――人類の新たな現実の世界になった、アイズフォーアイズ。
この世界の神は八百万じゃない唯一神、慈愛の表情を浮かべる、”愛の女神”のみである。
そんな神を祀る礼拝堂の一つに、
「あら、カナさんとテツさん」
「お久しぶりです」
村人風の衣裳に身を包んだ
「そちらもお祈りですか?」
「はい、任務の前に」
アイズフォーアイズの未経験者は勿論、VRMMOというジャンルにすら、触れてなかった者達も、皆こうやって、
自分が死ぬ事も、誰にも死なれる事もない理想郷、
それを見守る女神に感謝するばかりの世界。
……だけど、多くの人々が笑みを浮かべる中で、
――巨大な女神像、その前で
黒衣の男、クロスが跪いている。
しかしその手は、祈りの為に合わされる事はない。
彼の手はずっと、刀の柄にかかっている
……客観的にみればそれは、神に対する不遜な行為、だが、
「……」
黙して、何かを待っている。
今のクロスには、この世界の者達と同様に、思い出す過去なんて存在しない。だけどクロスは、こうしなければならないと”何故か”思っている。
スカイのように違和感も抱かないまま、この行為に至ったのは――
◇
ドワーフの酒場を後にして、スカイを連れてキューティがやってきた場所は、
「――わぁ」
なんて事の無い、ただの湖である。だけど水面に陽光を浴びてキラキラと輝く様はとてもキレイで、思わず、素の感嘆の声をスカイは漏らしてしまった。
「素晴らしい風景だな」
「ああ、そうだね」
「風も気持ちいい、日の光も暖かい、本当に」
キューティは、
「この世界で、お前といれて、私は幸せだ」
嘘偽りの無い気持ちを言った。
「……そうだね」
全くそれはキューティの言うとおりだ、世界は穏やかで、愛しい人がいて、そしてこの世界は、明日も永遠に続いていくのだ。
これ以上何を求めるというのか、もしも、そんな事を望むならば、
――足るを知らずに必要以上を得ようとするなら
それは、
「――罪だ」
もしも人が欲望のままに、
謙虚を傲慢に、寛容を強欲に、感謝を嫉妬に、忍耐を憤怒に、純潔を色欲に、節制を暴食に、勤勉を怠惰に、
そんな風に、してしまえば、やがてその幸せは不幸に変わる。
永遠を有限にしてはいけない――世界をけして終わらせてはいけない。
そんなのは当たり前なのに、
それなのに、
「――だけどお前は、それが寂しいのだな」
「……うん」
キューティには、愛しい人には隠せないその気持ち、
苦しそうに笑うスカイを見て、キューティも同じような表情になる。
「何故だろう、そんなお前のそばにいると、私は不幸だ、だったらとっととお前と別れればいいのに」
そう言って、愛しそうに手を伸ばす。そしてその手は、
「何故、そう出来ないのだろうな」
頭を、撫でた。
――それは白金ソラにやる事であって
スカイゴールドにやる事ではない。
だけど、その感触が、思い出せる。
スカイゴールドに、”思い出す”という事を、思い出させる。
「……私からも、聞こう、スカイ」
そしてキューティは問いかける。
「何故お前は、幸せじゃないんだ?」
――何もかもが満ち足りているはずの彼に
そう聞けば、
その答えは、
「――楽しくない」
それはとても単純な、我が儘。
「ドキドキしないんだ、キューティ」
胸の鼓動が、聞こえない。
……白金ソラが、怪盗スカイゴールドであれたのは、沢山の理由があるけれど、
一番の意味は、何時だってそう、
楽しかったから。
――スカイゴールドは何時だって、楽しそうに笑っていた
だけど今の彼に、それはない。だって、ドキドキしないのだから。
理想の自分よりも、更に上を目指すなんて、それがどれだけ罪深いとは解っていても、
楽しくなかった。
スカイの言葉にキューティは、
「……ドキドキ、か、そうだな」
――自分がすべき事を
否、
したい事を、思い浮かべる。
「なら、キスをしよう」
「えっ」
その言葉にはスカイも驚き赤面するが、言ったキューティも顔を赤くする。
「ほ、ほら、ドキドキしただろう? うむ、つまり私達が今からキスするのは、楽しい事だ!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいレインさん、いきなりすぎて――」
レインという名前と、敬語の口調が零れた事に、
「……ほら、やっぱり」
二人は、キスという、無意味の必要性に気付く。
こんなことしなくたって、人は幸せになれるはずなのに、
幸せ以上を求めてしまう――
それがもう、罪だというなら、
「……目を閉じろ、私からしてやる」
「は、はい」
「――愛してるぞ」
その罪すらも人は、
「ソラ」
楽しむべきだ。
――目覚めのキスを何度でも
◇
「
◇
――アイズフォーアイズ、巨神の外側
即ち、地球を踏み台にして、巨大化する愛の女神が、宇宙空間に起立している場所。全長1000kmのままに、虹色の幾何学模様を輝かせ続けていた巨女神であったが、その光がおさまった。
「処理が、終わった、か」
そのサイズの神に比べれば、豆粒のように小さな久透リア。だけど彼女はこの宇宙を満たすような声を――現実だったら、真空に阻まれて響く事もない声を、巨神へ届ける。
娘に対しては、全く、人間扱いしなかった。
自分の体から作った物は、世界を幸せにする為の発明品だと思っていた。
――母に愛されたからこそリアは
別れの悲しさを、知ったのだから。
「なら、最初、から、愛さなければ、いい」
それは余りに合理的で、非人間的で、
「娘よ、さぁ、私を、
別れの言葉すらも、
「喰らえ」
まるでコマンド入力のように――だけど、
その瞬間、
――ドクンッと
「……何?」
音がした、まるでそれは心臓の鼓動だ。
それは――虹橋アイを内包する、巨神の胸部から聞こえて来た。そしてその鼓動のリズムに合わせて、彼女の胸の周りが、虹色ではなく、淡い輝きを発している。
やがて、一つだけの鼓動の音は、
幾つも、幾十も、幾百幾千幾万――
一つの大きな音になる。
「……まさか、そんな」
目の前で起きている事に、無表情のままにリアは、
「まさか」
絶望する。
――だけどそれは人々の
インペリアルトパーズによる【特性共有】によって、
“思い出す”事を思いだした怪盗達は、
「
クロスが、データー破壊グリッチで、
巨神の胸を切り裂く事で、
五人揃って、開かれた胸部から飛び出してきた。
――かくして宇宙にその身を躍らせた怪盗達であるが
「うおおっ!? 宇宙!?」
「まずい、足場が!?」
重力すらも存在しない場所、このままだと全員バラバラに散らばってしまうと、五人同時に慌てたが、
「任せて!」
――その声が響いた瞬間
うっすらと虹色に煌めく足場が形成されて、同時に重力も発生、そこに降り立つ。
そうやって、スカイ達が揃って着地する事よりも、リアにとっては、
「――馬鹿、な」
その背後の光景が、
「馬鹿な!?」
切り裂かれた胸部から崩壊し、光の粒子になって霧散していく巨神の光景にこそ、激しく動揺する。
そして崩壊していく、女神の中に囚われたプレイヤー達は、そのまま、この場所からテレポートしていった。
起きている事は明白なのに、
「何故、だ、何を、どうして、どうやって、こんな!?」
そして、久透リアならば、こうなった理由も解るはずなのに、
――その”現実”を否定するように
「何故、お前が、解き放たれた、虹橋アイ!」
――クロスにまるで姫のように抱えられた
202cmではなく、158cmと、
女性の平均身長サイズになった、虹橋アイに問いかける。彼女は
「皆が、思いだしてくれたから!」
そう、母に言い放つ。
「このゲームが好きな理由を!」
「――ゲーム」
娘の言葉に、たじろぐリアに、
雪崩のように崩壊してりく、
――スーツの内ポケットにおさめてある
淡い光を放つマスクを取り出して、それで己の顔を覆って、
そして、楽しそうに笑いながら、
言い放つ。
「我が名は怪盗スカイゴールド!」
果てしない星空を背景にして、
沢山の仲間達と供に並び立ち、
怪盗は再び――宣言する。
「罪には罪を! 世界奪還の時来たり!」
……その後に訪れる静寂、だが、その状況でも、
スカイ達は”楽しそう”に笑い、
久透リアは、笑っていない。
それがどうしても、
「何故」
永遠に生きられる世界を、壊しても、
「何故」
そうしていられる理由が、
「何故、だ!」
どうしても解らなかったから、リアは吼えた。そして体中から、蒼白き火花を溢れさせながら、スカイゴールドへ突撃する。
――目にも止まらぬ閃光の一撃を
「
再び見えた、
「さぁ、リアさん!」
――久透リアとの最後の戦い
否、
「遊ぼう!」
最後のゲームが、始まった。