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5-16 勝利の宴は月島もんじゃ

 ――ノービスオブラビリンスから3時間後のZERO社にて


「ま、眞司社長、取引先やマスコミからのコールが鳴り止まなくて!」

「各地のスタジオに直接来てる人達も!」

「そんなの解ってるよぉ!? ていうか、なんであんな奴の言う事、みんな信じるんだぁ!」


 日頃の行いとしか言いようが無い。

 スカイ達によって盗み出された情報が、余計なフィルターがかからないように、灰戸ライドが緊急開示した事で、ZEROの悪行はみるみるうちに拡散していった。


「ライトオブライトが他社のデーターの丸コピペの証拠、相手にとって不利益な契約、プレイヤーをいかに課金漬けにしていくかのノウハウ」

「一部社員の、RMT業者との癒着に関しては、我々は被害者と言えなくもないですが!」

「社長が率先してやって来た事については!」

「だから、なんで!」


 眞司マンジは、泣きたかった。


「なんで俺だけ責められるんだよ、資本主義だぞ!? 強い奴が弱い奴から搾り取るのは、商売の基本だろ!?」

「そ、そうは言いましても」

「ああ灰戸のクソ野郎! あいつはいつもいつもいつも!」


 彼に対しての憎悪を爆発させようとしたその時、

 ――その本人からのコールがデバイスにあって


「ひいいいいい!?」


 憎しみは霧散し、ただ恐怖に眞司は震えてしまった。


「ちょ、ちょっと、社長出てくださいよ!?」

「今回の件で、言わなくちゃいけない事があるでしょ!」

「そ、そうだな、そうなんだけどぉ……」


 何を言われるのか解らない――眞司マンジはがたがた震えるが、結局、部下達の早く出ろという圧力に負けて、コールを受け取った。


『やぁ、元気してるかね、眞司マンジ!』

「お、お前!」

『ちなみに俺達はすこぶる元気だ! サウナあがりのホッピーがうまい!』


 そう叫ぶ灰戸の声の奥から、もんじゃ焼きも美味しい~、という女性アイの声が聞こえてきた。眞司は、脅えながら、


「こ、この、お前がした事は、犯罪だぞ! こんな、勝手にデーターを盗んで」

『いやぁ、俺もビックリしたよ、たまたまコラボしたイベントでバグが起きて、手に入れた宝物が、機密情報になってたのだから』

「そのバグを引き起こしたのはお前の会社の誰かだろ!?」


 その眞司の答えに、灰戸はまた笑う。


『犯罪とは言うが、一応俺は、警察には相談しているからな』

「へ?」

『ZERO社から内部リークがあり、どうもうちの情報が盗まれてる可能性がある。だから、今日のイベントの時に少し騒ぎになるかもしれないと』

「い、いや、そんな、それでお前がやった事が許されるって」

『悪いがお前と違ってな』


 ――世界を変えてきた男は同時に


『俺は、友達が多いんだよ』


 世界中と、友達になってきた男である。

 ただしそれは、


『はぁ、本当つまんな』

「え?」


 灰戸ライドの正気、ジキルにとっては、認めたく無いものである。

 なぜ無理矢理作らなければいけなかった人格の方が、こうも人気者人垂らしであるのか。


『ほんと陰キャコミュ障にはきついてぇ』

「ちょ、ちょっと、誰、誰ぇ!?」


 回線に割り込みたくなるくらいには、腹が立つ事ではあった。それに戸惑う眞司の反応が面白く、灰戸は気持ちいい心地のまま、そこで通信をブツリと切った。

 結局、誇りをかけたこの勝負は灰戸社長の、

 President RIDE《プライド》の、勝利である。







 というわけで、月島のもんじゃ屋。


「さて、もう一度カンパイしようか!」

「おばちゃん私のビール、ピッチャーで持って来てくださ~い」


 昔ながらの小さな店を貸し切りにして、祝杯をあげているソラ達。未成年の二人は、ラムネとウーロン茶を飲んでいる。

 ――薄くといた出汁の生地を、小さなコテで押し付けて

 それで出来たクリスピーなコゲを食べていくのが、なんとも楽しい、そして美味しい。理想の江戸体験が出来て、嬉しく思うソラとレイン。だが、


「――十字架が」


 ソラ、


「……クロスがいないのが、残念ですね」


 アイのそばにいない、彼の姿を思い、そう呟いた。


「ごめんなさいね~、データー破壊のグリッチって、結構疲れちゃうのよ~、私は食べれば回復するけどね~」

「塔の”砕けない”という判定を、壊すまでの技ですからね」


 それもそうだろう、と、レインも納得する。しかしソラからすれば、もう一度会いたかった。

 ――ブラッククロス

 その名前を教えられるまで、全く、彼が黒統クロである可能性に気付かなかった。

 理由は色々あるけれど、顔が見えなかったとか、声が変わっていたとか、そんなんじゃない。

 雰囲気が、全く違う。

 それこそ昔の黒統クロはとても明るく、痛快で、爽やかで、

 ――今の怪盗スカイゴールドのような人物だったから

 ……そんな風に、昔に想いを馳せていると、


「ところで二人とも、聞きたいんだけど~」


 アイは、ピッチャーのビールをいつのまにか空にした後、


「スッキリした?」


 そう、尋ねた。

 ――郷間ザマの現在3時間後について

 灰戸ライドは、ライトオブライトの不正データーについては、弁護士に相談しながら、慎重に公開の範囲を絞った。特に個人の情報に関しては、爆薬のように注意しなければならないから。

 ただそれでも、契約プレイヤーに公式がチートを与えていた事と――そのプレイヤーが、その問題性を把握していた事は発表した。

 それだけならザマが、特定される事は無かったかもしれないが、


「最後の最後で、僕達の前で」

「あれだけ派手に、チートを使ってしまってはな」


 ザマはレインの勢いに押されて、普段使ってるようなバレないチートでなく、明らかにそのものなチートを使ってしまった。

 もしもあの時チートに頼らず、レインに反撃していたら、万が一ザマの勝利はあったかもしれない。

 だけど、結局彼はその力に頼ってフルダイブしまい、自らがチート使いである事を晒してしまった。

 結果、今のザマは、ネットで物凄い勢いで炎上している。


「……私としては、ぎゃふんと言わせてやれればよかった、だから、今のザマの有様を見てどう思えばいいか」


 そこばかりは少し、複雑である。


「とはいえ、奴の自業自得なのは確かだ」

「僕はその、いい気味だ、って正直思っちゃいます、……あんまり良い感情じゃないけれど」

「それは私もだ、全くかわいそうだとは思えない、同情の余地もない、だが……」


 ザマに対して、ざまぁ! と思うのは当然だ。

 だけど、それだけじゃいけないと、思うからこそ襟を正さないといけない、という二人の態度に、


「そっか~」


 虹橋アイは、肯定も否定もしなかった。だけど、


「でも、今、ごはんは美味しいわよね~」


 何よりも大切な事を、聞いた。

 それに対し二人は一度顔を見合わせた後、


「「はい!」」


 と答える。

 ――生きる事は食べる事

 だけど心に元気が無いと、その生きる事の楽しみすら、苦しみになってしまう。

 だからこそ今二人が、笑ってもんじゃを食べてる事が、何よりも大切だと思った。


「色々ありましたけど、とっても楽しい東京旅行でした」

「ああ、明日の昼に帰るのが、名残惜しくあるが」


 そのレインの発言を聞いた灰戸は、


「ならば、もう1日、旅行を延長してはどうかね?」


 と言った。


「……え?」

「い、いやあの、明日は日曜日で、月曜日は学校があるので」

「あらでも、休めばいいじゃな~い?」

「――休むって」


 学生の本分は勉強ではあるものの、

 2089年になると、AIによって学習の挽回はある程度きく。なので、親の都合でなく生徒本人の希望で、休みを取る事も、そこまで珍しくない時代ではある。無論、成績が落ちる事などはあってはならないが。


「郷間ザマのせいで、潰れた予定もあるだろう? 折角の東京、満喫していけばいいじゃないか」

「い、いやでも、その」


 顔を赤くして迷っていたソラであったが、その時、

 ――ぎゅっと


「あっ」


 ……テーブルの下で、ソラの手を、レインが握ってきた。

 きっとそれが、今の彼女の精一杯なのだろう。

 だから、


「――わかりました」


 ソラは、怪盗のように勇気を出す。


「もう一日、お世話になります」


 ――子供の頃、幼馴染みからもらった宝物は今

 すぐ隣の大切な人を、嬉しそうに微笑ませていた。


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