メルゥが言っていたお花がいっぱいで屋根のある場所というのは中庭のテラスのことだった。
薔薇のアーチを抜けると色鮮やかな花々が植えられており、ほのかに香る心地良い匂いが鼻孔をくすぐる。何もない穏やかな心であれば、眺めが良くてリラックスできる場所だろう。
そんな中庭のテラスでアメリはマリアにメルゥ様を降ろすように頼む。彼女が言われるがままに下ろすとメルゥはクワっと一つ欠伸をしてアメリを見上げた。
「メルゥ様、お願いします」
『こっちにゃー』
メルゥはとてとてと歩くと後ろを振り返る、ついてこいということらしい。そんな様子に周囲は驚いていた、こんな態度を今まで見たことがなかったからだ。
半信半疑のままメルゥの後をついていくと一つの花壇の前で立ち止まった。くんくんと匂いを嗅ぐ仕草をみせて彼はちょいちょいと前足で地面を突く。
『ここにゃ、ここ』
「どうやら、此処らしいです」
突かれた場所である花壇に近づいて見てみれば、メルゥが匂いを嗅いでいた土が僅かに周囲と違っていることに気づく。
掘り返された後のようにも見えるが三日経っているので確証というはないがそれを見ていたテオが手で土を掘り返しだした。
「これは……」
テオの手には小瓶を一つ握られていた。中には白い粒が入っていたので出てきたものをデーヴィドに見せれば、彼はそれを手に取り目を細める。
「これは龍華結晶……。加工前は生き物の毒にもなるやつだ。なるほど、これならば犯人を確定することができる」
デーヴィドは言う、龍華結晶は素手で触ると火傷のような跡が残り、量にもよるが粉でも熱を持つため瓶の上からでも火傷をする可能性があると。皆が一斉にメイドを見ると彼女は右手を抑えて俯いている。
バージルが彼女に近づいて右手を掴んで握っていた手を開けば火傷のような跡が残っていた。
「貴女が犯人ねっ!」
マリアが指させばメイドは「脅されたんですっ!」と泣き崩れる、彼女は脅されてやるしかなかったのだと叫びながら。
「誰に脅されたっていうのさ」
シリルの問いに彼女は口ごもる。言いたくても言えないといった様子で、何か気づいたバージルが周囲を見渡す。皆が皆、メイドを見つめていてデーヴィドも察したのか、なるほどと頷いて彼女のほうへと近寄った。
「言え、お前の家族の命は保証しよう」
王の言葉にメイドは目を瞬かせて、理解したのが泣きながら答えた。
「クリストファー様に脅されたのですっ」
「何を言っている!」
名前を出されたクリストファーは怒鳴る、罪を擦り付けるのかと。それでもメイドは泣きながら言った、自身の両親はクリストファーに多額の借金があってその請求を迫られていたことを。
そんな時に借金を無くしてやるからと言われて毒を仕込んだのだと涙声で白状した。
「本当はデーヴィド王ではなく、ハーヴァード様を殺すつもりだったんです……。でも、あの時、あの子が間違って二つのカップにミルクを入れてしまったから……」
デーヴィド王はミルクが入っていることに気づいて淹れなおしを命じようとしていたのだが、ハーヴァードが「私のは入っていないから」と交換を申し出たのだ。せっかく淹れてもらったものを捨てるのは勿体無いだろうと。
話を聞いて本来ならば、自分が飲んでいたかもしれない事実にハーヴァードは口元に手を当てて動揺している。
「だからといって、私が命じたという証拠はないだろう!」
「証拠。と、言えるかは分からないが一つ思い当たることがある」
クリストファーの言葉にデーヴィドが返す、加工前の龍華結晶は一般市民が手に入れるのは難しいと。
龍華結晶は武器等に加工されるもので鍛冶屋に行けば手に入るかもしれないが、そんなことをすれば足が着く。そもそも、危険なものである素材を鍛冶屋がそう簡単に渡すことはまずない。
ならば龍華結晶を買い取ればいいのだが、龍華結晶は高級素材なので一般市民の給金ではとてもじゃないが手に入らないだろう。
「クリストファー卿よ。お主は龍華結晶の取引を主にしているのだったな」
「そ、それは……」
「自身の商売品だ。欠片ぐらいならば容易に手に入れられたのではないのか?」
「濡れ衣です! 私は何もしていません!」
「ハーヴァードを殺そうとしたのはワシが彼に一等領地を任せたからだろう」
クリストファーは黙ってしまう。アメリには何の会話をしているのか全くと言っていいほど分からない、分かっていることはデーヴィドが怒っているということだ。彼のエメラルドのような瞳が鋭くなっていて口調が強い。
どうなるのだろうかとどきどきしながら黙ってその様子を見守る。暫く、デーヴィドはクリストファーを見つめていたが小さく息を吐いた。
「後の話は牢屋で聞こうか」
ぱちりと指をならせば控えていた騎士がクリストファーとメイドを取り囲む。拘束されたクリストファーは違うと叫びながら連行されて行ってしまった。
(えっと、どうやら解決したっぽい?)
解決できたと言っていいのか分からないのだが、犯人は見つけることができたのではないだろうか。詳しい事情などは知らないが見つけろという任務は達成できたはずだ。
けれど全くと言っていいほど自信はない、ただ動物の通訳をしていただけなのだ。おろおろと周囲を見渡していればテオが肩を掴んでくる。驚き恐る恐る見上げれば、彼は笑みを浮かべていた。
「お前、凄いな! えらいぞ!」
「は、はい……?」
「まさか、本当に動物と会話ができるとは思わなかったぜ!」
ばんばんと肩を叩いたかと思うとテオはアメリの頭をわしゃわしゃと撫でる、それはもう犬を褒めるように彼は撫でまわしていた。
訳が分からず助けを求めるようにマリアを見れば、彼女は小さくよしっと拳を握っていたので何か手ごたえを感じたようだ。
「人間にこんな能力があるとは……」
「僕も知らなかったなぁ」
そんなマリアの様子に気づいていないバージルとシリルはじっとアメリを観察するように見つめている。珍しいのは当然だ、動物と会話ができる人間など聞いたことがないのだから。
竜人ですら、動物と会話をするということはできないので彼らより劣る人間にそれができるとは到底、思えないのだろう。
「ねぇ、お父様! ワタクシはこの人間とお友達になりたいわ!」
マリアは「きっと、楽しくなるわ!」と言ってアメリに抱き着く。突然、抱きつかれておうっと声を上げてしまうがマリアに「あと少しだから頑張って!」と耳打ちされた。
「マリア。人間と友達になるというが、世話は誰がするというのだ。お前がするのか?」
「そ、それは召使いと一緒に……」
友達にとはいうけれどここでの生活の世話は誰がするというのかというデーヴィドの問いにマリアはうっと言葉に詰まる。自分と召使いでやるとは言っても父は「お前は遊ぶだけだろう」と呆れた様子だ。
どうやら世話に関してマリアは信用がないらしく、それは兄たちも同じようだった。これには困ったぞとマリアが焦っていると、「なら、俺がやってやろうか」とテオが手を上げた。
「俺の所有物として面倒みてもいいぜ」
そう言ったテオにデーヴィドは目を瞬かせて、バージルもシリルも「お前が?」と言いたげな瞳を向けていた。
「テオ、お前が面倒をみるというのか?」
「面白いじゃねぇか、こいつ。動物と会話できるとか」
「しかし、お前は人間と仕事以外で話した経験がないだろう」
「人間だろ? 自分のことは自分でできるだろ。俺の部屋の隅にでも置いとけばいい」
テオに「お前、自分のことはできるもんな?」と言われてアメリはぶんぶんと首を縦に振る。これはチャンスだと、マリアに「そのまま話に乗っかって!」と囁かれた。
彼の所有物となってマリアの友人となればひとまずは死なずにすむ、生きれる希望だ。アメリはテオのいう言葉に肯定するように頷く。さらに、マリアも「お友達になりたいの!」とデーヴィドにせがんだ。
「テオ。貴方、大丈夫ですか?」
「なんだよ、バージル。大丈夫だろ、人間だぜ?」
「なんか、危なっかしいんだよねぇ。テオ兄さんって」
「なんだと、シリル!」
「そこは、ワタクシと召使いたちがサポートしますわ!」
マリアは「いいでしょう!」と上目遣いでデーヴィドにさらにせがむ。彼は暫く考えたのちに深い溜息をついたので、きっと娘に甘いのだなとそんな様子を見てアメリは察する。
デーヴィドの鋭さの残るその瞳が向けられてアメリはびくりと背筋を伸ばして言葉を待った。
「お前が犯人を見つけたことは褒めよう。正直、お前の処遇には困っていたが……今日からお前の世話はテオとマリアがする。下手なことはしないように」
「も、もちろん、何もいたしません! 大人しくしています!」
アメリのはきはきとした返事にデーヴィドは頷いて中庭を出ていった。なんとか、他の竜人からの扱いの悪さというのは避けられたのではないだろうか。
これでよかったのかとアメリはちらりとテオのほうを見遣ると彼はバージルとシリルにまだ何か言われていた。
「面倒みるってお前ね。部屋の隅はないだろう。ペットじゃなくて、人間の女性だぞ」
「じゃあ、何処がいいっていうんだ」
「倉庫にでも放っておけばいいじゃん」
「だめよ、シリルお兄様! ワタクシのお友達を下手に扱わないで!」
マリアに「酷いことはしないの!」と言われてシリルは不満げに眉を下げるが、バージルも流石に倉庫はないだろうと呆れてしまい口を尖らせる。
「とりあえず、適当な空き室に入れたらどうだい?」
「どっかあったか?」
「随分と使ってないお部屋なら、一室……」
マリアの傍に控えていた老執事が言う、宮殿の奥に今はもう使われてはいない部屋が一室だけあるとのこと。そこでいいじゃないかとバージルに言われ、テオはまぁそれならと彼の意見を採用することにした。
こうして、アメリはテオの所有物となり、マリアの友人として宮殿で暮らすことになった。
(まだ、完全には死亡エンド回避できてないけどねー!)
アメリは内心、不安でいっぱいだった。