――全人類VRMMO監禁事件
それから1週間経った世界。
世界中の人間を、少なくとも確認出来る範囲では、漏れなく、デバイスを通じて昏倒させたというこの事件、しかし、死者は全く出なかった。
とはいえ、恐怖は残るはずである。
VRMMOをやってるかどうか関係無く、デバイスを装着してるだけで、何時どこで、意志が乗っ取られるか解らない。そんなものは使ってられないけれど、今じゃ、これが無ければ生活が成り立たない者達も多くいる。
世界滅亡のトリガーになってもおかしくない、だけど、
“まだ”そうはなっていなかった。
……アイズフォーアイズの本社がある街、そこに在る病院の、特別治療室で、
久透リアは、ベッドに横たわっていた。
白金ソラを初めとした、多くの人々に囲まれて。
不老不死を謳っていた彼女だが、インドラの酷使は、最早、彼女の体を維持を不可能にしていた。
姿こそ、老化せずに以前のままを保っていても、その中身はボロボロだった。
「――全く、
最早彼女は、自力で起き上がる力もない。
「これだけの、事が、あっても、尚、私の、技術を、捨てないと、言うのだから」
「仕方無いだろ、捨てないというよりは捨てられない、それに」
灰戸ライドは答える。
「VRMMOへと強制ログインさせる為のプログラム事態の解析は完了した、それに対するセキュリティのアップデートも容易だった――お前のおかげでな」
自分のしでかした事件の後始末に、リアは最後に協力した。
「遅かれ早かれ、”脳を使ってのフルダイブする機械”なんてものに、今回のような事は起きてもおかしくなかった、全人類がそれを誰も死なないで体験出来たのは、寧ろ僥倖だろうな」
「相変わらず、楽観に、過ぎる、会社は今、潰れかけて、いるだろ?」
「いいや、意外と助けてくれる者達も多くてな! なんとかなりそうだ!」
そう言って、病人の前でがははっ! と笑う灰戸、それに対して、少しだけ笑ってからリアは、
「アイ」
娘の名を呼んだ。
すると、202cmという巨躯でなく、VRの時と同じく、158cmまでに縮んだアイが、灰戸と入れ替わるように、リアの枕元に立つ。
「なに、お母さん」
のんびりとした口調ではない――作られた母性じゃない、彼女の素の性格、
それに対してリアは、
「すまなかった」
と、一言だけ告げた。
「……お母さんが、私を人間じゃなくてロボットにしたかったのは、人間と同じ苦しみを味合わせたくなかったからでしょ」
「バカ、言うな、私は、実の娘を、利用しただけ、の、鬼畜だ」
「そんなことないよ、お母さんは優しすぎただけ」
――優しいから間違える
「……お母さんのお母さんが亡くなった時、側にいて、一緒に泣いてくれる誰かがいたらよかったの」
「……そう、だな、だが、私は、間違えた」
そこでアイに続いて、リアは、
「白金ソラ」
自分の目を、最後に覚ましてくれた少年の名を呼ぶ。
「……はい」
「私の――いや、私の母の願い、は、ゲームを作った、時点で、叶って、いた」
――悲しみは消す為にあるんじゃない
「悲しみが、喜びに、いや」
死という逃れられぬ宿命すら、
「楽しみに、変わる、場所」
そうなるように、生きる事こそが、
人類に残された、幸せになる方法。
「――リアさん」
「……聞いて、いいか」
そこでリアは、世界の進化に多大な貢献をしつつも、自分の思想をぶつけて、今の世界を消し去ろうとした久透リアは、
自分を止めた少年に、尋ねた。
「怪盗、ごっこは、楽しいか?」
……怪盗は、犯罪である。どれだけ手並みが素晴らしくても、現実で行えばただの罪。憧れてもなるべきものではない、だけど、
――現実ではけして許されなくても
その夢が、叶えられる場所がある。だから、
「はい」
ソラはちゃんと、
それを聞いて嬉しそうに笑った後、リアは、
「すま、ないが」
突然、今にも消え入りそうな掠れ声で、
「娘と、二人に、してくれる、か」
そう、言った。
……その言葉に、
――死を恐れ、死に別れを恐れた彼女だけれど
最後は穏やかに、笑っていたと、
この10分後、クロの胸の中で、泣きじゃくりながらアイは語った。
◇
――それから更に2週間後
午後六時三十分、滋賀県湖北地域にある、民泊兼自宅である、ソラの部屋にて。
「……当たり前と言えば当たり前ですけど、色々と間違って伝わってますね」
アイズフォーアイズの全面協力で、セキュリティがアップデートされたデバイスで、ARを起動して、ソラとレインはニュースをチェックしていた。
――久透リアの犯行目的は、アイズフォーアイズへの復讐
VRダイブ中の保護プログラムを、悪用する方法を開発した――
概ね、これが”真実”として出回ってる情報である。リアの正体が不老不死である事や、チャンドラバブであった事などは、全く書かれていない。
「というよりは、余りにも荒唐無稽に過ぎて書けないといった所か」
「事実はニュースよりも奇なり、ですか」
怪盗スカイゴールドの活躍も、WeTubeの配信の範囲でしか語られておらず、虹橋アイの情報も、全くニュースになっていなかった。
「眠っている間のプレイヤーの記憶もないみたいですし」
「最後の戦いに集まってくれた1000人も、極一部しか記憶に無いみたいだからな」
あれだけの事が起こっても、世界はつつがなく回っている。
喜ばしいのか恐ろしいのか、灰戸ライドが言った通り、世界中からのアイズフォーアイズへの意見は同情的ですらある。
それでも、リアの言った通り、このゲームをまた楽しめるかどうかは解らない。再開へ向けての準備すらも、ろくに整っていない。
――だけど
「また、遊びましょう」
「――ああ」
VRMMOは、
無意味だからこそ価値がある。どうしようもない現実を糧に、夢を描ける場所である。だから今は悲しくても、それが喜びになる日が、きっと来る。
だから、
「……なぁ、ソラ、いいか?」
「あ、……ど、どうぞ」
その日までは、別の喜びを、ただただ唇を重ねる事を、
「ソラ」
「――レインさん」
赤らめた顔を近づけながら、
しようとした時、
――ガチャッ!
「ソラー、レインさーん、生姜焼き出来た」
「……」
「……」
「ご、ごめんなさい」
顔を真っ赤にしたソラの母親は、叫んだ。
「さきにそっちを食べてから来て! それじゃ!」
「た、食べるって、どういう表現ですか母親殿!」
「というかちゃんとノックしてよ!?」
どれだけ世界が変わっていても、
くだらない日常も続いていく。
それは仮想も現実も同じで、
――それが永遠じゃない理由を
二人はもう、手にしていた。