが説得を試み、なんとか降りてきてくれたのだった。今はバージルの腕の中でゴロゴロと喉を鳴らしていた。


(そういえば、わたしが押し入れに隠れていた時も泣きながら探していたなぁ……)


 飼い主が開けっ放しにしていた押し入れに隠れて眠っていたら、逃げ出したと勘違いした彼女が泣きながら探し回っていた。あの時の姿によく似ていたなと、メルゥがいなくなったといった時のマリアの様子を思い出す。



「君はマリアによく付き合ってくれているね」



 ふっと影が落ちてバージルの表情が僅かに暗くなったので、どうかしたのだろうかアメリが聞いてみると彼はあぁと苦笑する。



「いや、最近は忙しいからマリアに構ってやれていないなって……そう思ってね」


「そんなことはないかと。この前は一緒にいたじゃないですか」


「髪飾りの時だろう? あれ、結構前だよ」



 そう指摘されてあれそうだっけと思い出すと確かに結構前だった、もうすっかりと日にち感覚が無くなっている。


 バージルは妹のマリアを気にかけているようだった。彼女にはまだ婿候補というのが選ばれてはいなくて、誰かが彼女を訪ねてくることもそうないのだという。稽古などはあるが、それでも一人は暇だろうとそう思っているようだ。



「君がその能力を使ってくれて助かっているよ。マリアは毎日楽しそうなんだ」



 飼っているペットの気持ちが分かり、会話ができるというのはそう経験はできるものではない。毎日、何を聞いたなど楽しそうに話す妹の姿が見れてよかったとバージルは話す。


 実際はそれにプラスされて元飼い猫であるあんこと再会できて、再び仲良くできることも理由の一つなのだがそれをバージルは知らないのでアメリは黙って彼の話を聞く。



「動物と会話なんてできないからね、普通は」



 そんな経験ができるというのは凄いことだ、その力は自信を持っていいというバージルの言葉にアメリはそうなのだろうかと考える。


 動物と会話ができるというのは考えてみれば、他の人からするとそれは凄い能力だろう。これは自分が元猫だから持っていると思っていたので、アメリはそんなふうには考えていなかった。



「やはり、能力を持っている側からすると普通のことなのかい?」


「い、いえ、その……気づかなかったというか……慣れてしまったというか……」


「あぁ、慣れで鈍るのかな?」


「そ、そんな感じです……申し訳ございません」



 別に謝ることではないだろうとバージルは笑う。彼のその眩しい笑顔に思わずアメリは目を細めた、テオとは違った眩しさがあると。彼が太陽ならば、バージルは優しく月のような笑みだと言ったらいいだろうか。


(やはり、かっこいいは反則)


 格好いいというのは本当に何でもよく似合っているとアメリは思った。



「お兄様! アメリ! あぁ、メルゥ!」



 宮殿の裏から歩いてペットの飼育場へと出るとマリアが駆けてきた。どうやら外を探していたらしく、バージルの腕に抱かれたメルゥを見て安心したように息を吐いていた。



「もう! 一人で外に出ては駄目って言ったでしょ!」


『興味があったんだにゃぁ』


「興味があったみたいです」



 マリアは「それでもだめなの!」と頬を膨らませながらメルゥを受け取った。ぎゅーっと抱きしめれば、メルゥは窮屈そうに鳴く。これで一安心とアメリは良かったと胸をなでおろすと、数名の騎士たちが現れた。



「マリア様」


「あら、どうかなさったの?」


「珍しい鳥を捕獲いたしました」



 騎士たちが差し出した檻の中には綺麗な色の羽根をもつ鳥が一羽いた。少し大きめなその鳥は元気がなさそうにしているのだが、マリアはそれに気づかずに「綺麗!」と言ってその鳥を観察していた。



『帰りたい……わたしは空を飛びたい……』



 鳥の声がした。アメリがその鳥をよく見てみれば、渡り鳥の中でも珍しいとされる種類であった。彼らは時期的にそろそろ別の国へと飛び立つ時期ではなかっただろうかと、自分の頭の中にある知識を引っ張り出す。



「早速、おうちに入れましょう!」


「あ、あの、マリア様」



 動物好きな心が躍ったのか、マリアはこの渡り鳥を飼うつもりのようだった。アメリはそれはいけないだろうと思って声をかけた、この鳥は渡り鳥ですよと。


 アメリの言葉にマリアは「渡り鳥……」と檻に入っている鳥を見遣る、どうやら理解はしたらしい。



「この子は帰りたいと言っています。空を渡りたいのです」



 この子は此処で飼うべきではないとアメリは口にする。いくら元飼い主であってもこれは言っておかねばならないと思って注意したのもあるが、アメリは動物と会話ができるようになって彼らの感情を知った。だから、この子の声を聞いて無視をすることはできなかったのだ。



「でも、此処にいれば外敵はいないし……」


「そうじゃないのですよ、マリア様」



 アメリは言う、彼らも生きていて感情をもって考えている。渡り鳥が何故、渡るのは分からないけれどこの子は空を渡りたいと言っていた。その想いというのを抑え込んではいけないと諭されてマリアは眉を下げた。



『渡らせて……空を飛ばせて』



 鳥はそう鳴いて俯いた、それは悲しい声色で。



「逃がしなさい、マリア」


「バージルお兄様」



 バージルのその言葉にマリアだけでなくアメリも驚いた、彼は鳥を悲しげに見つめながら言う。



「彼らには彼らの生き方がある。今、飼っている動物は此処を受け入れてくれただけだよ」



 最初はきっと逃げ出したい、自由になりたいと思っていたかもしれないけれど彼らは受け入れてくれただけだ。そうバージルにも言われてマリアは「そうか……」と俯きながら檻の中の鳥を見つめる。



『仲間を返して』


『返して』



 空から声がして見上げてみれば数羽の鳥が飛んでいてぐるぐると頭上を回っている。



「マリア様、その子は一人ではありません。仲間がいるのです」



 アメリが空を指して、マリアは鳥たちがいることに気づいた。



「仲間が迎えにきています。このまま、飼うというのなら、きっと彼らはマリア様を竜人を恨むと思います」



 仲間を奪った悪い存在だとそうやって彼らは竜人を認識する。マリアが召使いたちがしっかりと世話をしたとしても彼らにはそれが伝わらない、檻に入っている子に伝わっても意味はない。外の世界を飛ぶ彼らにそれは伝わらないのだ。


 どんなに通訳したとしても彼らはそれを受け入れないだろうほどに怒り、悲しんでいる。


 マリアがそれを聞いて「そうよね」と呟くと檻の扉を開けると鳥が檻から出て空へと駆けた。仲間と再会した鳥は数回、頭上を回ったかとおもうと飛んでいく。その様子は仲間と再び飛べる喜びを表しているようだった。



「いいのですか、マリア様」


「いいわ。だって、嫌だもの」



 動物に恨まれるのはとマリアはぽつりと呟く。動物が好きだ、彼らが住みやすいように飼育には気をつけるけれど、その子が幸せでないのなら意味はない。



「それにこれはワタクシの自分勝手な想いだものね……。いくら動物好きでもやって良いことと悪いことがあるわ。今いる子たちはそれを受け入れてくれただけだって気づいたの」



 自分勝手な想いに動物たちを付き合わせるのは良くないとマリアは反省したようだ。ただ、動物が好きだからという理由で飼育していいものではないと。今いる子たちを可愛がって、大切に育てないといけない、そう思って。



「今度からは捕まえる前にワタクシに報告して!」


「はっ!」



 びしりと敬礼し、騎士たちは檻を掴んで戻っていく。アメリは自分の想いが伝わったのだなと思って安堵した、マリアにはちゃんと気づいてほしかったから。


 根は優しく面倒見が良いのをアメリは前世でよく知っているので、そんな彼女が動物たちに恨まれるのは嫌だった。


 そんなアメリの様子にマリアは「どうしたの?」と首を傾げる。



「何かあったの?」


「ちゃんと伝わってくれてよかったなって」


「あぁ、そうね。ワタクシ、自分勝手だったわ」



 動物が好きだというのに彼らの事を考えていなかったとマリアは言う、もうしないと。



「それに気づかせてくれてありがとう」


「えっと、わたしはマリア様が優しい人だって知ってたから……その……他の子にも勘違いさせたくなかったなって」


「ふふ、ありがとう。あんちゃ……じゃなかったアメリがいてくれてよかった」



 危うく自分の身勝手さと独りよがりなことに気づかずに過ごすところだったとマリアは言って、アメリに抱き着いた。ぎゅうぎゅう抱き着いている様子にバージルは小さく笑って「すまないね」と謝った。



「妹が我儘を言って」


「い、いえ! わたしが勝手にしたことですから……」


「もう、バージルお兄様ったら!」



 我儘を言ったことは自覚があるらしく、マリアはむうっと頬を膨らませた。そんな妹の頭を撫でながらバージルは「アメリは優しいね」と呟く。



「動物にも竜人にも君は優しい」



 アメリはその言葉を受け取れなかった、自分が動物に竜人に優しいとは思えなかったのだ。


 動物と会話ができるから今ここにいるので、それは動物たちを利用しているような気がしていた。竜人にもまだ恐怖というのはあって、それに自分は陰口を叩いて人を傷つけたのだ。


 自分のことしか考えていないそんな人は優しくはないと口に出したかったけれどバージルは言うのだ、優しいと。



「優しくなければ、動物の言葉なんて無視するだろう」


「でも、優しいっていうのはバージル様のことをいうかと」


「私かい?」



 アメリの「だって、わたしの意見を後押しするように言ってくれたじゃないですか」という言葉にバージルは目を瞬かせる。



「私は妹に甘いだけさ。でも、そう言ってもらえると嬉しいね」



 そう言って微笑む彼にアメリは思う、本当に眩しいなと。そんな彼女を見つめるバージルの瞳は優しげであった。

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