――滋賀県米原駅から東京駅まで確かに2時間15分
しかし、東京は着いてからが本番で、目的地にもよるけれど、ここから移動で30分、場合によれば1時間かかるのも少なく無い。
とはいえ2089年、混雑具合まで調整した完璧なナビなので、迷子の心配だけはする必要も無く、最速最短最適解にて、
ソラとレインの二人は、待ち合わせ場所の浅草、その象徴たる雷門前までやってきた。
「うわぁ、凄い!」
思わずソラの声が漏れたのは、スクランブル交差点の先に良く見たことがあるもの、雷門、と描かれた大きな赤い提灯があったからに他ならず。日本だけでなく、外国からの客も、楽しそうにそれを見上げつつ記念写真を撮り、左右に前知識にない仁王像があるのに気付いて、「raksasa!?」と驚く子供も居た。
「ソラは、東京に来るのは初めてだったか」
「はい! 雷門は、一応VRで見た事はありますけど」
「いくら虚構と現実の境界が狭まった時代とはいえ、生で見るのはまた違うからな」
人々の声は止まず、人力車が行き交う。夏の暑さに観光地ならではの熱量がまざってくらっと来そうだが、それすらも楽しんでいる自分がいる事に、ソラは気付く。
旅情というものに浸りそうになった時、
「あ~ふたりとも~!」
雷門の方から、声がした。待ち合わせアプリを使うまでもなく、
「ああ、アイさんだ」
「流石に目立ちますね」
ファッションも多様化した時代とはいえ、七色髪で202cmの長身、そんな彼女が提灯に届く勢いで手をぶんぶん振ってたから、信号が青になったタイミングで渡りはじめる。二人とも笑みを浮かべてたが、その途中で、
「えっ」
「んっ?」
その顔が、少し、戸惑いに染まった。
――虹橋アイの後ろあたりに見知らぬ人がいて
二人が、困惑のままにアイの傍まで近寄ったその時、
「紹介するわね~」
アイは後ろにいた彼を、
「えっと、名前は、十字架君よ~、ちょっとシャイだから顔を隠してるの~」
――白金ソラに顔バレをしてはいけない黒統クロが
7月でもう熱いのに、フルフェイスのヘルメットを被って立っていた。
ヘルメットの後ろから、三つ編みが飛び出している。
「え、えっと、はじめまして」
「アイさんとペアの、暗殺者だったか?」
二人の言葉に、ヘルメットは顔を向けて、うなずいた。
「あとごめ~ん、十字架君は
「そ、そうですか、えっと、じゃあデバイスでチャットしますか?」
ソラの提案に、首を軽く振る。三つ編みが尻尾みたいに揺れる。
虹橋アイの身バレ防止のアイディアは、どう考えても適当に過ぎたが、
(な、なんか、個性的だなぁ)
インパクトという意味ではこの上無く、ソラは、
――流石アイズフォーアイズの最強の知能を持つ女
「ちょっと待て!? メットの隙間から首まで汗が滝のように流れているぞ!?」
「脱水症状になってませんか!?」
いや、やはりろくでも無かった。それでも黒統クロ15歳は、虹橋アイのやる事を疑ったりなどせず、2089年に昭和みたいな根性論だけで、サムズアップをしてみせた。
「ほ、本当に大丈夫ですか?」
ソラが、心配そうに話しかけると、そこでクロは、
――アイに向かってちょいちょいと手招きをした
「な~に? 十字架君」
アイ、屈んで、フルフェイスメットのバイザー部分に、耳をひっつける。ぼそぼそと何かを喋ってる様子の十字架君、アイはにこっと笑った。
「十字架君ね~、ソラ君と同い年だから~、敬語じゃなくていいって言ってるわ~」
「え、でも」
「お願い」
アイはにこっと笑って、
「彼のお願い、聞いてあげて」
そう、ヘルメット越しのクロの思いを伝えれば、
「わかった、よろしく、十字架!」
ソラは笑顔で応えた。
そのやりとりにレインも笑い、自分も、同じようにしていいか問い質そうとしたその時、
「がーはっはっは!」
聞き覚えのある――太く快活な笑い声が聞こえた。まるで仁王が笑ったかと錯覚するようなその声の持ち主は、
「社長!」
レインが言った通り、アイズフォーアイズのCEO、灰戸ライド――いつものスーツ姿でなく、沖縄かりゆしウェアでサングラスである。
「も~おそいですよ~社長~、ホッピー通りに行ってたんですか~?」
「行きたかったが、このあとの予定があるからな、ほら、お土産だ!」
そう言って灰戸は、何やらいい匂いが立ちこめる紙袋をアイに渡した。アイ、中身を見て目を輝かせた。
「あつあつできたての人形焼き~!」
アイはそれを一つつまみ、口にほうりこむ。ん~っと幸せな顔をしたあと、そのままレインとソラにも袋を向ける。
(人形焼き――有名だけど)
カステラにあんこをいれて、動物や釣鐘の形を模して焼いたものだ。なんの気は無しに口に放り込んだソラとレインだったが、
「んっ!?」
「美味しい!」
予想の上をいくうまさの理由――それは単純、出来たてだからだ。皮がふんわりと甘いあとに、熱いあんこが口の中に蕩けるように流れ出る。それでいて味は軽い。
作りたて、というだけでここまで味が変わるものなのか。アイはひょいぱくひょいぱくと食べる中で黒統にも手渡す。ヘルメット男は受け取ったそれを、バイザーの隙間から無理矢理ねじこんで食べていた。
「あ、そうだ、お土産!」
人形焼きのやりとりで思いだしたソラ、荷物から社長宛のそれを取り出す。
「あの、新幹線の個室チケット、ありがとうございました、これ」
「む? なんだね?」
「長浜名物の”堅ボーロ”です、社長、歯応えがあるものが好きって聞いたので」
黄金色のパッケージの中央は、琵琶湖の形で透明にくり貫かれて、そこから覗くのは、粉砂糖をまとったごつごつのあられのような――実際は乾パン――がびっしりと入ってる。社長、早速袋をあけ、一つつまむ。
「相当堅いですから、口の中でふやかしながら」
「うむっ!」
「あっ」
と言う前に、大口に一個を放り込むと、そのまま忠告も聞かずに咀嚼した。
――ガリィィィィッ!
何かが砕ける音がした。
「おお、これは!」
「は、歯、大丈夫ですか!?」
「とんでもない音がしましたけど!?」
――長浜名物堅ボーロ
名前の通り、ひたすら堅い。生姜が効いた味を纏ったこの堅焼きパンは、腹持ちがよく噛み応えもある事から、陸軍の携行食に選ばれて、現在は、宮内庁御用達の銘菓である。ただ何度も言うが堅い、普通に食べれば歯が砕かれる。
そんなもんをばぁりぼぉりと、口の中で粉砕玉砕大喝采していく社長、嚥下した後、「気に入ったぁ!」と叫んだ。
「いや、素晴らしい! 糖分補給になるだけじゃなく、生姜の刺激と咀嚼で、俺の脳が晴れていく! ビジネスのマストアイテムにしたい!」
「き、気に入ってくれて嬉しいですけど」
「ソラが言うとおり、普通に噛むのは止めておいた方がいいと思います」
そんな怪盗組のツッコミも、がっはっはっと笑い飛ばした、かりゆしおじさんは、
「さて、それじゃそろそろ行こうか」
と言ったので、
「えっと、どこへですか?」
とソラが聞けば、
「――株式会社ZEROの、新作VRMMO発表会」
灰戸は笑った、しかしその笑顔は、
「俺が捨てた奴等が、プライドも捨てて金儲けを始めようとしてるらしい」
明らかな攻撃性を秘めた、獣が獲物に牙を剝く顔だった。