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5-7 予告状は世界を越えて

 灰戸ライドが急遽用意してくれたホテル、部屋の準備はまだ終わっておらず、先に入浴、そして食事を促された。

 90度のサウナは15分間隔でオートロウリュ有り。22度、18度、14度と、場所によって水温が違う水風呂も嬉しい。そんな実用性重視のサウナで、二人ともゆっくりと体をほぐした後、レストランの個室へ。

 店内の雰囲気は落ち着いていて、最上階の夜景は素晴らしく、心をゆたりとなだらかにする――それでも、スカイツリーでの件の所為で、食事も喉が通らないと思ってた。だが、


「……うまいな」

「……ええ」


 ディナーは、スープとバゲット、それだけ。

 具も何も無い、黄金色のコンソメスープは、一匙救った後に口にいれれば、すっと優しく染みた。供に出された全粒粉のバケットは、胡桃が入っている程度で味よりも風味が強いい。硬い物を咀嚼すると、物理的に脳が刺激される。

 食べるという、生きる為にどうしても必要な行為が、サウナで軽くなった体の中にある、二人の気分を少しだけ上向きにさせる。

 食事を初めてから10分後、


「……ザマとの事、もう少し、語ってもいいだろうか」


 レインがそう言ったから、ソラは、自然とうなずいた。


「ありがとう」


 レインが語るに曰く――彼女が選んだ高校は、プログラミングをはじめとした情報特化の有名校だった。

 高校入学時、二人は同じクラスになったらしい。

 郷間ザマが人気者だったのは当然だが、白銀レインもその容姿と振る舞いの良さと、アイズフォーアイズのプレイヤー且つ、運営側としても関わってる事で注目を浴びたらしい。

 一度ザマは、レインに告白をした。だがレインはそれを断った。

 だがその後もザマ、はレインに対して、良き友人として振る舞っていた。

 ある日を境に、レインに噂が流れ始めた。

 アイズフォーアイズ以外のゲームをバカにしてる、裏で他人を見下している、

 中学時代はいじめをやってた、ザマの名前を借りて悪い事をしてる、

 口に出すにも恐ろしい、悪も淫らもやっている、と。

 ――それは根も葉もない噂なのに

 火の無いところに煙は立たぬとばかり、レインへの視線は厳しくなった。ザマをはじめとしたクラスメイトが、レインをかばう中でも、多くはすっかりレインへの信用を無くし――中には、2089年のセキュリティをハッキングしてでも、靴隠しや教科書破りなど、陰湿な遠回しのいじめをしてくる者もいた。

 身の危険を感じる事もあった。

 実害が出るに至って、戸惑いは恐怖に変わる。表向き、自分の味方と言ってた友達が、トイレで陰口を叩いてるのを聞いて、何を信用していいか解らなくなる。

 孤立する――自分に告白した郷間ザマ以外、信じられない状況。


「そんなある日の放課後に、教室で、ザマに呼ばれた」


 彼はこう言った。


「自分が全部仕向けた、って」


 胸糞悪いテンプレート、

 一番信頼してた人物が、全ての黒幕。

 今思えばそれは、今日、ザマがソラに仕掛けた煽りと同じ。

 ――言葉で煽り、手を出させれば僕の勝ち

 ……しかしレインはその時、ザマを、


「怖いと、思った」


 そう思った。


「私は、ザマに、怒る事が出来なかったんだ」


 そこでレインは、笑顔で呟く。


「高校に入るまで、余りにも、人との出会いに恵まれていた、両親と友人、VRMMO善の振りをした悪が集う場所ですら、アイさんと出会えた、だから」


 人生で初めて会う、純粋な悪に対して、

 “人の人生を壊す事に悦楽を見出す者”に対して、


「私は、トラウマを抱いてしまったんだろうな」


 そこまで、ひどい事をされても、

 ――被虐者の全てが怒りを抱ける訳じゃない

 ただ、恐怖に縛られる。戦う術を教える事が難しい時代、そういう者達はとても多く。

ザマは、レインとの交流から、彼女の本質が”ただの善人”である事を見抜いていたからこそ、ここまで、追い詰めた。殴ってくれればそれで良し、脅えるばかりならそれも楽しい、と。

 結局それから2ヶ月後、レインは学校を辞めた。

 学校という場所ではうまく、呼吸すら出来なくなってしまったから。


「……学校を辞めた後は、ザマという男から逃げた自分が、情けなかった。あいつじゃなく、心が弱い私が悪いんだとまで、思ってしまった」


 他責思考と同じくらい、思春期が陥りがちな自責思考。全ての幸不幸は、己の責任という極端。


「ああいう人間とは、関わりなく生きるしかないと、自分に言い聞かせていたけれど」


 レインは、


「あいつの言うように――私は臆病者だったんだ」


 自重気味に、笑った。

 ……ソラは、そんな事は無いなんて言わなかった。

 否定したとて、その時のレインは、そう思ったのだから、ただの慰めにもなりはしない。

 ――だからソラは

 こめかみを中指二回、人差し指一回ノックして、


「アイさんですか?」

『あら、な~に~?』


 デバイスを起動して、虹橋アイに連絡を取った。


「ソラ……?」


 疑問符を浮かべるレインの前で、ソラ、


「準備はどれくらい進んでますか?」

『あと30分くらいで、そっちにプランを送れるわ~』

「予告状も出しますよね?」

『ええ~』

「――だったら」


 ソラは、予告状の文面を、リクエストした。

 それを聞いたレインは目を見開き、アイは喜び――その上、奥から十字架黒統らしき者からの笑い声も聞こえて、

 通信を、切った後、


「……か、かっこつけ過ぎ、でしょうか?」


 と、ソラが不安そうに聞いてくるもんだから、思わずレインは吹き出した。


「いいや、最高だ」


 元気と供に、食欲を取り戻した二人は、コース料理を改めて頼んだ。マグロヅケカルパッチョ、もんじゃ焼風のあおさとシーフードのクレープ、深川飯風のあさりリゾット、など、いわゆる江戸前料理の名物や技巧を、フレンチに落とし込んだコースは、美味しいだけでなく楽しくて、より二人の心を弾ませてくれた。







 ――午後10時

 この場所は現実では無くVRMMO、ただし、アイズフォーアイズでは無くて、


『それでは今より、プレオープンイベント!』


 ――ライトオブライト初心者の希望


『郷間ザマに挑め! ノービスオブラビリンスの説明を開始します!』


 この、新しいVRMMOゲームに、ベーターテストプレイヤーとして選ばれた者達が、モニターがある広場に集められている。


『それでは早速、主役にご登場いただきましょう、株式会社ZEROの契約プレイヤー、郷間ザマぁ!』


 女性司会の言葉と供に躍り出たのは、現実の姿ほぼそのままに、爽やかな騎士としてキャラメイクしたザマの姿だった。

 ステージの真ん中まで行き、自分の姿を後ろのモニターに映して貰いながら、言葉を放つ。


『みなさん、ライトオブライトへようこそ!』


 ――たったそれだけで、会場は異様な熱を持った


「キャー! ザマさぁん!」

「ザマさんがオススメしたからはじめました!」

「ザマっちと冒険出来るなんて、夢みたい!」


 ゲームにおいて、特に、VRMMOにおいて、プロゲームプレイヤーインフルエンサーの影響は強い。

 自由度が高ければ百人百色のプレイスタイルがあり、それが、動画の個性に繋がりやすい。またそうやって人気が出たプレイヤーと、”同じ世界で過ごせる”という魅力は、強い、広告効果があった。


(本当、チョロ過ぎて、かわいいなぁ)


 郷間ザマは、ファンが大好きだった。盲目的に自分を慕い、クレカ破産するほど貢いでくれて、裏切れば無様に泣いてくれる。

 ――自分はファンに何をしてもいい

 それだけの事をしてもいいと彼は、自分にプライド増長を持っていた。

 そんな愛するファンおもちゃの前で、彼は揚々と喋り続ける。


『それじゃ、イベントについて説明しますね!』


 そう言うとモニターに何かが映る――それは、三つの塔に囲まれた西洋風の古城。しかしその内部にはダンスホールで無く、ギロチンの振り子や回転床、さらにはマグマの綱渡りといった、トラップ満載のアスレチックだった。


『罠有り謎解きありのアトラクションキャッスル、ノービスオブラビリンスを攻略して、最奥にいる僕を、PVPでやっつければ、このゲームでの栄光と、リアルでの賞金をゲット出来ます!』


 ――賞金額は2000万円という表示が出た途端、盛り上がるプレイヤー達


『もちろん、僕に勝てればです――確かに僕はプロゲーマーだけど、皆様にもチャンスは十分にあります』


 ザマは台本通り、


『だって僕も、このゲームを始めたばかりの初心者ですから!』


 嘘を言う。


『皆が平等にチャンスがあるゲーム、それが、ライトオブライトです!』


 観衆が盛り上がる中で、ザマは心の奥底で思う。


(本当、チョロい、あの子達みたいに)


 そして、ソラとレインを思い浮かべた。


(可愛いなぁ)


 ――キラキラした笑顔、ぬいぐるみたいに無邪気で

 それに対して、


いじめたいくらい可愛いなぁキュートアグレッション


 思った時、




 モニターが一瞬で切り替わり、

 怪盗スカイゴールドからの予告状が表示された。


『え?』


 目の前の確認用モニターから、後ろへ目をやる。予告状の内容は、

 ――ライトオブライトの秘密を盗み


『は?』


 ――郷間ザマを、ぎゃふん、と言わせる




 ……突然の事態に、周囲はどよめく。


「え、な、なに、怪盗すかいごーるど?」

「ほらあれだよ、アイズフォーアイズで話題になってる!」

「知らない知らない、私、普段ゲームしないから!」


 動揺が広がっていったが、モニターは再び、ザマを映し出した。彼は、表情を戻して、


『え、えっと、何かトラブルというか、いやこれは悪戯だね! でも一端、落ち着こう!』


 観客達をなだめはじめ、


『それじゃ今から僕が、このアトラクションを攻略してみせるから、みんな、明日の参考にしてね!』


そう台本通りに進行するけど、彼の心中は混乱する。


(――怪盗スカイゴールドって、レインの仲間の)


 そこまでは知っている、だから、レインが自分にゲーム内でケリを付けに来る、という展開はまだ解る、だが、


(これは別のゲームだよ?)


 そもそもに――怪盗や忍者というキャラメイキングも許されない職業に無い世界、


(来られる訳がないじゃないか)


 理屈は全くそうだ、なのに、

 ――潜入操作していたジキルが叩き付けたソラの予告状は

 郷間ザラに、苛立ちに似た怒りと、そして、

 本人はまだ気付かない程度の、恐怖を覚えさせていた。







 ――江戸前フレンチを食べた後

 暫く二人は個室に残り、送られてきたプランに沿って、ARを介して灰戸達と作戦の最終確認をしていた。

 そうしている内に部屋の準備が出来たというので、それぞれ、部屋番号と電子キーをデバイスに送って貰ったので、廊下を移動中である。

 そんな時に、


「ふふっ」


 レインが、笑った。


「どうしました?」

「いや――仲間が居るというものは、いいものだと思ってな」


 その様子に、ソラもとても嬉しそうに笑う。


「悪いお友達ですけどね」

「ああ、悪友だからこそ、気兼ねなく話せるのかもしれないな」


 年齢も立場もバラバラなのに、既に、繋がりを覚えるように。

 そうこうしている内に部屋の前について、ソラはキーアプリを作動させようとした、が、


「え?」

「あれ?」


 レインも、同じ動作をしていた。


「……あの、僕の部屋、712号室で」

「私も、送られてきたルームナンバーは、712だが……」


 ……果たしてこれが、急遽予約した事からの仕方無くか、

 灰戸社長の粋な計らい余計なお世話か、

 ともかく二人は、


「「ええええ!?」」


 東京の夜を、同じ部屋で過ごす事になった。

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