――ソラから逃げ出した郷間ザマだったが
「ああ、う、うう、ううぅ」
堕ちて、失って、その上で――バカにしていた人間から”逃げ出した”彼が行き着いた先は、当然のように、人目を避けるような路地裏だった。
「う、うぐ、うえぇっ!」
吐き気がする――嗚咽が響く、しかし、喉からは何も出てこない。そんなものはとっくに搾り尽くしてしまった。
――
自分が優れた人間であり、他者は利用する為の道具、それが当然の権利であり、そして、彼のプライドであった。
それが、一夜で崩されたのである。
かつて、自分が臆病者と罵った白銀レインと、
ソラと呼ばれていた少年――怪盗スカイゴールドに。
「ああ、ああぁぁぁっ!」
そして何よりもザマにとって許しがたいのは、ソラとレインに対しての屈辱感よりも、今は、恐怖の方が勝っているのである。
それが辛い、苦しい、死にたくなる。何かと比べる事で生きてきた彼にとって、それを失う事はどうしても許せなかった。
だけど、怒りが
恐ろしい事に、
――俺って実はたいしたことない?
「いやだぁぁぁぁ!」
……挫折は成長の切っ掛けでもある。無論、今までのザマの生き方も、善悪を取り除き強弱で考えれば強い類い。しかしそれが破られたなら、どうにか建て直す必要がある。
だけど今のザマにとって、無理だった。
このまま郷間ザマは――少年は、傷つけられたプライドを抱えて、過去の栄光にすがりながら、
ただ惨めに堕ちていくばかりの未来が待っていた。
だけど、
「いい、声だ」
路地裏に、似つかわしく無い、澄んだ声。
「感情の、発露、行き場の無い、衝動、それこそが」
そこに現れたのは、
「人を、救う」
――久透リア
「……な、なんだよ、なんだよぉ」
透明感のある少女、そのあまりにも浮き世離れた存在に、
「なんなんだよぉ!」
ザマはポケットの中から、今度こそナイフを取り出して、飛びかかろうとしたその瞬間、
――パスッと、軽い音がした
そして、
「熱っ」
ザマの左太ももが熱をもった。慌てそこに目をやれば、
――血が滴っている
「……すま、ない」
自分が、久透リアが構える、
「一応は、正当防衛、だ」
サイレンサー付の銃で撃たれた事に気付いてから、
「ぎゃああああああ!?」
痛みもだが、銃で撃たれたというその
その様子を見て、
「殴られる、覚悟は、あっても、撃たれる、覚悟は、ないか、そうだな、日本は、銃社会じゃない」
――女子供に殴られても死なない
それが、今までザマが、弱者を挑発してきた理由。だが、
「ひ、ひい、やだ、殺さないで、殺さないで」
致命傷ではないけれど、相手が銃を持っていることにすっかり脅えをみせる。命を懇願する様子に、リアは淡々と告げる。
「当たり前、だ、殺さない、その、代わり」
それは最早、悪魔の言葉、
「お前の感情を、私に、くれ」
――郷間ザマは
須浦ユニコの代わり。
「な、なにを、何を言ってるんだよ、なんなんだよ!」
「ライトオブライト、は、いわば、保険だった、そこまで期待、してなかった、だが」
久透リアは銃を片手にゆっくりと近づき、足を押さえるザマにしゃがみこむ。
「お前が、いてくれて、嬉しい」
そのまま銃口を、額に突きつけた。
「プライドの、真価は」
そしてそのまま、
「砕けた時に、発揮、される」
引き金を引いた。
――カチリと
空砲、弾丸がこめられていないその音に郷間ザマは、気絶こそしなかったものの、
小便を漏らした。
「大丈夫、殺したりなんか、しない、ただ」
リアは無表情に、けど、
目だけはまるで笑うように、
「――お前の、誇りを、丁寧に砕く」
言った。
「永遠、に」
その言葉に、ザマは再び大きな声をあげた。
ようやくその悲鳴に気付いたいくらかが、この路地裏を覗き込んだが、
その時にはもう、誰もいなかった。