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前世、家猫な悪役令嬢は姫に転生した飼い主と一緒に死亡フラグを回避したい!
巴雪夜
異世界恋愛悪役令嬢
2024年07月26日
公開日
54,646文字
連載中
 アメリ・スカーレット。公爵家の娘である彼女はエグマリヌ国第三王子の婚約者だった。それもつい数分前の話、彼女は今婚約破棄を言い渡されていた。

 婚約者だったエルヴィス王子の傍にはリリアーナ伯爵令嬢がいた。現実を理解した瞬間、アメリの頭にぶわりと記憶が流れ込んでくる。そこで彼女は思い出した、わたしの前世は飼い猫であったことを。そして、これが飼い主のプレイしていた乙女ゲーム世界であることを。

 婚約破棄イベントを終え、アメリは悪役令嬢アメリのエンディングである竜人の国エムロードへの貢物として島流しにあう。それは扱いの酷さに逃げ出し、森で魔物に食い殺される死亡エンドだった。

 どうにか回避しようと頭を悩ませる彼女の元にエムロード国の姫、マリアがやってくる。マリアの「このままじゃアメリはエンディング通りになっちゃう……」という言葉を聞いて、アメリはもしやと彼女に乙女ゲームのことを話す。すると、彼女は「貴女も転生者!」と反応を示す。話をして彼女がアメリの元飼い主であることが発覚、そこでやってきた飼い猫のメルゥの言葉がアメリには理解できることが判明して――彼女の運命が変わる。

 そんな前世が家猫なアメリが幸せになるまでの物語。

第1話:わたし、猫だったはずなんですけどー!

「アメリ、お前には失望したよ。リリアーナを苛めぬき、陥れようとしていただなんて」


 これはどういうことだろうか、アメリは現状を理解できない。目の前で鋭く睨みつけてくる青年、エルヴィスを見つめながら。白金の短い髪を彼は掻くと隣に立っていた長い金髪を揺らす少女、リリアーナの肩を抱いた。


「オレはリリアーナと婚約する。誰かを陥れようとするような人間を妻になどできない!」


 パーティーの開かれた会場はしんと静まり返り、誰もが三人から視線を逸らさない。これは婚約破棄というものだろうかとアメリは自身が置かれた状況を理解する――その瞬間だった。


(っ!)


 頭の中に映像が流れ込んでくる。誰かを見上げる視線、鳴く声、走馬灯のように流れるそれに気が遠くなる。


 動物が遊ぶような玩具で遊び、時にクッションに寝転ぶような視線、これは自分の記憶なのか。それだけではなく流れてくる別の情報が一気に押し寄せてきて混乱しそうになるもアメリは思い出した。


(あれ、わたし、猫だったよっ! なんで、でもってこの情報何っ! ゲームって何!)


 記憶が正しければこれが生まれ変わったということになる。


(で、でも、このゲームの情報は、なに……)


 そう、それだけではなかった。溢れ出た情報は前世の記憶だけではなくて乙女ゲームというものの内容も頭にあるのである。


 えっとと、アメリは考える。この映像は見たことがある、ご主人が絵を映す不思議なものでやっていたものではないだろうか。


 ご主人がやっていたゲームというものの情報だ、これは。アメリはじゃあこれはもしかしてと顔を青くした。


 そんなことなど知らずにエルヴィスは言い放つ。


「お前が行った今までの悪事の罪は償ってもらうぞ、アメリ。第三王子であるオレを騙していたことを許しはしない!」


 あぁ、これは婚約破棄イベントだ。悪役令嬢がざまぁされる瞬間だとアメリは溢れる乙女ゲームの情報を理解した。自分は悪役令嬢に転生してざまぁされてしまったといことに。


(わたし、猫だったんですけどーー!)


「お前との婚約は破棄するぞ、アメリ。リリアーナを陥れようとした悪女めっ!」


 そんなアメリの心の叫びなど通じる訳もない。髪をふっと掻き分けてエルヴィスが言うと、隣に立つリリアーナは悲しげな視線をアメリに向けていた。


 自分の長く一つに結われた白髪を握りながらアメリは思い出した。これは猫時代、飼い主がプレイしていたゲームというものの世界であることを。


 自分は元猫、死因は病死で最後に見た光景は飼い主の涙を溜めた顔であった。


 しかし、気が付けば婚約破棄される瞬間で、何故か頭の中にある乙女ゲームの情報。訳が分からないが目の前で起こっている出来事は頭の中にある乙女ゲームの情報でいう、婚約破棄イベントである。


(え、えぇえ、何故なんだにゃああ)


 アメリには全く分からなかった、どうしてこうなっているのか。何故、自分が猫時代の飼い主がプレイしていた乙女ゲームに転生してしまったのかなど全くと言っていいほどには理解できない。


 静まるパーティー会場でひそひそと声が聞こえ始めた。はっと我に返って周囲を見渡すとパーティーを訪れていた老若男女の視線を集めていた。


(待て待て、この後って……)


 アメリはこの後はどうなるんだっけと溢れ出る情報から探す。確か、この後はこのままパーティーを追い出されるのではなかっただろうか。そう思い出したと共にエルヴィスが呼んだ兵に拘束されてしまった。


          *


 会場を追い出されたアメリは控えていた執事と共に馬車へ乗って自宅へと戻る最中、ぐるぐると頭の中で渦巻く記憶を整理することにした。


 自分は元家猫であるのだが、この乙女ゲームの情報も頭に入っていた。人間ではなかった自分は映像を飼い主の横で見ていただけなのに何故、こんな情報があるのか。


 これは神様の慈悲なのか、それならどうして悪役令嬢に転生させたのだ。


 そもそも、ただの家猫が人間に転生したのだ。そこにも驚きだというのに乙女ゲームの中だとさらにそれも倍に膨らむがもう何がなんだか分からない。神様の悪戯でこんなことになったのだろうか。


 考えれば考えるほど答えは見つからず、分かっているのは自身が元猫であること。飼い主がプレイしていた乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまったこと。何故か、そのゲームの情報が頭にあることの三つである。


「えぇ……考えても全く分からない……」


 分かっていることをまとめてみるもやはり分からない。いや、これを解決したところで自分が猫に戻れるわけでもないだろう。分からないことではあるが生まれ変わったことは事実なのだ。


 いろいろ突っ込みたいことはあるが現状を整理できたアメリは、これを素直に受け入れて次のことを考えることにした。


 乙女ゲームの悪役令嬢であったアメリは主人公である伯爵令嬢のリリアーナに婚約者であるこの国、エグマリヌの第三王子エルヴィスを盗られたくないという想いで彼女に強く当たっていた。


 高圧的な態度を取って陰で悪口を言っていたのだが、それがエルヴィスの耳に入ってしまい婚約破棄を言い渡される。


 実を言えば、これは決められた婚約であった。エルヴィスはアメリを好きではなくて、それにアメリ自身も気づいていたけれど彼を愛してしまう。盗られたくはなくて、だからどうにかしようと躍起になっていた。


 けれど、前世の記憶を思い出した今のアメリは彼を愛している感覚はない。何故なのかは分からないがもう何とも思っていないのだ。


 乙女ゲームの悪役令嬢アメリの情報を思い出し、やってしまった行いというのを恥じた。思い出す前とはいえ、自分は主人公であるリリアーナに酷いことをしてしまったのだ。


 陰で悪口を言い、彼女と話す時は高圧的で当たりも酷く、手を出すほどまでのことはしなかったが精神的に追い詰めたのは事実だった。


(うぅ……酷いことをしてしまった……)


 酷いことをやっていたのは自分なのだとアメリは胸を抑えて、今までやってきた行いを後悔して反省した。


 だが、事態が変わるわけではないのでアメリは何故かある乙女ゲームの情報を引っ張り出す。婚約破棄イベントがあった後はどうなったのかを知るために。


 悪役令嬢アメリが婚約破棄されたイベントの後は二種類のエンドが待っている。


 それは父の不正疑惑が発覚し、一家離散され奴隷として売られてしまうもの。竜人の国へ貢物に出され扱いの酷さに逃げだし、森に住まう魔物に食い殺されるものの二種類だ。


 どちらも嫌なエンドであり、後者の竜人の国へ行くものはほぼ死が確定していた。主人公であるリリアーナの攻略の進度によってそれが変わっていくようになっている。


 彼女はどんなふうに攻略したのだろうか。エルヴィスエンドに進んだということは、彼の攻略が殆ど終わっているということなのだがそこまでしか分からない。


 攻略情報ではエルヴィスとその関係者関連のイベントを進めれば父の不正疑惑エンドで、他の攻略キャラクターとの親密度が一定以上だと竜人の国の貢物エンドのはずだ。


 どうだったかなぁと思い出そうとするも、苛めていた記憶ばかりが蘇ってこういう時に役に立たないなとアメリは溜息をついた。


「奴隷エンドはまだ生きれるけれど、竜人の国の貢物エンドはほぼ死亡確定……。せっかく、生まれ変わったのにもう死んでしまうかもしれない……」


 ぐでっと肩を落としてアメリは顔を覆った、どんなに考えても回避できる方法というのが思い浮かばなくて。


「ご主人……」


 思い浮かぶのは生まれ変わる前の飼い主の顔。優しくて、最後まで看取ってくれた彼女の表情を思い出して涙が出そうになる。


 死ぬ直前、飼い主は最後まで笑顔を向けてくれていた、涙を溜めた瞳を向けながら名前を呼んでくれた。きっと悲しい顔で見送りたくなかったのだなと今ならよくわかる。


『きっとまた、優しい子に生まれ変われるよ』


 飼い主の言葉が蘇る。もう死ぬのだと理解した飼い主は認めたくないながらにも、この子はきっと生まれ変われると願った。


(ごめんよ、ご主人。ごめんなさい)


 わたしは優しい子に生まれ変われなかったよ、酷いことをしてしまったんだ。アメリは溢れる涙を拭いながら「ごめんなさい」と誰に言うでもなく呟いた。


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