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4-10 STARDUST

 須浦ユニコの両親は、優しく、良き人間であり、

 一人娘のユニコには、いわゆる普通の幸せを望んだ。

 普通に育ち、普通の学び、普通に恋して、普通に家族を作る。

 ――生まれつき聡明な少女は、その”普通の幸せ”に納得がいかなかった

 平均的な暮らしが幸せになる根拠は? 結婚は必要条件なのか? 普通が特別に勝る理由は?

 幼い頃から”思想の違い”で、度々に両親と衝突した。両親は、ここまでちゃんと大人と話が出来る、ユニコの特別性に、怒りよりも、恐れを抱いた。

 ある日ユニコは、普通じゃない、特別な物を見た。

 それはアイドルだった――非日常の象徴、歌い踊る事で人々を魅了し、恋人を作らないと宣言する。ユニコにとって彼女は、自分の気持ちに添ってくれる、神様のような存在だった。

 だから、真似した、歌った、踊った。両親も、娘の”アイドルに憧れる年相応の様子”に、安堵したようだった。

 いつまでもずっと、歌って欲しい。

 ただ一人、孤独の極み、アイドル完璧であってほしい。

 ――ある日、アイドルは結婚した

 特別な存在唯一神が、一般人男性ごく普通の男の人と。

 ユニコは憤怒した、怒り狂った、正論ではけして解消できない、脳髄から沸き上がる衝動に喘ぎ叫んだ。両親はその尋常じゃなく怒る様に、動揺するばかりだった。

 怒り、悲しみ、呆然とし、アイドルというものに絶望した彼女が生きる為に選んだ希望は、

 自分自身が、理想のアイドルになる事だった。

 ――信念は彼女の成長を止める

 ……両親は、どうしてもユニコに普通の幸せを送って欲しかった。だから、無理矢理引退させて、入院させ、あらゆる活動記録を消した。

 だけど、ユニコは30歳になっても、15歳のままだった。普通の両親は、普通じゃない我が子を恐れ、とうとう逃げてしまった。

 ユニコに両親への怒りは無かった、寧ろ、申し訳なさがあった。後年、久透リアから幸せそうに暮らしているという報告を受けた時は、ほっとした程である。

 だけどそれでも、自分が愛したアイドルへの怒りはおさまらなかった。それが彼女を、15歳のままにいさせた。

 ……しかし2060年、

 自分が好きだった、アイドルが死んだ。

 次の日に彼女は、15歳の容姿でなく、60歳の姿になっていた。心だけは15歳のままであったけど、それはそれとして、受け入れていた。

 怒る相手がいなくなってしまった彼女は、ただ、惰性のままに命を長らえさせていた。

 だけど2年前、

 自分と同じ生まれで、自分に良く似ている、Vtuberというアイドルを見つけた。

 ――淡海おしゃんとの出会いは

 それは二度目のはずなのに、まるで初恋のようにユニコの心を満たして、そして、

 2089年の彼女に、怒りと、そして、戸惑いを、

 ――喜びを与えている







 ――観客達がいなくなった海底コンサートホール

 呼びだした大きな橋デッカブリッジも崩れ落て、瓦礫塗れになった客席は、黒い雷が飛び交い続けて、そんな中、


ユグドラシルソング世界樹建立!」


 オーシャンは巨大な樹木没データーを歌い呼びだし、それを、


クラマフランマバースト叫ぶ炎!」


 ブレイズがぶった切る――炎上したその木を、


「「せーのっ!」」


 技名も何も無く、スカイとキューティが蹴り押した。燃える木が黒雷に包まれたユニコへ倒れていく。

 ――これで倒したとは思ってもいない


「オーシャン、いけそう!?」


 スカイがそう叫べば、


「もうちょっとよぉ! 届きそう!」


 オーシャンが答える――彼女が踊り歌い呼びだそうとしているのは、この勝負の最終兵器。スカイ達の奮戦は全て、そのための時間稼ぎである。


「――ふざけないでよ」


 ――それをユニコも解っているから


「今更、何を呼びだした所で!」


 己を下敷きにした燃える大木を、


「私の怒りは、おさまらないもん!」


 黒い雷で、引き裂いてみせた。


「ええ、マジ!? 強すぎない!?」

「まさかここまでのパワーとは」

「怒り狂う神の雷……」


 ユニコのさまに、スカイは”何か”を想起する。

 そんな中で、


「あは、あははは!」


 笑いながら、アイドルとしては余りにも凶悪な笑みを見せながら、


「年をとったら、なんで怒りっぽくなると思う?」


 ユニコがあからさまに、


「――生きる為だよ」


 時間稼ぎ場つなぎのトークをはじめた。


「現実が楽しくないからって、黙ってたら死んじゃうから、怒らないと、楽しくないから! だから!」

「――叩いてもいい存在を探してるというのか?」


 レインの言葉に、ユニコは目を剝いて笑った。


「恋するアイドルなんて、許せない! 正しくない!」

「そんなのただの好き嫌いじゃねぇか!」

「そうだよ!」


 好きを正義に、嫌いを悪に、


「私は私の正義好きをあきらめない! 男と――ううん、誰かと友達になる淡海おしゃんアイドルを許さない!」


 譲れない物黒い信念があるのなら、


「生きる為に私は!」


 ――正義だって利用道具にする


「貴方を怒る殺すよ!」


 ただただ、周囲に撒き散らしていた黒い雷を今、ユニコは、

 ――ブラックパールを中心に一点に集め

 放った。


インドラの闇再生無き壊劫!」


 雷は極太の矢に――黒き光線になって、

 踊り歌うオーシャンを焼き尽くす。

 ――それを防いだのは


「がぁっ!」

「えっ!?」


 スカイゴールドの、テクニックでもなく、グリッチでもない、ただただオーシャンの前に出て、両手を広げてかばうという、怪盗としてのスマートさの欠片も無い行動。

 それでも――少しでも体幹がずれれば、後ろのオーシャンへ熱が飛ぶから、


「くう、ううっ」


 目を開き、ユニコを見据え、


「ああぁぁぁぁぁぁ!」


 ただ獰猛に唸ってみせる、だけど、それは、

 怒りよりも遠い感情で、


「スカイ、助太刀する!」

「俺もぉ!」


 ――キューティもブレイズも壁に加わる

 三人が雷に撃たれる様子、やってる事は珍しくはない。寧ろ今この状況で、身を呈して仲間切り札を守るのは、ごく自然な行動ではある、

 だけど、


「なんなの、なんで、なんで!」


 ユニコにとっては、それは、


「なんでアイドルに、友達馴れ合いがいるの!」


 理解不能の事で――黒い雷が尽きると同時に、三人は同時に前のめりに倒れて、そして、


「おおきに、皆」


 最後の曲が、


ラストソング約束の場所


 歌われる。

 ――ユニコとオーシャンを残して全てが消えた

 ユニコは、思う。


(何が呼ばれても、私は怒りを忘れない)


 ドラゴンだろうが、悪魔だろうが、戦艦だろうが、


(この胸の、黒い真珠を奪われても)


 コキュートスだろうが、火焔山だろうが、ラグナロクだろうが、


(私は、あなたに)


 何を歌い呼ばれても、ユニコは、


(怒り続ける)


 謝るつもりは、けして無かった。




 だけど二人が、降り立ったのは、


「――え」


 小さな、小さなライブハウス。

 ――アイズフォーアイズで、アウミが初めて歌った場所

 たった一人のお客さん、

 うに子が、訪れた場所だった。




「――もうこの場所、いけへんようなったから」


 オーシャン、いや、アウミ、


「見つけ呼びだすの苦労したんよ、データーそのものは残ってて良かった」

「ア、アウミちゃん」

「ユニコちゃん」


 舞台の上から、客席のユニコに、話しかける。


「本当にあの日、下手くそな私の歌、聞きに来てくれてありがとう」

「――あ」

「ユニコちゃんおらへんかったら、うち、きっと、歌を歌うのやめてた」

「……アウミちゃん」

「――ここは私の完璧じゃないし、ユニコちゃんの完璧やない」


 アウミは、祈るように告げる。


「だから、もっともっと、一緒に歩きたい」


 ……その後に、

 沈黙が訪れる。

 心地良い静寂を満たすのは、

 二人の和解――


「――こんな事で」


 じゃなかった。


「こんなもの演出で!」


 “昔”懐かしい思い出の場所で、”今”の心が癒やされる程、人の心は簡単じゃない。寧ろそんなかつてこそが、今の苦しみを際立たせる。

 ただ、さっきと違う事としては、


「アウミちゃんを許せないし、私の怒りはおさまらないよ!」


 暴力ではない。

 ただひたすらに、言葉をぶつけるだけになった。ただ、臓腑をナイフで抉られるように、言葉もしっかりと心に突き刺さる、人を死に至らしめる凶器には変わらない。

 だけど言葉には、


「――だからうちらは歌うんでしょ?」」


 言葉を返す。


「……歌う、って」

「あの、ユニコちゃんの歌って、その為に歌ったんやろ?」

「――それは」


 ――あの歌は失恋の歌

 自分が好きだったアイドルへのおさまらぬ感情を、

 ユニコが自ら、歌詞を書いた歌。


「どうしようもあらへん怒りを、悲しみを、言葉にするだけやと呪いになるから」


 せめて、何かの力になるように願いを込めて、


「アイドルは、失恋も、笑顔で歌う」


 それはきっと、孤独の為じゃなく、


「誰かに届くように」

「――誰かに」


 その言葉に、孤独を極めようとしていたユニコは、今更にはっとした。

 ――本当に一人でいいのなら、そもそも舞台の上で歌っていない

 たった一度だけとはいえ歌ったのは、

 自分の怒りを、気持ちを、悲しみを、

 知って欲しかったから。


「……あの、歌は」

「うちを殺すんやったら、怒りで殺さんといて」


 アウミは、笑って、


「ユニコちゃんの歌で殺して、でも」


 言った。


「うちを殺す前に、友達になろう?」


 ……もしも2015年迄に、ユニコに、アウミのような友達がいたら、

 アイドルが結婚した事を嘆く気持ちを、受け止める誰かがいてくれたなら、


(そんなの、妄想だ)


 そう、居なかったらこその今なのだ、この有様なのだ。


(ああ、だけど)


 もう一つ、確かな事実はあって、


(あの歌を、あの時の私の気持ちを、アウミちゃんは)


 2089年の今になってあの歌は、


(――聞いてくれた)


 届いたのだ。

 目の前の、少女に。


「……ううっ」


 この怒りと、


「あぁぁぁっ……!」


 ――悲しみを

 一度声をあげた後、仮想の世界で、須浦ユニコはひたすらに泣いた。

 あの時、自分の中から沸き上がった、理不尽としか言いようが無い怒りを――けしてアイドル本人へぶつける訳にはいかなかった衝動を、

 涙にして、嗚咽にして、己がアイドルである事も忘れ、みっともなく晒した。

 それでも、滂沱で顔が歪む様子を、

 アウミは穏やかに、どこか、嬉しそうにみつめている。

 ……やがて、泣き声はやんだ。

 だけどその静寂に、怒りは満ちない。

 ……笑えてしまくらいの穏やかさが、二人の間に、訪れている。


「――私、15歳の女の子だけど」


 ユニコ、


「リアルは、89歳のおばあちゃんなんだよ?」

「かまへんよぉ、ていうか、寧ろ凄い!」


 無邪気に、アウミ、


「89歳になっても、かわいいアイドルなれて、ほんに尊敬する、かっこいい!」

「そっか、そうかな」

「うん!」

「……そっか」


 ユニコはそこで、

 笑った。


「……ねぇ、明日の昼って、私の所に来れる?」

「え?」

「長浜市にある病院」


 ……その言葉は、


「……学校あるけど、親と先生に言うて、休ませてもらう」

「ありがとう」


 とても優しい声色で、ファン達にかけるような、演技なんて何もない、

 どこまでも純粋な、


「それじゃあ、また明日」


 友達にかける言葉だった。


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