――須浦ユニコ
2000年に、長浜市に産まれた彼女は、2015年、アイドルとしてデビュー。
変幻自在の七色の歌唱、指先の動きまで可憐なダンス、そして歌う以外の場面でも、徹底的に客の心を掴む、話し方、仕草、存在そのもの。
まさに至高で完成されたアイドルと言えた。長浜という地方から、彼女は全国を圧巻した。
だが、2020年、突然の引退。
何も残さずメディアから退場しただけでなく、これまでの軌跡を可能な限り消去した事で、様々な陰謀論が駆け巡ったが、結局、何一つ解る事も無く、
30年もすれば誰も気にしなくなり、50年も経てば懐かしむ者もいなくなり、
――そして89年も経った時
須浦ユニコは、幻ですら追われなくなっていた。
◇
EFMから三日経過した、水曜日の夜。
圧倒的なパフォーマンスを魅せた偽物の淡海おしゃんは、それから連日ライブを行い、いまや、3000人規模の野外コンサートを開くまでに至っていた。
現実ではこうはいかない、バーチャルだからこそ出来る、ノリと勢い。
――シソラ達一行は
急遽、別アカウントを作ってログインしたアウミと供に、このコンサート会場にやってきていた。全員素性がばれないよう、私服姿程度の変装をしていた。
「うおおお! おしゃん!」
「かわいくてかっこよくてマジで好きぃ!」
会場の熱気は凄まじい――巨大モニターを背景にした程度の、簡素な舞台でも、偽おしゃんのパフォーマンスが、この場所全てを彼女色に塗り替えてみせていた。
「誰でもアリーナ席システム、使ってないのな」
「確かに、こっちの方がリアルのライブっぽくはあるけど」
キャラ同士の物理判定が生きた状態、後ろになればなる程、舞台上のおしゃんの姿は小さく見える。
しかしそれにも関わらず、
「キャー! 目が合った-!」
「もっともっと!」
会場の一体感は凄まじく、その声援を受けながら、偽のおしゃんはライブをこなしていく。
その様子を、
「……」
ただじっと、アウミはみつめる。
「アウミ、どうした?」
レインがそう問えば、
「――うちが居る」
そう、アウミが呟く。
「うちの理想の姿の、淡海おしゃんが、歌ってる」
「――アウミ」
目を細めながらの言葉に、レインが不安を覚えた時、
『みんなー、おおきによぉ!』
ちょうど曲を終えた偽おしゃんが、拡声機越しに声をかけて、そして、
『ほなここでスペシャルゲスト!』
そう言った、次の瞬間、
――彼女の胸元が黒く輝く
(ブラックパール!)
シソラが、心でその名を呟いた時、
――
『怪盗スカイゴールド一味と!』
簡単に、シソラ達一行を舞台上にテレポートさせ、
『そのお友達、うちと同じプレイヤーネームのアウミちゃんの登場でぇす!』
会場に驚愕と、熱狂、
そしてそれ以上の困惑を巻き起こした。
「なっ!?」
マドランナがオーナー権限よりも暴力的な、突然の招待。
舞台上に現れた四人に、オーディエンスは、驚きの声をあげる。
「ええ、スカイゴールド!?」
「本当だ、私服だけど怪盗だ!」
「淡海おしゃんのフレンドって噂あったけど、本当だったの!?」
そう、怪盗チームには素直に驚くが、
「え、あの子、アウミ!?」
「淡海おしゃんのフォロワー?」
当然の様に、おしゃんのそっくりさんの登場には、ざわつきが起きていた。
「……まずいな、シソラ」
「ああ、やばいよ」
こういう相手のペースに引き込まれる事態は、なるべく避けなければならない。しかし、既に
「はじめまして、アウミちゃん! うち、会えて嬉しい!」
マイクを介さず、偽おしゃんは告げる。
他人のアカウントを盗んでおいて、のうのうと笑うこの存在、
普通なら怯むか、怒りに呑まれ叫ぶかである。だが、
「うに子さんなん?」
アウミは心を落ち着かせて、確かめるように聞いた。
脅えていない訳じゃない、気を緩めれば、体ががくがくと震えてしまいそう。
そんな風にがんばってるアウミの前で、偽おしゃんは、
「ほうよ」
あっさりと、認めた。
目を見開き、沈黙するばかりになるアウミ、シソラは彼女の代わりに問いかけを続ける。
「須浦ユニコ?」
「あぁ、もうそこまで辿り着いたん? 流石怪盗さんやねぇ」
偽おしゃんことユニコはくすくすと笑いながら、
「それで、うちに何の用事?」
そう聞いてきたので、これにはたまらず、
――アリクが叫ぶ
『いい加減にしろ! アウミのアカウントを返しやがれ!』
炎のように苛烈に響き渡った言葉は、
『へ?』
――動画の切り抜きのように、恣意的に会場全体に響き渡った
「え?」
「ア、 アカウント返せ?」
「ブレイズ、何を言ってるの?」
ざわつき出す観客達、この展開には、シソラもレインも動揺する。
(なぜユニコは、自分を追い込むような真似をするんだ?)
シソラの心中に浮かぶ当然の疑問は、
すぐ、彼女自身が答えてみせた。
『それってつまり、うちが、淡海おしゃんのアカウントを乗っ取ったって事?』
――そもそもの話、ユニコが淡海おしゃんのアカウントを乗っ取るにあたり
問題なのは、彼女が今まで築き上げてきたVRMMO上での人間関係にある。
まだそこまで拡散してないが、エクッターに度々、アリクとシソラと遊ぶ様子は投稿されていたし、グドリーをはじめとして、シソラのPTメンだと認識してるプレイヤーも多い。
――その関係をリセットする為には
『おもしろ~い!』
『けどけど、うちが淡海おしゃん! それは、アウミちゃんが一番よぉわかってるやろ?』
『■、■■■さん――あれ?』
ユニコと、アウミは確かに言ったはずだが――ブラックパールの力か、規制される。
NGワードを吐くアウミに、ユニコは笑って、
『もう、せやったら勝負しよ!』
『――勝負』
『そう、うちとアウミちゃん、どっちが本物の淡海おしゃんか!』
――本来ならこんな話、通るはずが無い
須浦ユニコは、人のアカウントを買った、運営からしたらBAN対象だ。
だが、
「うおお! なんか知らんがおもしれぇ!」
「歌対決見たい!」
「どっちもがんばれー!」
エンターティメントは人の心を狂わせる。これをそういう台本有りきのイベントだと、言われても無いのに
――怪盗スカイゴールドという、タレントがいるなら尚更だ
「今週の日曜日、ええハコおさえとくからね」
拡声機無し、アウミ達だけに伝わるように話し始めるユニコ。
「逃げんといてよ、アウミちゃん」
「ユニコ、さん」
「ちゃん付けでええよ、……大丈夫よぉ?」
……人間関係のデリートは、確かに、アカウントを奪う為に必要なものだ。
だが、ユニコには、
別の目的があって、
それは、
「
完璧なアイドルになる事。
プライベートなんて存在しない、ファンの為に歌い踊る偶像になる事。