「わ、別れるって、どういう事?」
「――そのままの意味だよ?」
高級ホテルの最上階、スイートルーム。東京の夜景を臨む、全面ガラス張りの窓際にて。
夜2時という遅い時間に無遠慮にコールして、AR機能で表示している女性の姿を、郷間ザマは、にこっと笑いながらみつめていた。
急いで化粧しただろう彼女が、自分の表情とは違って、困惑し、絶望する、その様子。
――何度見ても楽しくて、心が躍る
「冷静に考えたら、君みたいなおばさんが、僕と付き合える訳ないじゃん」
「おばさんって、私はまだ29だよ!?」
「そう言っちゃう所がおばさんなんだよね」
「う、嘘でしょ、嘘だって言ってよ、私、ザマ君の為に沢山の事をしてあげたでしょ?」
「ああ、そのどれもが身の破滅を招くものだ、普通に考えたらおかしいのに、君達は簡単に愚かを選ぶ」
どれだけ歴史が進んでも、けしていなくならない人間、
“信じた物を疑えない”。
水素水、マイナスイオン、ブルーライトカット、根拠がないものを疑えない理由の一つに、信じた自分を否定する事が辛いから、というのもある。
――だから、例え推しが己の罪を負わせようと
「な、何か理由があるんだよね? ザマ君、私の事を大切だって」
縋ろうとするから――その様がとても、
ザマにとっては、
「――楽しい」
「えっ」
かけがえのない娯楽、彼にとっての生きる理由で。
「ふふ、あはは、あはははっ」
「ザ、ザマ君、どうしたの、怖いよ」
困惑する彼女にの前で、一頻り笑った後、ザマはプチリと通信を切った。AR機能も解除して、ベッドへと向かって行く。
その面はとてもスッキリしてたが、
(でも、ちょっともったいなかったなぁ)
ザマが秘密裏に付き合う
(まぁでも、仕方無いか)
今日は、そのひとつを消費する必要があった。
(じゃなきゃ、とても眠れないもんね)
アプリのおかげで、時間が短縮された2089年においても、睡眠の質はQOLに直結する。
――つまり、怪盗スカイゴールドからの予告状は
それだけ、ザマを動揺させていたという事だ。
(あのバカ社長に聞いても、いたずらの原因は全く解らないって言うし、セキュリティどうなってるのかな)
ただ、心が乱れていても、
(まぁあの予告状が、偽者じゃなくて本物からのものだったとしても)
ザマは一点、疑っていなかった。
(ライトオブライトの
そんな、
――何の根拠も無く、信じていた
◇
翌朝の7時、ソラとレインが泊まった部屋のベッドの上。
――抱き枕を垣根にして眠った二人だったのだが
「……」
その抱き枕はベッドから落ちて、代わりにソラが、レインに抱き枕のようにだっこされていた。そしてこの状況で、
ソラは意識を覚醒させている。
(な、なんで!?)
真実をもったい付けずに話せば、これは二人の共同作業である。
まず、二人は手を繋いで眠っていた。しかし人間は寝る時に、寝返りを打つのが道理。その際に二人の間にある抱き枕はずれベッドから落ちて、その上で、夢の中で彼女はソラの名前を呼び、それが寝言として漏れた。
夢現の状況で、ソラもそれに応える。するとレインは、ソラをそのままきゅうっと抱きしめる。
――眠るソラはそのぬくもりに安らぎを覚え
そのまま抱かれながら抱きしめた、という訳である。
(あわ、あわわ……)
ともかくこの状況で、声なんて当然、あげられないソラ。どうにかバレないよう体を離したいのだが、レインの腕の強さ――というより腕の中の心地よさが――どうにもそれを許さない。
離れなきゃいけないのに、離れたくない。
(ど、どうしよう)
ただし、目を薄ぼんやりとあけて、ドキドキしているのはソラだけでなく、
(ど、どうすればいいのだ!?)
白銀レインも同じくだった。なにせ、夢の中でソラをぎゅ~っとしてて、うっすらと起きたらリアルでもだっこしてたのだから、そりゃ、慌てる。二人は瞼の裏で、起き抜けの脳をフル回転させていた。
(いや、腕を抜けばいいのだろうが、ソラの方からも抱きしめてきてる……!)
(自分が動いたら起きそうというか、ああでも、離れなきゃ)
(だ、だけど、あったかいし)
(幸せだし)
((どうしよう))
緊張と安心、この矛盾した状況にベッド上で叩き込まれた二人、耳の裏が熱くなって、胸の奥がきゅぅっとなって、あらゆる意味で身動きが取れなくなった時、
――左耳に放り込んでいたデバイスのアラームが同時に鳴った
「「わっ!?」」
それで、磁石のように離れ、背中合わせで正座になり、
「「も、もしもし!」」
二人同時に応答すれば、
『おはよう! いい目覚めかね!』
音声のみでコールしてきたのは灰戸ライド、二人は顔を赤いままに会話する。
「お、おかげさまで、ありがとうございました」
「ただ、その、ベッドが」
『ああ、やはりソファベッドだと、寝心地は悪かったか』
「「え?」」
――ソファベッド
……二人が泊まった部屋には、確かに、二人がけのソファがある。
良く見なくとも、横にきちんと、”ベッドへの換装の仕方”が、アナログに紙で書かれていた。
『どちらが寝たかは解らぬが、本番当日に、体を痛めつけさせてすまなかった、
「「え? え?」」
――セパレート
……さらにさらに良く見なくとも、ソファとベッドの間にある壁には収納式のスライドカーテンがあって、部屋を二つに分け、最低限だがプライバシーの配慮も出来るようであった。
灯台下暗し、というよりは、昨夜二人はそこまでに、
『大丈夫か?』
「あ、そ、その大丈夫です」
「とても、良く眠れましたから」
『ならいいが――ともかく、8時になったら2Fの多目的ルームへ来てくれ、朝食がてらミーティングといこうじゃないか!』
そう言って、ガッハッハ! と高笑いしながら、ライドは通信を切った。
気まずい、というより甘酸っぱい沈黙が流れる部屋、だったが、
「その、ありがとう」
「え?」
「ソラのおかげで、良く眠れた」
「――あっ」
恥じらいながらも、しっかり、そう言ってくる彼女に、
「ぼ、僕もです」
同じように顔を赤くしながら、ソラもそう答える。あとはどちらともなく身支度をはじめて、二人揃って部屋を出る。
――まだ少し、頬にうっすらと
「行きましょう」
「ああ」
その瞳には、昨日とは違って、しっかりと力強さが宿っていた。