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5-2 浅草人形焼きと長浜堅ボーロ

 ――滋賀県米原駅から東京駅まで確かに2時間15分

 しかし、東京は着いてからが本番で、目的地にもよるけれど、ここから移動で30分、場合によれば1時間かかるのも少なく無い。

とはいえ2089年、混雑具合まで調整した完璧なナビなので、迷子の心配だけはする必要も無く、最速最短最適解にて、

 ソラとレインの二人は、待ち合わせ場所の浅草、その象徴たる雷門前までやってきた。


「うわぁ、凄い!」


 思わずソラの声が漏れたのは、スクランブル交差点の先に良く見たことがあるもの、雷門、と描かれた大きな赤い提灯があったからに他ならず。日本だけでなく、外国からの客も、楽しそうにそれを見上げつつ記念写真を撮り、左右に前知識にない仁王像があるのに気付いて、「raksasa!?」と驚く子供も居た。


「ソラは、東京に来るのは初めてだったか」

「はい! 雷門は、一応VRで見た事はありますけど」

「いくら虚構と現実の境界が狭まった時代とはいえ、生で見るのはまた違うからな」


 人々の声は止まず、人力車が行き交う。夏の暑さに観光地ならではの熱量がまざってくらっと来そうだが、それすらも楽しんでいる自分がいる事に、ソラは気付く。

 旅情というものに浸りそうになった時、


「あ~ふたりとも~!」


 雷門の方から、声がした。待ち合わせアプリを使うまでもなく、


「ああ、アイさんだ」

「流石に目立ちますね」


 ファッションも多様化した時代とはいえ、七色髪で202cmの長身、そんな彼女が提灯に届く勢いで手をぶんぶん振ってたから、信号が青になったタイミングで渡りはじめる。二人とも笑みを浮かべてたが、その途中で、


「えっ」

「んっ?」


 その顔が、少し、戸惑いに染まった。

 ――虹橋アイの後ろあたりに見知らぬ人がいて

 二人が、困惑のままにアイの傍まで近寄ったその時、


「紹介するわね~」


 アイは後ろにいた彼を、


「えっと、名前は、十字架君よ~、ちょっとシャイだから顔を隠してるの~」


 ――白金ソラに顔バレをしてはいけない黒統クロが

 7月でもう熱いのに、フルフェイスのヘルメットを被って立っていた。

 ヘルメットの後ろから、三つ編みが飛び出している。


「え、えっと、はじめまして」

「アイさんとペアの、暗殺者だったか?」


 二人の言葉に、ヘルメットは顔を向けて、うなずいた。


「あとごめ~ん、十字架君は喋るのも苦手無言勢で~」

「そ、そうですか、えっと、じゃあデバイスでチャットしますか?」


 ソラの提案に、首を軽く振る。三つ編みが尻尾みたいに揺れる。

 虹橋アイの身バレ防止のアイディアは、どう考えても適当に過ぎたが、


(な、なんか、個性的だなぁ)


 インパクトという意味ではこの上無く、ソラは、十字架黒統というヒントを与えられながらも、目の前に居るのがかつての幼馴染みだとは、露にも思わない。

 ――流石アイズフォーアイズの最強の知能を持つ女


「ちょっと待て!? メットの隙間から首まで汗が滝のように流れているぞ!?」

「脱水症状になってませんか!?」


 いや、やはりろくでも無かった。それでも黒統クロ15歳は、虹橋アイのやる事を疑ったりなどせず、2089年に昭和みたいな根性論だけで、サムズアップをしてみせた。


「ほ、本当に大丈夫ですか?」


 ソラが、心配そうに話しかけると、そこでクロは、

 ――アイに向かってちょいちょいと手招きをした


「な~に? 十字架君」


 アイ、屈んで、フルフェイスメットのバイザー部分に、耳をひっつける。ぼそぼそと何かを喋ってる様子の十字架君、アイはにこっと笑った。


「十字架君ね~、ソラ君と同い年だから~、敬語じゃなくていいって言ってるわ~」

「え、でも」

「お願い」


 アイはにこっと笑って、


「彼のお願い、聞いてあげて」


 そう、ヘルメット越しのクロの思いを伝えれば、


「わかった、よろしく、十字架!」


 ソラは笑顔で応えた。

 そのやりとりにレインも笑い、自分も、同じようにしていいか問い質そうとしたその時、


「がーはっはっは!」


 聞き覚えのある――太く快活な笑い声が聞こえた。まるで仁王が笑ったかと錯覚するようなその声の持ち主は、


「社長!」


 レインが言った通り、アイズフォーアイズのCEO、灰戸ライド――いつものスーツ姿でなく、沖縄かりゆしウェアでサングラスである。


「も~おそいですよ~社長~、ホッピー通りに行ってたんですか~?」

「行きたかったが、このあとの予定があるからな、ほら、お土産だ!」


 そう言って灰戸は、何やらいい匂いが立ちこめる紙袋をアイに渡した。アイ、中身を見て目を輝かせた。


「あつあつできたての人形焼き~!」


 アイはそれを一つつまみ、口にほうりこむ。ん~っと幸せな顔をしたあと、そのままレインとソラにも袋を向ける。


(人形焼き――有名だけど)


 カステラにあんこをいれて、動物や釣鐘の形を模して焼いたものだ。なんの気は無しに口に放り込んだソラとレインだったが、


「んっ!?」

「美味しい!」


 予想の上をいくうまさの理由――それは単純、出来たてだからだ。皮がふんわりと甘いあとに、熱いあんこが口の中に蕩けるように流れ出る。それでいて味は軽い。

 作りたて、というだけでここまで味が変わるものなのか。アイはひょいぱくひょいぱくと食べる中で黒統にも手渡す。ヘルメット男は受け取ったそれを、バイザーの隙間から無理矢理ねじこんで食べていた。

東京初日の早速の甘味ファーストインパクトに頬を緩めていたソラだったが、


「あ、そうだ、お土産!」


 人形焼きのやりとりで思いだしたソラ、荷物から社長宛のそれを取り出す。


「あの、新幹線の個室チケット、ありがとうございました、これ」

「む? なんだね?」

「長浜名物の”堅ボーロ”です、社長、歯応えがあるものが好きって聞いたので」


 黄金色のパッケージの中央は、琵琶湖の形で透明にくり貫かれて、そこから覗くのは、粉砂糖をまとったごつごつのあられのような――実際は乾パン――がびっしりと入ってる。社長、早速袋をあけ、一つつまむ。


「相当堅いですから、口の中でふやかしながら」

「うむっ!」

「あっ」


 と言う前に、大口に一個を放り込むと、そのまま忠告も聞かずに咀嚼した。

 ――ガリィィィィッ!

 何かが砕ける音がした。


「おお、これは!」

「は、歯、大丈夫ですか!?」

「とんでもない音がしましたけど!?」


 ――長浜名物堅ボーロ

 名前の通り、ひたすら堅い。生姜が効いた味を纏ったこの堅焼きパンは、腹持ちがよく噛み応えもある事から、陸軍の携行食に選ばれて、現在は、宮内庁御用達の銘菓である。ただ何度も言うが堅い、普通に食べれば歯が砕かれる。

 そんなもんをばぁりぼぉりと、口の中で粉砕玉砕大喝采していく社長、嚥下した後、「気に入ったぁ!」と叫んだ。


「いや、素晴らしい! 糖分補給になるだけじゃなく、生姜の刺激と咀嚼で、俺の脳が晴れていく! ビジネスのマストアイテムにしたい!」

「き、気に入ってくれて嬉しいですけど」

「ソラが言うとおり、普通に噛むのは止めておいた方がいいと思います」


 そんな怪盗組のツッコミも、がっはっはっと笑い飛ばした、かりゆしおじさんは、


「さて、それじゃそろそろ行こうか」


 と言ったので、


「えっと、どこへですか?」


 とソラが聞けば、


「――株式会社ZEROの、新作VRMMO発表会」


 灰戸は笑った、しかしその笑顔は、


「俺が捨てた奴等が、プライドも捨てて金儲けを始めようとしてるらしい」


 明らかな攻撃性を秘めた、獣が獲物に牙を剝く顔だった。


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