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第14話 怖いけれど耐えられる

 氷のように冷え切った瞳が胸を突き刺す、アメリは床に転がりながらその眼差しを受けめていた。ユーリィはアメリを見つけては罵る。どうやら、テオが他の女性を選んだことを根に持っているようだ。決まって誰もいない場所で彼女は罵るのだが、今日は部屋に戻るところを捕まってしまった。


 あぁ、どうしたものかとアメリは俯きながらユーリィからの棘のある言葉を聞く。



「ほんっと、貴女は自身の身分を分かっていないわ」


「申し訳ございません……」


「謝ればいいってもんじゃないのよ。あぁ、嫌だわ。ほんっと、人間って嫌いだわ」



 ふんっと鼻を鳴らしてユーリィは執事を連れて歩いていく、今日は此処までにしておくということだ。やっと開放されたとアメリは遠ざかっていく背を確認して、彼女がいなくなるのを見送ってから立ち上がると服の裾を叩く。


 これが始まってから数日経つが未だに彼女のあの冷たい瞳には慣れない。苛めというやつを自分は受けているというのはわかるが、解決する方法は思いつかないのでこのままやられるしかない。


(何か言って面倒なことにはなりたくはないし……)


 ユーリィの正体を暴きたいと言っているマリアに言えばどうにかなるかもしれないが、その後のことを考えると少し怖い。一生、恨まれかねないから。


(それに……)


 アメリはそっと目を伏せる。



「お、いた」


「ふにゃっ!」



 背後から肩を叩かれてアメリはびくりと驚き振り返ると声の主はテオであった。驚かれた反応に彼は不思議そうにしてたので、あわあわと慌てながらもアメリは笑顔を作る。



「て、テオ様。なんでしょうか?」


「あぁ? 暇だ、付き合え」



 なんだそれはとそう突っ込みそうになるのをぐっと堪えながら、アメリは「分かりました」と返事をかえす。午後の仕事がキャンセルにあったらしく、思った以上に時間ができてしまってアメリを暇つぶしに使おうとテオは考えたようだ。


 まぁ、暇つぶしにはなるかもしれないなとアメリは思った。動物と会話ができる人間なのだから少しは面白いかもしれないと。



「マリアと会うまでまだ時間あるんだろ」


「ありますね」


「なら、暇だな。いくぞ」



 テオはそう言ってアメリの言葉を待たずに手を引っ張った。なんだこの強引さは、せめて何処に行くのかだけでも教えてほしいのだがと思うも彼は聞いてはいない。


(もう流れに身を任せよう……)


 とりあえず、彼に着いていこうとアメリはもう何も聞かず着いていくことにした。


          *


 テオが向かった先は厩舎であった。それは兵士たち専用の馬が飼育されていて宮殿から少し離れた城に近い場所にある。手入れが行き届いているのか、厩舎内は綺麗であり馬たちものんびりと過ごしていた。傍には馬が離されて訓練している兵士もいる。


 どうして此処にとアメリが思っていると一頭の馬の前でテオが立ち止まる。他よりも少し大きく黒毛の美しい馬がそこにいた。



「俺の馬だ」



 彼はそう言って紹介する。セルヴァテス、それが馬の名でまだ若いらしく血の気が多いように見えた。今まで共にいた馬が引退して代わりに来たのが彼なのだとテオは話す。



「こいつは走り出すとなかなか言うことを聞いてくれないんだ」


『走るのは気持ちが良い。もっと走りたい』


「どうやら、走るのが好きなようです」


「なるほど、だからかー。つっても、仕事の時は大人しくしてもらわねぇとなぁ」



 なぁとテオはセルヴァテスを撫でる。これをどうにかしてほしいのだろうかとアメリは彼に聞いてみた。セルヴァテスは考えるように首を傾けてから「走りたいのだが」と口にしながら答えた。



『此処で走らせてくれるなら、我慢しよう』


「此処で走らせてくれるなら我慢すると言ってますよ」


「そうか、なら俺の時間がある時は走らせてやる。あー、どうしても時間が取れない時は代わりの奴を用意するからそいつで我慢してくれ」



 アメリがテオの言葉を伝えれば、セルヴァテスはうむと頷いた。どうやら了承してくれたようで走れるというのが余程、嬉しいのか少し興奮した様子であった。そんなに様子に「それほど走るのが好きか」とテオは笑う。


 じゃあ、さっそく走るかとセルヴァテスを柵から出すと走れるのかと彼は嬉しそうに鳴く。近くにいた兵士に鞍を用意するように言うとテオは訓練場へと馬を引いた。


 訓練場には馬の訓練や乗馬練習などをしている兵士がちらほら見えて、テオがやってくれば彼らは王子と頭を下げる。そんな兵士たちに軽く挨拶をしてからテオはセルヴァテスに跨ると、彼は走れるぞと嬉しそうに一鳴きして駆けだした。



『うおぉぉ! 気持ちいいぞ! 最高だ!』


「すげーな、こいつは」


「喜んでいますよー」



 アメリが通訳すると「よしもっと走らせてやろう」とテオは手綱を操った。そうすれば、セルヴァテスは喜びながら訓練場を走っているので走るのが好きなのだろう。楽しそうだなぁとアメリはそれを眺めていた。



「うわぁぁっ」



 どてんと盛大な音を立てて落ちる音がしたので、誰だろうかと音をしたほうを見遣れば兵士が落馬していた。教えていた講師役の男性騎士がそれを見て額を押さえている。



「お前はどうしてそうなんだ」


「す、すみません……」


『レディを手荒く扱うなんて、酷いわ!』


「あ、あの……」



 そう声をかければ二人はなんだといったふうに振り向いた。騎士が君はと呟く、アメリのことを知っているらしい。



「あの、そのお馬さん、もっと優しく扱ってほしいみたいです……」


「優しく?」


「確か、動物の言葉が分かるんだったか」



 はいとアメリは馬の言葉を通訳する。鬣を掴まれて痛い、しっかりと乗ってほしい、手荒く扱わないでほしいと彼女の言葉を伝えると兵士は何とも言えない表情をする。思い当たる節があるようで頭を掻いていた。



「確かに少し手荒かったな、お前」


「す、すみません……」


『あなたがパートナーでもいいけれど、もう少し優しくしてよ』


「えっと、あなたがパートナーでもいいけれど、もう少し優しくしてほしいと言っています」



 その言葉に本当かと兵士は驚く。馬というのは相性が合わなければ意思疎通ができないと聞いていたので、自身は嫌われているのではないかと思ってたらしい。アメリは「嫌いじゃないと言ってますよ」と伝える。



「その、焦っている気持ちが伝わっているみたいです。あなたに合わせるから、わたしにも合わせほしいと」


「な、なるほど。すまなかった」



 兵士は馬を撫でると彼女はそれを嬉しそうに受け入れていた。急に大人しくなったのを見てか、講師役の男性騎士は「本当に言葉が分かるのか」と驚いている。


 暫く彼らを見ていたアメリの元にたったと馬が駆けてくる、それはセルヴァテスであった。見上げればテオがむっとした表情をみせていたのであっと思い出した、彼のことを忘れていたなと。



「何かあったのか」


「テオ様。いえ、彼女が馬の言葉を通訳してくださったのです」



 騎士たちの話を聞いたテオはふーんと返事をしながらアメリを見た。その不満そうな瞳にすみませんとアメリは謝る、どうしても放っておけなくてと話すが別に気にしていないと返ってきた。


(絶対に気にしてるでしょー!)


 つっけんどんな言葉にアメリは心の中で叫ぶ。そんな二人に騎士が「彼女の優しさに助けられました」とテオに言う。



「彼女の優しさのおかげで彼とこの馬の絆が深まったのです。とても感謝しています」


「ありがとうございます」


「そ、そうか。そうだろう。こいつは凄いからな!」



 彼らに感謝されてテオは自慢げに胸を張る。自身の所有物を褒められて嬉しいのか、機嫌を良くした彼にアメリは胸をなでおろす。ちらりと騎士のほうに目を向けると目が合ってウィンクをされた。どうやら、助け船を出してくれたようだ。


(あ、ありがとうございますーっ!)


 アメリは感謝するように小さく頭を下げる様子に気づいていないテオは「そろそろ戻るか」と声をかけてきた。



「マリアとの約束を忘れないために中庭で菓子でも食うか」


「いいのですか?」


「あぁ、いいぜ。あそこには鳥もいるしな。鳥はどんなふうに空を飛んでいるのか気になる」



 鳥はいろんな場所を駆け飛ぶ、どんなものを見てきたのか興味があるのだとテオはそう言って笑みをみせた。


  彼の笑みは相変わらず眩しくて、太陽なような元気があるそれは見ていてなんだがほっとする。アメリは暫く見惚れていたが、テオに「行くぞ」と促されて慌てて彼を追いかけていった。



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