――アイズフォーアイズ
それは、理想の世界として作られた
思い描く自分になれて、現実の自分が年老いても、いくらでも若くあれて、逆にどんな子供でも、背伸びをする必要も無く大人にもなれる。血湧き肉躍る冒険も、安寧を求めたスローライフも、全ては己の望むままに。
そして、ここには死すら存在しない。
データーが残る限り永遠に、プレイヤーは生き続ける、
――だからこそ
「我が名は怪盗スカイゴールド!」
この永遠の遊び場で、
「罪には罪を! 世界奪還の時来たり!」
怪盗はその名を、高らかに歌い上げた。
――淡い光を放つマスクも無しに
「うわああああ!? スカイゴールド来た!?」
「やばいって!」
マスクレス、仮面無しの怪盗が降り立ったのは瓦礫の廃墟――グドリーの一味とクラマフランマの為のポイントをかけて戦ったあの場所だ。
しかし今回の相手は、グドリーだけでなく、
「
黒いコートを揺らす怪盗、ブラッククロスも存在する。だが、
「
スカイの相棒、シルバーキューティの防御技が防いで見せた。そのまま忍者と侍の戦闘が始まる中で、スカイは一直線に向かう。
ニヤリと笑った小悪党は――【特性共有】で、ウィザードでありながら装備したクラマフランマを振る、怪盗はそれに向かって回し蹴りを放つ。
――大ぶりの剣撃と、スカイのブーツの裏が衝突した
「真っ向勝負? 一体何を企んでるのかな」
「案外、何も用意してないかもしれませんよぉ!」
「馬鹿言うなよ、グドリーが真っ向勝負をする訳ないだろっ!」
そう言って、周囲を警戒しながらグドリーとの戦闘を続けるスカイ――そして彼は、
「
そう言って一際高く飛ぶけど、それは、
グリッチでは無い。
スカイは勿論、キューティも、クロスも、バグ技というものは一切使っていない。唯々真っ当なPVPが行われる。
そんな、ルールの範囲内で行われた戦いは、
『TIME OVER!』
時間切れ、という形で呆気なく幕を閉じた。PVP参加者から漏れる、安堵と落胆の声。グドリーは特大の舌打ち音を放ち、スカイはそれに対して苦笑した。
「スカイ、お疲れ様だ」
「キューティ」
そこにスカイの恋人、キューティがやってくる。彼女は当たり前のようにスカイの腕を取り微笑んだ後、グドリーを見て、
「すまないが、勝負はここまでだ。この後私はスカイとデートだからな」
そう、恥ずかしげも無く言うものだから、スカイは少し顔を赤らめ、グドリーはバチィン! と響く程の舌打ちを売った。
「やれやれ、お熱い事ですね。犬に食わせれば臓腑が焼けただれて死にそうな程ですよ」
「わ、悪いねグドリー、また今度」
「ええ、今度こそ、貴方をぎゃふんと言わせてやりますから」
そう言ったグドリーは、踵を返し、重曹兵ロボットの手をぶんぶんと振るカリガリーへと向かって行く。
スカイはそれを、笑顔で見送ろうとした、
だが、
その時、
(――あれ)
何かが、頭の中で、引っかかる。
だからスカイは、
「あ、あのさ、グドリー!」
それを思わずに、聞いた。
「我とお前は、何時、出会ったっけ!?」
その言葉にグドリーは、振り返らないまま、
言った。
「そんな事、どうでもいいじゃないですか」
……それは、
「……そ、そうだよね」
この世界では、当たり前の事だった。
この世界では、永遠の未来が約束されている。過去なんてものに縛られ、脅える必要も、良き思い出に、縋り、懐かしむ必要も無い。
大切なのは幸せな明日であり、昨日は忘れるものである。
その事に――
「どうしたのだスカイ、行こう」
「あ、あぁ、そういえばクロスは?」
「お前の幼馴染みは、何時も通り、愛の女神に祈りを捧げにいった」
「ああ――クロスって昔からそんな信心深かったっけ」
「昔? 昔とは、なんだ?」
「……なんだろう、どうでもいいものだよね」
――この世界の誰もが気付かない
脳に刻まれているはずの過去を、大切な思い出を、幸せには不必要なものだと断じた久透リアは、それから目を背ける事を、
◇
――現実世界
東京湾に接するコンテナ倉庫、その一つにこそ、今や、5メートルを越えて10メートルにまで肥大化した、虹橋アイの体が横たわっている。
海生生物で最も大きい生き物は、シロナガスクジラ。しかし陸上に限定すれば、アフリカ象の4メートルが最大。
ただし、絶滅した種族、恐竜にまで範囲を広げれば、全長60メートル体重120トンというサイズが存在する。
だがどちらにしろ、二足歩行の生き物が、そのサイズにまで成長するだなんて有り得ないし、なったところで、まともに動けるはずもない。
もしもそれを可能とするならば、生産能力は勿論、瞬間的な出力すらもほぼ無限に近い、エネルギーを必要とする。
――それがもしあるならば
「――私を、最初に、食べろ」
久透リアが作った、
……一度、アイズフォーアイズからログアウトした彼女は、彼女の拓かれた巨大な掌の前に立った。
「私は、私の意志も、
――命を捧げるといった意味
本当ならば、自分の
そう、最早、リアに覚悟は出来た。
「
久透リアが如何に優れた技術者であろうと、彼女の計画は、誰もが否定するだろう。全人類を捕食した挙げ句、マントルの核まで地球を食らい、”代謝も排泄もなく地球と同じサイズに巨大化する”だなんて有り得ない。
だけど、不可能を可能にするのが科学として、
「――さぁ」
最も彼女は、科学者として、頼ってはいけないものを、
力にしてきた。
「
――再現性こそ科学の
……そんなものを願った後に、彼女は再び、アイズフォーアイズの世界にログインした。
自然とその体はゆっくりと倒れ、虹橋アイの大きな掌に、受け止められた。
目覚めた時に、自分を食らえるように。
そんな事、
彼女は望んでいないのに。
――だから
心臓の鼓動が、また強く、響いた。