灰戸ライドが急遽用意してくれたホテル、部屋の準備はまだ終わっておらず、先に入浴、そして食事を促された。
90度のサウナは15分間隔でオートロウリュ有り。22度、18度、14度と、場所によって水温が違う水風呂も嬉しい。そんな実用性重視のサウナで、二人ともゆっくりと体をほぐした後、レストランの個室へ。
店内の雰囲気は落ち着いていて、最上階の夜景は素晴らしく、心をゆたりとなだらかにする――それでも、スカイツリーでの件の所為で、食事も喉が通らないと思ってた。だが、
「……うまいな」
「……ええ」
ディナーは、スープとバゲット、それだけ。
具も何も無い、黄金色のコンソメスープは、一匙救った後に口にいれれば、すっと優しく染みた。供に出された全粒粉のバケットは、胡桃が入っている程度で味よりも風味が強いい。硬い物を咀嚼すると、物理的に脳が刺激される。
食べるという、生きる為にどうしても必要な行為が、サウナで軽くなった体の中にある、二人の気分を少しだけ上向きにさせる。
食事を初めてから10分後、
「……ザマとの事、もう少し、語ってもいいだろうか」
レインがそう言ったから、ソラは、自然とうなずいた。
「ありがとう」
レインが語るに曰く――彼女が選んだ高校は、プログラミングをはじめとした情報特化の有名校だった。
高校入学時、二人は同じクラスになったらしい。
郷間ザマが人気者だったのは当然だが、白銀レインもその容姿と振る舞いの良さと、アイズフォーアイズのプレイヤー且つ、運営側としても関わってる事で注目を浴びたらしい。
一度ザマは、レインに告白をした。だがレインはそれを断った。
だがその後もザマ、はレインに対して、良き友人として振る舞っていた。
ある日を境に、レインに噂が流れ始めた。
アイズフォーアイズ以外のゲームをバカにしてる、裏で他人を見下している、
中学時代はいじめをやってた、ザマの名前を借りて悪い事をしてる、
口に出すにも恐ろしい、悪も淫らもやっている、と。
――それは根も葉もない噂なのに
火の無いところに煙は立たぬとばかり、レインへの視線は厳しくなった。ザマをはじめとしたクラスメイトが、レインをかばう中でも、多くはすっかりレインへの信用を無くし――中には、2089年のセキュリティをハッキングしてでも、靴隠しや教科書破りなど、陰湿な遠回しのいじめをしてくる者もいた。
身の危険を感じる事もあった。
実害が出るに至って、戸惑いは恐怖に変わる。表向き、自分の味方と言ってた友達が、トイレで陰口を叩いてるのを聞いて、何を信用していいか解らなくなる。
孤立する――自分に告白した郷間ザマ以外、信じられない状況。
「そんなある日の放課後に、教室で、ザマに呼ばれた」
彼はこう言った。
「自分が全部仕向けた、って」
胸糞悪いテンプレート、
一番信頼してた人物が、全ての黒幕。
今思えばそれは、今日、ザマがソラに仕掛けた煽りと同じ。
――言葉で煽り、手を出させれば僕の勝ち
……しかしレインはその時、ザマを、
「怖いと、思った」
そう思った。
「私は、ザマに、怒る事が出来なかったんだ」
そこでレインは、笑顔で呟く。
「高校に入るまで、余りにも、人との出会いに恵まれていた、両親と友人、
人生で初めて会う、純粋な悪に対して、
“人の人生を壊す事に悦楽を見出す者”に対して、
「私は、トラウマを抱いてしまったんだろうな」
そこまで、ひどい事をされても、
――被虐者の全てが怒りを抱ける訳じゃない
ただ、恐怖に縛られる。戦う術を教える事が難しい時代、そういう者達はとても多く。
ザマは、レインとの交流から、彼女の本質が”ただの善人”である事を見抜いていたからこそ、ここまで、追い詰めた。殴ってくれればそれで良し、脅えるばかりならそれも楽しい、と。
結局それから2ヶ月後、レインは学校を辞めた。
学校という場所ではうまく、呼吸すら出来なくなってしまったから。
「……学校を辞めた後は、ザマという男から逃げた自分が、情けなかった。あいつじゃなく、心が弱い私が悪いんだとまで、思ってしまった」
他責思考と同じくらい、思春期が陥りがちな自責思考。全ての幸不幸は、己の責任という極端。
「ああいう人間とは、関わりなく生きるしかないと、自分に言い聞かせていたけれど」
レインは、
「あいつの言うように――私は臆病者だったんだ」
自重気味に、笑った。
……ソラは、そんな事は無いなんて言わなかった。
否定したとて、その時のレインは、そう思ったのだから、ただの慰めにもなりはしない。
――だからソラは
こめかみを中指二回、人差し指一回ノックして、
「アイさんですか?」
『あら、な~に~?』
デバイスを起動して、虹橋アイに連絡を取った。
「ソラ……?」
疑問符を浮かべるレインの前で、ソラ、
「準備はどれくらい進んでますか?」
『あと30分くらいで、そっちにプランを送れるわ~』
「予告状も出しますよね?」
『ええ~』
「――だったら」
ソラは、予告状の文面を、リクエストした。
それを聞いたレインは目を見開き、アイは喜び――その上、奥から
通信を、切った後、
「……か、かっこつけ過ぎ、でしょうか?」
と、ソラが不安そうに聞いてくるもんだから、思わずレインは吹き出した。
「いいや、最高だ」
元気と供に、食欲を取り戻した二人は、コース料理を改めて頼んだ。マグロヅケカルパッチョ、もんじゃ焼風のあおさとシーフードのクレープ、深川飯風のあさりリゾット、など、いわゆる江戸前料理の名物や技巧を、フレンチに落とし込んだコースは、美味しいだけでなく楽しくて、より二人の心を弾ませてくれた。
◇
――午後10時
この場所は現実では無くVRMMO、ただし、アイズフォーアイズでは無くて、
『それでは今より、プレオープンイベント!』
――
『郷間ザマに挑め! ノービスオブラビリンスの説明を開始します!』
この、新しいVRMMOゲームに、ベーターテストプレイヤーとして選ばれた者達が、モニターがある広場に集められている。
『それでは早速、主役にご登場いただきましょう、株式会社ZEROの契約プレイヤー、郷間ザマぁ!』
女性司会の言葉と供に躍り出たのは、現実の姿ほぼそのままに、爽やかな騎士としてキャラメイクしたザマの姿だった。
ステージの真ん中まで行き、自分の姿を後ろのモニターに映して貰いながら、言葉を放つ。
『みなさん、ライトオブライトへようこそ!』
――たったそれだけで、会場は異様な熱を持った
「キャー! ザマさぁん!」
「ザマさんがオススメしたからはじめました!」
「ザマっちと冒険出来るなんて、夢みたい!」
ゲームにおいて、特に、VRMMOにおいて、
自由度が高ければ百人百色のプレイスタイルがあり、それが、動画の個性に繋がりやすい。またそうやって人気が出たプレイヤーと、”同じ世界で過ごせる”という魅力は、強い、広告効果があった。
(本当、チョロ過ぎて、かわいいなぁ)
郷間ザマは、ファンが大好きだった。盲目的に自分を慕い、クレカ破産するほど貢いでくれて、裏切れば無様に泣いてくれる。
――自分はファンに何をしてもいい
それだけの事をしてもいいと彼は、自分に
そんな愛する
『それじゃ、イベントについて説明しますね!』
そう言うとモニターに何かが映る――それは、三つの塔に囲まれた西洋風の古城。しかしその内部にはダンスホールで無く、ギロチンの振り子や回転床、さらにはマグマの綱渡りといった、トラップ満載のアスレチックだった。
『罠有り謎解きありのアトラクションキャッスル、ノービスオブラビリンスを攻略して、最奥にいる僕を、PVPでやっつければ、このゲームでの栄光と、リアルでの賞金をゲット出来ます!』
――賞金額は2000万円という表示が出た途端、盛り上がるプレイヤー達
『もちろん、僕に勝てればです――確かに僕はプロゲーマーだけど、皆様にもチャンスは十分にあります』
ザマは台本通り、
『だって僕も、このゲームを始めたばかりの初心者ですから!』
嘘を言う。
『皆が平等にチャンスがあるゲーム、それが、ライトオブライトです!』
観衆が盛り上がる中で、ザマは心の奥底で思う。
(本当、チョロい、あの子達みたいに)
そして、ソラとレインを思い浮かべた。
(可愛いなぁ)
――キラキラした笑顔、ぬいぐるみたいに無邪気で
それに対して、
(
思った時、
モニターが一瞬で切り替わり、
怪盗スカイゴールドからの予告状が表示された。
『え?』
目の前の確認用モニターから、後ろへ目をやる。予告状の内容は、
――ライトオブライトの秘密を盗み
『は?』
――郷間ザマを、ぎゃふん、と言わせる
……突然の事態に、周囲はどよめく。
「え、な、なに、怪盗すかいごーるど?」
「ほらあれだよ、アイズフォーアイズで話題になってる!」
「知らない知らない、私、普段ゲームしないから!」
動揺が広がっていったが、モニターは再び、ザマを映し出した。彼は、表情を戻して、
『え、えっと、何かトラブルというか、いやこれは悪戯だね! でも一端、落ち着こう!』
観客達をなだめはじめ、
『それじゃ今から僕が、このアトラクションを攻略してみせるから、みんな、明日の参考にしてね!』
そう台本通りに進行するけど、彼の心中は混乱する。
(――怪盗スカイゴールドって、レインの仲間の)
そこまでは知っている、だから、レインが自分にゲーム内でケリを付けに来る、という展開はまだ解る、だが、
(これは別のゲームだよ?)
そもそもに――怪盗や忍者というキャラメイキングも
(来られる訳がないじゃないか)
理屈は全くそうだ、なのに、
――潜入操作していたジキルが叩き付けたソラの予告状は
郷間ザラに、苛立ちに似た怒りと、そして、
本人はまだ気付かない程度の、恐怖を覚えさせていた。
◇
――江戸前フレンチを食べた後
暫く二人は個室に残り、送られてきたプランに沿って、ARを介して灰戸達と作戦の最終確認をしていた。
そうしている内に部屋の準備が出来たというので、それぞれ、部屋番号と電子キーをデバイスに送って貰ったので、廊下を移動中である。
そんな時に、
「ふふっ」
レインが、笑った。
「どうしました?」
「いや――仲間が居るというものは、いいものだと思ってな」
その様子に、ソラもとても嬉しそうに笑う。
「悪いお友達ですけどね」
「ああ、悪友だからこそ、気兼ねなく話せるのかもしれないな」
年齢も立場もバラバラなのに、既に、繋がりを覚えるように。
そうこうしている内に部屋の前について、ソラはキーアプリを作動させようとした、が、
「え?」
「あれ?」
レインも、同じ動作をしていた。
「……あの、僕の部屋、712号室で」
「私も、送られてきたルームナンバーは、712だが……」
……果たしてこれが、急遽予約した事からの仕方無くか、
灰戸社長の
ともかく二人は、
「「ええええ!?」」
東京の夜を、同じ部屋で過ごす事になった。