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4-9 謝ったら死ぬ病

 ――時遡り木曜日

 灰戸ライドから受け取ったデーターを展開してみれば、そこにあったのは、須浦ユニコに関するあらゆる音楽的な記録であった。

 5年間の間に出された、様々な曲は勿論の事、テレビやWeTubeなどのライブ映像、公式から非公式まで網羅されていた。

 送付のメッセージ曰く、2020年の引退の際、多くの彼女の情報や映像は潰されたらしい。

 ここまで集められたのは、奇跡に近いと。

 ……その中で、

 一つの曲の、映像があった。

 それはシングルにもなってない、少女の失恋がテーマの曲。

 バラードでは無くポップソング、呆然、悲しみ、そして怒り、そしてそこからの感謝へとの至りを、タペストリーのように織り上げた歌。

 他の曲と違って――ファンの為でなく、自分の為に歌うようなその曲が、ディスコグラフィーにも記録されていないその歌が、

 青海ウミに、怪盗になる覚悟を決めさせた。







「な、なんだこの曲」

「聞いた事無い」

「検索しても出てこないぞ」


 会場のオーディエンスの反応は、最初こそ戸惑いであったが、


「でも、いい曲」

「歌詞、ちょっとせつないけど」

「凄い、元気が出る!」


 はっきり言えば、失恋からの再起というありきたりなテーマ。だけどそれを楽しく歌い上げる様子は、人々の心をどんどん暖かくしていく。

 だけど、


「――やめてよ」


 拡声機を通さない声で、


「やめてよ!」


 アウミに、オーシャン達にだけ聞こえるように、


「その歌はもう捨てたの! やめて、やめてって!」


 ここでとうとう笑みを消したユニコは、笑顔で踊り歌うオーシャンに向かって、


「言ってるでしょぉ!」


 鋭く、山なりでなく平行に、ファントムステップ並みの速度でステージからステージへ向かい、

 その顔面を殴りつけようとした、それを、

 ――ブレイズが顔面ブロックをして


「あっ」

「やれぇ!」


 ブレイズのニヤリ笑いに合わせて、スカイとキューティが、思いっきり蹴り飛ばした――ステージから落ちかけたユニコだが、ギリギリで踏ん張り、そのまま、三対一の乱戦に突入する。


「え、ば、バトルはじめた!?」

「三人相手であの身のこなし!?」

「おしゃんちゃん凄い!」


 一見、スカイ達を圧倒しているように見えるが、実際は違う。ユニコには明確な殺意があるけど、怪盗達は手加減をしてるだけである。

 なんとか彼女を、落ち着かせたくて。


「なんでよりにもよって、この歌を! 私への、嫌がらせ!?」


 そう、せつなく叫ぶユニコに、

 スカイは言った。


「――オーシャンがこの歌を好きだからだ!」

「!」


 その言葉に心が弛んで、隙が出来る。スカイはユニコを、踊るオーシャンの前に導くように、蹴り飛ばした。


「ああ!?」


 ずざり、とステージに這いつくばるユニコ、そしてその目で、

 自分の歌を歌う、オーシャンを見る。


「あ……」


 楽しそうに、歌っていた。

 うまいとか下手とか、そんなの関係無くて、

 ……己が一度きりしか歌わなかった歌を、

 オーシャンは、歌い切る。

 ……拍手は起こらず、ざわつきがさざ波のように広がる。

 何やら二人だけの話フレンドチャットをしている様子を、ただただ、眺められる中で、


「――ユニコちゃん」


 オーシャンは、声をかけた。


「ユニコちゃんの曲、どれも好き、全部好き、せやけど、この歌が一番好き」


 その理由は、


「誰かの為だけやなくて、自分の為にも歌ってる気がしたから」


 単純な、好み。


「歌詞って――ユニコちゃんが書いたりしてる?」

「……それは」

「あ、ご、ごめん、プライベートな事やもんね、聞かんとくよ」

「アウミちゃん」

「……ユニコちゃんの淡海おしゃん、凄かった、本当に、憧れが目の前にあって楽しかった、けど」


 それでもオーシャンの、青海ウミの願いは、


「うちが欲しいのは、完璧な自分やなくて、一緒に歌を、歌える友達」


 ユニコと供に、


「ユニコちゃんには、ユニコちゃんになって欲しい」


 供に生きる未来コラボ

 ……その願いを聞いて、ユニコは、

 笑みを浮かべ、そして、




「――いやだ」


 必死にその顔を、無理矢理、怒りに歪めた。そして、

 ――胸のブラックパールの力を、強制的に発動させ

 偶像は今、

 イカズチを纏う。



 バチリバチリと、放電の石火を放つユニコ。


「え、な、なに!?」

「おしゃんちゃん、黒くなっていって」

「いや、なんか海も黒くなってんですけどぉ!?」


 ドーム外、あれほど青く透き通った海が、あっというまに漆黒に呑まれるまるで深海。それと同時に、ユニコの衣裳も黒く染まり、悪魔のような形に変わっていく。


「いやだ、いやだ、いやだ!」


 彼女はついさっき、アウミに謝ろうとした。

 ――ごめんなさいと

 だけど、彼女は、

 こう言った。


「謝ったら、私は死ぬ!」


 冗談みたいな言葉に見えて、それは、彼女にとっての真実。


「いやだ、今更、謝れないよ! 謝ったら死ぬ、偶像ですらいられなくなる!」


 自分の胸をかきむしりながら、周囲に真っ黒な電光を撒き散らして、そしてそれは、


「――怒れ」


 黒雲となり、そして、


「怒れ、怒れ怒れ怒れ、私よ怒れ!」


 ――黒い雷が

 稲妻の嵐が、黒い意志が、彼女の憤怒の閃光が、


「怒り続ける事だけが、私の人生の意味なんだから!」


 会場と、怪盗達と、そして、

 オーシャンへ目がけて落ちていく。

 そんな状況で、彼女は、

 歌った。




ケラノウスソング雷が集まる丘で!」


 オーシャンがそのフレーズを放ち、右手を突き出す振り付けを決めたその瞬間、

 何も無い空間から、電気を纏った杖が現れ、

 それが避雷針となって、黒い雷を全て吸収した。




「――え」


 まず、ユニコが驚き、そして、


「「「えええええ!?」」」


 観客達が驚く、しかし、スカイ達は微動だにしない。

 ――あらかじめオーシャンのグリッチを把握していたからである


「ちょ、ちょっとなんだあの槍!?」

「なんか見た事あるような」

「ああ、資料集のってた、没武器だよ!」


 ――データー呼び出しグリッチ

 特定の操作を行う事で、ゲームのデーターを、アイテム、モンスター、場所、フラグなどを選ばず呼び出すバグ技である。またゲームのメモリには、作ったはいいけれどなんやかんやあって実装を見送りつつも、下手に消すとゲーム全体に影響があると、放置されているデーターが多く眠っている。

 オーシャンのグリッチはそれらを含め、ゲーム内のデーターを歌で呼び出す一種の召喚技である。

 強力無比な技である分、


「う、くぅ……!」

「大丈夫か、オーシャン!」


 レインの無限増殖バグよりも工程は複雑で、本人への負荷脳疲労が高い。レイン、オーシャンの心配をしつつも、呼びだされたチート武器を増やして増殖バグ、そこら中にばらまいた。そして、


『逃げろ、お前達!』


 全体チャットで、観客達に呼びかける。困惑する者達に、


『なんか訳わかんねーけど、バグってるっぽい! 巻き込まれたら、HP0になる倒れるだけじゃすまねぇかも!』

『頼む、我達を戦いやすくさせてくれ!』


 ブレイズがテケトー嘘のような本当のようなな事を言って、スカイが真摯に願った。

 その言葉に、慌てて逃げ出す者、ログアウトしていく者、1万人の会場が空になっていく。そんな中で再びユニコが雷を放つ――多くはケラノウスが吸収したが、その内のいくつかが、スカイ達に襲いかかる。

 雷は躱せたが――その衝撃は自分達の足場であるステージを砕いてしまって、だが、


デッカブリッジソング名曲の橋!」


 すぐさま足元に、巨大な橋を歌い呼びだした。着地したスカイは、すぐさまユニコの方へ飛ぶ。


「スティール!」


 短期決着――一直線に、胸元に食い込むブラックパールへ手を伸ばしたが、


「――アイドルに」


 怒りに満ちた声と供に、


「手を出すなぁ!」


 単純、思いっきり、殴り返された――腕でそれをガードしながら、後退する。

 観客達の避難が進む中、ユニコは、ますます怒りに身を溺れさせていく。

 ……笑いと怒りでは、前者の方が心身に良いというのは当然だ。ただ、怒りと無気力を比べれば、感情を発露している分、短気の方が命は長く続くらしい。

 気持ちを抑え込むよりかは、ストレスをぶちまけた方が確かにいいだろう。怒りは生きる為に必要な快楽、捨てる事は難しい。だが、


「あかんよ、ユニコちゃん」


 オーシャンは、


「そのままやと、死んでまうよ、だって怒ったら」


 望む。


「みんな離れて、ひとりぼっちになってしまうよ」


 ――それがどれだけ独りよがりな望みでも


「一緒に、笑って、歌おう」

「うううぅ……」


 15歳の心を持つ、89歳の体を持つ彼女は、


「あぁぁぁぁ!」


 ――今更遅いと思いながら、癇癪と供に雷を撒き散らす

 だけど、ユニコは心の奥底では気付いている。

 出会いに、早い遅いなんて無い事を、

 だって二年前、怒りも消え、無気力に陥った自分を救ったのが、

 淡海おしゃんとの、出会いだったのだから。


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