望むように生きるより、望まれるように生きる事。
白銀レインは、物心ついた時には他よりも背が高く、スタイルも良く、父から得た
とはいえ本当は、かわいいものも好きだった。スタイリッシュなファッションも好きだけど、キューティな姿になりたい時もあって。しかし、かわいいをしてしまうと、皆ががっかりしそうで出来なくて。
かっこいいもかわいいも、両方好きである事を、公然と言えたら幸せだけど、現実ではそれがうまく叶わず。
――14歳の時、よみふぃというかわいいキャラにハートを撃ち抜かれ
ただそのキャラ目当てに、アイズフォーアイズというゲームの中に飛び込んだ。
その時、虹橋アイが初心者案内をしてくれた。彼女の優しい導きで、レインは想う存分、”かっこいいくの一”も、”かわいいよみふぃ”も、両方になる事が出来た。
運営のバイトを始め、その優秀さから正社員として働き始めた。
彼女の人生は、中学卒業まで、幸福な出会いに恵まれていた。
……高校に入学、否、
郷間ザマに出会う、その日までは。
◇
「アイズフォーアイズでの活躍見てるよ、すごいね~」
「……」
「まぁあんな下品なゲームは、僕はやらないけど」
「……」
エレベーター内、ザマの問いかけに、レインはひたすら沈黙を貫く。
その中で、
「――臆病者って、何を言ってるんですか」
ソラが話しかける――高校を中退していたという事実よりも、ソラにとっては、
レインを侮辱するような言葉にこそ怒りが湧き、思わずザマをキッと睨み付けていた。だが、
「ああ、殴ってくれるの?」
唐突に、ザマは言った。
「へ……?」
手を出すまではヒートアップはしていない、なのに、ザマはそう煽ってくる。
「嬉しいなぁ、僕、殴られた事がないんだ、いつもその後の事を想像してるのに」
「――何言って」
「知ってる? この世界ってね、どれだけ侮辱されても、殴った方が悪いんだよ」
――それは
「だから僕が、彼女をいくら言葉で責めても、それに怒った君の方が罪に問われるんだ、それってとっても、楽しいだろう」
「わ、訳解らない事――」
「ソラ!」
そこでレインは、
苦しそうに、喘ぐように言った。
「そうだ、こいつは、解らないんだ、関わっちゃいけない類いの人間だ」
「そうかなぁ、僕は凄いシンプルな事をしただけだよ」
「もう、やめろ、やめてくれ」
「僕よりかっこよくて、目立って、人気者になりそうな君を」
「やめろ!」
ザマは、とても楽しそうに、
「
と言った。
――ソラの頭蓋の内が怒りで沸き上がったが
同時に、背筋が凍り付きそうな程の怖気を覚えた。
目の前に居る者の、異常性。
「言葉って本当便利だよ、仮に君が死んでくれても、ただからかったつもりでした、って嘘を吐けば、それで罪無しになるんだもの」
「お前は――本当に――」
スカイツリー、エレベーターという密室で、レインが震える中で、
ソラは怒り、そして脅える。
――レインはザマを訳の解らない人間だと言ったが、違う
納得は出来ないが、理解は出来る類い、誰かを傷つけるのが楽しい人間――そういう人がいる事を、本当は
人の善悪は環境で決まりやすいが、時に、どんな環境であろうとも、悪でおらずにはいられない、サイコパスみたいな心無しじゃなく、心ある悪が存在して、
――それが目の前、だと
人の心が解った上で、その心を殺すように動く男が、ザマであると。
「ねぇ、どうやったか聞きたい? 僕が彼女をどう追い詰めたか聞きたい?」
「……聞きたくありません」
だから、ザマがどうやって白銀レインを、退学に追い込んだかなんてある程度予想出来た。
――それを思えば、本当に
「遠慮しないでよ、1から10まで話してあげるからさぁ」
……殴れば相手の思うツボだから、殴れない。
今ここで求められるのは、黙ってスルーするだけである、だけど、
「君ってさ、レインちゃんの事が好きなんでしょ?」
――煽りというのは厄介だ
「大好きな彼女の事って、全部知っておきたいよね」
声や仕草だけで80万人を魅了するインフルエンサー、裏を返せば、どう喋ってどう刺激すれば、相手が不快になるかも理解している。
「それとも、ただの友達? だったら――」
ソラが最も嫌がる言葉は、
「僕がレインちゃんを彼女にしていい?」
――強奪
ソラの頭が真っ白になり、そして、
瞬時、自分の中でも想像だにしないドス黒い衝動が沸き上がった、
拳が握られ、目の前の顔を殴ろうとするまでに、
だが、
「いい加減にしろ!」
レインが、叫ぶ。
それで正気に返るソラ。レインは、続ける。
「私とお前が付き合う事は、ないと言ったはずだ!」
「――ああそうだ、あの時、傷付いたんだ、僕の心が、プライドが、だからさぁ」
爽やかに、宣材写真のように笑い、
「君を傷つけたくなっても、しょうがないだろ?」
そう言った。
「……もういい、お前の言うとおり、私は臆病者だ、だから逃げた」
「レ、レインさん」
「もう、私に関わらないでくれ」
「やだよ、折角見つけたんだから、しつこく追いかけるよ」
心が壊れているとか、イカれているとか、そういう類いも恐ろしいけど、
――失う物が無い無敵の人より怖いのは
「じゃないと、僕の気持ちがおさまらないからさ! 人の心を傷つけておいて、逃げるなんて許さない! 君をやっつけて、君の大事な人達もやっつけて、スカっとしてから僕は言うんだ!」
全てを持ち得た上で、それを何一つ失う事無く立ち回り、
――生きる限り他者を傷つける事が出来る人間
「ざまぁって!」
その言葉が響いた――その時、
エレベーターが乗り場に到着し、ドアが開いた――既にSNSで情報を聞きつけたのか、沢山のザマのファンが待っていた。ザマは手をあげて、その歓声に応える。……ソラとレインは逃げるように、いや、”逃げる為”そこから立ち去る。
そんな後ろ姿に、
「また会おうね、僕の友達!」
ザマの声がかけられて、だけど二人は、それを無視した。
――悪意は何時もそうやって
一方的に、傷付かない場所から、投げられる。
◇
――ソラマチへの待ち合わせ場所へ向かう途中で
「気持ちいい話じゃないが、聞いてくれるか」
ぽつぽつと、レインは語り始めた。
「私が、郷間ザマにされた事を」
――レインが話した”
オブラートに包んであるはずなのに、陰湿と凄惨を極めた事だったのが伝わってきて、ザマへの怒りをソラの中で膨らませていったが、
それよりも、時々、レインが声が震える様子をみせるのが、
ソラには何よりも辛かった。
――普段凜々しく、強く美しい彼女が
その悩みを抱えていた事に気付けなかった自分を、強く恥じて、そして嘆いた。