――時遡り木曜日
灰戸ライドから受け取ったデーターを展開してみれば、そこにあったのは、須浦ユニコに関するあらゆる音楽的な記録であった。
5年間の間に出された、様々な曲は勿論の事、テレビやWeTubeなどのライブ映像、公式から非公式まで網羅されていた。
送付のメッセージ曰く、2020年の引退の際、多くの彼女の情報や映像は潰されたらしい。
ここまで集められたのは、奇跡に近いと。
……その中で、
一つの曲の、映像があった。
それはシングルにもなってない、少女の失恋がテーマの曲。
バラードでは無くポップソング、呆然、悲しみ、そして怒り、そしてそこからの感謝へとの至りを、タペストリーのように織り上げた歌。
他の曲と違って――ファンの為でなく、自分の為に歌うようなその曲が、ディスコグラフィーにも記録されていないその歌が、
青海ウミに、怪盗になる覚悟を決めさせた。
◇
「な、なんだこの曲」
「聞いた事無い」
「検索しても出てこないぞ」
会場のオーディエンスの反応は、最初こそ戸惑いであったが、
「でも、いい曲」
「歌詞、ちょっとせつないけど」
「凄い、元気が出る!」
はっきり言えば、失恋からの再起というありきたりなテーマ。だけどそれを楽しく歌い上げる様子は、人々の心をどんどん暖かくしていく。
だけど、
「――やめてよ」
拡声機を通さない声で、
「やめてよ!」
アウミに、オーシャン達にだけ聞こえるように、
「その歌はもう捨てたの! やめて、やめてって!」
ここでとうとう笑みを消したユニコは、笑顔で踊り歌うオーシャンに向かって、
「言ってるでしょぉ!」
鋭く、山なりでなく平行に、ファントムステップ並みの速度でステージからステージへ向かい、
その顔面を殴りつけようとした、それを、
――ブレイズが顔面ブロックをして
「あっ」
「やれぇ!」
ブレイズのニヤリ笑いに合わせて、スカイとキューティが、思いっきり蹴り飛ばした――ステージから落ちかけたユニコだが、ギリギリで踏ん張り、そのまま、三対一の乱戦に突入する。
「え、ば、バトルはじめた!?」
「三人相手であの身のこなし!?」
「おしゃんちゃん凄い!」
一見、スカイ達を圧倒しているように見えるが、実際は違う。ユニコには明確な殺意があるけど、怪盗達は手加減をしてるだけである。
なんとか彼女を、落ち着かせたくて。
「なんでよりにもよって、この歌を! 私への、嫌がらせ!?」
そう、せつなく叫ぶユニコに、
スカイは言った。
「――オーシャンがこの歌を好きだからだ!」
「!」
その言葉に心が弛んで、隙が出来る。スカイはユニコを、踊るオーシャンの前に導くように、蹴り飛ばした。
「ああ!?」
ずざり、とステージに這いつくばるユニコ、そしてその目で、
自分の歌を歌う、オーシャンを見る。
「あ……」
楽しそうに、歌っていた。
うまいとか下手とか、そんなの関係無くて、
……己が一度きりしか歌わなかった歌を、
オーシャンは、歌い切る。
……拍手は起こらず、ざわつきがさざ波のように広がる。
「――ユニコちゃん」
オーシャンは、声をかけた。
「ユニコちゃんの曲、どれも好き、全部好き、せやけど、この歌が一番好き」
その理由は、
「誰かの為だけやなくて、自分の為にも歌ってる気がしたから」
単純な、好み。
「歌詞って――ユニコちゃんが書いたりしてる?」
「……それは」
「あ、ご、ごめん、プライベートな事やもんね、聞かんとくよ」
「アウミちゃん」
「……ユニコちゃんの淡海おしゃん、凄かった、本当に、憧れが目の前にあって楽しかった、けど」
それでもオーシャンの、青海ウミの願いは、
「うちが欲しいのは、完璧な自分やなくて、一緒に歌を、歌える友達」
ユニコと供に、
「ユニコちゃんには、ユニコちゃんになって欲しい」
……その願いを聞いて、ユニコは、
笑みを浮かべ、そして、
「――いやだ」
必死にその顔を、無理矢理、怒りに歪めた。そして、
――胸のブラックパールの力を、強制的に発動させ
偶像は今、
バチリバチリと、放電の石火を放つユニコ。
「え、な、なに!?」
「おしゃんちゃん、黒くなっていって」
「いや、なんか海も黒くなってんですけどぉ!?」
ドーム外、あれほど青く透き通った海が、あっというまに
「いやだ、いやだ、いやだ!」
彼女はついさっき、アウミに謝ろうとした。
――ごめんなさいと
だけど、彼女は、
こう言った。
「謝ったら、私は死ぬ!」
冗談みたいな言葉に見えて、それは、彼女にとっての真実。
「いやだ、今更、謝れないよ! 謝ったら死ぬ、偶像ですらいられなくなる!」
自分の胸をかきむしりながら、周囲に真っ黒な電光を撒き散らして、そしてそれは、
「――怒れ」
黒雲となり、そして、
「怒れ、怒れ怒れ怒れ、私よ怒れ!」
――黒い雷が
稲妻の嵐が、黒い意志が、彼女の憤怒の閃光が、
「怒り続ける事だけが、私の人生の意味なんだから!」
会場と、怪盗達と、そして、
オーシャンへ目がけて落ちていく。
そんな状況で、彼女は、
歌った。
「
オーシャンがそのフレーズを放ち、右手を突き出す振り付けを決めたその瞬間、
何も無い空間から、電気を纏った杖が現れ、
それが避雷針となって、黒い雷を全て吸収した。
「――え」
まず、ユニコが驚き、そして、
「「「えええええ!?」」」
観客達が驚く、しかし、スカイ達は微動だにしない。
――あらかじめオーシャンのグリッチを把握していたからである
「ちょ、ちょっとなんだあの槍!?」
「なんか見た事あるような」
「ああ、資料集のってた、没武器だよ!」
――データー呼び出しグリッチ
特定の操作を行う事で、ゲームのデーターを、アイテム、モンスター、場所、フラグなどを選ばず呼び出すバグ技である。またゲームのメモリには、作ったはいいけれどなんやかんやあって実装を見送りつつも、下手に消すとゲーム全体に影響があると、放置されているデーターが多く眠っている。
オーシャンのグリッチはそれらを含め、ゲーム内のデーターを歌で呼び出す一種の召喚技である。
強力無比な技である分、
「う、くぅ……!」
「大丈夫か、オーシャン!」
レインの無限増殖バグよりも工程は複雑で、
『逃げろ、お前達!』
全体チャットで、観客達に呼びかける。困惑する者達に、
『なんか訳わかんねーけど、バグってるっぽい! 巻き込まれたら、
『頼む、我達を戦いやすくさせてくれ!』
ブレイズが
その言葉に、慌てて逃げ出す者、ログアウトしていく者、1万人の会場が空になっていく。そんな中で再びユニコが雷を放つ――多くはケラノウスが吸収したが、その内のいくつかが、スカイ達に襲いかかる。
雷は躱せたが――その衝撃は自分達の足場であるステージを砕いてしまって、だが、
「
すぐさま足元に、巨大な橋を歌い呼びだした。着地したスカイは、すぐさまユニコの方へ飛ぶ。
「スティール!」
短期決着――一直線に、胸元に食い込むブラックパールへ手を伸ばしたが、
「――アイドルに」
怒りに満ちた声と供に、
「手を出すなぁ!」
単純、思いっきり、殴り返された――腕でそれをガードしながら、後退する。
観客達の避難が進む中、ユニコは、ますます怒りに身を溺れさせていく。
……笑いと怒りでは、前者の方が心身に良いというのは当然だ。ただ、怒りと無気力を比べれば、感情を発露している分、短気の方が命は長く続くらしい。
気持ちを抑え込むよりかは、ストレスをぶちまけた方が確かにいいだろう。怒りは生きる為に必要な快楽、捨てる事は難しい。だが、
「あかんよ、ユニコちゃん」
オーシャンは、
「そのままやと、死んでまうよ、だって怒ったら」
望む。
「みんな離れて、ひとりぼっちになってしまうよ」
――それがどれだけ独りよがりな望みでも
「一緒に、笑って、歌おう」
「うううぅ……」
15歳の心を持つ、89歳の体を持つ彼女は、
「あぁぁぁぁ!」
――今更遅いと思いながら、癇癪と供に雷を撒き散らす
だけど、ユニコは心の奥底では気付いている。
出会いに、早い遅いなんて無い事を、
だって二年前、怒りも消え、無気力に陥った自分を救ったのが、
淡海おしゃんとの、出会いだったのだから。