浅草の仲見世通りを渡り、浅草寺本殿でお参りをした後、浅草演芸ホールや社長が行きたがってたホッピー通りも越えて、一行は、とあるホテルへやってきた。
「来てやったぞ!」
「――それでは皆様、ARを起動してください」
ちょうどその時――100人はいる、立食パーティー風の会場、司会の女性がそう促したものだから、ソラ達はこめかみを、中指2回人差し指1回ノックして起動。途端、会場の奥に、巨大な画面が現れた。
ARVRデバイスが普及した事により、スマホの液晶やテレビのモニター等は、先時代の遺物となった。文字通り、表現からは枠が無くなり、プロモーションも手軽でありながら、規模が大きくなる。
まずARの画面に映ったのは、人だった。
『はじめまして、世界初のVRMMOを作ったZERO社CEO、
スーツ姿でスタイルの良い、メガネをかけた初老の男性。
『2062年、私達が作ったフルダイブ型VRは、コストの問題でアミューズメントへの導入や、博覧会への出展にとどまりました』
そう、歴史を穏やかな様子で語り始める、が、
「私達って――フルダイブ型VRの開発って、灰戸社長だったって歴史の授業で習ったんですけど」
「まぁ、嘘は言ってない」
「真実の切り貼りってやつね~」
ソラのつっこみに、レインとアイがあっさりとそう言う。確かに、ZEROに所属していた社長が作ったのだから、”前置詞”を強調すれば筋は通る。
だけどこんな事を社長に言ったら怒るんじゃ、と思ったら、
(腕を組んで、こめかみピクピクしてる!?)
灰戸はあらかさまにブチギレ寸前モード。思わず
『しかし翌年の2063年、インドのデジタル研究の権威、チャンドラバブ氏によって、半生体型ICチップ、インドラの開発に成功しました』
インドラ、
インドにおいての、雷の神の名。
――須浦ユニコも雷に堕ちた
『0と1の概念を越えたこの規格は、超省電力、超省スペース、超
次々と浮かび上がっていく、科学者の肖像や年表といったデーター、だが、ぶっちゃけ、
「学校の授業でやった事だな……」
「眠く、なってきちゃいそうです……」
うとうとしかける二人だが、それでも、画面の中の眞司マンジの話は続く。
『そして2064年、日本のライトニング技研が、ブレインマシンインターフェースデシアベを開発、これにより機器と人間の相互作用がより簡易になり、そしてとうとう、皆様お馴染みのテープPCが登場するに至り、それが今日の我々の生活の基礎となるフルダイブ型VRのインフラサービスが……』
――30分後
『つまり、我が社の次代を、否、世界の”時代”を担うこのゲームを発表するこの時に、世界的祝日、インドラの日を選ぶのは運命だったのであります!』
「……ふたりとも~」
「……へっ、あっ!」
「す、すいません、アイさん、うとうとしてて」
「大丈夫よ~社長なんて爆睡してるから~」
「ああ……」
立ったままサングラスの奥で寝てる灰戸。肝心なゲーム紹介になかなかいかず、ゲーム会社ZEROが如何に凄いか、人類を発展させてきたかを語るものだから、そりゃ眠くなる。
ひとまず、
『ではいよいよ我が社の新時代のVRMMO――ライトオブライトを紹介します!』
眞司マンジが映っていた画面は消えて、その変わり、部屋中がAR技術で――青空が広がり、見たことの無い花が咲き乱れ、剣士が馬を狩り、魔法使いが杖から火を放つ、
ファンタジーの世界が現れて、
『このゲームのコンセプトは!
――中央に
『誰もが平等、誰もが報われる! 安心安全のゲーム体験です!』
その後、演出のの暴力として、五感に雪崩れ込んでくる世界は、確かに魅力的ではあったけれど、
――盗み、殺し、詐欺といった現実では駄目な事を
リアルと同じように出来ないというゲームのスタイルは、
(自分には、ちょっと合わないかも)
と、素直に思うものだった。
◇
ゲームの発表会が終わった後、会場は、もとの立食パーティーに移行する。ローストビーフやキャビアといったステレオタイプの豪華な食事が並ぶが、メンバーは、灰戸に注意され、飲み物だけをもらっていた――この後も食事があるからという配慮。
「
「次の覇権を狙ってる、って触れ込みだったもの~注目よね~」
「確かに、私達のゲームより、より良い体験ができそうだった」
レインが言うように、いくらアイズフォーアイズが世界で一番プレイされているゲームとはいえ、20年前のもの。
単純なグラフィックの表現などは、ライトオブライトには勝てない所がある。
ただ、その上で、言ってしまうと、
「――それだけ、かな」
「ええ~、アップデートは私達も、20周年の時に考えているし~」
「私達のゲームが、そこまで負けているとは思わない」
「……ただ」
長年運営してるゲームゆえの弊害。
「ゲーム人口の多さが、新規ユーザーの障害にもなってるんですよね」
老舗ゲームの宿命とも言えるが、古いゲームほど、新規勢は入りにくい。
折角ゲームを始めるのなら、同じタイミングで遊ぶ人と供に、というのは人情である。
「正直、強力なライバルですよね」
そう、1ユーザーとして、恐れ多くも灰戸社長に意見してみれば、
「――ジキルに聞いた通り、この恥知らずめが」
と言った。
「へ?」
っと、ソラが頭にはてなを浮かべて――そういえばあのゴスロリパンクガールの中の人がいなかった事に気付いた、その時、
「やぁやぁ! 元社長じゃないですか!」
声がして振り向けば、そこには、
「ああ、久しぶりだな、眞司、二度と会いたくなかったが」
「そんな連れない事を言わないで下さいよ、今でも戻ってきてほしいくらい」
「――勝手にあんな契約をすすめた奴が、何を」
灰戸は笑っているが、その笑顔の裏に、マグマのように怒りを携えているのは見て取れた。
(何か因縁が、あるんだっけ……?)
ソラが見守っていると、眞司、
「いやいや、あの時の私の判断は、ゲームの未来を考えれば当然でしたよ、それなのにあなたと来たら、あんな”自由という名の不平等”なゲームを作ってしまって」
「それの何が悪い?」
「だってめちゃくちゃじゃないですか! チートスキルも有り! ラッキーもあり! そして、怪盗も有り!」
「――あっ」
「ゲームに不公平があったらつまらないでしょ!」
それはさんざんアイズフォーアイズに言われてる事――新規ユーザーが増えにくい原因の一つ。
「何か勘違いしてないか? 行動の結果手にした、チートスキルという
「振るわれる方にとっては同じでしょう? 今まで何をしてたか解らない、ぽっと出の奴に活躍される事を許容するなんて――」
そうそれは、
それは近年のファンタジー小説によくある展開、
「普通はプライドが許さないでしょう」
――こんな
そう思っても、
……ゲームという体験においては、眞司が言ってる事は、的外れとは言えない。ゆえに、ライトオブライトの需要は確かにある。
だが、この時、灰戸は、
「プライド?」
「え」
歯を剥き出しにして、
「プライド!?」
「ひいっ!?」
眞司が怯む程に、
ロマンスグレーの怒髪天を突いた。
「お前がプライドを語るのか!? 眞司マンジ!」
「ひいいっ!?」
思わず尻餅を付く眞司、周囲がざわつき、注目する。眞司、座ったままに距離を取りながら、
「な、なにを怒ってるんですか!? 大きな声出して、ビックリさせて、マウントとって楽しいですか!」
「それじゃあ聞くが、お前は心の底から、このゲームを誇れるのか」
「あ、当たり前じゃないですか!」
慌て、立ち上がる眞司、
「もう、折角呼んでやったのに、無礼な! 昔からあんたはそうだった! もういい帰ってくれ!」
「言われずともそうする――ああ、心底お前には呆れ果てたよ」
不機嫌そうな灰戸は、ソラ達に目をやったあと、会場を出て行く。慌てて追いかけるメンバー。
眞司マンジは、灰戸達が会場から去ったのを確認してから、
「く、くそ、塩撒いてやる」
と、ARの塩撒きアプリを使って、塩を撒きはじめた。
節分や相撲取りの勢いで、会場を架空の塩塗れにする。そんな眞司の行いに、周囲はろくに話しかけられない。しかし、
「いやぁ、本当、身の程知らずの連中ですね?」
その中で誰かが――若い青年が話しかける。
「え、ああ、君は」
182cmの高身長――髪型はツーブロック、切れ長の目をした、醤油顔の美男子。
けれどその目は、蛇のように鋭く、
「申し訳ありませんけど、ちょっと抜けていいですか? 夜のパーティには戻りますので」
「そ、それは構わないが、どこに?」
「――いえ、ちょっとねぇ」
その視線は、
「
白銀レインの、後ろ姿を追っていた。