目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
5-1 滋賀から東京まで新幹線で2時間15分

 プライドの真価が発揮されるのは、

 何かと比べる時ではなくて、

 ――それは







 東京都にある、アイズフォーアイズ本社を中心にした企業街の一角にある、ほぼ社員専用のマンションの一室。静かに落ち着いた夜の街がみえる窓の傍で、


「はい、うん、それじゃ、よろしくね~」


 202cmの彼女、虹橋アイは、その長身に沿う虹色煌めく長髪をゆらゆら揺らしながら、デバイスの通信をオフにした、その時。

 ――一つ結びの三つ編みを下げた青少年が


「アイさん、コーヒーいれたよ」


 テーブルのあるダイニングの方から、話しかけた。


「わぁ、ありがと~」

「あと、お茶請けのシフォンケーキ、手作り」

「え、本当~!?」


 ゆっくりとした足取りが、甘味のワードが出た途端ぱたぱたと早くなって、そのまま着席、

 ブランデーを効かしてナッツを散らしたふわふわスポンジを前にして、口の中に唾を溢れさせる。


「いいの? こんな夜に、あまいものなんて~!」

「アイさんの体だと足らないくらいだろ――俺よりそっちの方が解ってるはずだ」

「そうなんだけど~」


 そこでアイはにっこり笑って、


「クロ君のお菓子はいつも~食べ過ぎちゃうから~」


 そう、黒統クロに話しかける。


「……子供の俺が、保護者のアイさんに出来る事は少ないから、食べてくれ」

「もう、家事とかしなくても別にいいのにな~」

「ヤングケアラー程は働いていない」


 とりあえず一口――虹橋アイは大食いではあるが、食べ方は丁寧にきちんとしている。大きく口をあけて豪快に、というのは、そういう作法がある時だけで、普通に食べて、普通じゃない量をたいらげるタイプだ。


「ん~」


 しっとり甘くてふわふわで、紅茶が薫る幸せを口に含んでから、コーヒーを一口、ゆるりと頬を緩ませるアイに、真顔なままクロがたずねた。


「さっきの通話、ソラ達とか?」

「そうよ~、予定通りの時間に来れそうみた~い、会うのが楽しみね~」

「……俺は、会えない」

「え? なんで~」


 クロの言葉に、頭にはてなを浮かべるアイ、クロは目を伏せて、


「合わせる顔がない」


 そう、言った。


「……ソラ君のお友達を……BANしたのは、私の命令でしょ?」

「違う、そうじゃない、俺はアイさんを疑わない、そうじゃなくて……俺は……」


 クロは、


「俺は、ソラとの約束を破ったから……」


 そう言って、自分の手を噛むように握りしめた。

 ……沈黙が流れはじめたタイミングで、アイは、甘いものを置き去りにしてでも、イスから微笑みつつ立ち上がった。

 そして、クロの前に立つ。彼の身長は174cmで、男子の平均身長ではあるが、それでも、202cmの彼女なら見下ろす事になる。

 そしてそのまま――アイは、クロをぎゅっと抱きしめた。


「わかった」


 ゆっくりと、話しかける時には、語尾を伸ばす癖を意識して抑える。


「でもね、クロ君も、ソラ君に会いたいでしょ? VRだけじゃなくて、リアルでも……」

「……ああ」

「だったら、任せて、私の――」


 そこで、アイは、

 言い直す。


「お母さんの言うとおりにすれば、大丈夫だから」


 まだ黒統クロが、15歳の少年で、

 彼がそれ母性に飢えている事を、知っているから。

 ……流石に、お母さん、とか、ママ、とか、名呼びまでする事は無かったけど、

 黒統クロは今日も、虹橋アイの大きさに、ただ、甘えていた。







 ――翌日、午前中の新幹線

 2026年から導入された個室にて。


「美味しい!」


 米原駅で買える全国的にも有名な滋賀県の駅弁、筒井屋さんの”湖北がおはなし”、その鴨肉を箸で口に運んだレインは、そう、美味への感想を思わず零していた。


「噛めば噛む程に鴨の旨味が出て、うん、枝豆のおこわとも良く合う」

「このおこわが美味しいんですよね、季節ごとに内容が変わるんですよ」

「そうか、旅の度に楽しめるのだな、それにしてもバランスがいいお弁当だな」

サイコロ飴入りの箱が入ってるのも楽しいですよね」


 窓から流れていく風景を傍にしながらの、朝食としての駅弁タイム。隣り合って座る二人は、穏やかに笑みを浮かべていたが、


(おおおおちつけ、動揺を悟られるな! ドキドキを伝えるな!)

(ど、どうしよう、僕変なこと言ってない!? しちゃいけない顔してない!?)


 実際心中はこの通り、いっぱいいっぱいであった。

 無理も無い、高校生である、思春期である。第一印象がお互い最高なあげく、供に過ごした日常と非日常の繰り返しは、すっかりお互いの手の内胸の内まで伝え合って、正直もう一緒に、居るだけで楽しいという無敵状態ベストパートナー


(とはいえ、私達の繋がりは、スカイとキューティという関係性であって)

(リアルの僕とレインさんは、別に、そういう関係じゃないんだし)

(そうなると、こんな、二人で旅行重要イベントには、期待をしてしまう私がいて)

(一歩とは言えないけど、半歩、ううん、爪先程度でも関係を進められたら)

(ああでも、浮かれまくってるのは私だけかもしれない!)

(下手に踏み込んだら、距離をとられてしまうかもしれない!)

((どうしたら……!))


 客観的に見ても付き合ってるレベルだし、その上、心中の言葉で会話が出来てる程、相性はいい二人だけど、それでもやっぱり、勇気が足りない。

 ――神様だって、この二人をへたれと言う権利は無い

 ただそれでも、もしもツッコミが許されるのであれば、


((はぁ……))


 心の中でのため息すらシンクロさせるレベルなんだから、いいからはよくっつけ、であった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?