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第9話 これぞ、悪役令嬢なのでは

 朝の作戦会議を終えて昼食を食べ終えたアメリはぼんやりと自室で過ごしていた。午後からはマリアとお茶をするようになっている。


 お友達として仲良くしているのを周囲にアピールするという名目もあるが、マリア自身が再びあんこと出逢え、しかも話ができるというのもあって一緒にいたいからというのが大半の理由だ。


 そんなマリアのお茶の時間までまだ余裕があるのでベッドに寝そべって、窓辺にとまる小鳥に話しかけてみたりしながら時間が過ぎるのを待つ。


 はっきり言って暇であるのだけれど苦痛ではなかった、猫時代のことを思い出すからだ。日向ぼっこしていたり、眠っていたり、ごろんごろんと一人遊びをして時間を過ごしていた記憶があるからだろうか。このなんでもない時間というのは好きだった。



『今日も騒がしいやつが来てるんだ』


『気をつけな、気をつけな』


「騒がしいやつ?」



 小鳥がそうアメリに忠告する。騒がしいやつとは誰のことを言っているのだろうかと聞いてみれば、小鳥は見ればわかるさとさえずる。



『あいつはぼくらが嫌いだ』


『ほかのやつも嫌いだ。でも、好きなふりをしているんだ』


「えっと、動物嫌いなのに、好きなふりをしていると」



 そうだそうだと二羽は鳴く、ぼくらを見かけたら追い払うんだと。この前なんて木にとまっていたら石を投げられたと怒っている。



「あー、苛立だしい!」



 びくりとアメリは肩を震わせる、突然の大声になんだなんだとベッドから起き上がった。


 すると小鳥たちが「来たぞあいつだ」と騒ぎ、飛んで行ってしまう。そろりそろりと扉に耳を立ててみると女性の苛立った声音が廊下に響いていた。



「どうして、こうも上手くいかないのかしら!」


「ユーリィ様、それは……」


「言い訳などいいのよ。あぁ、ほんと苛立だしい。嫌いな動物にだって優しくしてやっているというのに! わたくし以上に相応しい女がいるわけがないでしょう!」


「その通りです。王子の妻になるのはユーリィ様です」



 話を聞くにユーリィという女性は王子の婚約者候補のようだけれど、上手くいっていないらしくそのせいで苛立って怒っている。


 何故、此処にいるのかはこんな宮殿の奥、殆ど誰も来ないような場所だからなのかもしれない。流石に愚痴を吐く姿を誰かに見られたくはないのだろう。


 ちらりと扉を開けて覗いてみるとそこには長い金髪を派手に結った、おしゃれなドレスに身を包む女性が立っていた。淡い黄色のドレスは彼女によく似合っていて、額に二本の角があるところを見るに竜人であることは間違いない。


 婚約者候補に選ばれるだけあって綺麗な顔立ちをしているけれど何処か目つきが悪くて怖い印象だ。


(もしかして、動物を好きなふりって、マリア様が動物好きだからか……)


 妹であるマリアに気に入られるにはまず彼女の好きな動物を好きにならねばならない。


 いくら動物嫌いであっても彼女の前でそれを見せれば印象は悪くなり、王子に何を言われるか分からない。それを避けるために好きなふりをしているのだ。


(……関わらないようにしよう)


 関わっては駄目だと察してアメリは扉をしようとした時だった、がんっと扉の隙間に足が入り込んできた。えっと驚き見ればユーリィが立っており扉を掴んでいる。


 いつの間にと状況を理解できないでいると彼女は扉をこじ開けてアメリの腕を掴むと無理矢理、部屋から引きずり出す。その勢いに思わず廊下に身体を打ち付けてしまったのだが彼女は笑いながら見ていた。



「話に聞いて見に来てみれば、大したことないわねぇ」


「え、えと……」


「勝手に喋らないくださる?」



 ユーリィは倒れているアメリの脚を蹴る。立ち上がろうとすれば、「頭が高いのよ」と言って起き上がらせてはくれなかった。



「テオ様があなたのことをよく喋るのよ。父を殺そうとした犯人を見つけた人間だって褒めながらね。マリア様もそう、動物と会話ができるのよって嬉しそう。あぁ、苛立だしい。人間のくせに」



 ユーリィは冷めた瞳を向ける、それは他の竜人以上に氷のように冷え切った眼差しであった。


 ぞっと悪寒が走る。声を上げないように堪えながらユーリィを見るとその視線が癇に障ったのか、眉を寄せたかとおもうとアメリの頭を押さえつけた。



「何、睨みつけているのよ。あなたは人間でしょう、竜人に逆らうんじゃないわよ」



 ぐりぐりと頭を押さえ付けて力が籠められながら低い低い声で言われてアメリは申し訳ございませんと謝るしかない。


 怖い、怖い。アメリの心は恐怖で埋め尽くされていた。暫くユーリィはそうやって罵ると手を離して汚れを落とすようにハンカチで手を拭う。



「人間なのだから身をわきまえなさい」



 そう告げて一睨みしてから執事と共に行ってしまった。彼女の背が見えなくなった瞬間、アメリは大きく息を吐きながら廊下に倒れる。


 恐怖から一気に開放された感覚が身体を巡るも何度か大きく呼吸をし起き上がった。



「こっっっわ! 怖すぎるっ!」



 なんだあの恐怖はとアメリは肩を抱く、あれは怖すぎると。あれが俗にいう悪役令嬢なのではないだろうかと考えて気づく、自分は同じようなことをリリアーナにしたのではないか。



「り、リリアーナさん、こんな恐怖を味わっていたの……」



 自分のしてきた行いを思い出す。手は出していないにしろ、高圧的な態度と口調は似ていたのできっと同じように恐怖を抱いたかもしれない。


 自分が経験して分かった、こんなにも怖いものだったのかとやってしまったことを思い出して俯いた。


 そこで思い出す、彼女の口からテオという言葉が出たことに。もしかして、彼女は彼の婚約者候補なのではないか、あるいは狙っているのではと考えてますます頭を抱え込んでしまった。


 彼女がテオの婚約者になってしまったら自分はきっと追い出される。マリアの友人であっても彼女ならあることないこと言って追い出すように仕向けるように感じた。


 悪役令嬢だった頃の自分も陰であることないこと言っていた。ユーリィは少し前の悪役令嬢時代のアメリに似ているのだから、同じようなことをしてくる気がしたのだ。


 追い出されるのは嫌だが、彼女に気に入られる自信はないのでこれは困ったとがっくり項垂れる。どうすればいいのかなんてあんな様子を見ては思いつかなかった。



「何やっているの、アメリ」


「ふにゃぁっ! え、あ、マリア様っ!」



 その声に慌てて顔を上げるとマリアが不思議そうに見つめていた。肩にかかる赤髪を耳にかけて首を傾げているので、あわあわと手を振りながら「何でもないです」と返事をして立ち上がる。


 さっきのことを相談すればよかったのだが、なんとなく言ってはいけない気がしてアメリは黙っておくことにした。そんな彼女にマリアが「本当に?」と疑うように見つめてくる。



「なんでもないように見えないけど?」


「え、えっと、扉を開けようとしたら、躓いちゃってそれで頭を打って……」


「まぁ。大丈夫なの、それ!」


「だ、大丈夫ですよ! わたし、身体は丈夫なほうなんで!」



 アメリが「怪我無いです!」と返せば、マリアは「それならいいけれど」と少し心配そうな表情をみせていた。


 前世から心配性の気があったのだがそれは今でも健在なようだったので、話を逸らすために「どうして此処に?」と問う。何か用があったのでないかと言えば、マリアはそうだったと微笑む。



「今日は早くお稽古が終わったから、少し早めにお茶をしようと思って。あんちゃんを迎えに来たの!」


「そ、そうだったのですか」


「作戦会議も大事だけど、こうしてまたあんちゃんと一緒に居られるのが嬉しいからね!」


 にっこにこと笑むマリアにアメリは嬉しそうに少し頬を赤くした。自分も嬉しかったのだ、またご主人に会えたことが。


 マリアに手を引かれながらアメリが一先ず、ユーリィのことを考えるのは止めた。



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