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5-9 僕が/私が、抱き枕

「わ、別れるって、どういう事?」

「――そのままの意味だよ?」


 高級ホテルの最上階、スイートルーム。東京の夜景を臨む、全面ガラス張りの窓際にて。

 夜2時という遅い時間に無遠慮にコールして、AR機能で表示している女性の姿を、郷間ザマは、にこっと笑いながらみつめていた。

 急いで化粧しただろう彼女が、自分の表情とは違って、困惑し、絶望する、その様子。

 ――何度見ても楽しくて、心が躍る


「冷静に考えたら、君みたいなおばさんが、僕と付き合える訳ないじゃん」

「おばさんって、私はまだ29だよ!?」

「そう言っちゃう所がおばさんなんだよね」

「う、嘘でしょ、嘘だって言ってよ、私、ザマ君の為に沢山の事をしてあげたでしょ?」

「ああ、そのどれもが身の破滅を招くものだ、普通に考えたらおかしいのに、君達は簡単に愚かを選ぶ」


 どれだけ歴史が進んでも、けしていなくならない人間、

 “信じた物を疑えない”。

 水素水、マイナスイオン、ブルーライトカット、根拠がないものを疑えない理由の一つに、信じた自分を否定する事が辛いから、というのもある。

 ――だから、例え推しが己の罪を負わせようと


「な、何か理由があるんだよね? ザマ君、私の事を大切だって」


 縋ろうとするから――その様がとても、

 ザマにとっては、


「――楽しい」

「えっ」


 かけがえのない娯楽、彼にとっての生きる理由で。


「ふふ、あはは、あはははっ」

「ザ、ザマ君、どうしたの、怖いよ」


 困惑する彼女にの前で、一頻り笑った後、ザマはプチリと通信を切った。AR機能も解除して、ベッドへと向かって行く。

 その面はとてもスッキリしてたが、


(でも、ちょっともったいなかったなぁ)


 ザマが秘密裏に付き合う彼女おもちゃは30人以上いて、その全てにセーフティーネットザマがけして悪人にならないをかけている。どれも大切に育ててきた洗脳してきた人達だが、


(まぁでも、仕方無いか)


今日は、そのひとつを消費する必要があった。


(じゃなきゃ、とても眠れないもんね)


 アプリのおかげで、時間が短縮された2089年においても、睡眠の質はQOLに直結する。

 ――つまり、怪盗スカイゴールドからの予告状は

 それだけ、ザマを動揺させていたという事だ。


(あのバカ社長に聞いても、いたずらの原因は全く解らないって言うし、セキュリティどうなってるのかな)


 ただ、心が乱れていても、


(まぁあの予告状が、偽者じゃなくて本物からのものだったとしても)


 ザマは一点、疑っていなかった。


(ライトオブライトの世界ゲームに、アイズフォーアイズの人間プレイヤーが、来られる訳がない)


 そんな、異世界転生ご都合主義が、現実に起きるはずがない事を、

 ――何の根拠も無く、信じていた







 翌朝の7時、ソラとレインが泊まった部屋のベッドの上。

 ――抱き枕を垣根にして眠った二人だったのだが


「……」


 その抱き枕はベッドから落ちて、代わりにソラが、レインに抱き枕のようにだっこされていた。そしてこの状況で、

 ソラは意識を覚醒させている。


(な、なんで!?)


 真実をもったい付けずに話せば、これは二人の共同作業である。

 まず、二人は手を繋いで眠っていた。しかし人間は寝る時に、寝返りを打つのが道理。その際に二人の間にある抱き枕はずれベッドから落ちて、その上で、夢の中で彼女はソラの名前を呼び、それが寝言として漏れた。

 夢現の状況で、ソラもそれに応える。するとレインは、ソラをそのままきゅうっと抱きしめる。

 ――眠るソラはそのぬくもりに安らぎを覚え

 そのまま抱かれながら抱きしめた、という訳である。


(あわ、あわわ……)


 ともかくこの状況で、声なんて当然、あげられないソラ。どうにかバレないよう体を離したいのだが、レインの腕の強さ――というより腕の中の心地よさが――どうにもそれを許さない。

 離れなきゃいけないのに、離れたくない。


(ど、どうしよう)


 ただし、目を薄ぼんやりとあけて、ドキドキしているのはソラだけでなく、


(ど、どうすればいいのだ!?)


 白銀レインも同じくだった。なにせ、夢の中でソラをぎゅ~っとしてて、うっすらと起きたらリアルでもだっこしてたのだから、そりゃ、慌てる。二人は瞼の裏で、起き抜けの脳をフル回転させていた。


(いや、腕を抜けばいいのだろうが、ソラの方からも抱きしめてきてる……!)

(自分が動いたら起きそうというか、ああでも、離れなきゃ)

(だ、だけど、あったかいし)

(幸せだし)

((どうしよう))


 緊張と安心、この矛盾した状況にベッド上で叩き込まれた二人、耳の裏が熱くなって、胸の奥がきゅぅっとなって、あらゆる意味で身動きが取れなくなった時、

 ――左耳に放り込んでいたデバイスのアラームが同時に鳴った


「「わっ!?」」


 それで、磁石のように離れ、背中合わせで正座になり、


「「も、もしもし!」」


 二人同時に応答すれば、


『おはよう! いい目覚めかね!』


 音声のみでコールしてきたのは灰戸ライド、二人は顔を赤いままに会話する。


「お、おかげさまで、ありがとうございました」

「ただ、その、ベッドが」

『ああ、やはりソファベッドだと、寝心地は悪かったか』

「「え?」」


 ――ソファベッド

 ……二人が泊まった部屋には、確かに、二人がけのソファがある。

 良く見なくとも、横にきちんと、”ベッドへの換装の仕方”が、アナログに紙で書かれていた。


『どちらが寝たかは解らぬが、本番当日に、体を痛めつけさせてすまなかった、セパレート仕切り板も限界があっただろうし』

「「え? え?」」


 ――セパレート

 ……さらにさらに良く見なくとも、ソファとベッドの間にある壁には収納式のスライドカーテンがあって、部屋を二つに分け、最低限だがプライバシーの配慮も出来るようであった。

 灯台下暗し、というよりは、昨夜二人はそこまでに、部屋にベッドが一つスペシャリティに囚われたという事である。


『大丈夫か?』

「あ、そ、その大丈夫です」

「とても、良く眠れましたから」

『ならいいが――ともかく、8時になったら2Fの多目的ルームへ来てくれ、朝食がてらミーティングといこうじゃないか!』


 そう言って、ガッハッハ! と高笑いしながら、ライドは通信を切った。

 気まずい、というより甘酸っぱい沈黙が流れる部屋、だったが、


「その、ありがとう」

「え?」

「ソラのおかげで、良く眠れた」

「――あっ」


 恥じらいながらも、しっかり、そう言ってくる彼女に、


「ぼ、僕もです」


 同じように顔を赤くしながら、ソラもそう答える。あとはどちらともなく身支度をはじめて、二人揃って部屋を出る。

 ――まだ少し、頬にうっすらとくれないだけど


「行きましょう」

「ああ」


 その瞳には、昨日とは違って、しっかりと力強さが宿っていた。

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