「貴女でしょう! わたくしの指輪を盗ったのは!」
とある昼下がりに中庭のテラスに響く怒声。怒りに震えながらユーリィに指をさされた赤毛のメイドは違いますと言っているが彼女は耳を貸さない。
周囲にいる執事とメイドが数人いるが、誰も口を出せずに黙っている。そんな重い雰囲気となった空間にアメリは出くわしてしまった。
遡ること数十分ほど前のこと。アメリは自室でマリアのお茶の時間までごろごろとベッドに寝そべっていると、扉をノックされたので出てみればテオが立っていた。
アメリは驚いて固まってしまう、何故ならテオが部屋を訪れたのはこれが初めてだからだ。用事があるときはいつも召使いが迎えにきていたので、彼からやってくることはなくて何かあったのかと。
「時間もとれたし、迎えに来た」
「迎え?」
「そうだ」
どうやら、テオは仕事の関係でなかなか時間がとれなかったらしい。彼も王子であり、もう竜人の世界では成人しているのだから仕事というのも任されていて忙しいのは当然だろう。
時間がとれたから迎えに来たということらしいのだが何をする気だろうか、動物関係なのは予想できるかなとアメリが考えていればテオは言った。
「時間がとれたからやっとお前の能力が試せる。もうマリアがやってるみたいだがな」
「と、いいますと……」
「部下の馬が言うことを聞かなねぇんだ」
竜人は竜の姿にもなれるので空を飛ぶことはもちろんできるのだが、他国へ行くには馬を使っていた。理由は人間が竜の姿を恐れるからである。
竜人は人間をどうとも思ってはいない。支配下に置きたい、殲滅したいなどそんなことは全く思っていないのだという。
自分たちより劣る人間を今更、面倒みることはないし、人間の領地を攻めるのに無駄な労力を割く必要はないという考えのようだ。
竜人の国――エムロードの領地は広いので人間の領地など興味はないのだけれど、人間と付き合わないわけにはいかない。
彼らが竜人を恐れて攻め入られても面倒なだけなので、周辺国と良好な関係をある程度は築いておかなければならない。人間は確かに竜人よりも劣るが活用しない手はないからだ。
そんな人間の国との交流に馬は欠かせず、竜の姿ならそう時間もかからないが恐れられては困るので彼らの脚が必要だった。
「理由を知れば何とかなるだろ」
「なるほど」
「お前の能力が楽しみだ」
にっと笑みをみせる彼の表情というのは眩しい。人の姿をしている彼の端正な顔立ちがより一層、際立つ。
そんな笑みが向けられていると、わたしなんかよりも他の方にと思ってしまう。勿体ない、もっと素敵な方に向けてくれ。
(かっこいいというのは反則だよにゃぁ……)
どんな表情でも似合ってしまうのだ、怒った姿ですらその顔立ちを際立たせる。
「じゃあ、よろしく頼むぞ」
「わ、わかりました」
そうして、アメリはテオと共に馬の厩舎へと向かったのが数分前のことだ。馬と会話は無事にできて解決することができたアメリはご褒美にとお菓子を食べさせてやると言われて、この重い空気と鉢合わせたのだった。
「なんか、すげーことになってるなぁ」
「あ、あの……テオ様の婚約者候補様じゃ……」
「あー、興味ねぇしな、あの女」
面倒くさげにテオは答えたのを見るにどうやら彼の好みの女性ではないようだ。だから、アピールしても振り向いてもらえずユーリィは苛立っていたのかとアメリは納得する。
状況的にユーリィの指輪が無くなってしまったようで、それを誰が盗ったのかで揉めているようだ。落としたのではという意見も出たがテーブルに置いたのと反論されてしまう。
手を洗うために少し目を離した隙に無くなっていたらしく、そんなところに置いたままにするほうも悪いのではと思わなくもないが今は言わないでおく。
「最後にいたのは貴女でしょう!」
「そうですが、指輪は盗っていません!」
「なら、どうして無くなるのよ!」
誰も盗っていないのにどうして無くなるのか、誰かが動かさなければ無くならないでしょうとユーリィは責める。彼女の言うことは確かにその通りだ、何者かが動かさなければ指輪が無くならないわけがない。
(指輪っていうことはキラキラしているものか……)
ユーリィがどのような指輪を身に着けていたのかは分からないが、宝石のついたものならば輝いてみえるはずだと思い、アメリは周囲を見渡してみるが落ちてはいないように見える。
「なぁ、此処に鳥はいたか?」
「え? あぁ、テオ様!」
テオに声をかけられ二人に気づいたのかユーリィは頬を赤らめる、自身の怒った姿を見られて恥ずかしい様子だ。
そんな彼女など気にせずテオはもう一度、鳥はいたかと問う。それに答えるように一人のメイドが小鳥なら見ましたがと答えた。
「なら、そいつに聞けばいい」
「何を言っているのですか、テオ様」
「聞けるよな、アメリ?」
話を振られてふぁっと声を上げそうになるのをぐっと堪えながら頷く、此処は頷かないといけない気がしたのだ。
訝しげにユーリィは見ていたが、テオは「こいつは本物だ」と言って胸を張っていて、そんなにハードルを上げられては困るのだがと思いながらアメリは周囲を見渡した。
テラスのほうに二羽の小鳥がいたのを見つけてアメリは「あのー」と声をかけると小鳥は顔を上げる。
「此処にはいつからいたの?」
『いつから?』
「えっとあの方がいる時からいた?」
ユーリィを指して問うと小鳥は「あぁいたよ」と答えた。アメリは「なら、此処で何かなかった?」と聞いてみれば小鳥はうーむと首を傾げた。
『何かって何だ?』
「え、えっと、君たち以外に誰かきたとか……」
『あぁ、カラスが来たよ』
『あれはカラスっていうんだよね』
大きなやつさと小鳥が翼を広げてみせる。どうやらカラスが中庭にやってきたらしく、テラスのほうをうろうろしていたのだと小鳥は鳴く。
『あいつ、キラキラしたのを咥えて持って行った』
「それ、どっちに行ったか分かる? えと、住処とか」
『あぁ、わかるよ。でもあいつは強いから近寄れない』
案内してくれないかなとアメリが手を合わせお願いすると、小鳥たちは顔を見合わせちゅんちゅんと鳴く。
行きたくはない様子だったけれど、それでもそこをなんとかと頼み込むと二羽は「仕方ないなぁ」と頷いた。
『案内したらぼくらは逃げるよ』
「それでも構いませんので!」
『ならいいよ、案内してあげるよ』
そう言ってアメリの両肩に二羽は乗った。その一部始終を見てユーリィは固まり、周囲のメイドも驚いたふうに口元を押さえている。
「なんだって?」
「えっと、指輪を盗んだ犯人の元に案内してくれるようです」
「……自信がおありのようね」
ユーリィに睨むように見つめられてアメリは一歩、後ずさる。やはり、この竜人は怖いと恐れるアメリにテオは「大丈夫だろ」と声をかける。
「行ってみればわかることだ。行ってみようぜ」
「て、テオ様がおっしゃるなら……」
不服そうではある様子だがユーリィはテオが言うならばと了承したのでアメリは小鳥たちが指す道へ彼女たちを案内した。