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第10話 マリア様なら見破りそう

 四季折々の花は風に靡き、蝶が蜜を求め飛ぶ。水やりがされて花弁についた雫は陽の光に煌めいている。薔薇のアーチを抜ければ日よけの屋根がついたテラスは涼しくて落ち着いていた。


 アメリたちがテーブルにつけば、メイドたちが紅茶とお菓子を持ってくるのだがどれも美味しそうで目移りしてしまう。四つある椅子の一つに毛足の長い黒猫のメルゥが座っておやつを食べていた。



「メルゥ、美味しい?」


『美味いにゃぁ』


「美味しいみたいです」



 アメリが通訳すれば、「よかったわぁ」とマリアは嬉しそうに笑みをみせてメルゥの頭を撫でる。



「あんちゃんもお菓子を食べていいのよ?」


「あ、はい。いただきます」



 手前にあるクッキーを一つ取って口に入れる。ほんのりと甘く香ばしい味わいに思わず顔を綻ばせる、いつ食べても此処のお菓子は美味しい。料理人の腕がいいのだろうなと食べていればマリアにくすりと笑われてしまう。



「あんちゃんって、お菓子が好きよね?」


「えっ? えと、はい」



 猫時代もおやつをよく食べていただけに生まれ変わった今でもお菓子が好きになっていた。マリアは「猫の時と変わらないね」と紅茶を口に含んだ。



「あんちゃんは猫の時も美味しそうに食べていたから。今もだけど、見ていて飽きないの」


「そ、そうですか?」



 えぇと微笑まれてアメリは気恥ずかしげに頬を撫でる。それがまた彼女には面白かったのか、くすくすと笑われてしまう。



「似ているわぁ。テオお兄様に」


「テオ様に?」


「テオお兄様も、照れたりすると頬を掻くのよ」



 マリアは「お兄様、照れ隠しのためにやっているみたいだけどみんなわかっているわ」と話す。兄妹ならではの話なのかもしれない。


(仲の良い兄妹っていいなぁ……)


 兄妹という感覚は良く分からない、猫時代も気づけば一匹で飼い主に飼われていたのだ。生まれ変わった後も一人っ子だった自分には分からなかった。



「仲が良いんですね、マリア様たちは」


「兄妹仲は良いほうだと思うわ。でも、テオお兄様はちょっと頑固な部分があるから、それでバージルお兄様を怒らせたりするわね。シリルお兄様もおちゃめなところがあるから」


 マリアは「でも、仲は悪くないわ」と答えたので、喧嘩はするけれど険悪な関係ではないようだ。それが自慢なのよねとも言っているので、彼女も兄たちが好きなのだろう。



「あ、あんちゃんはもう一人じゃないのよ! ここならワタクシが守れるもの!」


「ありがとうございます」


「気にしないで! あんちゃんは自由に生きていいんだから!」



 全力で死亡エンドを回避させると意気込むマリアにアメリは無理ないといいけれどと少しだけ心配になる。


 けれど、それほどに自分に再び会えたことが嬉しいのだというのが伝わってきて強く言えなかった。だって、嬉しいのは同じだったから。



「変わったことはしてないわよね?」


「してないですね」


「なら、今のままでいけば大丈夫なはず!」



 このまま何事もなく過ごして兄たちに気に入られればどうにかなるはずだとマリアは考えているようだ。その兄たちに気に入られればというのがよく分からなくて、アメリは「なんですかね?」と首を傾げる。


 気に入られるといってもそう簡単なものではないのだ。今は動物と話せるおかしな人間としての立ち位置であり、面白そうだなといった感情を向けられているだけなのでハードルは高い。


 そんなアメリにマリアはそれはねと周囲をきょろきょろ見渡しながら小声で話す。



「例えば、お兄様の花嫁になるとか……」


「はぁっ! む、無理でしょう!」


「いけるかもしれないじゃない!」


「いや、婚約者候補っているじゃないですか」


「そうだけども……」



 王子には婚約者候補がいるのが普通だ。そんな相手にしかも王子の花嫁にこんなぽっと出の人間がなれるとアメリは思わなかった。それはマリアもらしく、それでも可能性はないでしょと望みを持っている。


 可能性がないとはいえ、無謀とも言えるのではとアメリは口に出そうになるも、マリアは「あ、思い出した」と呟いた。



「婚約者候補で思い出した、そうだわ。聞いてよ、あんちゃん。ユーリィっていう方がいるのだけれどね」



 ユーリィ。その名を聞いてびくりとアメリは肩を揺らすがそんな様子に気づくことなくマリアは話し始める。


 ユーリィとはお兄様たちの婚約者候補として交友がある。相手はまだ決まっていないようだが彼女はテオに好意を寄せているように見えるらしい。



「でも、あの方。性格悪いわ、絶対」


「ど、どうしてそう思うのですか?」


「だって、動物が好きだというのに触り方が下手なのよ」



 動物が好きだというけれど触り方はぎこちなくて、触り慣れていないというよりは嫌々撫でているといったふうだ。


 笑みも頬がつっているように見えるし、動物の話をしても返事が曖昧なのできっと嘘をついているのだとマリアは主張する。


(当たっています、ご主人)


 小鳥たちの話ではユーリィは動物が嫌いだ、彼女本人も言っていたので間違いはない。


 マリアの観察眼というのは正しいのだが、それでもアメリは彼女のことを言わなかった。余計なことをして場をかき乱すのはよくないと思ったのだ。



「媚を売るのが悪いとは言わないけど、嘘は良くないと思うわ。まぁ、あんちゃんは違うからいいんだけど」


「まぁ、動物と話せるだけですからねぇ……」


「それを悪用できるほどあんちゃんは器用じゃないもんね」



 猫時代でもドジっ子だったしと言われてアメリは苦く笑う、その通りだったからだ。


 台の上に乗ろうとして飛んだけど角に頭をぶつけり、飛び移ろうとして落ちたり、水で滑って転んだりと猫時代はドジっ子であった。


 そんな自分に悪用などといったことができない、というか失敗する未来が見える。なので、マリアに「無理しないように」と注意されてしまう。



「勝手に動いちゃだめよ?」


「わ、わかりました……」


「あとユーリィにも気を付けて。彼女、絶対に裏があるから」



 マリアは「絶対にあるわ!」と自信満々に言うので、「はい、ありますよ」と言いたかったのだが、ユーリィにまた何か言われるのは嫌なのでアメリは黙っておく。


 マリアは「お兄様たちには言っているのだけど、信じてくれないのよねぇ」と頬を膨らませていた。見たわけでもないのだから決めつけるなと言われたらしい。



「ワタクシはあの方、嫌いだから絶対に正体を見破る!」


「が、頑張ってください……」



 えぇと、拳を握るマリアにアメリは彼女なら見破りそうだなと思った。



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