――翌日の昼、長浜某所の病院
今まで面会謝絶だった、最上階奥にある病室の患者が、客が来る事を告げたので、少し、病院は騒がしくなっていた。
必然的に、出迎えられた青海ウミは、看護師達に好奇の目で見られたけど、それも一時的な物。
最上階にエレベーターで降りれば、長い廊下には誰もいない。
――奥へと進む
……部屋の名札には、聞いていた通り、須浦ユニコの名前が無かった。
(ユニコちゃん、どういう風に、親御さんにここに入れられたんやろ)
思いはする、だけどそれを本人にはけして聞かないという、誓いを立てる。
そして、チャイムを鳴らしたら、
「――どうぞ」
かわいらしくはあるけれど、だけど、老いを感じさせる声がした。
ウミは扉を開く。
「わぁ、きた」
そこにいたのは、窓際のベッドの背の部分を起こして座っている、
「はじめましてだね、アウミ、じゃなかったウミちゃん」
89歳のおばあちゃんが居た。
年齢は90に差し掛かろうとする頃ではあるが、肌のつやはそこまで悪く無い。それでも、しわはあるし、しみもある。
小柄な上に、すこし背が丸まってて、民芸品の置物みたい。上品に笑みを浮かべる様子は、かわいらしいおばあちゃん、言った様子である。
アイドル衣裳でなく、白いパジャマ姿のユニコに、ウミはにこっと微笑んだ。
「アウミちゃんでええよ、ね、ユニコちゃん?」
「ちょっと大丈夫? おばあちゃん相手にフランクなの、無理してない?」
「無理くらいさせてよ、15歳の乙女心傷つけたないんよ」
「いや、その言い回しでもう十分傷付くよ~」
ユニコが笑えば、ウミも笑う。
本来、祖母と孫の関係である。だが、会話は完全に同世代のようだった。
「ああそうそう、忘れる前に」
そこでユニコは、自分の左耳に入ってる、ARVRデバイスを取って、
「はい、これ、セキュリティは解除してるから」
ウミに渡した。
「え、ちょっと、ええの?」
「いいのって、その中に私がアウミちゃんから奪ったなんやかんやが入ってるんだよ、……それと、久透リアとのやりとりとかも」
「あ……」
「怪盗さんや運営さん達に必要なんでしょ、ブラックパールも残ってるし」
「う、うん」
今回の件で、ウミは怪盗として、最高のお宝を手にした事になる。
しかし、このデバイスが無くなったら、ユニコはまた次のデバイスを買うのだろうか?
もしかしてこのまま、アイズフォーアイズを引退するのだろうか?
――そんな思いが顔に出たのを見計らうように
「コラボ、いつする?」
「え?」
「したいって言ってたじゃん」
「……あ、するする、もちろん!」
「あのね、新しいデバイスは頼んでるから、……でも今更私、戻ってバッシング受けないのかなぁ」
「あ、大丈夫、
「私がブラックパールで雷出したり、アウミちゃんケラノウス出した事は?」
「演出ってことなってるよぉ」
「……アイドルのファンって、ノリでなんでもOKにしてない?」
「そのノリを利用してたやろ、ユニコちゃんは」
線路のようにどこまでも続いていきそうな、明るい談笑、
そんな中で、
「ねぇ、アウミちゃん」
「ん?」
「私の歌、歌ってくれない?」
「……え?」
「……あれね、気の迷いで作ったんだよね」
アウミが一番好きな、ユニコの歌。
「昔ファンだったアイドルが結婚したの許せなかったんだ、祝福も出来なかった、でも同じ呪うなら、せめて
「そうやったの」
憎しみを言葉にして残してはならない――それは確かであるけれど、
もしも過去の辛い出来事を、創作物に出来るのなら、意味を持たせられるかもしれない。
そう思って――誰かに聞いて貰いたくて、歌った。
「だけど、結局、陳腐な歌になっちゃった、……一回歌ったら、嘘吐いてるみたいでいやになったの、でも」
「――本物は《真実》は
「……そうだよね」
例え偽りの祝福でも、
そう願えるようになりたいという気持ちが本物なら、
「嘘でも、歌っていいかもね」
そう、思った。
――ニセモノでもこの歌を好きになってくれた人がいる
「……ねぇ、アウミちゃん、ここで歌ってくれない?」
「え?」
「VRじゃないと難しい?」
「ううん、いけるいける! あ、でも、曲はうちのデバイスのデーターにあるけど、スピーカーこの部屋にないし」
「アカペラでいいよ」
「そう? ほな!」
ベッド以外は何も無い部屋で、ウミは、早速歌い始めた。
――かわいい衣裳も、ステキな舞台もないけれど
歌も、踊りも、全て、キレイで、ただ彼女がいるだけで、ここが特別な場所のような感覚。
ユニコは、思う。
(本当に、上手になったなぁ)
……そして、
(歌も、動きも、……あの頃に比べて)
当たり前の事に、
(……ああ、そっか)
気付いた。
(愛してるから、気付くんだ)
永遠が、無い理由は、
(愛してるから、変わっていくんだ)
ただそれだけ。
(そっか)
永遠に、正義を求めてはいけない理由。
(……そっか)
ユニコは、踊り歌うウミを見て、目を細めて、そして、
「……はい!」
歌が終わる、ウミ、ユニコに駆け寄る。
「どうやった! ユニコちゃん!」
だけど彼女は、目を細めたまま、
「――ごめんね」
と、言った。
「……え?」
……謝ったからって、必ずしも死ぬ訳じゃない。
だからこそユニコは、
それを伝えてから、
「ありがとう」
最後の言葉を、告げた。
笑顔を浮かべて。
……ウミは、最初はただ、物言わなくなったユニコをみつめるだけだったが、
その内、ぎゅっと抱きしめていた。
だけど腕の中で、とても軽い体を確かめた時には、
須浦ユニコは、89歳の生涯を閉じていた。