プライドの真価が発揮されるのは、
何かと比べる時ではなくて、
――それは
◇
東京都にある、アイズフォーアイズ本社を中心にした企業街の一角にある、ほぼ社員専用のマンションの一室。静かに落ち着いた夜の街がみえる窓の傍で、
「はい、うん、それじゃ、よろしくね~」
202cmの彼女、虹橋アイは、その長身に沿う虹色煌めく長髪をゆらゆら揺らしながら、デバイスの通信をオフにした、その時。
――一つ結びの三つ編みを下げた青少年が
「アイさん、コーヒーいれたよ」
テーブルのあるダイニングの方から、話しかけた。
「わぁ、ありがと~」
「あと、お茶請けのシフォンケーキ、手作り」
「え、本当~!?」
ゆっくりとした足取りが、甘味のワードが出た途端ぱたぱたと早くなって、そのまま着席、
ブランデーを効かしてナッツを散らしたふわふわスポンジを前にして、口の中に唾を溢れさせる。
「いいの? こんな夜に、あまいものなんて~!」
「アイさんの体だと足らないくらいだろ――俺よりそっちの方が解ってるはずだ」
「そうなんだけど~」
そこでアイはにっこり笑って、
「クロ君のお菓子はいつも~食べ過ぎちゃうから~」
そう、黒統クロに話しかける。
「……子供の俺が、保護者のアイさんに出来る事は少ないから、食べてくれ」
「もう、家事とかしなくても別にいいのにな~」
「ヤングケアラー程は働いていない」
とりあえず一口――虹橋アイは大食いではあるが、食べ方は丁寧にきちんとしている。大きく口をあけて豪快に、というのは、そういう作法がある時だけで、普通に食べて、普通じゃない量をたいらげるタイプだ。
「ん~」
しっとり甘くてふわふわで、紅茶が薫る幸せを口に含んでから、コーヒーを一口、ゆるりと頬を緩ませるアイに、真顔なままクロがたずねた。
「さっきの通話、ソラ達とか?」
「そうよ~、予定通りの時間に来れそうみた~い、会うのが楽しみね~」
「……俺は、会えない」
「え? なんで~」
クロの言葉に、頭にはてなを浮かべるアイ、クロは目を伏せて、
「合わせる顔がない」
そう、言った。
「……ソラ君のお友達を……
「違う、そうじゃない、俺はアイさんを疑わない、そうじゃなくて……俺は……」
クロは、
「俺は、ソラとの約束を破ったから……」
そう言って、自分の手を噛むように握りしめた。
……沈黙が流れはじめたタイミングで、アイは、甘いものを置き去りにしてでも、イスから微笑みつつ立ち上がった。
そして、クロの前に立つ。彼の身長は174cmで、男子の平均身長ではあるが、それでも、202cmの彼女なら見下ろす事になる。
そしてそのまま――アイは、クロをぎゅっと抱きしめた。
「わかった」
ゆっくりと、話しかける時には、語尾を伸ばす癖を意識して抑える。
「でもね、クロ君も、ソラ君に会いたいでしょ? VRだけじゃなくて、リアルでも……」
「……ああ」
「だったら、任せて、私の――」
そこで、アイは、
言い直す。
「お母さんの言うとおりにすれば、大丈夫だから」
まだ黒統クロが、15歳の少年で、
彼が
……流石に、お母さん、とか、ママ、とか、名呼びまでする事は無かったけど、
黒統クロは今日も、虹橋アイの大きさに、ただ、甘えていた。
◇
――翌日、午前中の新幹線
2026年から導入された個室にて。
「美味しい!」
米原駅で買える全国的にも有名な滋賀県の駅弁、筒井屋さんの”湖北がおはなし”、その鴨肉を箸で口に運んだレインは、そう、美味への感想を思わず零していた。
「噛めば噛む程に鴨の旨味が出て、うん、枝豆のおこわとも良く合う」
「このおこわが美味しいんですよね、季節ごとに内容が変わるんですよ」
「そうか、旅の度に楽しめるのだな、それにしてもバランスがいいお弁当だな」
「
窓から流れていく風景を傍にしながらの、朝食としての駅弁タイム。隣り合って座る二人は、穏やかに笑みを浮かべていたが、
(おおおおちつけ、動揺を悟られるな! ドキドキを伝えるな!)
(ど、どうしよう、僕変なこと言ってない!? しちゃいけない顔してない!?)
実際心中はこの通り、いっぱいいっぱいであった。
無理も無い、高校生である、思春期である。第一印象がお互い最高なあげく、供に過ごした日常と非日常の繰り返しは、すっかりお互いの手の内胸の内まで伝え合って、正直もう一緒に、居るだけで楽しいという
(とはいえ、私達の繋がりは、スカイとキューティという関係性であって)
(リアルの僕とレインさんは、別に、そういう関係じゃないんだし)
(そうなると、こんな、
(一歩とは言えないけど、半歩、ううん、爪先程度でも関係を進められたら)
(ああでも、浮かれまくってるのは私だけかもしれない!)
(下手に踏み込んだら、距離をとられてしまうかもしれない!)
((どうしたら……!))
客観的に見ても付き合ってるレベルだし、その上、心中の言葉で会話が出来てる程、相性はいい二人だけど、それでもやっぱり、勇気が足りない。
――神様だって、この二人をへたれと言う権利は無い
ただそれでも、もしもツッコミが許されるのであれば、
((はぁ……))
心の中でのため息すらシンクロさせるレベルなんだから、いいからはよくっつけ、であった。