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F-6 唯一つ

 この地球ほしの――あらゆる国のあらゆる場所で

 人々が、物言わず倒れていく様子。

 最早、WeTubeの配信を、見てる者達も誰一人居ない。

 仮想の世界に表示された、現実の世界の光景に、


「――嘘」


 スカイゴールドは、思わず呟く。

 VRMMO未経験者だけでなく、デバイスの非装着者まで、”代謝も排泄も無い昏睡状態”に陥っているのに加え、その内の幾らかが、無表情のままにゆっくりと動いている。

 そしてその動く者に、触れられた者は、眠りに落ちた。


「2064年、私は、インドラの技術を、テープPC、や、デバイスに、よって、普及、させた」


 今や、デバイスを付けずに生活している人類なんて、数%しかいない。

 その数%を取りこぼさない為に、


「デバイス装着者が、触れる、事で、この世界へ、招き入れる強制ログインように、してある」


 一つのハードで、二人で遊ぶようなものと、リアは蒼い電流を纏いながら言った。

 最早、虹橋アイの力を越えて、GMとしての権限を取り戻した彼女の前に、五人の怪盗は、


「……あ、あれ、ちょっと待って!?」

「歌えへんし、メニューも開かへん!?」

「刀も抜けない!」


 異常に気付く。


「――まさか」

「ああ、そう”設定”した」


 ――運営の力

 特定のプレイヤーに対する不利を、バグ不具合ではなく、それすら仕様普通に出来るリアの力によって、怪盗達は動けなくなる。

 それが、赤い血潮代わりに、蒼き稲妻を傷口から垂らした結果だとは、スカイも、キューティも解った。

 だが、喋る事は許されているようで、スカイは、


「なんでこんな事をするんだ」


 そう、尋ねた。


「皆に、不老不死になって欲しい、その願いは解るよ」

「だが、必ずしも、全ての人が永遠を望む訳ではないだろう?」

「少なくとも、なんの説明もなくこんな事したら……」


 その言葉に、ゆっくりとリアは首を振った。


「私が、この世界地球を恨む、理由は、死の悲しみと、別れの悲しみを、地球が、押し付けて、きた、事だ」


 意見の相違による分断、永遠を選ぶ者と選ばない者との別れ、


「私は、それを、望まない」


 この一言こそが、思想の押し付けこそが、久透リアが”悪”である証左。

 どれだけ優しかろうと、人の意志を奪う行為が、正当化されるはずも無い。

 ――だが実際に、彼女は全世界の人々をそうしつつある

 その圧倒的な力に、ひれ伏してしまいそうな心もスカイにはある。

 どうせ抵抗が出来ないなら、このまま従うしかないと。

 だが、


「アイさんは――リアさんの娘は」


 彼女は言った。


「お母さんだって間違える、って、言ってたよ」

「……私の、計画は、実行、される」

「全人類を眠らせて、仮想世界に閉じ込める、それで本当に全人類が、永遠に生きられると言うのか?」


 スカイに続いての、キューティの疑問に、


「否」


 リアは、あっさりと否定した。


「それでは、永遠は、訪れない」

「えっ」

「当たり前、だろ」


 答えはとてもシンプルだった。


「このまま、100億年後に、この地球ほしが、あると、思うか」

「――それは」


 それは余りにも簡単な未来予測、遙か先ではあるけれど、確実に訪れる破滅、そうだ人は100億年後どころか1億年後には、”地球に住めるかどうかも解らない”。


「母なる地球ほし、と、人は言う、が」


 リアは、首を振る。


「この、地球せかいは、私達を、生んだ挙げ句、育児を放棄し、最後には、自分の死にまで、巻き込もうとする、鬼畜、だ」


 自分達の命を育む母なる星にこそ、


「――許せ、ない」


 久透リアは、怒りを抱いていた。

 確かに、仮想世界で永遠の命を獲得としても、土台である星が爆発四散してしまえば、その瞬間に命は途絶える。

 ならどうすればいいか、


「簡単、だ」


 久透リアという天才が辿り着いた答え――




「現実世界の、アイが、地球世界を、喰らう」


 グラットン――暴食の名を冠するプログラム


「アイは、地球を糧にし、新たな、世界になる」


 彼女の無尽蔵の食欲は、エネルギー補給の為でなく、


「――人類は、アイの、胎内はらのなかで、生き続ける」


 人々を己の内に納める為。




「へ?」


 その言葉に、オーシャンはただその一音だけを発して固まってしまう。


「は、腹の中だ? 何言ってんだよ」

「ア、 アイさん、巨神は確かに、プレイヤーを吸収して、この大きさになったが」

「同じような事を、現実でやろうというのか?」

「――そんな」


 全員が呆然とする中で、スカイは、


「ゲームと現実を一緒にするなんて!?」


 思わずそう叫んだ、だが、

 ――そこでリアは、もう一つの映像を展開した

 そこには、


「――アイさん」


 廃工場のような場所に横たわる虹橋アイの姿があって、そして、彼女は、

 ――全身を虹の幾何学模様で発光させながら

 5メートルのサイズまで肥大化させていた。


「こんな、馬鹿な」

「馬鹿、じゃない、元々、アイを、大柄にしたのは、人を、丸呑みしやすく、する為、だ」


 余りにも非現実な光景だが、リアはあっさりと現実だと言う。

 それが今、この仮想の世界の外で起きている事を、どうにか飲み込み、その上でスカイは言葉を続けた。


「リ、リアさんは、娘に全人類を、食い殺させる為に、産んだの?」

「食い殺す、じゃない、食い、生かす、為だ」

「なんでそんな恐ろしい事が出来るんだ!?」

「恐ろしく、ない、人類に、生きて、欲しい、からだ」

「そういう問題じゃ!」


 どれだけスカイが叫んでも、リアの様子に動揺は無い。そして、


「人々を、食べ続け、その身を、巨人にして、全人類を、腹におさめた、あとは」


 リアは更に、とんでもない事を言った。


「海を、飲み干し、大地を、噛み砕き、大気も、食らう」

「……え?」

「そして、虹橋アイ、が、地球と同じ、存在大きさに、なったなら」

「ま、待って、リアさん、何を」


 地球を食う、と、人類だけでなく、この地球そのものを食らうと。

 荒唐無稽をさも当然の事のように、リアは、語る。


「次は、星を、食らう、月を、食らう、惑星を、食らう、太陽も、食らう、そう」


 永遠に、生きる為には、


「――宇宙永遠を、食らい続ける」


 永遠に、食べ続けなければならないのだから、と。

 久透リアの計画を聞き終えたキューティは、呆然と言った。


「そんな事、不可能だ」


 それが当たり前の考えだった。

 人間を、全生物どころか地球そのものを食らい尽くす巨人にして、その上で、宇宙までも食い続ける存在にし、その中で自分達を永遠に生かし続ける。

 余りにも、無茶苦茶過ぎる。そんな事、今の技術2089年でも不可能だ。

 虹橋アイが、”お母さんだって間違える”と言った理由が、良く解る。だが、


「科学に、不可能は、無いよ」


 良くも悪くも、久透リアはその言葉の体現者だった。

 ――インドラという技術によって支配された人類にとって

 久透リアの言葉は、神のそれに等しい。

 ……だが、それでも、


「――止めろ!」

「クロス!?」


 例え相手が神だろうとも、そしてこの計画が実現可能だとしても、クロスには言わなきゃならない事があった。


「こんな事してもアイさんが!」


 今は、巨神の中で、意志を無くさんと抵抗している彼女に代わって、


「悲しむだけって、何故解らないんだよ!」


 ――少年は叫ぶ


「全ての悲しみを恨むなら、娘の悲しみを放り出すなよ!」


 せつないまでの思いが、リアへと響いた瞬間、

 ――ガシッっと


「えっ」

「クロス!?」


 巨神の手が、動きを封じられたクロスの体を拾い上げた。そして、

 ――余りにも呆気なく、クロスは飲み込まれた

 供が捕食される、その強烈な光景に、


「あっ、あ、ああああっ!?」


 思わず叫ぶスカイであったが、次にはブレイズが、オーシャンが、そしてキューティまでもが、両手で掬い上げられて、


「待て、やめ、やめろ!」


 水で喉を潤すように、腹の内へと落ちていく。一つ一つ食べる度に、彼女の体は膨らんで、長髪もプリズムの輝きを見せる。

 そしてとうとうスカイの体も――彼女の手で拾い上げた。最早30メートルをも越えた腕は、ただそれを胸の前まで運ぶだけ、凄まじいG重圧がかかる。


「あ、あぁ、ああぁ……」


 ――ここまで追い込まれてついに

 怪盗スカイゴールドは、ふるふると震え、涙すら滲ませる。このゲームで初めて覚える恐怖が、掌の中の体を揺らす。

 このまま飲み込まれて死ぬ――否、生かされる。

 愛の巨神の腹の中で、永遠に。


(嫌だ)


 それが幸せと思えなくて、その迫り来る事実から逃れるように、目を閉じようとした時、

 ――鼓動の音がした

 ……それは、閉じかけた目の前にあった、巨神の胸から聞こえた心臓の音。それに目を見開けば、

 ――デバッグされたはずなのに

 淡い輝きが、うすらと見えた。


(これって)


 それが何か、大切なものだと気付いたけれど、その時には、

 ――スカイも彼女の口に入り

 咀嚼される事もなく、吸い込まれて、そして、

 そのまま、意識を失った。







 ――1時間後


「……」


 アイの身の丈は、今や。1000kmを越えていた。

 全てのプレイヤーを、自分の腹の中へと納めた愛の巨神。成長した体は、この世界の大気圏を突き破り、宇宙という真空に、慈愛の表情を浮かべていた。その巨大な顔の前には、ぽつんと、リアが浮かんでいた。

 ただしこれは架空ゲームである。どれだけ巨大化しても、自重で崩れる事も無い、そういう設定だから成立する嘘科学である。

 現実で、同じような事が出来るはずもない、

 ……そのはずなのに、


食休みプログラム処理が、終われば、はじめよう」


 久透リアの意志ゲーム脳に――揺るぎは無い。

 ゲームを現実で再現する事に、疑いをもたない。


仮想ゲームと、現実リアル、……リアルという、無慈悲で、無責任な、世界を、消して、この、ゲームの世界理想郷を、唯一の、世界とする」


 ――だって彼女の目的は

 ずっとこの世界VRMMOに、響き渡っていたのだから。


「――GAME CLEAR世界は二つ要らない


 リアはもう、アイの腹の中に、理想郷が築かれている事に疑いをもっていなかった。だから、彼女の腹ばかりをみつめていた。

 だから、気付かなかった。

 彼女が刻む、胸の鼓動に。


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