――海遊びを午前中で切り上げた後
「はぁ……」
海近くにあるサウナ付のスーパー銭湯HAMAの湯。3F高さからの海のパノラマを眺められる、内風呂の温泉に浸かった後、体を洗ってから、サウナ、水風呂、外気浴を、3SET決めていた。
イス近くには海藻を使った露天の薬湯があり、そこから湯気と一緒に立ちのぼる香気が、潮風と供に全身に浴びせられ、ととのった体に爽快感。
身も心もスッキリした状態で、海での出来事を思いだし、そして、
好き、っと言われた事を思い出す。
(あれは頼むからノーカンにして、とは言われたけど)
それは、ソラ自身もそう思う。そもそもあの時の好きは、告白の好きとは全く別物なんだし。ただ、
(ああでも、言われて嬉しい、今も顔がニヤけそう)
ニヤけそう、というより、実際にニヤけてる。ととのいの表情と似てるから、誤魔化せているだけで。
レインに会うまでは自分の容姿を――かわいいと言われる事はなんとも思わなかった。
いや、正確に言えば、思わないようにしてたというべきか。理想の自分は、アイズフォーアイズの怪盗シソラ、ソラ自身は現実の自分にひたすら自信がなかった。
(――だけど)
――かわいいと
好きな人にそう言われると、恥ずかしさの中に喜びを覚える。
白銀レインは、他の人にない、特別な感情を持つ相手、
だから、
(ちゃんと受け止めて、ちゃんと答えなきゃ)
そう、心では己に渇をいれたけど、
「……ととのってんなぁ」
リクヤが傍目で解る程に、恍惚の表情を浮かべていた。
◇
一方その頃、一足早く風呂からあがり、フードスペースにて、オロポで水分補給をしているレインは、
「あああぁやってしまったぁ……」
机につっぷしながら己の行為、”フライング告白”についてウミに嘆いていた。
「そ、そない気にせぇへん方がええですよ」
「だって、好きって事は、もっとちゃんと伝えなければいけないだろう? それを私は――」
ラッシュガードの前を開いて、見せてくれた姿に対して、先走った。
「こんなのはもう、あんまりだろう!」
「まぁ、あんまりですねぇ」
流石にそればかりは、ウミも否定出来なかった。正直、ここまでレインがへこむ理由も良く解る。
「……でもこうなったら、好きって言う以上のインパクトで、ソラに告白するしかあらへんよねぇ」
「ん? なんだそれは?」
「ええとですねぇ」
それをウミは、
レインに告げた。
「えええっ!?」
レイン、顔を赤くしながら叫ぶ。慌ててウミが
「い、いや、ウミ、それは」
「まぁうん、その反応はうなずけますよぉ? せやけど」
そこでウミは、問いかける。
「したいですか? したないですか?」
「――それは」
レインは、きゅっと体を引き締めた後、
恥ずかしそうなままに、こくんとうなずいた。
「……ほな、がんばってください、応援してますよってに」
――2つ年下の
色々な経験を得たせいか、精神的にはレインよりも
◇
――滋賀湖南から小浜までは1時間程度
ただしそれは車を使った場合で、電車の場合、米原駅から敦賀駅、そして敦賀駅から小浜駅と、少し遠回りする形になる。なので、東京駅から電車のみで来る場合、4時間程度の時間が必要。
――三つ編みを揺らしながら、一人の客が降り立った
「……懐かしいな」
黒統クロ、
「一度だけ、ソラの家族と一緒に来たっけ」
今の彼はヘルメットを被らず、素顔を晒したまま、幼馴染みがいる場所へとやって来た。
――近いうちに会いに行くと言ってたぞ!
灰戸の言葉に嘘は無い。実際に今、クロはソラに会うために、この地にやってきた。
VRでなく、今度こそ、
ちゃんと顔を見て話すため。
そう、だからこそ、
クロの気は重く、
「……ごめんな」
暗殺者は、仕事をしなければならない。
ソラの大切な人を、
◇
HAMAの湯で体の潮っ気を汗とともにしっかり流した後、食事処で
そこで4人で、時間つぶしにボードゲームを楽しんだ後、待ちに待った夕食を食べに、ホテル1Fの和食レストランへと向かった。
福井県小浜、若狭の名物となれば色々あるが、
「うわぁ、美味しそう!」
「写真、エクッターに
やはりうまいのは海の幸、魚、蛸、烏賊、貝、など多種多様の魚介が、刺身、焼き魚、酢の物、小鍋と、様々な調理法で膳にして広がっている。
とりわけ四人の目を引いたのは、鯖の刺身だった。
「鯖の刺身て、生で食べて大丈夫!?」
「小浜呑んべえ鯖といって、酒粕を飼料にした養殖魚らしいな」
「水揚げ直後に血抜き、10度以下での徹底管理だってよ」
「それでもちょっと、怖いよね」
4人、恐る恐ると鯖の刺身に箸を伸ばして、同時に口へと含んだ。
「うまっ!」
リクヤが思わず言葉を零す、それは3人の意見が代表。鯖でありながらとろりととける脂のノリ、それでいてくどくなく、青魚特有の張りの良い歯応え。
「これ、いくらでも食べれちゃうかも」
「わぁ、この焼き鯖も美味しいよぉ!」
「もしかしてこのフライも鯖か!」
養殖だからこそ、一年通して旬の味であり、安定して名物として供給出来る。もっともこの生産ラインを維持する為には、血と汗が滲むような努力があったようだ。
2089年の今でも続く不断の努力に感謝しながら、4人は、若狭の海の幸に舌鼓を打っていった。
――
「そういえば、前から気になってたんだけどよ」
リクヤが唐突に、切り出した。
「ソラって、怪盗の一味に名前を付ける気ないのか?」
「え、名前?」
ソラはそれにきょとんとしたが、
「せやねぇ、うちらはいつも、怪盗の一味とかって呼ばれてるけど」
「リクヤの言うとおり、何かチーム名があっていいかもしれんな」
ウミとレインに言われるまでに至って、ソラは、この問いかけが、当然の疑問だと認識した。
「――なんだろう、考えた事も無かった」
「あ、やっぱり?」
「まぁ気にしとったんなら、とっくに言い出してんもんねぇ」
ソラがチーム名に無頓着だったのは、一応の理由がある。
ソラが子供の頃から好きなのは、怪盗であって、怪盗団では無いからだ。幼馴染みがソラに布教した怪盗物も、基本的には
「まぁ、決めるのはお前だが」
レインはそこで、
「チーム名があるのも、かっこいいと思うぞ」
ソラの
「……そうですね、皆で決めましょうか」
「お、いいじゃん! 何にする?」
「四人に関係ある奴がええよね」
「いや、怪盗団になるからには、メンバーが増える事も考慮しなくては」
そんな会話を和気あいあいと、ホテルの和風レストランのテーブルにて、行っていた訳であるが、
――その時
「ちょっといいか」
「え?」
突然、ソラに向けて、男の声がした。
それに振り返って見れば、
(ええ?)
そこに居たのは――紙を金色に染めて、日焼けした肌を、タンクトップ姿から露出する、ガタイのいい長身の男だった。
「え、な、なに?」
「ど、どなたでしょうか?」
ソラだけでなくリクヤもレインも戸惑う、ウミはごくりと唾を飲み込む。四人に見上げられた形になった男は、一度視線をそらし、頬を人差し指でかいて、
「……あぁ、思わず声をかけちまった、いや、でもしゃあねぇよな」
「えっと、あの」
「――お久しぶりですね」
――乱暴な口調が
丁寧に変わる。
「あっ」
その声に、話し方に、ソラは覚えがある。
忘れる訳なんてない。
「元気にしてましたかシソラ君、いや」
かけてもないメガネのブリッジを、中指であげる仕草をするのは、
「怪盗スカイゴールド」
――あの
「グドリーさん!」
小悪党との再会に、ソラは驚き以上の、喜びを爆ぜさせた。