アイズフォーアイズの都市、その一角にずらりと並ぶ怪盗達、すなわち、
スカイ、キューティ、ブレイズ、オーシャン、そしてクロス。
ついに五人が揃い踏みになった事で、このゲームの世界に囚われた者達は、そんな自分達の危機的状況も忘れ、歓喜の声をあげていた。
「うわぁぁぁ! 全員いるぅ!」
「これこれ、これをずっと見たかったの!」
「夢が叶ったぁ、死んでもいい!」
そんな歓声を浴びている五人の現状は、けして、油断できるようなものじゃない。巨大な女神は自分達を踏みつぶそうとしてくるし、這々の体ながら起き上がったナイトゴールドは、
だが、そんな攻撃の嵐の中でも、五人は悠々と笑っている。
「というか、今更だがスカイ!
「ああ、残ってるのはどうやら我達のファンみたいだからね」
「確かに、逃げろと言ったところで居座り続けるだろ」
「つうか、今更どこにも逃げる場所もねぇしな」
「どうせやったらアリーナ席に居続けたいってのがファン心理やねぇ」
まるで学校の昼休み時間にのんびりと――そんな中で、
『なぜ!』
30メートルの巨神の肩の上に乗る久透リアが、
『なぜ!』
遥か高くにいても、会話が出来るように設定した声で、
『なぜ!』
疑問を、叫ぶ。
『なぜ、ブラック、クロスが、覚醒、した!』
データ破壊グリッチという、
唯一、彼を起こす可能性がある存在のジキルも、その意識が曖昧になるのをしかと見届けた。クロスにとっての目覚まし時計は無いはずだ。
『それなのに、何故!』
けれどそれに答えたのは、
『――別に狂気がおとなしくなってもさぁ』
リアと同じく、
『ガチ寝さえししてなかったら、
ジキルの声だった。
「え、なになに、誰!?」
「てか声だけが聞こえるけど、運営!?」
「GMとか!?」
プレイヤー達が慌てる中で、久透リアは、全てに気付く。
『演技、か』
からくりは単純――あの時、白い十字架の丘で、リアが対峙していたのは、ハイドとジキルの二人ではなく、”ジキルの振りをしたハイド”と、
実際は、久透リアが立ち去った後、ジキルだけは正気を保って目覚めていた。あとは、秘密裏に、ブラッククロスを目覚めさせる事に全力を注いだ。その結果、ジキルとクロスは今より三日前から既に、ゲーミングPCを通じてスカイ達とコンタクトを取れていた。
――スカイが囮になりクロスによってアイを一時的にでも露出させ
彼女に怪盗の一味をフルダイブさせる作戦――
物心付いた時から、狂気が表に出ている間も、ずっと心の中で正気を持ち続けた者だからこそ出来る
リアの思い込みがあってこそではあるが、ジキルはリアを騙したという事である。
そしてそれを、悪びれもせず、ジキルは、
『私を詐欺師にしたのはあんたでしょぉ?』
そう言ってのけた。
『まぁでも、私もこれで限界、もう眠くて眠くて、てな訳で寝る~』
だが、久透リアの意志にすら抗う、タフな精神にも限界が来たようで、でっかいあくびが聞こえて来た。どよめくプレイヤー達の中で、リアは、
『なぜ、お前は、
そう、聞いた。
『言った、だろ、私の世界、は、お前が――
『あんたもさぁ、聞いたっしょ、
――俺のような
『確かに私は、
灰戸ライドが、偽りの自分でも、他人とコミュニケーションを取るために創り出した、仮初めの存在だったとしても、
『あいつがいたから、生きてけてたんだよねぇ』
――それもまた紛れもない自分
『だからさぁ、あんたの計画には賛成できないし』
『灰戸ライド、いやジキル、お前、は』
『そゆわけで、あとは頼むね――それと』
そこで最後、ジキルは、
『全てを奪い返して、皆を楽しませてくれよ、怪盗!』
ハイドの声真似をして――自分の嫌いな、だけど、皆に愛される、豪快な笑い声を残してから通信を切った。
今の社長の声!? なんだったの!? と、皆が混乱する中、スカイ達は苦笑する。
「あのおっさん、本当無茶苦茶だな」
「だけど、嬉しい応援だよね」
「せやね、期待に応えんと!」
「よし、そろそろ仕掛けようか」
「ああ、スカイを胸元にまで辿り着かせれば」
大人からの発破を受けて、子供達が相談する中で、
「――無視するなぁ」
「僕を、舐めるなぁっ!」
クラマフランマプロトタイプを更に増殖させ、
それを体に装備バグで身につけ、
データ呼び出しバグで足元をせり上げ、
そして、全てのデータ破壊をする一撃を、
――
「あああっ」
咆哮と供に、全身を原始の炎で焼きながら、
「あああぁぁぁぁぁっ!」
五人に向かって、斬り放つ!
「
斬撃の束はまるで龍のようにうねりながら、五人を斬り刻み、
だけど、その無限に重なった死の斬撃を、
「
クロスの放った、ただ一度の剣閃が、切り広げてみせた
モーゼのように割れていく斬撃の隙間を、スカイは飛ぶ。
――幼馴染みが文字通り切り開いた道を
怪盗は、淡い輝きを放ちながら、
駆け抜ける。
「
小学生の頃から練習してきた技によって得た速度から、放たれた蹴りは、
ナイトゴールドに
――久透リアの期待に応えられなかった
だけど、そんな彼にスカイは
「楽しかったよ、ザマ」
そう言ったものだから、最後に、ザマは、
倒れながら、
少しだけ、笑った。
「うおおおお! すげえええええ!」
「本物が偽物を倒したぁっ!」
「やっぱり
当然、この展開に、盛り上がらないはずもない周りのプレイヤー達、倒れて動かなくなったナイトの側に佇むスカイに、キューティ達が駆け寄ってくる。
「やったなスカイ!」
「いい気味やねぇ、ざまぁってやつ!」
「うん、まぁ、そうなんだけどね」
そこでスカイは苦笑して、
「……許す訳じゃないけど、ざまぁ、とかはこれ以上は思わないようにするよ」
そう言った。
「そうだな、復讐はスカッと爽快な分、癖になると怖い」
キューティもスカイの考えに同意する。”ざまぁ”という感情は、絵空事で処理すべきで、現実に求め続けるものではない。さもなければ、正義中毒になってしまう、ゆえに、
「私はもう、こいつを一発ぶん殴れたのだから、十分だ」
こうしてナイトゴールドは勿論、郷間ザマとの戦いに区切りを付けた二人は、
「あとは」
「ああ」
その視線を――巨神に向ける。
「リアさんから」
「アイさんを奪い返す」
何度だろうと確認をする最終目的、巨神の中に眠る虹橋アイを救い出し、久透リアの凶行を止める事。スカイとキューティに、他の三人もうなずいた。
――巨神は今、静止している
30メートル、建物に換算するなら、10階建てのビル。その背丈のうっすらと輝く女神が、自分達を見下ろしている。
そして、巨神の肩の上には、汎用アバター姿の久透リアが立っていて、その存在が、
――飛び降りた
「え」
それは予想外の行動であったが、そこから更に、予想外の変化が起こる。
――まず、久透リアのアバターが光輝きはじめた
だけどそれは通常のシステム、アバターチェンジ、プレイヤーなら誰もが出来る事。
だけどそれよりも前に――
起きた事は、
――ドサリ、と
「……え?」
あれほど、スカイゴールドの活躍に、色めきたってた者達が、沢山のプレイヤーが、
どさりどさりと、次々と倒れていく。
現実で意識を失ってる者達が、仮想の世界でも同調する、
――それは完全な眠りではない
視線の焦点が定まらない、曖昧。うつらうつらの夢心地。
人々がそうなっていく中、久透リアは、
音も無く、女神の足元にふわりと着地した。
30メートルの高さから飛び降りても、ダメージを負わなかった存在は、
汎用アバターから、その姿を、
色素の薄い体、透き通った髪、そして、
無表情ながら美しく整った表情。
つまりは、現実に限り無く近い姿へとアバターを変えた。
今だ遠くにある、小柄の彼女よりも、あれほどまで自分達に歓声を送ってた者達が、糸の切れた人形になった衝撃が大きくて、
「な、なんだ!? なんでこいつら眠っちゃったんだよ!?」
「眠ってるんやのうて、これ、うちらが白い十字架の丘にいた時と同じ感じ!?」
オーシャンの言うとおり、プレイヤー達は意識が曖昧の状態になっているようだ。そんな中で、透明の髪を揺らしながら、
「――ああ、私、は」
「君達が、怪盗が、怖い」
一歩ずつ、曖昧状態に陥った者達が、伏した石畳の上を進みながら、
「とても、とても、焦って、いる」
スカイ達へ近づく、
「不測の、事態に、取り乱して、いる、狼狽、している、怖がって、いる、このまま、じゃ、私の計画が、果たされ、ない」
だが、最初こそ歩いていたが、徐々に早足になり、
「だから、頑張る、私は」
そしてついには、駆け出した。
「
やがて彼女の体は、現実同じように、蒼い火花を散らす。その光にすら迫ろうとする速度の出鼻を挫く為、スカイはファントムステップを踏もうとした、だが、
「――えっ」
何時もなら、無数にあらゆる場所へと見つけられる淡い光、それが、
――久透リアの放つ電撃が激しくなる程に
「――消えてく」
次の瞬間、激しい電流を纏った蹴りが、スカイの顔面へ向けて放たれた。
「くっ!」
――現実とVRのサイズの完全一致
それにより、リアルと同じスペックで加速した攻撃に対して。回避が間に合わず腕で防ぐ。受けた箇所に激しい痺れを覚える。そして、
――攻撃を受ければ、また淡い光が減っていく事に気付いた
「――まさか!」
「私は、この
グリッチというバグは、
「
そう言ってふわりと飛び上がった彼女は、強烈な回し蹴りをスカイに放つ。吹き飛ばされたスカイの体から、淡い光が薄らいで行く。
「スカイ!」
慌ててキューティが、その体を抱きとめた。そしてリアの追い討ちを警戒する、だが、、
「あぁぁ――」
――彼女は、自分の体に腕を回し
「あぁぁぁぁぁっ!」
自らが放つ激しい電流に、体を悶えさせるように吼えた。
「な、なんだ、感電してんのか、あれ!?」
「自爆技やの!?」
ブレイズとオーシャンが驚く中で、
「まさか」
キューティが気付いた。
「ああ、ああ、そうだ、想像の、通りだ、現実の私も、インドラで、激しく、体を灼いている!」
――デバッグ作業
それは本来
……だけど、それでも、
「私は、もう、死んでも、いい」
久透リアは、かつて、死ぬのが怖くて産まれる前から泣いた少女は、
「
最早、その覚悟をするにまで至り、ゆえに、
「さぁ、かかって、くるがいい! 怪盗よ!」
青い稲妻は、激しく弾けた。
「私の、人生の――
――激しく閃くその意志を前に
あの日から手にした