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5-5 ざまぁ!-無敵の人より怖い人-

 望むように生きるより、望まれるように生きる事。

 白銀レインは、物心ついた時には他よりも背が高く、スタイルも良く、父から得た武道忍者の心得と言葉遣いは勇ましく、必然、周囲は彼女にかっこよさを求めたし、レイン自身も自ら好んで、その道を進んだ。

 とはいえ本当は、かわいいものも好きだった。スタイリッシュなファッションも好きだけど、キューティな姿になりたい時もあって。しかし、かわいいをしてしまうと、皆ががっかりしそうで出来なくて。

 かっこいいもかわいいも、両方好きである事を、公然と言えたら幸せだけど、現実ではそれがうまく叶わず。

 ――14歳の時、よみふぃというかわいいキャラにハートを撃ち抜かれ

 ただそのキャラ目当てに、アイズフォーアイズというゲームの中に飛び込んだ。

 その時、虹橋アイが初心者案内をしてくれた。彼女の優しい導きで、レインは想う存分、”かっこいいくの一”も、”かわいいよみふぃ”も、両方になる事が出来た。

 なりたい自分を見つけられるEyes for I’s――この素晴らしい世界ゲームを支えたい

 運営のバイトを始め、その優秀さから正社員として働き始めた。

 彼女の人生は、中学卒業まで、幸福な出会いに恵まれていた。

 ……高校に入学、否、

 郷間ザマに出会う、その日までは。







「アイズフォーアイズでの活躍見てるよ、すごいね~」

「……」

「まぁあんな下品なゲームは、僕はやらないけど」

「……」


 エレベーター内、ザマの問いかけに、レインはひたすら沈黙を貫く。

 その中で、


「――臆病者って、何を言ってるんですか」


 ソラが話しかける――高校を中退していたという事実よりも、ソラにとっては、

 レインを侮辱するような言葉にこそ怒りが湧き、思わずザマをキッと睨み付けていた。だが、


「ああ、殴ってくれるの?」


 唐突に、ザマは言った。


「へ……?」


 手を出すまではヒートアップはしていない、なのに、ザマはそう煽ってくる。


「嬉しいなぁ、僕、殴られた事がないんだ、いつもその後の事を想像してるのに」

「――何言って」

「知ってる? この世界ってね、どれだけ侮辱されても、殴った方が悪いんだよ」


 ――それは


「だから僕が、彼女をいくら言葉で責めても、それに怒った君の方が罪に問われるんだ、それってとっても、楽しいだろう」

「わ、訳解らない事――」

「ソラ!」


 そこでレインは、

 苦しそうに、喘ぐように言った。


「そうだ、こいつは、解らないんだ、関わっちゃいけない類いの人間だ」

「そうかなぁ、僕は凄いシンプルな事をしただけだよ」

「もう、やめろ、やめてくれ」

「僕よりかっこよくて、目立って、人気者になりそうな君を」

「やめろ!」


 ザマは、とても楽しそうに、


言葉誹謗中傷で、殺そうとしただけなのに」


 と言った。

 ――ソラの頭蓋の内が怒りで沸き上がったが

 同時に、背筋が凍り付きそうな程の怖気を覚えた。

 目の前に居る者の、異常性。


「言葉って本当便利だよ、仮に君が死んでくれても、ただからかったつもりでした、って嘘を吐けば、それで罪無しになるんだもの」

「お前は――本当に――」


 スカイツリー、エレベーターという密室で、レインが震える中で、

 ソラは怒り、そして脅える。

 ――レインはザマを訳の解らない人間だと言ったが、違う

 納得は出来ないが、理解は出来る類い、誰かを傷つけるのが楽しい人間――そういう人がいる事を、本当は全人類知っている。

 人の善悪は環境で決まりやすいが、時に、どんな環境であろうとも、悪でおらずにはいられない、サイコパスみたいな心無しじゃなく、心ある悪が存在して、

 ――それが目の前、だと

 人の心が解った上で、その心を殺すように動く男が、ザマであると。


「ねぇ、どうやったか聞きたい? 僕が彼女をどう追い詰めたか聞きたい?」

「……聞きたくありません」


 だから、ザマがどうやって白銀レインを、退学に追い込んだかなんてある程度予想出来た。

 ――それを思えば、本当にはらわたが煮えくり返るが


「遠慮しないでよ、1から10まで話してあげるからさぁ」


 ……殴れば相手の思うツボだから、殴れない。

 今ここで求められるのは、黙ってスルーするだけである、だけど、


「君ってさ、レインちゃんの事が好きなんでしょ?」


 ――煽りというのは厄介だ


「大好きな彼女の事って、全部知っておきたいよね」


 声や仕草だけで80万人を魅了するインフルエンサー、裏を返せば、どう喋ってどう刺激すれば、相手が不快になるかも理解している。


「それとも、ただの友達? だったら――」


 ソラが最も嫌がる言葉は、


「僕がレインちゃんを彼女にしていい?」


 ――強奪

 ソラの頭が真っ白になり、そして、

 瞬時、自分の中でも想像だにしないドス黒い衝動が沸き上がった、

 拳が握られ、目の前の顔を殴ろうとするまでに、

 だが、


「いい加減にしろ!」


 レインが、叫ぶ。

 それで正気に返るソラ。レインは、続ける。


「私とお前が付き合う事は、ないと言ったはずだ!」

「――ああそうだ、あの時、傷付いたんだ、僕の心が、プライドが、だからさぁ」


 爽やかに、宣材写真のように笑い、


「君を傷つけたくなっても、しょうがないだろ?」


 そう言った。


「……もういい、お前の言うとおり、私は臆病者だ、だから逃げた」

「レ、レインさん」

「もう、私に関わらないでくれ」

「やだよ、折角見つけたんだから、しつこく追いかけるよ」


 心が壊れているとか、イカれているとか、そういう類いも恐ろしいけど、

 ――失う物が無い無敵の人より怖いのは


「じゃないと、僕の気持ちがおさまらないからさ! 人の心を傷つけておいて、逃げるなんて許さない! 君をやっつけて、君の大事な人達もやっつけて、スカっとしてから僕は言うんだ!」


 全てを持ち得た上で、それを何一つ失う事無く立ち回り、

――生きる限り他者を傷つける事が出来る人間


「ざまぁって!」


 その言葉が響いた――その時、

 エレベーターが乗り場に到着し、ドアが開いた――既にSNSで情報を聞きつけたのか、沢山のザマのファンが待っていた。ザマは手をあげて、その歓声に応える。……ソラとレインは逃げるように、いや、”逃げる為”そこから立ち去る。

 そんな後ろ姿に、


「また会おうね、僕の友達!」


 ザマの声がかけられて、だけど二人は、それを無視した。

 ――悪意は何時もそうやって

 一方的に、傷付かない場所から、投げられる。







 ――ソラマチへの待ち合わせ場所へ向かう途中で


「気持ちいい話じゃないが、聞いてくれるか」


 ぽつぽつと、レインは語り始めた。


「私が、郷間ザマにされた事を」


 ――レインが話した”いじめ犯罪”の内容は

 オブラートに包んであるはずなのに、陰湿と凄惨を極めた事だったのが伝わってきて、ザマへの怒りをソラの中で膨らませていったが、

 それよりも、時々、レインが声が震える様子をみせるのが、

 ソラには何よりも辛かった。

 ――普段凜々しく、強く美しい彼女が

 その悩みを抱えていた事に気付けなかった自分を、強く恥じて、そして嘆いた。


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