無知を選び、愚かに堕ちて、自分で自分を笑い者にして、
疑う事も捨ててしまって、
――生まれた時からの約束があったとしても
そんな風に、
何もしない方が楽だから。
◇
――VRMMOアイズフォーアイズ
甲板には沢山のセレブめいた客達が満ちており、船の内部も沢山のゲスト達が胸を躍らせている。
――怪盗スカイゴールドの予告状が届いたからである
「まさか怪盗がやって来るなんて!」
「つっても、流石に今回こそ無理ゲーじゃない?」
「それでも毎回勝ってみせるじゃん!」
そんな声が飛び交う船内の、1F最後尾にある大きな扉の向こう、沢山の
「ふふん、来るなら来るもなし、怪盗ども!」
この空飛ぶ豪華客船の持ち主の名はゲゲール。儂の顔をした獣人キャラで、恰幅が良い体に青いスーツを着込み、その上からおどろおどろしい程にあらゆる宝飾を身につけた下品な成金。
その男の隣には、サイコロのように真四角で、表面がツルリと何も無い、一片5メートルの巨大な塊が鎮座していた。
「私の
どういうキャラ付けか解らない語尾のあとに、高笑いをしてみせるゲゲール、だが、
「あのさぁゲゲッち」
「もなし?」
物凄くフランクな
「そもそもな話、怪盗、ここに来るの無理じゃね?」
「え?」
「俺達の
「え、え?」
「つうか来た所でこの”裏返しの金庫”も開けられるはずも無いし」
「え、え、え?」
――裏返しの金庫
この巨大金庫はロックすると、その名の通り、外側が内側へ裏返るのである。開閉のための手段が中へ行ってしまう為、どうやっても開かない。
ゲゲール側の敗北条件、盗まれたらアウトな
「流石にこんな無茶苦茶なクソゲーで、挑戦するのは良く無かったんじゃ……」
「……」
ちょっと、ゲゲール、黙った後、
「そんなことないもん! スカイゴールド様は、きっと来てくれるもん!」
「ちょ、ゲゲッち、
うっかり
「スカイ様達なら、私みたいなクソ野郎を、絶対やっつけてくれるはずだもん! こてんぱんにしてくれなきゃやだやだやだぁ!」
「今更だけど大丈夫!? 色々とこじれすぎじゃない!?」
――だけど、11時59分
「あれ――ゲゲっち、なんか甲板が騒がしいみたいだよ」
「もなし?」
そう猫獣人に言われたので、
「え、あれ、よみふぃもなし?」
「なんであんな所に、てか、はね?」
それはアイズフォーアイズのマスコットキャラのよみふぃが、浮かんでいる様子だった。色はアップルグリーンで、背にはドラゴンウィング、こんな個体は見た事が無かったが、
それよりも、問題なのは、
「あ、あれ?」
「――このよみふぃ」
ちっちゃくかわいいマスコットであるはずのよみふぃが、
「「でっかくない!?」」
身の丈30メートルという余りにも馬鹿げたサイズと供に、甲板に溢れる客達に、そのかわらいしいシルエットを落としていた。
――アイズフォーアイズの没データー
そして、よみふぃの頭の上に乗ってるのは、
『全く、かわいいかわいいよみふぃを、ボスにするだなんて許されざる事だぞ』
『ええやないの、おかげでうちがこれを呼び出せたんですし』
『さぁて、いっちょ暴れてやろうぜ!』
『ああ、我に続け!』
怪盗の一味――その中の白いいでたちをした男が飛び降りれば、後ろの三人も続く。そして、
『――我が名は怪盗スカイゴールド』
甲板に降り立った瞬間この怪盗は、
『罪には罪を! 世界奪還の時来たり!』
白昼堂々、己が何者かを謳ってみせたので、
――モニターに映るその光景に
「キャー! スカイゴールド様ぁ!」
下品成金は、黄色い悲鳴をあげていたので、さっさと警備に指示を出せと猫獣人は半分本気で怒った。
◇
――それから29分後
PVPの制限時間の30分まで残り1分、スカイゴールドは、
未だに甲板で、警備達相手に戦っていた。
『スカイゴールド様ぁ!?』
思わずこれにはゲゲールさん、モニターを表示させて声をかける。
『え、あの、残り1分ですよ! 私の居る場所まで400メートルですよ!』
『いや、来ない方がいいだろゲゲッち!?』
PVP防衛側としては、猫獣人の意見の方が全うであるが、
正確には、甲板にいるのは
400メートルに隙間無く警備を詰めて、大広間に辿り着いた所で、裏返しの金庫に立ち往生、というプランであったが、
『ターゲッティングアイテムを盗めるのは、シーフだけ!』
残り時間が少ない状況で、肝心のスカイが、金庫の部屋にいないものだから、
『そんなところでまごまごされたら、困りますよぉ!』
『お前絶対、スカイゴールド達と
猫獣人がツッコムけど、ゲゲールの嘆きはとまらない。400メートル走の世界記録は43.03秒、そしてその時間は過ぎ去っていく。
誰もが今回の、怪盗一味の敗北を予想した、だが、
『あ、扉が開いた! キューティ様、って』
『煙幕!?』
――音声で伝わってきた状況に、スカイはにやりと微笑む
「オーシャン!」
「OK!」
オーシャンに一声かけたあとスカイはその場にしゃがみこみ――クラウチングスタートの体勢を取った。
「え、何する気!?」
「いいから囲め!」
何もさせまいと攻撃を仕掛けてくる警備達、だが、その後ろで、
――残り30秒のその時に
オーシャンが歌う。
「
犬のように歌う事で、スカイにスピード系のバフをかける――すぐさま彼は、走り出す!
「うわ、はやっ!?」
「止まらない!?」
400メートルも続く長い廊下を、ファントムステップ出来る位置を見出しながら全力疾走、しかし、それでも大広間へと間に合う速度ではない、だが、
――200メートルの地点では
「ばっち来ぉい!」
グリッチでクラマフランマを体に装備したブレイズが、ブリッジで待ち構えていた。スカイは、ブレイズの腹筋に飛び乗った。
――その瞬間ブレイズは両足だけで体をバネのように起こして
「
スカイを燃やしながら射出した、残り200メートルを人外の速度で加速しながら、淡い光を踏み逃さずに、そして、船の最後尾、扉が開け放たれた部屋に、
マントを靡かせながら、煙幕猛々しい部屋へと突っ込んだ。
――何も見えないこの状況で
それでも、
「スカイ!」
彼女が自分を待っている事を、
「キューティ!」
スカイは、どこまでも信じられる。
煙の中で、両手を広げた彼女を、抱きしめながら、
「「
二人、抱きしめあった時にだけ発動するグリッチ、
すり抜けバグにより裏返しの金庫を通過した。
煙幕が無いこの場所で、互いにみつめあいながら、
怪盗は、中央にあった
そのまま外まで、突き抜けた。
『GAME CLEAR!』
――そのAI音声が響いた時にはまだ
「え、え、えええ!?」
ゲゲールが戸惑うほど、キューティの煙幕が立ちこめていたけど、それが徐々に晴れていけば、大広間に居たのは、
――高々と右手に首飾りを持ち上げるスカイと
その隣で、誇らしく佇むキューティの姿だった。
ゲゲールは絶句した後、直ぐ、
「うわあああああ! 最高ぉぉぉぉぉ!」
「負けて何言ってんだこの中学生!」
歓喜の涙を流すものだから、スカイとキューティは苦笑したあと、そのままログアウトしてこの船を去った。
「また不可能を可能にしたぁ!」
「やっぱスカイとキューティよね!」
「最高だったぁ!」
スカイゴールド一味の活躍を称える声は鳴り止むことは無く、
特に、この
◇
しかし、そんな二人ではあるけども、
「……」
「……」
リアルに戻った途端、ソラの部屋で、
「なぁ、ウミ、なんでこいつら正座して背中を向けあってんの?」
「ハグしあったんが恥ずかしかったんちゃう?」
「東京でデートしてきたのに?」
「東京でデートしてきたからちゃう?」
ファンが見たら幻滅しそうな姿を、好きな人相手にずっとザコな姿を、晒していた。
いや逆に、需要があるかもしれないが。