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4-6 悪の一線

 水曜日――色欲の楽園、LustEden。

 本日もキャストとゲストに溢れる中で、奥のバースペースにて、シソラとレイン、そして、


「――厄介な事になってるわね」


 この店の主人、マドランナが座っていた。

 頭がスズランランプ異形頭の物言わぬマスターが作った仮想のカクテルが、それぞれの手元にある状態。ある程度のあらましを聞いたマドランナはマンハッタンを煽った後、ふぅ、と蒼い炎混じりのため息を吐く。


「アカウント売買の詐欺があった事を運営に報告し、今までのPTメンの証言を証拠にして、アカウントを取り戻させる」

「ああ、それがまともな、当然取るべき処置だ、だが」


 マドランナ、レインに続けて、シソラが、


「それじゃアウミは、淡海おしゃんを取り戻せない」


 そう言った。

 ユニコがやった事は、明確な罪であり、全てをつまびらかにすれば、彼女は罪人として裁かれる。

 だが、淡海おしゃんとしての完成形をみせたユニコを、ただこのVRMMOから追い出すだけでは、


「アウミは一生、心に、もやもやを抱えるだろうね」


 そこまで計算して行動してるなら、ユニコに人の心は無い。

 笑顔も涙も全て客を魅せる騙す為、まるで偶像神様のような存在。

 ……この世界ゲームから追い出された後でも、私が本物とばかり、ファン信者の前で、おしゃんの姿で歌うかもしれない。


「どちらにしろ、須浦ユニコはブラックパールの所持者であり、何より、久透リアの手がかりになるもの」

「対決は避けられない訳ね」

「ああ、我もそのつもりだ――だけど」


 肝心のアウミが、戦意を喪失してしまっている。


「アウミがアカウントを奪い返す意志がないなら、我達も動けないよ」

「ログインも、してないのよね」

「今はリアルで一人でいたい、という事だ」


 日曜日のライブは迫っている。

 それでも、怪盗達は動けない。

 そもそも、ユニコとアウミの問題に、悪党が出来る事なんてないかもしれない。

 ……それでもだ。


「……アウミはね、ウタウクマさんとのデュエット曲を、クマさんの為に歌おうとした」


 単純にシソラは、


「だけどユニコは――デュエット曲も一人でいい、男なんて要らないって、歌ってた」


 それが、


「嫌だ」


 淡海おしゃんの魂が、ユニコである事を認められない理由。

 その意見に


「言ってる事、厄介オタクじゃん」

「え?」

理想好みの押し付けって言ってんの、まぁ、本人に言わなくて、思うだけならセーフか?」


 シソラが振り返ると、そこには、


「だ、誰かな?」


 シックカラーのゴスロリパンクガールが居て、首を傾げた途端、


「ジキルさん!」

「え、レインの知り合いフレンド?」

「ああ、神の悪徒計画の詐欺師だ」

「詐欺師!?」


 そういうこと、よろしく~、と言いながら、ジキルと呼ばれた少女は、

 なぜか、シソラの膝の上に乗った。


「なんで!?」

「いや、近い方が話しやすいしー」

「ちょっとジキルさん、何を羨ましい事を!」

「ん~? レインはどっちかっていうと、男の子を膝に乗せたいタイプじゃ……?」

「それはそうです!」

「なんの話をしてるの!」


 怪盗と忍者と会話をしているジキルに、マドランナが、


「久しぶりね、ヨウさん?」


 あっさりと、見抜いた。


「げっ、その事は謝るて~社畜だから上の命令には逆らえないんだよ~」

「だったら一杯奢ってくれるかしら?」

「アイリッシュでいい? あと、飴ちゃんいる?」

「ええ、受けるわ」


 ジキル、飴玉を渡しながら、マスターにおすすめくださいと言えば、現実世界ではプレミアムがついてるスプリングなんちゃらのボトルを出され、じゃあそれで、と。


「ヨウさん?」

「ジキルさんが?」


 シソラとレインには理解不能の会話をマドランナとした後、ジキルはポケットに手を突っ込んで、そこから、何かを取り出した。


「スマホ?」

「着信が鳴ってるな」


 VRMMO上での通信は、システムメニューやショートカットキーとかで可能。なので、いちいち通信デバイスを持つ必要はない。というかそもそも現実世界ですら、スマホなんて過去の遺物である。

 ただ、やっぱり雰囲気というものは大事なので、こういうめんどくさいガジェット今や懐かしい古物は、ゲーム上でも人気アイテムだった。

 マドランナの前に、トゥワイスアップ水とウィスキーの1:1のティスティンググラスが差し出されたタイミングで、とりま、シソラは電話に出て、

 その瞬間、


『がーはっはっは!』

「うわっ!?」


 鼓膜を爆ぜさせるような、太く豪快な笑い声が響いてビックリした、だが、

 ――すぐその瞬間、脳裏にあの顔が浮かぶ


「しゃ、社長ですか!?」

『おお、俺の事を知ってるか!』

「知らないはずがないじゃないですか!?」


 思わず素の口調、素の声色になるシソラ。無理も無し、電話の相手はアイズフォーアイズのCEO、灰戸ライドであったから。

 ゲーム業界はもちろん、経済シーンでも名を聞かぬ日が無い豪傑。そもそも現在のインフラも、灰戸ライドが作ったVRMMOが無ければ成立しなかったという、まさしく、世界を変えた偉人。


「――驚いたわ、社長の声を、この店で聞くなんて」

『おお、その声はマドランナ君か! 神の悪徒計画の助力、感謝している!』

「え、ええ」


 毎日のようにメディアで露出してる所為か、社交性の化け物で、その勢いは、マドランナすらも圧倒される程だった。

 声だけでこうなのだから、実際に会ったらどうなるのだろう、そう、シソラが思った時、


「それで、社長」


 レインが、


「ジキルさんを介して、私達にコンタクトを取った理由は?」


 そう聞けば、


『――須浦ユニコが入院している病院の住所が解った』

「えっ」


 それは、余りにも意外な、情報だった。


『彼女が、2015年にデビューして、2020年に引退したのは知っているな?』

「は、はい」

『どうやらユニコは、2020年から現在に至るまで、ずっとその病院に入院している』

「――え」

『まぁ色々と理由は想像も出来るが、直接、会って確かめるのが一番だろう、だが、彼女は面会謝絶を貫いていてな』


 そして灰戸は、こう言った。


『だから怪盗スカイゴールド、リアルで、潜入してくれないかね?』

「……え?」

「しゃ、社長、何を!?」

『レイン君からの報告で聞いている、怪盗スカイゴールドの活躍を支えるのは、天性のフィジカルとセンスだろ?』


 そこで社長は――電話越しでも解るくらいに、ニヤリと笑ってみせた。


『ならば、病院の警備など、君なら容易く乗り越えられるはずだ』


 と。

 ……シソラは、VRMMOの怪盗である。

 当然、リアルでそれになる事なんて、考えた事も無かった。

 だけど――もしそれが出来るなら、

 答えは、


「お断りします」


 ハッキリしていた。

 ……レインをはじめ、マドランナ、ジキル、そして表情無きバーテンダーすらも、シソラの答えに安堵した様子を見せた。


『ほう、何故かね?』

「……確かにそうすれば、ユニコさん本人に直接会えば、久透リアへと辿り着けるかもしれません、だけど」


 断る理由は、


「現実での怪盗は悪い事です」


 倫理観――至極全うな事。

 無論、シソラ達がゲーム上でやってる事も、褒められた事ではない。

 だけど、リアルでそれをやるのは、

 犯罪だ。


「我が儘ですけど、綺麗事ですけど、……その一線は、守りたいんです」


 その答えに、灰戸ライドは、


『よく言ったぁ!』


 と、上機嫌に笑った。

 ぽかーんとするシソラだったが、マドランナとレイン、


「悪い人ね、社長さん」

「あまり人を試すような事をしてたら、見放されますよ?」

『すまんすまん! だが、どんな理由でもいいから、その一線は保つべきだからな!』

「は、はぁ」


 生返事をするばかりのシソラ――その膝の上から、ジキルがひょいと降りた。そして、


「それだけじゃないっしょ」


 やる気の無さそうな顔で、


「ブラックパールを奪って、正気を取り戻せたらって、ワンチャン、賭けてる」

「あ……」


 ――須浦ユニコの蛮行は

 ブラックパールの影響を受けている可能性がある。

 だから、ゲームでの解決にこだわる、と。


「偽善って言うつもりはないけどさぁ、本当、めんどくさい性格だよねぇ?」


 そしてジキルは再びポケットに手を入れ、

USBメモリ無用の長物を取りだし、渡した。


「――これは」

『中のデーターを、君の友達に――アウミ君に見せてやってくれ』


 灰戸ライドは、


『健闘を祈る』


 そう言ってから、スマホ越しの通信を切った。







 アウミがそのデーターを受け取って、

 ――二日後の金曜日


「アンコール! アンコール!」

『は~い! って言いたいけど、今日はここまでにさせてもろて!』


 例の野外コンサート場、近江弁で手を合わせて謝るユニコに、え~! っと残念がる観客達だったが、


『明後日のライブの準備をせんとあかんのよぉ!』


 その声に、客達は一転して歓声をあげた――自分の意のままに反応するオーディエンスを見て、瞳を輝かせ、胸に秘めた黒真珠の闇を、より深くするユニコ。


『ほな、モニターに注目、ライブ会場は――』


 ユニコが、その場所を告げようとしたその時、

 ――画面にノイズが走り


『え?』


 その異音にユニコが画面へ振り返った時、

 それは、表示された。




 予告状

 決戦の宴にて、アウミの全てを奪い返す

 怪盗スカイゴールド




「うおお!?」

「予告状来たぁ!」

「貰い受けるじゃなくて奪い返すってあるぞ!」

「これマジなのか!? エンタメなのか!?」


 ――怪盗スカイゴールドからの予告状

 ユニコ自身から、このプログラムは宣言されていたとはいえ、明確に怪盗側の意志がシメされた事により、会場のボルテージは最高潮に達した。

 この展開に、当然、ユニコも笑う。

 ――淡海おしゃんとして、笑う


『よかったぁ……! うちちょっと、断られるかと思ってたよってにぃ……!』


 心底、ほっとした演技、ただそれだけで、客達はノリ良くドッと笑う。そう、今やユニコが演じる淡海おしゃんは、ファン達を意のままに楽しませる操る事が出来る。


『うん、やっぱもう一曲だけいくよぉ! みんな聞いてってぇ!』


 そして、すかさずミュージック――怪盗達が予告状をモニターに表示した方法電脳都市での戦利品なんて気にしない。

 ユニコにとって、この世の全ては、

 ――自分を永遠の15歳にする

 ただ、それだけの為に存在した。

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