ソラマチのカフェで合流した時、レインとソラの余りの憔悴した様子に、アイや灰戸、そして
本来の予定では、
「ごめんなさい……」
「とても、そんな気分になれなくて……」
と、ソラとレインは言ったので、当然の処置である。
「仕方あるまい、サウナに備えてホッピーを飲むのも我慢してたが」
「二人とも、辛いわよね、泣いても愚痴ってもいいからね」
ソファに座ったアイが心配そうに声をかけたが、それにもうまく返せない。
心というのは打ちのめされると、何もかも無気力になってしまう。怒りすらも、抱けなくなる。
だから、そんな時は、
「――許せない」
「……え?」
誰かが、例えば、
ヘルメットを被った、正体を隠した幼馴染みが、怒ったりする。
(喋った?)
だけど、声変わりを経て、その上ヘルメット越しの小さな呟きからだけでは、ソラは彼がクロである事に気付けなかった――クロはヘルメット越しに視線をやった。
ただその動作だけで、灰戸は理解したように、
「ああ、今回の
「……え?」
計画、と言って、ターゲット、とも言う。
ちんぷんかんぷんの二人だが、社長は言葉を続け、
「本来する必要が無いザマへの
そう言った後、ARを起動するよう促す。言われた通り、こめかみをノックすれば、
『本当、マジムカつくしぃ』
「うわっ」
ゴスロリパンクのダウナー少女、ジキルが、灰戸の隣に足を組んで座っていた。
「ど、どうも、ジキルさん」
「えっと、オフ会には来られてないみたいですけど、今日はどこか別の場所に?」
そう、レインが聞けば、ジキルは、
『――こいつの頭ん中ぁ』
と言って、灰戸の頭をつつく、振りをした。
「――え?」
『あぁ、あたし、
「え、え?」
「ジキルちゃんはね~、社長の頭の中にしかいない、イマジナリーガールなの~」
「え、え、え?」
いくら聞いても理解できない二人に、
ジキルと灰戸は、続けて言った。
『私はぁ、このおっさんが、マルチタスクでプレイしてるキャラクターってだけ』
「
――理解した上で人間は
その理解を拒む時、
「「ええええええ!?」」
っと、声をあげて驚くのが当たり前で、そして、
「なんだとっ!?」
「あ、
ソラの幼馴染みも驚いたが、やはりその声からは、正体バレする事が無かった。
――人は自分という存在だけでしか生きられない
その考え方がいわゆる個人主義で、近年に至るまでは当たり前の考え方であった。しかし、SNSの発達により、複数のアカウントを持ち名前を変える事で、自分から派生したもう一人の自分を持つ事が容易になる。また、VRSNSの発展は、別側面の自分というのも確立出来るようになった。
更に言えば世の中には様々なVRMMOを掛け持ちし、ある
SNSで複数のアカウントをもつような、たった一人で
とはいえそれはあくまで切り替え、けして、複数の自分が同時に存在出来る訳じゃない、はず、なのに、
「いやいや、おかしいじゃないですか!?」
「社長とジキルさん、普通に会話してますよね!?」
漫画やアニメで良く有る自分との対話というものを、こんなナチュラルにやられたらたまらない。だが、そこは虹橋アイが補足する。
「難しく考えなくてもいいわ~、ようするに、二重人格を
「そ、そうは言っても」
「そんな事、可能なんですか?」
戸惑う二人に、灰戸とジキルは、
「実際に出来てるのだから認めたまえ! なんだったら、漫才でもしてやろうか!」
『頼む、めんどい、それだけは本当やめろし』
豪放な灰戸、無気力なジキル、これが本当に同じ脳味噌の中にいるのが、にわかに信じがたかった。
『とりま、計画について、話すねぇ』
ジキル、
『つうかそもそも怪盗達さぁ、ライトオブライトについては、どう思う?』
「どう思う、ですか?」
ソラは、そこは正直に、
「ああいうのもあっていいと思います」
答えた。
「そうね~、安心安全で平等というコンセプトは、ステキだと思うわ~」
「全く、それだけなら
「それだけなら、って」
「何か、他に問題があるんですか?」
その言葉に、ジキルが答えたの。
『システムやデーター、アイズフォーアイズのほぼパクリ』
「え!?」
『しかもぉ、メインシステムにブラックパール使ってるしぃ』
「ええ!?」
『開発スタッフの幾らか、RMT業者と癒着してるし』
「えええ!?」
悪い事の満漢全席に、ソラとレインは、腰が浮くほどに驚いた。
「半年前にタレコミがあって、ジキルが地道に調べていたんだがな」
「巧妙に弄ってるけど~、元は私達のものってのがわかったのよ~」
『それで、ユニコのデーターにあったブラックパール解析中なんだけど、それと、同じ反応があってぇ……』
大人組からもたらされる情報の雪崩れに、顔を見合わせるソラとレイン。
「そ、それってどういう事ですか?」
「ライトオブライトに――久透リアが関わってる?」
ソラとレインの言葉に、灰戸はニヤリと笑って、
「解らん!」
と言った後、
「だから、解る為に情報を盗む!」
と言った。
「情報を、盗む?」
「あ、あの、灰戸社長ごめんなさい、僕、リアルで盗むのは」
「解ってる! 怪盗の舞台は仮想の世界、それは全く承知している!」
「それじゃ社長は、何を」
ソラに続きレインが尋ねれば、
「――舞台の用意は」
それはハッキリと、
「俺達に任せてくれ」
ヘルメットから聞こえた。
「……えっと、十字架?」
「暗殺者だ――全く、人でなしの俺だが、今はお前の役に立ちたい、アイさん」
「は~い」
そう言って二人は部屋から出て行く。呆然としている二人をよそに、社長も立ち上がり、
「詳しい事はまた、後ほど連絡させてくれ、今、俺の会社の系列のホテルを新しく予約しなおした」
情報がデバイスに送られてくる。
「シンプルなサウナ、シンプルなディナー、シンプルな部屋、今の君達に必要なのはそれだと思う」
ソラとレイン、顔を見合わせた後、”ぎゅっ”と決意を決めた顔をして、ジキルと灰戸に一礼をしたあと部屋を出て行く。灰戸、その途端にがーっはっは! と笑った。
「いやぁ、やはり若い魂は気持ちいいなぁ!」
『あぁもううるさい、暑苦しい、その笑い声きついてぇ』
「連れないなぁ、俺とお前は一心同体なのに」
『――言っておくけどさぁ』
ジキルは、目を細めて言った。
「あんたの方が、
――灰戸という人格は
『本当の灰戸ライドは、私なんですけどぉ』
元々、自分の豪放磊落の見た目に合わせて、他人とコミュニケーションを取るために作ったキャラであり、灰戸ライドの本性は、何もかもがめんどくさい
それを
「偽物が本物に勝ったっていいだろう?」
『ああ、もう、その考えマジうざい、ああやっぱり』
ジキルは、世界を呪うように呟く。
『
VRでの