目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
5-6 分人! ディビデュアル

 ソラマチのカフェで合流した時、レインとソラの余りの憔悴した様子に、アイや灰戸、そして十字架黒統はヘルメット越しに慌て、ひとまず、アイズフォーアイズが管理するレンタルスペースへと足を運んだ。

 本来の予定では、東京の有名なサウナ渋谷SUSAUNAとかラボサウナ神田とかに行く予定だったが、


「ごめんなさい……」

「とても、そんな気分になれなくて……」


 と、ソラとレインは言ったので、当然の処置である。


「仕方あるまい、サウナに備えてホッピーを飲むのも我慢してたが」

「二人とも、辛いわよね、泣いても愚痴ってもいいからね」


 ソファに座ったアイが心配そうに声をかけたが、それにもうまく返せない。

 心というのは打ちのめされると、何もかも無気力になってしまう。怒りすらも、抱けなくなる。

 だから、そんな時は、


「――許せない」

「……え?」


 誰かが、例えば、

 ヘルメットを被った、正体を隠した幼馴染みが、怒ったりする。


(喋った?)


 だけど、声変わりを経て、その上ヘルメット越しの小さな呟きからだけでは、ソラは彼がクロである事に気付けなかった――クロはヘルメット越しに視線をやった。

 ただその動作だけで、灰戸は理解したように、


「ああ、今回の計画プラン、郷間ザマもターゲットにする」

「……え?」


 計画、と言って、ターゲット、とも言う。

 ちんぷんかんぷんの二人だが、社長は言葉を続け、


「本来する必要が無いザマへのお仕置き報いだが――そんな奴が笑う事で、1分1秒でも、ソラ君とレイン君に辛い思いをさせたくない」


 そう言った後、ARを起動するよう促す。言われた通り、こめかみをノックすれば、


『本当、マジムカつくしぃ』

「うわっ」


 ゴスロリパンクのダウナー少女、ジキルが、灰戸の隣に足を組んで座っていた。


「ど、どうも、ジキルさん」

「えっと、オフ会には来られてないみたいですけど、今日はどこか別の場所に?」


 そう、レインが聞けば、ジキルは、


『――こいつの頭ん中ぁ』


 と言って、灰戸の頭をつつく、振りをした。


「――え?」

『あぁ、あたし、現実リアルにいないし』

「え、え?」

「ジキルちゃんはね~、社長の頭の中にしかいない、イマジナリーガールなの~」

「え、え、え?」


 いくら聞いても理解できない二人に、

 ジキルと灰戸は、続けて言った。


『私はぁ、このおっさんが、マルチタスクでプレイしてるキャラクターってだけ』

ディビデュアル分人化! 美少女の中身がおっさんなぞ良く有る話だろう!」


 ――理解した上で人間は

 その理解を拒む時、


「「ええええええ!?」」


 っと、声をあげて驚くのが当たり前で、そして、


「なんだとっ!?」

「あ、十字架クロ君にも教えてなかったわね~」


 ソラの幼馴染みも驚いたが、やはりその声からは、正体バレする事が無かった。

 ――人は自分という存在だけでしか生きられない

 その考え方がいわゆる個人主義で、近年に至るまでは当たり前の考え方であった。しかし、SNSの発達により、複数のアカウントを持ち名前を変える事で、自分から派生したもう一人の自分を持つ事が容易になる。また、VRSNSの発展は、別側面の自分というのも確立出来るようになった。

 単純シンプル、ソラはリアルでは高校生で、VRでは怪盗という話である。

更に言えば世の中には様々なVRMMOを掛け持ちし、あるゲーム世界では剣士、あるゲーム世界では酒場のマスター、あるゲーム世界ではバイオリニストと、複数の自分を持つような。人間関係すらガラッとかわる。

SNSで複数のアカウントをもつような、たった一人で沢山の自分を生きる感覚パラリアルワールド

 とはいえそれはあくまで切り替え、けして、複数の自分が同時に存在出来る訳じゃない、はず、なのに、


「いやいや、おかしいじゃないですか!?」

「社長とジキルさん、普通に会話してますよね!?」


 漫画やアニメで良く有る自分との対話というものを、こんなナチュラルにやられたらたまらない。だが、そこは虹橋アイが補足する。


「難しく考えなくてもいいわ~、ようするに、二重人格をBMIデシアベで制御してるだけだから~」

「そ、そうは言っても」

「そんな事、可能なんですか?」


 戸惑う二人に、灰戸とジキルは、


「実際に出来てるのだから認めたまえ! なんだったら、漫才でもしてやろうか!」

『頼む、めんどい、それだけは本当やめろし』


 豪放な灰戸、無気力なジキル、これが本当に同じ脳味噌の中にいるのが、にわかに信じがたかった。


『とりま、計画について、話すねぇ』


 ジキル、


『つうかそもそも怪盗達さぁ、ライトオブライトについては、どう思う?』

「どう思う、ですか?」


 ソラは、そこは正直に、


「ああいうのもあっていいと思います」


 答えた。


「そうね~、安心安全で平等というコンセプトは、ステキだと思うわ~」

「全く、それだけなら諸手もろてをあげて祝福をしていたのだが」

「それだけなら、って」

「何か、他に問題があるんですか?」


 その言葉に、ジキルが答えたの。


『システムやデーター、アイズフォーアイズのほぼパクリ』

「え!?」

『しかもぉ、メインシステムにブラックパール使ってるしぃ』

「ええ!?」

『開発スタッフの幾らか、RMT業者と癒着してるし』

「えええ!?」


 悪い事の満漢全席に、ソラとレインは、腰が浮くほどに驚いた。


「半年前にタレコミがあって、ジキルが地道に調べていたんだがな」

「巧妙に弄ってるけど~、元は私達のものってのがわかったのよ~」

『それで、ユニコのデーターにあったブラックパール解析中なんだけど、それと、同じ反応があってぇ……』


 大人組からもたらされる情報の雪崩れに、顔を見合わせるソラとレイン。


「そ、それってどういう事ですか?」

「ライトオブライトに――久透リアが関わってる?」


 ソラとレインの言葉に、灰戸はニヤリと笑って、


「解らん!」


 と言った後、


「だから、解る為に情報を盗む!」


 と言った。


「情報を、盗む?」

「あ、あの、灰戸社長ごめんなさい、僕、リアルで盗むのは」

「解ってる! 怪盗の舞台は仮想の世界、それは全く承知している!」

「それじゃ社長は、何を」


 ソラに続きレインが尋ねれば、


「――舞台の用意は」


 それはハッキリと、


「俺達に任せてくれ」


 ヘルメットから聞こえた。


「……えっと、十字架?」

「暗殺者だ――全く、人でなしの俺だが、今はお前の役に立ちたい、アイさん」

「は~い」


 そう言って二人は部屋から出て行く。呆然としている二人をよそに、社長も立ち上がり、


「詳しい事はまた、後ほど連絡させてくれ、今、俺の会社の系列のホテルを新しく予約しなおした」


 情報がデバイスに送られてくる。


「シンプルなサウナ、シンプルなディナー、シンプルな部屋、今の君達に必要なのはそれだと思う」


 ソラとレイン、顔を見合わせた後、”ぎゅっ”と決意を決めた顔をして、ジキルと灰戸に一礼をしたあと部屋を出て行く。灰戸、その途端にがーっはっは! と笑った。


「いやぁ、やはり若い魂は気持ちいいなぁ!」

『あぁもううるさい、暑苦しい、その笑い声きついてぇ』

「連れないなぁ、俺とお前は一心同体なのに」

『――言っておくけどさぁ』


 ジキルは、目を細めて言った。


「あんたの方が、作り物イマジナリーって事を忘れないで』


 ――灰戸という人格は


『本当の灰戸ライドは、私なんですけどぉ』


 元々、自分の豪放磊落の見た目に合わせて、他人とコミュニケーションを取るために作ったキャラであり、灰戸ライドの本性は、何もかもがめんどくさいジキル正気の方である。

 それを灰戸狂気も良く解っているが、だからこそ、笑った。


「偽物が本物に勝ったっていいだろう?」

『ああ、もう、その考えマジうざい、ああやっぱり』


 ジキルは、世界を呪うように呟く。


VRMMOネトゲのプレイヤーは、本当の自分なりたい自分を偽る詐欺師ばっか』


 VRでの人を分ける前こそが、ネトゲの姿こそが本当のなりたい自分なのに――そう、現実を偽りで生きる自分分人後を見て呻くけど――灰戸はがっはっは! と、ただ哄笑するばかりだった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?