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5-4 スカイツリーと逃げられぬ過去

「灰戸社長が前の会社のZEROを止めたのは、表現の言いなりになるって条件を勝手に結ぼうとしたから?」

「うむ、本人から聞いた事がある」


 ――東京スカイツリー天望回廊

 2012年に建立された電波塔は、最新の技術によって改修と補強を繰り返し、現在は、情報の多目的な中継と管理機能を有しており、また、観光地としても相変わらずの人気を誇っていた。

 店の予約した時間まで、お空のデートをしてきたらいいという、アイの配慮に顔を赤くしながらも従った感じである。

 451.2メートルからの絶景を眺めながら、二人は会話をする。


「アイズフォーアイズはともかく、自由である事に心を砕く」

「だけど、眞司さんは、そうじゃなかった」

「ああ――解りやすい例えで言うなら、LustEdenみたいな店を、プレイヤーがやる事を許さないレベルだ」

「――それは」

「……運営とて、表現をどこまで縛るか、そして緩めるか、日々考えている。だが、眞司マンジは、それを全て”上”政府とかハード会社とかに委ねようとした」

「それは、流石に」

「ああ、話し合ってからならともかく、勝手にそんな事をされたなら」


 ――利益の為に自由を捨てる奴等なぞ、見限ったわぁ!

 2089年度第115回株主総会の、議事録である。


「……僕、安心安全のVRMMOっていうのは、あっていいと思うんです」

「ああ」

「僕は物足りないけど、そういうゲームをしたい人もいっぱいいると思いますから」

「そうだな、同意する」

「……でも、自分の理想だけが正しいって、何も知らせず強引に進めるのは」

「ああ」


 レインは、言った。


「多様性が、無くなってしまう」

「色々有るから、色々楽しいんですものね」


 なんてことはない、よくある話と、結論である。

 話が落ち着いた頃に、


「えっと、そろそろ戻りましょうか、ソラマチでみなさん待ってるでしょうし」


 ソラは何気なく提案したが、


「え? あ、そうだな」

(――あれ?)


 レインの反応、少し、気に掛かる。

 え? と言ったことは、自分の発言が意外だったというに他ならない。


「早めに集合しておくのに、越したことは無い」

(……もしかして)


 こめかみを叩いて、ARで時間を確認する、……待ち合わせの時間までまだ余裕がある。

 すると、ソラは、健やかに自惚れた。


(まだ僕と、二人でいたい、って思ってくれるとか?)


 光栄な気持ちと同時に、


(いやいやいや、そんな)


 どうしても、ソラには謙遜の気持ちが働く。レインさんみたいなステキな人がそんな事、と、必要以上に卑下をする。

情けないかもしれないが、リアルの自分に自信がないから、VRで怪盗としてかっこつけるような生来の性格。その気持ちは、なくそうとしてもなくせるものじゃない。

 だけど、それが自分の本質だと理解して尚、


「あ、あの」


 人は、勇気を出すしか無い。


「お、降りる前に、一緒に写真撮りませんか!」

「――え」


 無論、”やっぱりもう少し居ましょう”、というのが正解パーフェクトコミュニケーションであったけど、


「わ、わかった、嬉しい、ありがとう!」

(あ、ないはずの四つ耳と尻尾がぱたぱたしてるのが見える)


 レインの姿にARもないのにそれを幻視して、ソラ、ほっとしながら嬉しがる。撮影用カメラはフロアに配置されてるので、あとはリンクさせればOKだ。


「いや、すまない、こういう事は私から言い出す事なのに」

「いやそんな、とりあえず、撮りましょう」


 そうして二人並んで、東京の風景をバックに、ハイチーズしようとした、その時、


「ええ嘘、信じられない!?」

「ちょっとなんだ、撮影!?」

「あの、サインくださいません!?」


 突然、奥の方から、黄色い声が聞こえてきた。


「なんだか、騒がしいですね?」

「人集り、有名人か?」


 そんな風に思っている時、


「――あっ」

「えっ」


 ソラも、レインも、それが誰かを知っていた。


「――郷間ごうまザマ」


 現役高校生のプロゲーマーであり、登録者数80万人を越えるWeTuberでインフルエンサー。

容姿抜群、声もイケメン、話術も巧みで、そして何よりもゲームが上手。

 流行のゲームからレトロゲームまでこなし、様々なゲーム大会で好成績をおさめて、アイズフォーアイズでは無いが、他のVRMMOもよくプレイしている――確かに、この盛り上がりも納得が出来る人気者。


(確か、ゲーム会社ZEROとスポンサー契約を結んでる)


 そんな彼が、一直線にこちらへ向かってくるが、


「くっ……!」

「え、レ、レインさん?」


 レインは、写真を撮る事も忘れて、早足で帰りのエレベーターへ向けて歩き出した。慌ててソラも付いていくが、


「ちょっとちょっと、どこへ行くの?」


 そこにザマも笑みを浮かべたまま追いかけてきて――タイミングが良かったのか、ちょうど、帰りのエレベーターがやってきた――チケットアプリで中に入る。


「そっか、また逃げるんだ、あの時と一緒だね」

(――あの時)


 そしてザマも、エレベーターに乗り込んで、そこで、


「ごめん、久しぶりに会った友達とお話があるから乗らないでくれるかな」


 ――他のファン達をエレベーターに乗せなかった


「なっ」


 2024年のスカイツリーのエレベーターははたった50秒で上下する、しかし改築の際に作られた新設のエレベーターは、速度の代わりに搭乗スペースを重視、30人は楽々にのれる。だが、


「あ、はい、わかりました!」

「私達、行儀がいいファンなので!」

「友達との時間、楽しんでください!」


 その言葉に、あっさり従うファン達民度が高い。扉が締まり下降が始まった途端、

 ――ドンッ!

 と、


「え……」


 ザマはレインに、いわゆる、壁ドンをしてみせた。

 ――恋愛では、心ときめくシチュエーションだが

 レインはザマを睨み付けながらも――その裏で、脅えのようなものを見せていた。


「相変わらず、キレイな顔だね」

「あ……」

「いや、あの時よりも美しくなったかな」


 この時になって――ようやくにソラは、


「や、やめてください!」


レインとザマの間に文字通り割って入った。わわっと驚いた様子を見せたザマは、後ろに下がって、


「えっと、居たの? ああごめん」


 本当に悪気が無さそうな笑顔で、


「ちっちゃいから、見えなかったよ」


 そう、言った。

 182cmと152cmの30cm差――ソラはコンプレックスが刺激され、胸がチクリと痛む。

 だけどそんな、自分の事なんて構ってられない


「……レインさんと、貴方は、知り合いなんですか?」

「聞こえなかった? 友達だよ」

「友達だったら、レインさんが、こんな嫌がる訳がありません」

「そっちが勝手に怖がってるだけだよ、僕は仲良くしたかったのに、ねぇ」


 郷間ザマの笑顔は、全く変わらない。

 だけど言葉だけは、鋭利に、刃物のように、


「僕から逃げて、高校を中退した臆病者さん」


 ――海外に住んでいた都合で、高校一年生だけど17歳

 それが白銀レインの嘘である事を、この時、ソラは初めて知った。


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