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5-3 安心安全のゲーム体験

 浅草の仲見世通りを渡り、浅草寺本殿でお参りをした後、浅草演芸ホールや社長が行きたがってたホッピー通りも越えて、一行は、とあるホテルへやってきた。


「来てやったぞ!」


 いにしえのRPGのように先頭にたった社長は、受付にそうでかい声で宣言。ソラ達も、セキュリティアプリの認証を受けた後、発表会会場へと雪崩れ込む。


「――それでは皆様、ARを起動してください」


 ちょうどその時――100人はいる、立食パーティー風の会場、司会の女性がそう促したものだから、ソラ達はこめかみを、中指2回人差し指1回ノックして起動。途端、会場の奥に、巨大な画面が現れた。

 ARVRデバイスが普及した事により、スマホの液晶やテレビのモニター等は、先時代の遺物となった。文字通り、表現からは枠が無くなり、プロモーションも手軽でありながら、規模が大きくなる。

 まずARの画面に映ったのは、人だった。


『はじめまして、世界初のVRMMOを作ったZERO社CEO、眞司まじマンジです』


 スーツ姿でスタイルの良い、メガネをかけた初老の男性。


『2062年、私達が作ったフルダイブ型VRは、コストの問題でアミューズメントへの導入や、博覧会への出展にとどまりました』


 そう、歴史を穏やかな様子で語り始める、が、


「私達って――フルダイブ型VRの開発って、灰戸社長だったって歴史の授業で習ったんですけど」

「まぁ、嘘は言ってない」

「真実の切り貼りってやつね~」


 ソラのつっこみに、レインとアイがあっさりとそう言う。確かに、ZEROに所属していた社長が作ったのだから、”前置詞”を強調すれば筋は通る。

 だけどこんな事を社長に言ったら怒るんじゃ、と思ったら、


(腕を組んで、こめかみピクピクしてる!?)


 灰戸はあらかさまにブチギレ寸前モード。思わず十字架黒統クロに目をやったら、触れるな、と言わんばかりに首を振った。


『しかし翌年の2063年、インドのデジタル研究の権威、チャンドラバブ氏によって、半生体型ICチップ、インドラの開発に成功しました』


 インドラ、

 インドにおいての、雷の神の名。

 ――須浦ユニコも雷に堕ちた


『0と1の概念を越えたこの規格は、超省電力、超省スペース、超情報処理スパコンを可能とし、デジタル分野に再び革命が起きます』


 次々と浮かび上がっていく、科学者の肖像や年表といったデーター、だが、ぶっちゃけ、


「学校の授業でやった事だな……」

「眠く、なってきちゃいそうです……」


 うとうとしかける二人だが、それでも、画面の中の眞司マンジの話は続く。


『そして2064年、日本のライトニング技研が、ブレインマシンインターフェースデシアベを開発、これにより機器と人間の相互作用がより簡易になり、そしてとうとう、皆様お馴染みのテープPCが登場するに至り、それが今日の我々の生活の基礎となるフルダイブ型VRのインフラサービスが……』


 ――30分後


『つまり、我が社の次代を、否、世界の”時代”を担うこのゲームを発表するこの時に、世界的祝日、インドラの日を選ぶのは運命だったのであります!』

「……ふたりとも~」

「……へっ、あっ!」

「す、すいません、アイさん、うとうとしてて」

「大丈夫よ~社長なんて爆睡してるから~」

「ああ……」


 立ったままサングラスの奥で寝てる灰戸。肝心なゲーム紹介になかなかいかず、ゲーム会社ZEROが如何に凄いか、人類を発展させてきたかを語るものだから、そりゃ眠くなる。

 ひとまず、十字架黒統に背中つんつんされた事により、んあっと覚醒する灰戸、その途端、


『ではいよいよ我が社の新時代のVRMMO――ライトオブライトを紹介します!』


 眞司マンジが映っていた画面は消えて、その変わり、部屋中がAR技術で――青空が広がり、見たことの無い花が咲き乱れ、剣士が馬を狩り、魔法使いが杖から火を放つ、

 ファンタジーの世界が現れて、


『このゲームのコンセプトは! 初心者にとっての光ライトユーザー特化


 ――中央に文字コピーはこう躍る


『誰もが平等、誰もが報われる! 安心安全のゲーム体験です!』


 その後、演出のの暴力として、五感に雪崩れ込んでくる世界は、確かに魅力的ではあったけれど、

 ――盗み、殺し、詐欺といった現実では駄目な事を

 リアルと同じように出来ないというゲームのスタイルは、


(自分には、ちょっと合わないかも)


 と、素直に思うものだった。







 ゲームの発表会が終わった後、会場は、もとの立食パーティーに移行する。ローストビーフやキャビアといったステレオタイプの豪華な食事が並ぶが、メンバーは、灰戸に注意され、飲み物だけをもらっていた――この後も食事があるからという配慮。


プレス記者の方も沢山来てますね」

「次の覇権を狙ってる、って触れ込みだったもの~注目よね~」

「確かに、私達のゲームより、より良い体験ができそうだった」


 レインが言うように、いくらアイズフォーアイズが世界で一番プレイされているゲームとはいえ、20年前のもの。

 単純なグラフィックの表現などは、ライトオブライトには勝てない所がある。

 ただ、その上で、言ってしまうと、


「――それだけ、かな」

「ええ~、アップデートは私達も、20周年の時に考えているし~」

「私達のゲームが、そこまで負けているとは思わない」

「……ただ」


 長年運営してるゲームゆえの弊害。


「ゲーム人口の多さが、新規ユーザーの障害にもなってるんですよね」


 老舗ゲームの宿命とも言えるが、古いゲームほど、新規勢は入りにくい。

 折角ゲームを始めるのなら、同じタイミングで遊ぶ人と供に、というのは人情である。


「正直、強力なライバルですよね」


 そう、1ユーザーとして、恐れ多くも灰戸社長に意見してみれば、


「――ジキルに聞いた通り、この恥知らずめが」


 と言った。


「へ?」


 っと、ソラが頭にはてなを浮かべて――そういえばあのゴスロリパンクガールの中の人がいなかった事に気付いた、その時、


「やぁやぁ! 元社長じゃないですか!」


 声がして振り向けば、そこには、


「ああ、久しぶりだな、眞司、二度と会いたくなかったが」

「そんな連れない事を言わないで下さいよ、今でも戻ってきてほしいくらい」

「――勝手にあんな契約をすすめた奴が、何を」


 灰戸は笑っているが、その笑顔の裏に、マグマのように怒りを携えているのは見て取れた。


(何か因縁が、あるんだっけ……?)


 ソラが見守っていると、眞司、


「いやいや、あの時の私の判断は、ゲームの未来を考えれば当然でしたよ、それなのにあなたと来たら、あんな”自由という名の不平等”なゲームを作ってしまって」

「それの何が悪い?」

「だってめちゃくちゃじゃないですか! チートスキルも有り! ラッキーもあり! そして、怪盗も有り!」

「――あっ」

「ゲームに不公平があったらつまらないでしょ!」


 それはさんざんアイズフォーアイズに言われてる事――新規ユーザーが増えにくい原因の一つ。


「何か勘違いしてないか? 行動の結果手にした、チートスキルという幸運と、金を出してまで力を得た、チートスキル不正では全く別の話だぞ」

「振るわれる方にとっては同じでしょう? 今まで何をしてたか解らない、ぽっと出の奴に活躍される事を許容するなんて――」


 そうそれは、

 それは近年のファンタジー小説によくある展開、


「普通はプライドが許さないでしょう」


 ――こんな駄目な奴クズスキルや底辺職に俺がやられる訳がない

 そう思っても、やられマンジる、肩書きがあり積み重ねてきた者達。

 ……ゲームという体験においては、眞司が言ってる事は、的外れとは言えない。ゆえに、ライトオブライトの需要は確かにある。

 だが、この時、灰戸は、


「プライド?」

「え」


 歯を剥き出しにして、


「プライド!?」

「ひいっ!?」


 眞司が怯む程に、

 ロマンスグレーの怒髪天を突いた。


「お前がプライドを語るのか!? 眞司マンジ!」

「ひいいっ!?」


 思わず尻餅を付く眞司、周囲がざわつき、注目する。眞司、座ったままに距離を取りながら、


「な、なにを怒ってるんですか!? 大きな声出して、ビックリさせて、マウントとって楽しいですか!」

「それじゃあ聞くが、お前は心の底から、このゲームを誇れるのか」

「あ、当たり前じゃないですか!」


 慌て、立ち上がる眞司、


「もう、折角呼んでやったのに、無礼な! 昔からあんたはそうだった! もういい帰ってくれ!」

「言われずともそうする――ああ、心底お前には呆れ果てたよ」


 不機嫌そうな灰戸は、ソラ達に目をやったあと、会場を出て行く。慌てて追いかけるメンバー。

 眞司マンジは、灰戸達が会場から去ったのを確認してから、


「く、くそ、塩撒いてやる」


 と、ARの塩撒きアプリを使って、塩を撒きはじめた。

 節分や相撲取りの勢いで、会場を架空の塩塗れにする。そんな眞司の行いに、周囲はろくに話しかけられない。しかし、


「いやぁ、本当、身の程知らずの連中ですね?」


 その中で誰かが――若い青年が話しかける。


「え、ああ、君は」


 182cmの高身長――髪型はツーブロック、切れ長の目をした、醤油顔の美男子。

 けれどその目は、蛇のように鋭く、


「申し訳ありませんけど、ちょっと抜けていいですか? 夜のパーティには戻りますので」

「そ、それは構わないが、どこに?」

「――いえ、ちょっとねぇ」


 その視線は、


理解わからせてやりたい奴が、いたんで」


 白銀レインの、後ろ姿を追っていた。


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