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F-4 マスターピース

 アイズフォーアイズの都市、その一角にずらりと並ぶ怪盗達、すなわち、

 スカイ、キューティ、ブレイズ、オーシャン、そしてクロス。

 ついに五人が揃い踏みになった事で、このゲームの世界に囚われた者達は、そんな自分達の危機的状況も忘れ、歓喜の声をあげていた。


「うわぁぁぁ! 全員いるぅ!」

「これこれ、これをずっと見たかったの!」

「夢が叶ったぁ、死んでもいい!」


 そんな歓声を浴びている五人の現状は、けして、油断できるようなものじゃない。巨大な女神は自分達を踏みつぶそうとしてくるし、這々の体ながら起き上がったナイトゴールドは、全身全霊全グリッチで攻撃を仕掛けてくる。

 だが、そんな攻撃の嵐の中でも、五人は悠々と笑っている。


「というか、今更だがスカイ! 周りの者達ギャラリーは避難させなくていいのか!」

「ああ、残ってるのはどうやら我達のファンみたいだからね」

「確かに、逃げろと言ったところで居座り続けるだろ」

「つうか、今更どこにも逃げる場所もねぇしな」

「どうせやったらアリーナ席に居続けたいってのがファン心理やねぇ」


 まるで学校の昼休み時間にのんびりと――そんな中で、


『なぜ!』


 30メートルの巨神の肩の上に乗る久透リアが、


『なぜ!』


 遥か高くにいても、会話が出来るように設定した声で、


『なぜ!』


 疑問を、叫ぶ。


『なぜ、ブラック、クロスが、覚醒、した!』


 データ破壊グリッチという、チート越え何でもありの力を有す者、久透リアの計画にとって危険因子。ゆえに、真白の十字架の丘で、しっかりと眠らせていたはずである。

 唯一、彼を起こす可能性がある存在のジキルも、その意識が曖昧になるのをしかと見届けた。クロスにとっての目覚まし時計は無いはずだ。


『それなのに、何故!』


 けれどそれに答えたのは、


『――別に狂気がおとなしくなってもさぁ』


 リアと同じく、世界中ゲーム中に、拡声機のようにパブリックボイス響く、


『ガチ寝さえししてなかったら、正気は動けるし』


 ジキルの声だった。


「え、なになに、誰!?」

「てか声だけが聞こえるけど、運営!?」

「GMとか!?」


 プレイヤー達が慌てる中で、久透リアは、全てに気付く。


『演技、か』


 からくりは単純――あの時、白い十字架の丘で、リアが対峙していたのは、ハイドとジキルの二人ではなく、”ジキルの振りをしたハイド”と、ハイド狂気である。

 実際は、久透リアが立ち去った後、ジキルだけは正気を保って目覚めていた。あとは、秘密裏に、ブラッククロスを目覚めさせる事に全力を注いだ。その結果、ジキルとクロスは今より三日前から既に、ゲーミングPCを通じてスカイ達とコンタクトを取れていた。

 ――スカイが囮になりクロスによってアイを一時的にでも露出させ

 彼女に怪盗の一味をフルダイブさせる作戦――

 物心付いた時から、狂気が表に出ている間も、ずっと心の中で正気を持ち続けた者だからこそ出来る芸当

 リアの思い込みがあってこそではあるが、ジキルはリアを騙したという事である。

 そしてそれを、悪びれもせず、ジキルは、


『私を詐欺師にしたのはあんたでしょぉ?』


 そう言ってのけた。


『まぁでも、私もこれで限界、もう眠くて眠くて、てな訳で寝る~』


 だが、久透リアの意志にすら抗う、タフな精神にも限界が来たようで、でっかいあくびが聞こえて来た。どよめくプレイヤー達の中で、リアは、


『なぜ、お前は、狂気ハイドを、捨てない』


 そう、聞いた。


『言った、だろ、私の世界、は、お前が――本当の自分正気、が、生きられる、場所』」

『あんたもさぁ、聞いたっしょ、ハイド狂気の話』


 ――俺のような現実狂気を殺して!


『確かに私は、ハイドあいつの事が嫌いだけど』


 灰戸ライドが、偽りの自分でも、他人とコミュニケーションを取るために創り出した、仮初めの存在だったとしても、


『あいつがいたから、生きてけてたんだよねぇ』


 ――それもまた紛れもない自分

 分人主義ディビデュアル


『だからさぁ、あんたの計画には賛成できないし』

『灰戸ライド、いやジキル、お前、は』

『そゆわけで、あとは頼むね――それと』


 そこで最後、ジキルは、


『全てを奪い返して、皆を楽しませてくれよ、怪盗!』


 ハイドの声真似をして――自分の嫌いな、だけど、皆に愛される、豪快な笑い声を残してから通信を切った。

 今の社長の声!? なんだったの!? と、皆が混乱する中、スカイ達は苦笑する。


「あのおっさん、本当無茶苦茶だな」

「だけど、嬉しい応援だよね」

「せやね、期待に応えんと!」

「よし、そろそろ仕掛けようか」

「ああ、スカイを胸元にまで辿り着かせれば」


 大人からの発破を受けて、子供達が相談する中で、


「――無視するなぁ」


 怪盗ナイトゴールド郷間ザマが、


「僕を、舐めるなぁっ!」


 クラマフランマプロトタイプを更に増殖させ、

 それを体に装備バグで身につけ、

 データ呼び出しバグで足元をせり上げ、

 そして、全てのデータ破壊をする一撃を、

 ――三重アスタリスクどころか無限に重ね


「あああっ」


 咆哮と供に、全身を原始の炎で焼きながら、


「あああぁぁぁぁぁっ!」


 五人に向かって、斬り放つ!


フレンドロスト僕以外死ね!」


 斬撃の束はまるで龍のようにうねりながら、五人を斬り刻み、

 BANそうと、襲いかかる。




 だけど、その無限に重なった死の斬撃を、


一閃いっせん


 クロスの放った、ただ一度の剣閃が、切り広げてみせた

 モーゼのように割れていく斬撃の隙間を、スカイは飛ぶ。

 ――幼馴染みが文字通り切り開いた道を

 怪盗は、淡い輝きを放ちながら、

 駆け抜ける。


ファントムステップ怪盗舞踏!」


 小学生の頃から練習してきた技によって得た速度から、放たれた蹴りは、

 ナイトゴールドにとどめを刺しHP0、同時に、意識まで奪って見せる。

 ――久透リアの期待に応えられなかった誇り無しプライドレス

 だけど、そんな彼にスカイは


「楽しかったよ、ザマ」


 そう言ったものだから、最後に、ザマは、

 倒れながら、

 少しだけ、笑った。




「うおおおお! すげえええええ!」

「本物が偽物を倒したぁっ!」

「やっぱりファントムステップ基本が最強なんですよねぇ!」


 当然、この展開に、盛り上がらないはずもない周りのプレイヤー達、倒れて動かなくなったナイトの側に佇むスカイに、キューティ達が駆け寄ってくる。


「やったなスカイ!」

「いい気味やねぇ、ざまぁってやつ!」

「うん、まぁ、そうなんだけどね」


 そこでスカイは苦笑して、


「……許す訳じゃないけど、ざまぁ、とかはこれ以上は思わないようにするよ」


 そう言った。


「そうだな、復讐はスカッと爽快な分、癖になると怖い」


 キューティもスカイの考えに同意する。”ざまぁ”という感情は、絵空事で処理すべきで、現実に求め続けるものではない。さもなければ、正義中毒になってしまう、ゆえに、


「私はもう、こいつを一発ぶん殴れたのだから、十分だ」


 こうしてナイトゴールドは勿論、郷間ザマとの戦いに区切りを付けた二人は、


「あとは」

「ああ」


 その視線を――巨神に向ける。


「リアさんから」

「アイさんを奪い返す」


 何度だろうと確認をする最終目的、巨神の中に眠る虹橋アイを救い出し、久透リアの凶行を止める事。スカイとキューティに、他の三人もうなずいた。

 ――巨神は今、静止している

 30メートル、建物に換算するなら、10階建てのビル。その背丈のうっすらと輝く女神が、自分達を見下ろしている。

 そして、巨神の肩の上には、汎用アバター姿の久透リアが立っていて、その存在が、

 ――飛び降りた


「え」


 それは予想外の行動であったが、そこから更に、予想外の変化が起こる。

 ――まず、久透リアのアバターが光輝きはじめた

 だけどそれは通常のシステム、アバターチェンジ、プレイヤーなら誰もが出来る事。

 だけどそれよりも前に――

 起きた事は、




 ――ドサリ、と


「……え?」


 あれほど、スカイゴールドの活躍に、色めきたってた者達が、沢山のプレイヤーが、

 どさりどさりと、次々と倒れていく。

 現実で意識を失ってる者達が、仮想の世界でも同調する、

 ――それは完全な眠りではない

 視線の焦点が定まらない、曖昧。うつらうつらの夢心地。

 人々がそうなっていく中、久透リアは、

 音も無く、女神の足元にふわりと着地した。

 30メートルの高さから飛び降りても、ダメージを負わなかった存在は、

 汎用アバターから、その姿を、

 色素の薄い体、透き通った髪、そして、

 無表情ながら美しく整った表情。

 つまりは、現実に限り無く近い姿へとアバターを変えた。




 今だ遠くにある、小柄の彼女よりも、あれほどまで自分達に歓声を送ってた者達が、糸の切れた人形になった衝撃が大きくて、


「な、なんだ!? なんでこいつら眠っちゃったんだよ!?」

「眠ってるんやのうて、これ、うちらが白い十字架の丘にいた時と同じ感じ!?」


 オーシャンの言うとおり、プレイヤー達は意識が曖昧の状態になっているようだ。そんな中で、透明の髪を揺らしながら、


「――ああ、私、は」


 パブリックボイス拡声機を止めて、透き通った声を奏でながら、


「君達が、怪盗が、怖い」


 一歩ずつ、曖昧状態に陥った者達が、伏した石畳の上を進みながら、


「とても、とても、焦って、いる」


 スカイ達へ近づく、


「不測の、事態に、取り乱して、いる、狼狽、している、怖がって、いる、このまま、じゃ、私の計画が、果たされ、ない」


 だが、最初こそ歩いていたが、徐々に早足になり、


「だから、頑張る、私は」


 そしてついには、駆け出した。


RMT業者虹の明日の創者


 やがて彼女の体は、現実同じように、蒼い火花を散らす。その光にすら迫ろうとする速度の出鼻を挫く為、スカイはファントムステップを踏もうとした、だが、


「――えっ」


 何時もなら、無数にあらゆる場所へと見つけられる淡い光、それが、

 ――久透リアの放つ電撃が激しくなる程に


「――消えてく」


 次の瞬間、激しい電流を纏った蹴りが、スカイの顔面へ向けて放たれた。


「くっ!」


 ――現実とVRのサイズの完全一致

 それにより、リアルと同じスペックで加速した攻撃に対して。回避が間に合わず腕で防ぐ。受けた箇所に激しい痺れを覚える。そして、

 ――攻撃を受ければ、また淡い光が減っていく事に気付いた


「――まさか!」

「私は、この世界ゲームの、創造者クリエイター


 グリッチというバグは、


修正さなければ、ならない」


 そう言ってふわりと飛び上がった彼女は、強烈な回し蹴りをスカイに放つ。吹き飛ばされたスカイの体から、淡い光が薄らいで行く。


「スカイ!」


 慌ててキューティが、その体を抱きとめた。そしてリアの追い討ちを警戒する、だが、、


「あぁぁ――」


 ――彼女は、自分の体に腕を回し


「あぁぁぁぁぁっ!」


 自らが放つ激しい電流に、体を悶えさせるように吼えた。


「な、なんだ、感電してんのか、あれ!?」

「自爆技やの!?」


 ブレイズとオーシャンが驚く中で、


「まさか」


 キューティが気付いた。


「ああ、ああ、そうだ、想像の、通りだ、現実の私も、インドラで、激しく、体を灼いている!」


 ――デバッグ作業

 それは本来人海戦術マンパワーなのに、たった一人でリアルタイムで、この世界のバグを修正していく行為。それを”生身”で行うなら、どれだけの負担がかかるか想像に難くない。

 ……だけど、それでも、


「私は、もう、死んでも、いい」


 久透リアは、かつて、死ぬのが怖くて産まれる前から泣いた少女は、


君達人類が、永遠に、生きられる、なら! 私は、命を、捧げる!」


 最早、その覚悟をするにまで至り、ゆえに、


「さぁ、かかって、くるがいい! 怪盗よ!」


 青い稲妻は、激しく弾けた。


「私の、人生の――宿敵ラスボス、よ!」


 ――激しく閃くその意志を前に

 あの日から手にした淡い光グリッチが、消えていく事に、スカイ達は焦りを覚えた。

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