――それはとある日の夏の事
「貴方は誰?」
病院の最上階、真っ白な病室にて、
ベッドに座る須浦ユニコの前に、その子は突然に現れた。
「――久透リア」
色素が薄い肌、ガラスのように光を透かす長い髪、衣服は白いが、まるでそこにあってないかのような色合いで、
アイドルという、存在感を売りにする者にとって、目の前の者はどこまでも浮き世離れしていた。だが、
リアの目からすれば、ユニコこそ、人外の領域である。
「精神が、年齢に、与える影響」
――デビュー後、己を永遠の15歳と定義した彼女は
「実際に、お前は、成長が止まって、いる」
あの日から遥か時が過ぎていても、背丈はあの時と全く同じで、見た目もそう変わらない。
実際世界には、精神的なトラウマにより、肉体が成長を拒否する例が、幾らかは存在する。
……とはいえだ、
「それにも、限度はある、何時かお前の、魔法もとける」
久透リアの見立てでは、幾らかの存在の実例でそうであるように、何かを切っ掛けに、年相応に老いると予測する。
だけど、そうなったとて、
「何を言ってるのかなぁ?」
彼女はけして、構わない。
「ユニコは、ずっと15歳だよ?」
ただその一念だけが――彼女とその他を分ける部分であった。それは狂ったというよりかは、明確に彼女が掲げようと決めた、意志に他ならなかった。
ただその一点以外は、彼女の思考はまともであり、日常をきちりと過ごせる力があり、
――だが逆にそれだけが異常だからこそ
彼女は相変わらず、この病室の住人である。
「――お前の、研究、させて、欲しい」
久透リアは、申し出た。
「君が一番、良く解ってる、君がアイドル時代、稼いだ、資産だけでは、もう、ここにはいられない」
「そうなんだよね、正直、自殺しようかなって思ってた」
須浦ユニコは夢の世界の住人ではない、生きる為の取引が出来るなら、それを受け入れる。
「私の、何を調べるの?」
「――心を」
どこまでも平坦に、感情薄く喋る存在は、
「心を、知りたい、体を、そこまで繋ぎ止めた、感情というものを」
それをとても、知りたがっていて、
「人を、救う為に」
「――いいよ」
そうそれが、全ての始まり。
――仮想上とはいえ、人の欲望を力に変える、
それは暑く、そして熱い、
2035年の夏の日だった。
◇
――2089年7月3日日曜日
デビューから僅か一週間で、怪盗スカイゴールドとの絡みを含め、一躍、時の人となった。
幻のアイドル、須浦ユニコ本人が作り出したこの
『みんなぁ! 今日はありがとぉ!』
――海の中に作られたアクアリウムホール
『ほな一曲目いくね、オリジナル曲、ノーザンウィンド!』
1万人の観衆を、その歌で、
虜にする。
100メートルの海の底でありながら、ガラスの向こうはどこまでも透明度が高く。
カラフルな魚達が泳ぐ光景を、全天のドームに背景にしながら、
――空中に浮かぶ円形のステージの上で
激しく歌う、激しく踊る。
周囲には幾つもの巨大モニターが浮かび、ユニコの一挙手一投足を映し抜く。
人々はそのパフォーマンスに、
夢の舞台で、夢を見る。
――そしてそれは
「やっぱ凄いなぁ」
客席の、アウミの心を、
「ユニコちゃん」
ときめかせていた。
「いやいやいや!」
すかさず――一応の変装をしたアリクが、つっこみをいれる。
「ときめいちゃダメだろ! お前の存在を、まるごと奪った奴なんだから!」
「ああごめん、せやけど、やっぱほんま凄いなぁて」
「――それだけお前の事を、
レイン、
「今だけじゃなく、その
「……うん」
よく見ていたからこそ、ファンであってくれたからこそ、一週間前、ウタウクマとのコラボ曲を、歌う事まで予想したのだろう。
ただし目的は、”彼の為”と”彼と決別する為”で、大分違うのだが。
――須浦ユニコが、淡海おしゃんを好きだったのは間違い無い
だからこそ、
「こんなんあかん」
けして、彼女の行為を肯定してはならない。
なんの同意も無く、アカウントと淡海おしゃんの存在を盗み、”うまい方が正義”と公然と歌い上げる。
……青海ウミは一時、それを認めそうになっていた。だが、
「ユニコちゃんは、ユニコちゃんよ」
――ジキル経由で灰戸から渡されたデーターが
そんな当たり前の事に、気付かせてくれた。
「よし、そろそろ時間だ、私にしがみつけ」
「あいよぉ、……俺も【特性共有】ですり抜けグリッチ使えたらなぁ」
「使えたとて、一瞬だがな、それでもなぜ私だけが出来るか解らないが」
「ソラとラブラブならへんとあかんのちゃう」
「も、もうすぐ私をからかう、悪い子だぞアウミ……」
本当そういうの良く無いと、レインが顔を赤くした時――ちょうど一曲目が終わった。
『おおきによぉ! ほな、次の曲に行こかぁ!』
そう、ユニコが叫んだ瞬間、
――モニターにノイズが走り、消えた
「え、これって!」
「まさか!」
――先日、予告状が現れた時と同じ演出
しかし画面に現れたのは、
“アカウント乗っ取り”という、
観客達の熱を、一度冷ますのに、十分な字面だった。
「え?」
「へ!?」
「どういう事!?」
淡海おしゃんの疑惑――当然、話題になってない訳がない。だけどどこまでが
だけどユニコは、
まるで台本通りのように、
『えぇ!? うちが、淡海おしゃんの体を奪ったん!? でもぉ!』
悪になる事を楽しむように、
『この
前方へ、言い放つ。
『せやろ、怪盗さん!』
――
ユニコが立つステージの前に、もう一つのステージが浮かび、
そこに彼が舞い降りる
淡く光を放つマスクを被り、
全身をその優しい
『――我が名は怪盗スカイゴールド』
拡声機に声をのせて、
『罪には罪を!』
そして、笑う。
『世界奪還の時来たり!』
スカイゴールドが降臨したあと直ぐに、客席から飛んできた、三つの影が後ろへ降りた。
『シルバーキューティ!』
『ブレイズレッド!』
二人が名乗るのに続いて、アウミが、
『ブルーオーシャン!』
そう
「え、あの子も怪盗になんの!?」
「ちょっと待って理解が追いつかない!」
「と、とりあえずSAWAGE!」
わぁ! っと、再び盛り上がる観客達、そんな中でキューティが、声が”全体”では無く”怪盗とユニコ”だけに聞こえる状態になってるのを確認して、
「犯罪が完全にショー扱いだな」
そう、キューティが呟けば、
「劇場型犯罪は、怪盗の専売特許にしたいけどね」
「劇場の意味がちげー気がするけどな」
男連中がそう言った後、アウミが、
「ユニコちゃん」
ルール確認、
「PVPの勝利条件は、うちかユニコちゃん、どちらかが負けたか、……で、ええんやね?」
「ほうよ、シンプルやろ?」
「シンプルだが、負けの定義が少し曖昧な気がするよ」
シソラの当然の問いかけに、ユニコは、
「――アイドルの負けなんて、決まってるやろ」
マイクを握り、
「人気が無くなる事」
歌い出す。
――会場にBGMが流れはじめる
「うおお!」
「この曲は!」
歌う事が好きなアウミ、自作も含め、10に届く数のオリジナル曲を持つ、
『今から、うちらが歌うから、皆は!』
ユニコが、言い放つ。
『偽物と思う方を攻撃して!』
――アウミとユニコが、ワンフレーズ目を歌った瞬間
多くのプレイヤー達が、怪盗達のステージへ、武器を構えて殺到した。