目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
6-5 呑んべえ鯖と友との再会

 ――海遊びを午前中で切り上げた後


「はぁ……」


 海近くにあるサウナ付のスーパー銭湯HAMAの湯。3F高さからの海のパノラマを眺められる、内風呂の温泉に浸かった後、体を洗ってから、サウナ、水風呂、外気浴を、3SET決めていた。

イス近くには海藻を使った露天の薬湯があり、そこから湯気と一緒に立ちのぼる香気が、潮風と供に全身に浴びせられ、ととのった体に爽快感。

 身も心もスッキリした状態で、海での出来事を思いだし、そして、

 好き、っと言われた事を思い出す。


(あれは頼むからノーカンにして、とは言われたけど)


 それは、ソラ自身もそう思う。そもそもあの時の好きは、告白の好きとは全く別物なんだし。ただ、


(ああでも、言われて嬉しい、今も顔がニヤけそう)


 ニヤけそう、というより、実際にニヤけてる。ととのいの表情と似てるから、誤魔化せているだけで。

 レインに会うまでは自分の容姿を――かわいいと言われる事はなんとも思わなかった。

 いや、正確に言えば、思わないようにしてたというべきか。理想の自分は、アイズフォーアイズの怪盗シソラ、ソラ自身は現実の自分にひたすら自信がなかった。


(――だけど)


 ――かわいいと

 好きな人にそう言われると、恥ずかしさの中に喜びを覚える。

 白銀レインは、他の人にない、特別な感情を持つ相手、

 だから、


(ちゃんと受け止めて、ちゃんと答えなきゃ)


 そう、心では己に渇をいれたけど、


「……ととのってんなぁ」


 リクヤが傍目で解る程に、恍惚の表情を浮かべていた。







 一方その頃、一足早く風呂からあがり、フードスペースにて、オロポで水分補給をしているレインは、


「あああぁやってしまったぁ……」


 机につっぷしながら己の行為、”フライング告白”についてウミに嘆いていた。


「そ、そない気にせぇへん方がええですよ」

「だって、好きって事は、もっとちゃんと伝えなければいけないだろう? それを私は――」


 ラッシュガードの前を開いて、見せてくれた姿に対して、先走った。


「こんなのはもう、あんまりだろう!」

「まぁ、あんまりですねぇ」


 流石にそればかりは、ウミも否定出来なかった。正直、ここまでレインがへこむ理由も良く解る。


「……でもこうなったら、好きって言う以上のインパクトで、ソラに告白するしかあらへんよねぇ」

「ん? なんだそれは?」

「ええとですねぇ」


 それをウミは、

レインに告げた。


「えええっ!?」


 レイン、顔を赤くしながら叫ぶ。慌ててウミがしーっ!お静かに と、人差し指を口の前で立てる。慌てて自分の口を抑えた後、レイン、


「い、いや、ウミ、それは」

「まぁうん、その反応はうなずけますよぉ? せやけど」


 そこでウミは、問いかける。


「したいですか? したないですか?」

「――それは」


 レインは、きゅっと体を引き締めた後、

 恥ずかしそうなままに、こくんとうなずいた。


「……ほな、がんばってください、応援してますよってに」


 ――2つ年下の青海あうみウミであるけれど

 色々な経験を得たせいか、精神的にはレインよりもしたたかで、怪盗一味の福リーダー頼れるお姉さんポジである。







 ――滋賀湖南から小浜までは1時間程度

 ただしそれは車を使った場合で、電車の場合、米原駅から敦賀駅、そして敦賀駅から小浜駅と、少し遠回りする形になる。なので、東京駅から電車のみで来る場合、4時間程度の時間が必要。

 ――三つ編みを揺らしながら、一人の客が降り立った


「……懐かしいな」


 黒統クロ、


「一度だけ、ソラの家族と一緒に来たっけ」


 今の彼はヘルメットを被らず、素顔を晒したまま、幼馴染みがいる場所へとやって来た。

 ――近いうちに会いに行くと言ってたぞ!

 灰戸の言葉に嘘は無い。実際に今、クロはソラに会うために、この地にやってきた。

 VRでなく、今度こそ、

ちゃんと顔を見て話すため。

 そう、だからこそ、

 クロの気は重く、


「……ごめんな」


 暗殺者は、仕事をしなければならない。

 ソラの大切な人を、

 斬ら消さなければならない。







 HAMAの湯で体の潮っ気を汗とともにしっかり流した後、食事処で軽食おろし蕎麦や焼き鯖寿司を楽しみ、1Fの食文化館のスペースで、この場所から京都にまで至る鯖街道についての展示を見た後、少し早めにホテルへ。

 そこで4人で、時間つぶしにボードゲームを楽しんだ後、待ちに待った夕食を食べに、ホテル1Fの和食レストランへと向かった。

 福井県小浜、若狭の名物となれば色々あるが、


「うわぁ、美味しそう!」

「写真、エクッターに投稿ポストせんと!」


 やはりうまいのは海の幸、魚、蛸、烏賊、貝、など多種多様の魚介が、刺身、焼き魚、酢の物、小鍋と、様々な調理法で膳にして広がっている。

 とりわけ四人の目を引いたのは、鯖の刺身だった。


「鯖の刺身て、生で食べて大丈夫!?」

「小浜呑んべえ鯖といって、酒粕を飼料にした養殖魚らしいな」

「水揚げ直後に血抜き、10度以下での徹底管理だってよ」

「それでもちょっと、怖いよね」


 4人、恐る恐ると鯖の刺身に箸を伸ばして、同時に口へと含んだ。


「うまっ!」


 リクヤが思わず言葉を零す、それは3人の意見が代表。鯖でありながらとろりととける脂のノリ、それでいてくどくなく、青魚特有の張りの良い歯応え。


「これ、いくらでも食べれちゃうかも」

「わぁ、この焼き鯖も美味しいよぉ!」

「もしかしてこのフライも鯖か!」


 養殖だからこそ、一年通して旬の味であり、安定して名物として供給出来る。もっともこの生産ラインを維持する為には、血と汗が滲むような努力があったようだ。

 2089年の今でも続く不断の努力に感謝しながら、4人は、若狭の海の幸に舌鼓を打っていった。

 ――宴もたけなわに進んでいき飲み物はノンアルコール


「そういえば、前から気になってたんだけどよ」


 リクヤが唐突に、切り出した。


「ソラって、怪盗の一味に名前を付ける気ないのか?」

「え、名前?」


 ソラはそれにきょとんとしたが、


「せやねぇ、うちらはいつも、怪盗の一味とかって呼ばれてるけど」

「リクヤの言うとおり、何かチーム名があっていいかもしれんな」


 ウミとレインに言われるまでに至って、ソラは、この問いかけが、当然の疑問だと認識した。


「――なんだろう、考えた事も無かった」

「あ、やっぱり?」

「まぁ気にしとったんなら、とっくに言い出してんもんねぇ」


 ソラがチーム名に無頓着だったのは、一応の理由がある。 

 ソラが子供の頃から好きなのは、怪盗であって、怪盗団では無いからだ。幼馴染みがソラに布教した怪盗物も、基本的には一匹狼フリーランスである。


「まぁ、決めるのはお前だが」


 レインはそこで、


「チーム名があるのも、かっこいいと思うぞ」


 ソラの中二病を、くすぐった。


「……そうですね、皆で決めましょうか」

「お、いいじゃん! 何にする?」

「四人に関係ある奴がええよね」

「いや、怪盗団になるからには、メンバーが増える事も考慮しなくては」


 そんな会話を和気あいあいと、ホテルの和風レストランのテーブルにて、行っていた訳であるが、

 ――その時


「ちょっといいか」

「え?」


 突然、ソラに向けて、男の声がした。

 それに振り返って見れば、


(ええ?)


 そこに居たのは――紙を金色に染めて、日焼けした肌を、タンクトップ姿から露出する、ガタイのいい長身の男だった。


「え、な、なに?」

「ど、どなたでしょうか?」


 ソラだけでなくリクヤもレインも戸惑う、ウミはごくりと唾を飲み込む。四人に見上げられた形になった男は、一度視線をそらし、頬を人差し指でかいて、


「……あぁ、思わず声をかけちまった、いや、でもしゃあねぇよな」

「えっと、あの」

「――お久しぶりですね」


 ――乱暴な口調が

 丁寧に変わる。


「あっ」


 その声に、話し方に、ソラは覚えがある。

 忘れる訳なんてない。


「元気にしてましたかシソラ君、いや」


 かけてもないメガネのブリッジを、中指であげる仕草をするのは、


「怪盗スカイゴールド」


 ――あの世界ゲームでの初めての友達


「グドリーさん!」


 小悪党との再会に、ソラは驚き以上の、喜びを爆ぜさせた。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?