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第15話 彼は優しいのかな、多分

 中庭で花々に囲まれながら美味しそうに焼かれた菓子たちがテーブルに並べられる。アメリは焼き菓子を摘まむと美味しそうに口に頬張った。やはりここの料理人が作るお菓子は美味しいと頷きながらお菓子を食べる。


 そんな様子をテオは眺めていて、あんまりにもじっと見つめるものだからアメリはどうかしましたかと遠慮げに問う。



「いや、うまそうに食うなぁって」


「美味しいですよ?」


「そりゃあ、此処の料理人は腕が良いからな」



 味には自信があるとテオは紅茶を飲む。それを聞いてやっぱりそうだよなぁとアメリは焼き菓子を掴むとまた口にした。


 マリアとのお茶の時間でも食べることになるのだが、やはり目の前に出され食べてもいいぞと言われると我慢はできない。


 にこにこしながら食べる姿にテオは黙ってそれを見つめていた。



「…………」


「……あの」


「……あぁ? なんだ」


「いや、そんなに見られるとその……」



 アメリが「恥ずかしいというか、なんというか物凄く、食べづらい」と素直に伝えれば、テオは「お前が楽しそうだから」と返す。



「楽しそう?」


「お前が来たばかりの時はなんか怖がってただろ」



 あーっとアメリは目を逸らす、確かに恐怖は抱いていた。本来ならアメリは酷い扱いを受けて逃げ出した森で魔物に食われて死ぬのだ。


 今はマリアの手助けもあってまだ大丈夫だが可能性というのは残っていた。あの時はそれが強かったので表情にも出ていたかもしれない。


 今は危機感が少し薄れてしまったかもしれないがそれでも恐怖はあった。表情に出ないように気を付けてはいたのだがなとアメリは頬を触る。



「まだ、怖いのか?」


「えっと……少し。あぁ、テオ様が怖いとか、そういうのではないのですよ!」



 アメリは慌てて言う。テオが怖いというわけではない、自身が此処に居られるかそれが怖いだけなのだ。


 そう口には出さずにアメリは「やはりまだ慣れていないので」と誤魔化す。その返答に納得したらしく、テオは「そうだよな」と頷いた。



「お前は人間だし、慣れるのは大変だろ」


「は、はい……」


「見た目は人間そっくりでも、竜人だしなぁ。人間は城下にならいるがそれでも少ない」



 この国では人間は珍しい。住んでいる人間はいるにはいるがあまり見かけはしないため、人間を物珍しげに見る竜人は多い。テオに「竜人の目は怖いらしいしな」と言われて、あれは物珍しさに見ていた視線だったのかとアメリは知る。



「大体、数十年に一度、エグマリヌ国から貢物として人間が贈られてくるけど困るんだよな。人間なんてよこされても、環境に慣れねぇですぐに死ぬし」


「そ、そうなのですか……」


「まぁ、あんまり良い扱い受けないからな。お前は運がいいぜ。まー、殆どは自分で死んでいくか、逃げ出すんだよ」



 捨てられるぐらいなら、こんな扱いを受けるなら、もう耐え切れないと言って自ら死を選ぶ。または逃げ出して森から抜けれずに魔物に殺されるので、アメリもそう思われていたらしい。



「今のところ、お前はそんなことをしないから父上は感心していたぜ。骨があるなって」


「骨がある……」


「そうそう。あー、そうだ。気になっていたんだが貢物ってどうやって選ばれるんだ?」



 テオは「人間側にだって、長生きしないっていうのは耳に入っているだろ」と言っては焼き菓子を摘まんだ。


 確かに貢物として贈られた人間が短命だというのは知っていたし、貴族や王族の間では知らないものはいない。


 初めは花嫁候補として名家の人間が選ばれていたのだが、噂が広がるにつれていつしか花嫁候補ではなく貢物として選ぶようになり、一種の刑になっていった。


 これは言ってもいいのだろうかと口ごもるアメリの様子にテオは「別に父上に告げ口したりしねぇよ」と言った。ただ気になっただけで、どんな選び方でも気にはしないと。



「その……島流し的な感じでして……」


「なんだ、お前。悪いことでもしたのか」



 テオの驚いた表情に「はい」と答えるしかない。どんなことをしたのか気になったようで「何をやったんだ」と彼は聞いてきたので、ここで変に誤魔化すのは良くないだろうなと思ったアメリは正直に全てを話すことにした。


 自分自身の行いのせいで婚約破棄されて相手を怒らせて、伯爵令嬢の顔に泥を塗ってしまったこと全てを。



「エルヴィス様は第三王子です。彼を怒らせたがゆえに貢物として選ばれました」


「どうして、そんなことをしたんだ?」



 アメリの行いにテオが質問してきたのでアメリは乙女ゲームの情報と自身の想いを思い出しながら答える、エルヴィスのことを愛していたからだと。


 アメリはエルヴィスが好きだった、許嫁として決められた結婚であったとしても彼を愛していたのだ。そんな彼が別の女性に靡いたのが許せなくてどうにか想いをとどめておきたかった、その結果がこれである。



「今は反省しています、なんてことをしてしまったのだろうと。彼女には謝っても許されないことでしょう」



 反省していた、自身の行いを。どんな理由であれ、やったのは自分なのだとアメリは心から反省して、後悔していた。そんな様子にテオは少し考える素振りを見せる。



「なんで、そいつはお前とは違うほうの女を愛したんだ?」


「それはきっとわたしが愛されていなかったからかと。決められた婚約でしたし……」


「許嫁として決められたなら、その女を愛するのが普通じゃないのか?」



 えっとアメリは目を丸くする。彼は好きじゃなくとも愛する努力はするべきだろうと言うのだ、それがなんだが意外だった。



「テオ様は愛せますか?」


「愛する努力はする。まぁ、父上は婚約者候補から好きな女を選べっていう感じだから、無理矢理決められたりしねぇけど」


「苦手な相手でもですか?」


「苦手、苦手かー。確かにそれはきついな。でも、努力はするだろうな」



 婚約者だと決められたのだ、苦手な相手であっても愛する努力はする。相手を知ることで好きになれるかもしれないのだから。


 それでも無理だというのならば素直にその気持ちを伝えるべきで、そうしないのは相手を縛るだけだ。そう言うテオの表情は真剣でちゃんと考えて言葉にしているのだと伝わってくる。



「お前は今でもそのエルヴィスを愛しているのか?」



 そう問う口調は少し強かった気がした。その問いにアメリは自身の胸に手を当てる、今でも彼を愛しているのかと。



「いいえ。今は何も。わたしはエルヴィス様を愛する資格はないのですから」



 もう愛する資格などはない、あの想いは置いてきたのだとアメリははっきりと口にすると、テオは少しだけ安心したふうな表情をみせた。



「昔の奴のことなんて忘れちまえ。大事なのは今だ、今」



 テオの「お前を愛していなかった奴のことなど忘れて、今を大事にすればいい」という言葉にアメリは慰められているのだろうかと思う。こんな自分を彼は慰めてくれるのだなと意外に感じて。



「なんだよ」


「いえ、慰めてくださっているのかなと」


「……なんだ、悪いか」


「そんなことはないです」



 どうやら、自分から質問しておいて嫌なことを思い出させてしまったと思っているようだった。アメリは気にしていなかったのだがテオは気になったらしい。



「テオ様は優しいですね」


「なんだよ、いきなり」


「いえ。こんなわたしのことを気遣ってくださるので」



 話を聞いて幻滅するのではなく、気遣ってくれるのはきっと彼が優しいからだとアメリが伝えるとテオはふいっとそっぽを向き頬を掻いた。



「別に、ちょっと気になっただけだ」


「そうですか。でも、嬉しかったです」



 嬉しかった、こんな自分でも受け入れてもらえたような気がして。アメリの嬉しそうな表情にテオはじっと見つめていたけれど、すぐに視線を逸らしてまた頬を掻いた。



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