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5-13 幸せなら手を繋ごう

 ――VRMMOライトオブライト

ゲームの内外問わず、多くの人々の注目が、宝箱の前で焦りをみせているザマでなく、ラビリンス入り口の怪盗達に集まる中で、


「――クロスって」


 その怪盗のリーダー、スカイは、ヘルメットから三つ編みを下げる、黒いコート姿の存在に、呆然としていた。


「え、誰々あの男!?」

「怪盗の新メンバー!?」


 他のプレイヤーが、その正体が解らない中で、ソラには心当たりがある。

 彼には、黒統クロという幼馴染みが居た。

 小説、漫画、アニメ、あらゆる媒体メディアの怪盗というジャンルが好きで、ソラとはそれを良く共有した。怪盗ごっこも供に繰り返した。

 だけど黒統クロは、中学生になる前に、突然姿を消した。

 もしも目の前の、刀を下げたコートの男が

 その幼馴染みだというのなら――


「あの」

「怪盗スカイゴールド」


 クロスは、スカイの言葉を遮るように、


「俺の素性より、今は大切な事があるだろ?」


 クロスは、ヘルメット越しでも伝わるくらいに、


「郷間ザマを、ぎゃふんと言わせる」


 笑顔でそう、告げてみせる。


「……わかった、ブラッククロス」


 スカイも今は、笑みを見せる。そしてレインに目配せをした、その時、


「初めましてですね、怪盗スカイゴールド!」


 ザマが――スカイ達の前に、ワープして来た。

そしてにこにこと笑みを見せる、だが、


(何を考えて乗り込んできた、クズが! 僕の秘密を盗もうとして!)


 無論、その心は苛立ちに塗れている――だが、


(……本当に、何を考えて、乗り込んできたんだよ?)


 郷間ザマが、アイズフォーアイズまで、レインを追ってこなかった理由は、”白金ソラ”の予想通り、株式会社ZEROのゲームでしか最強チートになれないから。

 だが、ライトオブライトに置いては、彼は絶対的強者。


(ああ、もしかして、リベンジしたくて僕と対決するイベントをねじこんだの? 昨日今日の思いつきか、それともあらかじめ決めてかはわかんないけど)


 ザマは、心の中で、


シルバーキューティレインじゃない自分なら、僕に勝てるかもしれないって――どこまでも哀れなんだよ)


 どこまでも、レインを見下しながら、


(この世界で僕に適う訳ないだろ、チート無し一般人が)


 表面では、爽やかな笑みを浮かべる。


「僕も知らなかったんですけど、運営は、こんなイベントを用意してたんですね!」

「――ああ、そうだな、我と、クロス、そして」


 スカイはそこで、視線を彼女に、


「シルバーキューティと、お前との直接対決だ」


 白銀レインのアバターへと向けた。レインは、視線をひたすらにザマへと向け、屹立する。

 ――だが


「震えてどうしました、キューティさん?」

「っ!」


 レインの体は震えていない、だけど、心はそうじゃない。

 レインを、弱者達を、蛇のように見て来た男だからこそ、ザマはレインの中にある脅えを見抜く。


(――この男は)


 あの頃と同じような、天使のように笑いながら、


「あ、大きなイベントだから、緊張しちゃってるのかな?」


 心の裏で、悪魔のようにほくそ笑んで、


「それとも、何か思い出した?」」


 その態度煽りが、レインの心を凍らせる。

 幸せな日常が、ただの噂一つで、徐々に自分へと牙を剝き、

 そしてその仕掛け人が――恋人にはならなかったが、友だと信じていた者だった事の驚愕。15歳にして、自分の心に突き刺さった人間不信トラウマ

 そしてここで白銀レインは郷間ザマに対し、憎悪を抱けなかった。ただ、恐怖した。

 怒りや屈辱を覚えられない己、そこまでされて、脅え逃げる事しか出来なかった、自分の弱さに対する絶望。

 あの頃が、全身を飲み込みそうになった時、


「キューティ」


 その一言が、

 ……スカイから彼女の背中へとかけられた、重くも無く軽くも無い、いつもどおりの呼びかけが、

 彼女の凍てつく心に勇気ぬくもりを与えた。


「まぁそもそも、忍者ってこそこそ逃げるタイプのジョブだから、このイベントには不向きかも」


 だから、キューティは、


「――お前こそ」

「ん?」


 キューティは言った。


「逃げるのか?」


 ――その一言が

 他の者からなら、笑って受け流していただろうその言葉が、

 よりにもよってあの白銀レイン臆病者から告げられた事で、


「そんな訳ないだろ!?」


 プライド逆鱗に触れられたザマは、思わず、そう口走ってしまった。あっ、と気付いた時にはもう遅い。


「うわ、ザマさん叫んだ?」

「え、怒った? 怒った?」

「あんな姿見せるの珍しいねぇ」


 今までの会話の内容こそ届いてないけれど、穏和な彼が叫んだ様子はバッチリと見られ、彼の商品価値に傷が付くキャラ崩壊。焦る様子をザマが見せる中で、ソラが、声をパブリックに聞けるように設定したあと、口を開く。


「挑戦を受けてくれてありがとう、ライトオブライトの騎士ナイト、郷間ザマ!」


 あとはもうスカイが、講じていたあらゆるプランの中から、この状況に最適解の流れに”盛”っていく。


「ルールは30分以内に、お前の後ろに現れた宝箱を盗み出せたら我達の勝ち」

「その宝箱には、この世界の秘密が隠されているらしいからな」


 秘密という言葉に、プレイヤー達は騒ぎ出す。それがきっと前向きな情報だと信じているから。

 しかし、ザマがさっき伺ったものはそんなものじゃない。


(公式チート、アイズフォーアイズのデーターをパクった証拠、RMT業者と癒着してる奴のやりとり情報!)


 ザマにとって問題なのは、


(――僕の不正の証拠!)


 その一点、そう、それは存在しないはずのものだった。ライトオブライトの悪事がバレた時、知らぬ存ぜぬ被害者ぶるを突き通す為の前提条件だった。しかし、


(あのクソ社長が、何してるかなぁ!)


 眞司マンジという男が、郷間ザマという男をいつか脅す為に、個人的に保管していたデーター保険だった。それがそういう出自の物だというのは、ご丁寧にラベリングファイル名されていた。

 どちらにしろ、この宝箱を盗まれれば、ZEROだけでなくザマも終わる。

 それでもザマは――笑みを浮かべた。


「わ、わかりました、キューティさん、さっきはどなってごめんなさい! ライトオブライトは、公平平等なVRMMO、あなたがたの挑戦を受け入れます!」


 そう、諸手をあげて歓迎の素振りを見せるが、


「――相変わらずお前は、偽るのがうまいな」


 レインはただ、そう言った。

 ザマだけでなく、全員がぽかんとする中で、クロスが一歩、ノービスオブラビリンスの前に踏み出す。

 そして刀を抜きながら、周囲には聞こえない非パブリック声で、


「アイさん」


 そう呟くと、彼の刀身が光り出した。その状態で、背後の二人に呟く。


「昨日の打ち合わせで言った通り、俺のグリッチは」


 そうそれは、


「――データー破壊だ」


 シソラの友達、グドリーのアカウントを消した力。




 ――虹橋アイとのハッキングとの連携により

 彼にだけ見える、淡い光へと放った一閃は、

 ノービスオブラビリンスのテクスチャ上っ面を消去する。


「えっ」


 ごく普通を装った城の姿が崩れていき、

 剥き出しのままに現れたのは、


「ええええ!?」


 ――様々なデーターをツギハギしたキメラダンジョン

 アイズフォーアイズのいえもん城をベースにした、不格好なオブジェクトだった。




「え、なになに!?」

「ノービスオブラリンスがバグった!?」

「なんか日本のお城っぽくなったんだけど!?」


 突如目の前に現れた、異様としかいいようがない建築物に対して、


「いやていうかこれ、桜国のいえもん城じゃん」

「あれ、でもあそこの部分デッカブリッジじゃね?」

「ドラゴンツリーのトラップもあるんですけど!」


 アイズフォーアイズプレイヤーが、見知ったオブジェクトに対して言及する。辛うじて、ザマが今いるダンスホールだけはオリジナルだが、それ以外は全くアイズフォーアイズのダンジョン丸パクリだった。


「ノービスなんてよく言えた物だね」


 肩をすくめながら、スカイ、


インフェルノオブラビリンス初見殺しの地獄とでも、改名した方がいいんじゃないかな?」

「い、いや、これは」


 汗をだらだら流すザマ、だったが、


「そ、そう、実はライトオブライトは、ZEROの元社長の灰戸ライド氏にも協力いただきまして、このイベント用のダンジョンも、素材を提供してもらったんです!」


 そう慌てて切り返す。半分はその意見に盛り上がるが、もう半分は困惑した。


「いや、灰戸社長と眞司社長ってめちゃくちゃ仲悪いだろ?」

「でもこうやってコラボしてるって事は、仲直りした?」

「にしたって、この演出は悪趣味すぎますよぉ」


 ザマとて、この言葉に無理があるのは百も承知である。だがそれでも切り抜けなければならない。


「せ、制限時間は30分!」


 そう言いながら、トラップのコンソールを弄り、全てを”クリア不可能”レベルまであげる。


「それまでに、怪盗達は、この宝物を盗めるか」


 しかし、難攻不落の城を前にして、スカイは、


「――3分だ」


 そう、あっさりと宣言した。


「……え?」


 ザマが呆気にとられ、周囲がどよめく中、スカイは、


「予告状、忘れてないよね郷間ザマ」


 そう言った後、何かを促すように、キューティへ視線をやる――一瞬、顔を赤らめた彼女だったが、

 すぐにモニターへと向き直り、


「今からお前を、ぎゃふんと言わせる!」


 そう、強く言って見せた。

 ――現実世界の二人の手はその時

 堅く強く、握られていた。

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