謎の人物による、アウミこと、淡海おしゃんのアカウント売買事件から数日後。
須浦ユニコという存在が認知されなかった事から、結局、”本当にアウミのアカウントを盗んだ愉快犯がいて、怪盗はそれをエンタメ的に解決した”、というくらいに落ち着いた。
風の噂で、”愉快犯は永久BANなどの厳しい処置を受けた”と流れた事で、怪盗スカイゴールド一味の活躍の中でも、ここまで明確に、悪者をやっつけた、という件は珍しかったから、ますますスカイゴールドの人気はあがる事になった。
ただ、いくらもてはやされても、
「――本当の事を、皆に言うべきでしょうか」
白金ソラの心は、晴れない。
学校からの帰り道、普段なら林を駆け抜けているが、今日はそんな気分じゃないと、自動運転のバスの後部座席に座る。
たまたま二人だけの車内になったので、ソラは、隣に座るレインに語りかけた。
須浦ユニコというアイドルが、この
だけどそれは同時に、ユニコの凶行も、伝えなければならなくなる。
「……前も言った通り、真実が常に人を癒やすとは限らない」
「解ってます、……だけど」
「ああ、お前が、そう思う気持ちはとても大切だ」
レイン、
「だけど、今は私達の胸に秘めておこう」
「……そうですね」
この問いかけに、答は無い。
あったとしても好き嫌いで、そしてそれに、正義か悪をあてはめるべきでもない。
正義という言葉は、
「……すまないな」
「え?」
「いや、悩み苦しむお前を元気づける術が、私にはないから、……
「大丈夫ですよ、話を聞いてくれるだけで」
「……うん」
確かにそれはそうだと、レインは思う、
だけど、それでも、
(もっと、支えたい)
もっと思いやりたくて、だから、
――スッと
「あっ」
レインは、ソラの右手に、左手の指を絡めた。
……異性から、というより、レインからの体温は、ソラにしっかりとときめきを生むけど、
「……」
それよりも、安心をうむ。言葉は万能だけど、ぬくもりも偶には役に立つ。
バスは帰路を走って行く。
◇
――長浜某所の病院、最上階にて
「この部屋の人、亡くなったのよね」
「結局誰だったんだろう」
「すごくいい人で、かわいらしいおばあちゃんだったけど」
「心はずっと、若いままだったのよね」
「60歳まで心だけじゃなくて、体まで若かったらしいわよ」
「嘘、流石にそれは、有り得ないでしょ」
「そうよねぇ」
主の居なかった病室の外から、声が聞こえる。
ただベッドだけが置かれている部屋に、久透リアが立っていた。
35歳までの不老は、須浦ユニコ自身の思い込みの力であるが、
――60歳までの不老は彼女の成果である
「君の、怒りでも」
リア、
「強い、感情、でも」
言葉を紡ぐ。
「人の、救いに、至らなかった」
それは協力者への慰労にも聞こえたし、
「だけど、君は、笑って、死んだ」
長年連れ添った、戦友への手向けにも、そして、
「死を、乗り越える、ものは、なんだ、救いを――」
友達への、
「
鎮魂歌にも似ていて。
――その時、ドアが開いた
久透リアが振り返れば、
「あれ、ハナカさん、ここにいたの?」
「おつかれ~」
ドアの外にいた二人に、この病院での名前で呼ばれた。
「ごめんなさい、部屋の整理をしてたんです」
髪は黒く染めていて、肌にはうっすらと化粧をし、健康的な色を重ねている。ごく普通の人に、なりきる。
彼女の変装は、ジキルやユニコのようになりきるのではなく、人の思い込みを利用する。
完璧に近づく程、
一度、そうだと思わせれば、あとは勝手に透明部の部分を、
「――寂しい部屋になったわね」
「名前も知らないおばあちゃんだけど」
鈴木ハナカだと、自分を思い込んでる二人の前で、
「……笑顔で逝ったって、聞いてます」
リアはその時、笑ってみせた。
「お疲れ様でした」
だけどその気持ちが本当なのか嘘なのか、
リア自身にも、解らなかった。
◇
バスの中では繋いだ手を、停留所では名残惜しそうに離す。そうして、二人して我が家である――琵琶湖畔の民泊施設へ帰ってきた、ソラとレイン。
「あれ、靴がある?」
「宿泊客が来てるのか?」
「平日なのに、珍しいですね」
そう、本当に珍しい。
そもそも白金家が経営する民泊施設は、週末すら客が入らない時も多い。ただ、父である白金テツは農作業に電気工事から料理屋の助っ人まで、地元のなんでも屋というポジションであり、白金カナも、イラストエッセイリストとして定期的な収入を得ている。
そもそもこの家とて、自宅兼という趣が強い。玄関口が住人と客共通なのがその証拠、とりあえず二人は、人の気配がする食卓の方へと顔を出せば、
「おいしい~」
「――えっ」
思わず、ソラは、驚いた。
席に座る後ろ姿が、だってとっても、
でかかったから。そしてそれが誰であるかを、
「あ、アイさん!?」
レインが叫べば、
「あ、レインちゃ~ん!」
それは、七色の髪をしている――巨躯だった。
振り返った立ち上がった彼女の背丈は、202cmに達する。
その上で腰まで伸びた長髪は、プリズムのような煌めきを魅せ、
笑顔で垂れ目、優しそうなお姉さんの向こうで、
――空っぽになった皿がテーブルにうずたかく積もってる
「それに、ソラくんね~」
そんな
「はじめまして~」
のんびりとした口調のまま、ぎゅうっ! と、ソラを抱きしめた。
「うわぁ!?」
おっきい、でっかい、
――やわらかい
顔を真っ赤にする
「ちょ、ちょっと虹橋さん、うちの息子に何を!」
「ちょっと羨ましいぞ、ソラ!」
「あなた何を言ってるの! ソラにはレインさんがいるのよ!?」
「母親殿も何を言ってるのですか!?」
でも、実際レインもジェラっちゃってるので、
「やめてくださいアイさん!」
と、真っ赤な顔でレインは抗議をした、すれば、
「あ、ごめんなさ~い」
そう言ってアイはそのまま、
「はい、レインちゃんも、ぎゅ~」
っと、二人まとめてハグをした。
「こ、こういう事じゃないです!?」
「ちょ、ちょっとまずい、まずいです! 溺れる!」
アイの腕の中で、レインの
――チーン! と、オーブンが鳴った
「次何できました~!?」
二人を離して振り向けば、
「牛すじと赤蒟蒻煮込みのチーズピザ」
「余り物のアレンジレシピですけど」
「いただきま~す!」
おっきなピザが皿の上にのってるのを見れば、ソラとレインに、一緒に食べましょ~う! と言ってから離して、席に着いた。二人、赤くなった顔を見合わせたあと、アイの正面に回る。
皿の数的に、もう十人前以上は、食べているようだ。
「ごめんなさ~い、私体が大きくて、食いしん坊なの~」
「在庫一掃出来て助かるけど」
「材料の買い出しにいかなきゃならんな」
両親がそう言う中でも、ピザのピースを丁寧に味わうようにたいらげていく。
「えっと、虹橋アイさんだ」
「は、はい、アイズフォーアイズのAI管理者でしたっけ」
「神の悪徒計画の発案者よ、よろしく~」
と言った。
……両親が居る状況で、神の悪徒といういかにもなフレーズを使うのはどうかと思ったソラだったが、
「大丈夫よ~、ただのサークル活動みたいにしか思われてないわ~」
「えっ」
ソラの頭の中を、読み取るような事を言って見せるアイ。
「あ、ごめんなさい、つい癖で~」
「アイさんはAI担当だが、ともかく、頭が回るんだ、予測が出来るくらい」
「そ、そうなんですか?」
「本当にちょっと! ちょっとだけだから~」
そのちょっとが凄いと思いながら、ソラ、いただきますをしてから、ピザを
「それで、アイさんが来た目的はなんですか?」
「ユニコさんのデバイスから、何かわかりましたか?」
ただの旅行、という訳じゃないだろう。宿泊するなら、素晴らしいサウナがあり料理も美味い、近江北リゾートという施設がある。
虹橋アイは、まずこう言った。
「次の祝日、インドラの日は空いてる?」
「えっと」
「特に、予定はないですけど」
――インドラの日
それは、テープPCを初めとしたデジタルの革命。超省電力超省スペース超スパコンという、
インドラという、デジタル技術が生まれた日だ。
(ユニコさんもインドラの闇、って、言ってた)
――ユニコがブラックパールで覚醒した時、ソラの頭によぎったもの
雷という神の領域を、人が扱うようになった、特別な日、世界的祝日。
虹橋アイは、
「よかった、それじゃ、オフ会しましょ~う!」
「え?」
「はい?」
「――神の悪徒オフ会」
アイは、笑顔で手を合わせて、
「怪盗、詐欺師、そして私の暗殺者と、みんな集まって東京で遊びましょ~う!」
「「ええええ!?」」
と、二人で驚いた後、次に両親が、「詐欺師!?」「暗殺者!?」と、料理の手を止めて振り返ってきたから、ソラは慌ててゲームの話だから! と弁明した。
――かくして、
ソラとレインの、2泊3日の東京旅行が始まる。
◇
――その日の夜、アイズフォーアイズにて
「みんな、おおきによぉ!」
怪盗の一味となったアウミこと淡海おしゃんは、急遽、ソロライブを行っていた。ゲリラにも関わらず集まった、1000人のオーディエンスの前で、笑顔で、明るく、パフォーマンスしていく。
あの日、ユニコが魅せた、完璧からはまだ遠い。
だけどその理想を目指し、越えていこうと脈動する姿は、どんどん成長し変わっていく姿は、
人々に、愛されるものだった。
「ほな次の歌は、うちの友達が好きだった曲!」
イントロが流れた瞬間、あの曲だ! と会場が盛り上がる。そしてアウミは、ユニコの顔を思い浮かべながら、
曲名を、叫んだ。
「遥か彼方のミレニアムスター!」