――アイズフォーアイズ、江戸時代を模した世界の
「ああ、憎き怪盗スカイゴールドさね!」
そう開口一番言ったけれど、言葉とは裏腹、義賊のアカネの表情は笑みを浮かべていた。それはその隣のサクラも同じく。
「今日はお二人はデートですか?」
「まぁ、そんなところかな?」
「いやぁ、怪盗が白昼堂々とデートってどうなのさ?」
「それは義賊のお前達もだろ?」
そんな他愛の無い会話をしていても、
(なんだろう)
スカイの胸には、違和感が残る。
(何もかも幸せなのに、我の理想の毎日なのに)
疑問はそう、
(どうして、何かが足りない気がするんだろう)
その、幸せに対しての懐疑。
「どうしましたか、スカイさん?」
「え、いや、ああ」
「本当に今日のお前はどうかしてるな?」
キューティがそこではじめて、
「何か不安でもあるのか?」
心配そうにそう言ったが、
「不安だって、まさか!」
「そんなものはこの世界に、”存在しない”でしょ?」
「――そうだな」
双子の姉妹がそう否定したならば、キューティは直ぐに笑顔を浮かべ、そしてスカイに腕を絡ませて、駆け出した。
「すまない! 私はスカイを、幸せにしてくる! 今度はダブルデートをしよう!」
「了解さ!」
「え、ダブルデート? 誰の事を言ってるのでしょうか? まさかとは思いますけれどブレイズレッドさんじゃありませんよね?
背後から聞こえてくる、呪詛のような声すらも、
今のスカイの心のもやもやを晴らす事が出来ず、
――それゆえに
「……スカイ?」
彼の一番の最愛は、その事で、
この世界に対する違和感に、気付き始めた。
◇
――色欲の楽園、Lust Eden
多種多様の種族が接客をする
奥にあるバースペースにて、
――怪盗ナイトゴールド
現実の世界で、郷間ザマとして、許されぬ悪行を――その罪を背負ったものである。だが、
彼はその事を、これっぽちも思い出す事が出来なかった。
――そんな彼に
「隣、いいかしら?」
この店のオーナー、マドランナが、豊満な肉体と蒼い炎を揺らめかせながら話しかける。
それに対してナイトは、ぶっきらぼうに言った。
「何の用だ」
その物言いにも、くすりと微笑みながら、マドランナ、
「なぜ、幸せそうじゃないのか、気になったの」
「――そういう夜もあるだろ」
「いいえ、おかしいわ、だって」
さらりと、
「ここには、貴方を苦しめる過去はないでしょう?」
言った。
「過去、だと」
「貴方の場合、罪と言ったら、いいのかしら」
「罪」
人を苦しめたという罪、それは本来、けして消えないものだ。単純な話、自分の犯した罪が消えたというなら、それは幸せと言えるかもしれない。
だからこそ、怪盗ナイトゴールドが、こうやっている事はおかしい。
だけどそれは、
「――なら何故、お前は」
もう一つの疑問を生む。
「
「それは、だって」
最初こそそれに、自然と笑顔で答えようとしたマドランナだった、だが、
「……だって、私は」
――自分を苦しめてきたあの過去が
父と母に、責められた日々が、拭いがたいトラウマが、”無い方が幸せ”であるはずの物が、
「――何故」
彼女にも、疑問を抱かせた。
――それはそうだろう
辛い経験があるからこそ、
己と皆の為の楽園を作ったというのに。
◇
アイズフォーアイズの中心都市、そこにあるドワーフの酒場。その一番奥にあるテーブルに、
「どうしたんだよ急に呼びだして?」
「デートのお邪魔、してよかったん?」
やってきたのはブレイズとオーシャン、二人の当然の疑問にも、なんだか苦しそうに笑うスカイ。それに代わってキューティは、
「いや、ご覧の通り、スカイの調子が悪そうでな、お前達にも力を借りたいと」
「ご、ごめん、迷惑かけて」
「何言ってるんだよ、友達じゃねぇか」
「ほうよ、悩みがあるんやったらなんでも聞くよ」
そう言った後オーシャンは、
「まぁ、悩みなんて、この世界にあるはずないけど」
「だよなぁっ!」
と、”当たり前”の事を言って、笑う。
それに対してスカイは、”何故か”違和感を覚えながら、
「変な事、聞くけどさ」
とうとう、呟いた。
「皆って今、幸せ?」
――まるでそれは宗教の誘い文句のような
……その言葉に、全員が沈黙した後、
「いやいや、何を言ってるんだよスカイ!」
「ほうよ、そんな当たり前の事!」
「ま、全くだぞ、スカイ、私がいるのに幸せじゃないのか?」
そう言って、騒ぐけれど、
「幸せ、だよな、俺達?」
「うん、うちも毎日、歌を歌えて幸せよ」
「私も、スカイはもちろん、かわいいよみふぃと戯れて……」
だんだんとトーンが下がっていく。
まるで通夜の会場みたいな雰囲気、この事態を招いたスカイ自信が、どうしようと焦った時、
「はい、ドラゴンステーキの山盛りコンボ、お待ちどう!」
店主が、肉汁滴るご馳走を、大量のポテトやブロッコリーというサイドバーティーと供にもってきたものだから、
「うおお、きたきた!」
「テンションあがるぅ!」
「良し、食おう! ほら、スカイ!」
「う、うん!」
キューティに促されて、スカイはフォークをそのままステーキの切り身にぶっ刺して、口に運ぶ。野生的な歯応えと供に、口内に溢れる脂身の甘さと、鼻を突き抜ける香ばしさ。その美味さに頬を緩ませる。
「やっぱり、美味しいね、ここのステーキ!」
「マスターの熟練の技やねぇ」
そんな楽しい食事の中で、
「そういえばさ」
スカイは、そう、
――思いだした
「小浜でもこうやって、みんなでわいわいごはんを食べたよね」
永遠には必要無い、
「そういえば、怪盗のチーム名も、決めてないな」
無意味なはずの、思い出を。
――その言葉は
「……あれ?」
スカイ本人が疑問に思うのは勿論――今まで、スカイ達に見向きもせず、幸せそうに騒いでいた周囲の者達も、
「何、今の話?」
「もしかして、思い出話をした?」
「なんで過去の事を?」
黙らせた後に、ざわつかせた。だけど、
「まぁいいや、乾杯!」
「今が幸せならそれでいい!」
「考えたり悩んだりするのなんて、馬鹿らしい!」
すぐにまたその喧噪に戻る。だけど、スカイのテーブルだけは沈黙が続く。
その中で、
「……ごめん皆、我、やっぱりおかしい」
「スカイ」
自分という物が信じられなくなった少年を、
「今すぐここを出るぞ」
信じる女性がいて――キューティが、スカイの腕を引っ張りながら立ち上がる。
「お、おう、行ってこい二人とも!」
「なんかわからへんけど、なんかそうせんとあかん気するよっ!」
ブレイズとオーシャンに見送られながら、キューティに引っ張られていくスカイ。
――それは本来、彼の幸せではない
怪盗スカイゴールドは、悩みももたず、華麗に振る舞い、皆を魅せる程にかっこよく生きる。
……それなのに、今はこうやって、
キューティに、導かれる事が、
(なんでだろう)
理想の自分じゃない事が――
(なんでこれが、幸せに感じるだろう)
そう思えて、ならなかった。