「灰戸社長が前の会社のZEROを止めたのは、表現の言いなりになるって条件を勝手に結ぼうとしたから?」
「うむ、本人から聞いた事がある」
――東京スカイツリー天望回廊
2012年に建立された電波塔は、最新の技術によって改修と補強を繰り返し、現在は、情報の多目的な中継と管理機能を有しており、また、観光地としても相変わらずの人気を誇っていた。
店の予約した時間まで、お空のデートをしてきたらいいという、アイの配慮に顔を赤くしながらも従った感じである。
451.2メートルからの絶景を眺めながら、二人は会話をする。
「アイズフォーアイズはともかく、自由である事に心を砕く」
「だけど、眞司さんは、そうじゃなかった」
「ああ――解りやすい例えで言うなら、LustEdenみたいな店を、プレイヤーがやる事を許さないレベルだ」
「――それは」
「……運営とて、表現をどこまで縛るか、そして緩めるか、日々考えている。だが、眞司マンジは、それを全て
「それは、流石に」
「ああ、話し合ってからならともかく、勝手にそんな事をされたなら」
――利益の為に自由を捨てる奴等なぞ、見限ったわぁ!
2089年度第115回株主総会の、議事録である。
「……僕、安心安全のVRMMOっていうのは、あっていいと思うんです」
「ああ」
「僕は物足りないけど、そういうゲームをしたい人もいっぱいいると思いますから」
「そうだな、同意する」
「……でも、自分の理想だけが正しいって、何も知らせず強引に進めるのは」
「ああ」
レインは、言った。
「多様性が、無くなってしまう」
「色々有るから、色々楽しいんですものね」
なんてことはない、よくある話と、結論である。
話が落ち着いた頃に、
「えっと、そろそろ戻りましょうか、ソラマチでみなさん待ってるでしょうし」
ソラは何気なく提案したが、
「え? あ、そうだな」
(――あれ?)
レインの反応、少し、気に掛かる。
え? と言ったことは、自分の発言が意外だったというに他ならない。
「早めに集合しておくのに、越したことは無い」
(……もしかして)
こめかみを叩いて、ARで時間を確認する、……待ち合わせの時間までまだ余裕がある。
すると、ソラは、健やかに自惚れた。
(まだ僕と、二人でいたい、って思ってくれるとか?)
光栄な気持ちと同時に、
(いやいやいや、そんな)
どうしても、ソラには謙遜の気持ちが働く。レインさんみたいなステキな人がそんな事、と、必要以上に卑下をする。
情けないかもしれないが、リアルの自分に自信がないから、VRで怪盗としてかっこつけるような生来の性格。その気持ちは、なくそうとしてもなくせるものじゃない。
だけど、それが自分の本質だと理解して尚、
「あ、あの」
人は、勇気を出すしか無い。
「お、降りる前に、一緒に写真撮りませんか!」
「――え」
無論、”やっぱりもう少し居ましょう”、というのが
「わ、わかった、嬉しい、ありがとう!」
(あ、ないはずの四つ耳と尻尾がぱたぱたしてるのが見える)
レインの姿にARもないのにそれを幻視して、ソラ、ほっとしながら嬉しがる。撮影用カメラはフロアに配置されてるので、あとはリンクさせればOKだ。
「いや、すまない、こういう事は私から言い出す事なのに」
「いやそんな、とりあえず、撮りましょう」
そうして二人並んで、東京の風景をバックに、ハイチーズしようとした、その時、
「ええ嘘、信じられない!?」
「ちょっとなんだ、撮影!?」
「あの、サインくださいません!?」
突然、奥の方から、黄色い声が聞こえてきた。
「なんだか、騒がしいですね?」
「人集り、有名人か?」
そんな風に思っている時、
「――あっ」
「えっ」
ソラも、レインも、それが誰かを知っていた。
「――
現役高校生のプロゲーマーであり、登録者数80万人を越えるWeTuberでインフルエンサー。
容姿抜群、声もイケメン、話術も巧みで、そして何よりもゲームが上手。
流行のゲームからレトロゲームまでこなし、様々なゲーム大会で好成績をおさめて、アイズフォーアイズでは無いが、他のVRMMOもよくプレイしている――確かに、この盛り上がりも納得が出来る人気者。
(確か、ゲーム会社ZEROとスポンサー契約を結んでる)
そんな彼が、一直線にこちらへ向かってくるが、
「くっ……!」
「え、レ、レインさん?」
レインは、写真を撮る事も忘れて、早足で帰りのエレベーターへ向けて歩き出した。慌ててソラも付いていくが、
「ちょっとちょっと、どこへ行くの?」
そこにザマも笑みを浮かべたまま追いかけてきて――タイミングが良かったのか、ちょうど、帰りのエレベーターがやってきた――チケットアプリで中に入る。
「そっか、また逃げるんだ、あの時と一緒だね」
(――あの時)
そしてザマも、エレベーターに乗り込んで、そこで、
「ごめん、久しぶりに会った友達とお話があるから乗らないでくれるかな」
――他のファン達をエレベーターに乗せなかった
「なっ」
2024年のスカイツリーのエレベーターははたった50秒で上下する、しかし改築の際に作られた新設のエレベーターは、速度の代わりに搭乗スペースを重視、30人は楽々にのれる。だが、
「あ、はい、わかりました!」
「私達、行儀がいいファンなので!」
「友達との時間、楽しんでください!」
その言葉に、あっさり従う
――ドンッ!
と、
「え……」
ザマはレインに、いわゆる、壁ドンをしてみせた。
――恋愛では、心ときめくシチュエーションだが
レインはザマを睨み付けながらも――その裏で、脅えのようなものを見せていた。
「相変わらず、キレイな顔だね」
「あ……」
「いや、あの時よりも美しくなったかな」
この時になって――ようやくにソラは、
「や、やめてください!」
レインとザマの間に文字通り割って入った。わわっと驚いた様子を見せたザマは、後ろに下がって、
「えっと、居たの? ああごめん」
本当に悪気が無さそうな笑顔で、
「ちっちゃいから、見えなかったよ」
そう、言った。
182cmと152cmの30cm差――ソラはコンプレックスが刺激され、胸がチクリと痛む。
だけどそんな、自分の事なんて構ってられない
「……レインさんと、貴方は、知り合いなんですか?」
「聞こえなかった? 友達だよ」
「友達だったら、レインさんが、こんな嫌がる訳がありません」
「そっちが勝手に怖がってるだけだよ、僕は仲良くしたかったのに、ねぇ」
郷間ザマの笑顔は、全く変わらない。
だけど言葉だけは、鋭利に、刃物のように、
「僕から逃げて、高校を中退した臆病者さん」
――海外に住んでいた都合で、高校一年生だけど17歳
それが白銀レインの嘘である事を、この時、ソラは初めて知った。