――ノービスオブラビリンスから3時間後のZERO社にて
「ま、眞司社長、取引先やマスコミからのコールが鳴り止まなくて!」
「各地のスタジオに直接来てる人達も!」
「そんなの解ってるよぉ!? ていうか、なんであんな奴の言う事、みんな信じるんだぁ!」
日頃の行いとしか言いようが無い。
スカイ達によって盗み出された情報が、余計なフィルターがかからないように、灰戸ライドが緊急開示した事で、ZEROの悪行はみるみるうちに拡散していった。
「ライトオブライトが他社のデーターの丸コピペの証拠、相手にとって不利益な契約、プレイヤーをいかに課金漬けにしていくかのノウハウ」
「一部社員の、RMT業者との癒着に関しては、我々は被害者と言えなくもないですが!」
「社長が率先してやって来た事については!」
「だから、なんで!」
眞司マンジは、泣きたかった。
「なんで俺だけ責められるんだよ、資本主義だぞ!? 強い奴が弱い奴から搾り取るのは、商売の基本だろ!?」
「そ、そうは言いましても」
「ああ灰戸のクソ野郎! あいつはいつもいつもいつも!」
彼に対しての憎悪を爆発させようとしたその時、
――その本人からのコールがデバイスにあって
「ひいいいいい!?」
憎しみは霧散し、ただ恐怖に眞司は震えてしまった。
「ちょ、ちょっと、社長出てくださいよ!?」
「今回の件で、言わなくちゃいけない事があるでしょ!」
「そ、そうだな、そうなんだけどぉ……」
何を言われるのか解らない――眞司マンジはがたがた震えるが、結局、部下達の早く出ろという圧力に負けて、コールを受け取った。
『やぁ、元気してるかね、眞司マンジ!』
「お、お前!」
『ちなみに俺達はすこぶる元気だ! サウナあがりのホッピーがうまい!』
そう叫ぶ灰戸の声の奥から、もんじゃ焼きも美味しい~、という
「こ、この、お前がした事は、犯罪だぞ! こんな、勝手にデーターを盗んで」
『いやぁ、俺もビックリしたよ、たまたまコラボしたイベントでバグが起きて、手に入れた宝物が、機密情報になってたのだから』
「そのバグを引き起こしたのはお前の会社の誰かだろ!?」
その眞司の答えに、灰戸はまた笑う。
『犯罪とは言うが、一応俺は、警察には相談しているからな』
「へ?」
『ZERO社から内部リークがあり、どうもうちの情報が盗まれてる可能性がある。だから、今日のイベントの時に少し騒ぎになるかもしれないと』
「い、いや、そんな、それでお前がやった事が許されるって」
『悪いがお前と違ってな』
――世界を変えてきた男は同時に
『俺は、友達が多いんだよ』
世界中と、友達になってきた男である。
ただしそれは、
『はぁ、本当つまんな』
「え?」
灰戸ライドの正気、ジキルにとっては、認めたく無いものである。
なぜ無理矢理作らなければいけなかった人格の方が、こうも
『ほんと陰キャコミュ障にはきついてぇ』
「ちょ、ちょっと、誰、誰ぇ!?」
回線に割り込みたくなるくらいには、腹が立つ事ではあった。それに戸惑う眞司の反応が面白く、灰戸は気持ちいい心地のまま、そこで通信をブツリと切った。
結局、誇りをかけたこの勝負は灰戸社長の、
President RIDE《プライド》の、勝利である。
◇
というわけで、月島のもんじゃ屋。
「さて、もう一度カンパイしようか!」
「おばちゃん私のビール、ピッチャーで持って来てくださ~い」
昔ながらの小さな店を貸し切りにして、祝杯をあげているソラ達。未成年の二人は、ラムネとウーロン茶を飲んでいる。
――薄くといた出汁の生地を、小さなコテで押し付けて
それで出来たクリスピーなコゲを食べていくのが、なんとも楽しい、そして美味しい。理想の江戸体験が出来て、嬉しく思うソラとレイン。だが、
「――十字架が」
ソラ、
「……クロスがいないのが、残念ですね」
アイのそばにいない、彼の姿を思い、そう呟いた。
「ごめんなさいね~、データー破壊のグリッチって、結構疲れちゃうのよ~、私は食べれば回復するけどね~」
「塔の”砕けない”という判定を、壊すまでの技ですからね」
それもそうだろう、と、レインも納得する。しかしソラからすれば、もう一度会いたかった。
――ブラッククロス
その名前を教えられるまで、全く、彼が黒統クロである可能性に気付かなかった。
理由は色々あるけれど、顔が見えなかったとか、声が変わっていたとか、そんなんじゃない。
雰囲気が、全く違う。
それこそ昔の黒統クロはとても明るく、痛快で、爽やかで、
――今の怪盗スカイゴールドのような人物だったから
……そんな風に、昔に想いを馳せていると、
「ところで二人とも、聞きたいんだけど~」
アイは、ピッチャーのビールをいつのまにか空にした後、
「スッキリした?」
そう、尋ねた。
――郷間ザマの
灰戸ライドは、ライトオブライトの不正データーについては、弁護士に相談しながら、慎重に公開の範囲を絞った。特に個人の情報に関しては、爆薬のように注意しなければならないから。
ただそれでも、契約プレイヤーに公式がチートを与えていた事と――そのプレイヤーが、その問題性を把握していた事は発表した。
それだけならザマが、特定される事は無かったかもしれないが、
「最後の最後で、僕達の前で」
「あれだけ派手に、チートを使ってしまってはな」
ザマはレインの勢いに押されて、普段使ってるようなバレないチートでなく、明らかにそのものなチートを使ってしまった。
もしもあの時チートに頼らず、レインに反撃していたら、
だけど、結局彼はその力に
結果、今のザマは、ネットで物凄い勢いで炎上している。
「……私としては、ぎゃふんと言わせてやれればよかった、だから、今のザマの有様を見てどう思えばいいか」
そこばかりは少し、複雑である。
「とはいえ、奴の自業自得なのは確かだ」
「僕はその、いい気味だ、って正直思っちゃいます、……あんまり良い感情じゃないけれど」
「それは私もだ、全くかわいそうだとは思えない、同情の余地もない、だが……」
ザマに対して、ざまぁ! と思うのは当然だ。
だけど、それだけじゃいけないと、思うからこそ襟を正さないといけない、という二人の態度に、
「そっか~」
虹橋アイは、肯定も否定もしなかった。だけど、
「でも、今、ごはんは美味しいわよね~」
何よりも大切な事を、聞いた。
それに対し二人は一度顔を見合わせた後、
「「はい!」」
と答える。
――生きる事は食べる事
だけど心に元気が無いと、その生きる事の楽しみすら、苦しみになってしまう。
だからこそ今二人が、笑ってもんじゃを食べてる事が、何よりも大切だと思った。
「色々ありましたけど、とっても楽しい東京旅行でした」
「ああ、明日の昼に帰るのが、名残惜しくあるが」
そのレインの発言を聞いた灰戸は、
「ならば、もう1日、旅行を延長してはどうかね?」
と言った。
「……え?」
「い、いやあの、明日は日曜日で、月曜日は学校があるので」
「あらでも、休めばいいじゃな~い?」
「――休むって」
学生の本分は勉強ではあるものの、
2089年になると、AIによって学習の挽回はある程度きく。なので、親の都合でなく生徒本人の希望で、休みを取る事も、そこまで珍しくない時代ではある。無論、成績が落ちる事などはあってはならないが。
「郷間ザマのせいで、潰れた予定もあるだろう? 折角の東京、満喫していけばいいじゃないか」
「い、いやでも、その」
顔を赤くして迷っていたソラであったが、その時、
――ぎゅっと
「あっ」
……テーブルの下で、ソラの手を、レインが握ってきた。
きっとそれが、今の彼女の精一杯なのだろう。
だから、
「――わかりました」
ソラは、怪盗のように勇気を出す。
「もう一日、お世話になります」
――子供の頃、幼馴染みからもらった宝物は今
すぐ隣の大切な人を、嬉しそうに微笑ませていた。