「本当に久しぶりです、元気でした?」
「ええ、おかげさまで」
日焼けして精悍な顔をした、体躯のいい男。いかにも海の男という風体ながら、その口調や振る舞いはゲームの中そのもの。
――小悪党グドリー
ソラにとっての初めてのゲームフレンドで、ソラを、怪盗シソラへと導いた先達。
レイン達はこの思わぬ再会に配慮して、レストランに頼んで料理をタッパーにいれてもらい、自分達の部屋へと戻り、ソラとグドリーを二人だけにした。
積もる話も、あるだろうからと。
「というか、漁師だったんですね」
「正確には養殖業ですが、まぁ、私はリアルの事を徹底して話しませんでしたから」
「あ、でも、焼き鯖好きって」
「……流石にその情報だけで、|私が鯖養殖をしてるなんて気付けないでしょう《ショルメでも無理ゲー》」
それはそうだと二人で笑った後、その笑みのまま
「――私がアイズフォーアイズから去った理由ですが」
「えっ」
唐突に切り出した事に、ソラは驚いた。だけどグドリー、
「知りたかった事でしょう? あの時は、配慮してくれましたが」
「そ、そうですけど、いいんですか?」
「まぁ、詳細は言えませんが――」
グドリー曰く、彼がやってる養殖業が、とある理由でお金が足りなくなったらしい。
ゲームでは平気な風を装っていたが、クラマフランマという、お金になる手段を渡された。
……どうせやめるならという、誘惑に、抗えなかった。
「……本当に、どうかしてしましたよ、でもそこまで、追い込まれていたのも事実だ」
「グドリーさん……」
「だから、あんな
「そんな」
グドリーの行いを、否定しようとしたがそれより前に、
「ありがとう」
と、グドリーは言った。
「あなたのおかげで私は、踏みとどまれた」
「……仮に、僕がPVPで負けてたとしても、売る気はなかったでしょ?」
「そのつもりではありましたが――いや、人の心なんて、簡単に間違ってしまう」
ただ純粋に生きてきた人が、
「だから、何度も言います、ありがとう、怪盗」
「……グドリーさん」
そこでソラは笑って、
「感謝する小悪党なんて、聞いた事がないですよ?」
「む、それは……」
「もっと皮肉を言ってくれないと」
「いや、難しいですよそんなの、恩人相手に」
傍から見れば二人は大人と子供、だけど本人達は、あの
「でも、本当に安心しました、アカウントを消してたから心配しましたけど」
「ああそれですが――」
ここでグドリーは、
「アカウントは、消したんじゃなくて、消えたんですよ」
「……え?」
とても、意外な事を言った。
「いや、もしかしたら無意識に消したかもしれませんが」
「ど、どういう事ですか?」
「いえ、貴方がログアウトした後の記憶が曖昧でね、気がついたら部屋で寝ていて、起きたらアカウントが消えていた」
「はぁ……」
グドリーが、明確な意志を以て、
だが、グドリーはすぐにまた微笑んだ。
「でも結果的に、それが良かったと思います、復帰のためにアカウントだけは残しておこうかとも考えましたが」
それは、偽らざる本音、
「そこで踏ん切りを付けなければ、こちらの
「――グドリーさん」
「……長く話してしまいましたね」
そう言って立ち上がろうとするグドリーに、
「あ、あの!」
慌て、ソラは声をかける。
「ゲームに、戻る戻らないはグドリーさんが決める事ですけど、カリガリーさん達に、無事な事だけは、自分の口で伝えて欲しいんです」
「……」
「カ、カリガリーさんへの連絡手段はあるはずですよね、だから」
「解りました」
「え?」
それはもう、あっさりと、
「君にそう促されて、やっと決心がつきました。近々、そうします」
「ほ、本当ですか、ありがとうございます!」
「例を言うのは私の方ですが――ところで」
「え?」
そこでグドリーは――底意地悪そうにニヤリと笑い、
「シルバーキューティとは、リアルでも恋仲なのですか?」
「ふぇ!?」
小悪党らしく、
「いえ、厨房の人と相談しながらね、そちらの様子は聞いたり眺めたりしてたのですが、まぁ本当にラブラブと言うか」
「た、ただ隣でごはんを食べてただけですよ!?」
「一挙一動がそういうオーラに溢れてるんですよ」
「そ、そうなの?」
そこでグドリーは、今度こそしっかり立ち上がり、
「――詳細は言えませんがね」
中指で、存在しないメガネのブリッジをあげながら、
「どれだけ大切な人でも、別れはいつ来るか解らない」
「……え?」
少し、寂しそうな目をしながら、
「だから、怠けてる余裕はないですよ?」
――グドリーがあそこまで追い詰められた理由は
「っと、そろそろ行かなければ、それじゃ」
そう言って今度こそ、踵を返しレストランの入り口へと向かうグドリー、それに対してソラは、
「あの、グドリーさん!」
あの日のように願いを込めて、
「おやすみなさい!」
またあのセリフを、元気良く言った。
――それに対してグドリーは
「いつになるか解りませんが、また会った時は、叩きつぶしてやりますよ!」
明確に、
「待ってるぞ、我達、怪盗一味が!」
そう”かっこよく”、返事をした。
◇
所変わってホテルの部屋、女子サイド。
「うう、緊張してきた……」
――
二人とも未成年ではあるので、夜のデートスポットに行く訳にもいかない。ので、告白場所は、ホテルの駐車場、という事になっている。
殺風景ではあるけれど、そこが一番
「もう、成功間違いなしやのに、肩の力抜いたらどうです?」
「い、いや、好きって言うだけじゃないんだぞ!? ウミが言ったこともしなければと考えると」
「でも、したいでしょ?」
「し、したいが」
「ほな、心素直なままにするだけよ」
……なんとなく納得しそうになったものの、
「よく考えたら、ウミは恋愛経験があるのか?」
「え?」
「何やら恋愛の達人のようにアドバイスしてるが、本人はどうなのだ?」
「え、いや、うちはほら、今は歌うのが楽しいし」
痛いところを突かれ目を反らすウミ、はぁ、とため息をつきながらレインは、
――ARを立ち上げデバイスを操作する
だが、
「……ダメだな」
「どしたん?」
「いや、告白の前に、話したい人がいて」
「親御さん?」
「お、親はダメだ! 母はともかく、特に父には」
そう断った後、レインは、
少し寂しそうに言った。
「いくら連絡しても、アイさんと繋がらないのだ」
――それが何を意味するかを知るのは
決戦後の事になる。