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4-5 2000年からの来訪者

 ――須浦ユニコ

 2000年に、長浜市に産まれた彼女は、2015年、アイドルとしてデビュー。

 変幻自在の七色の歌唱、指先の動きまで可憐なダンス、そして歌う以外の場面でも、徹底的に客の心を掴む、話し方、仕草、存在そのもの。

 まさに至高で完成されたアイドルと言えた。長浜という地方から、彼女は全国を圧巻した。

 だが、2020年、突然の引退。

 何も残さずメディアから退場しただけでなく、これまでの軌跡を可能な限り消去した事で、様々な陰謀論が駆け巡ったが、結局、何一つ解る事も無く、

 30年もすれば誰も気にしなくなり、50年も経てば懐かしむ者もいなくなり、

 ――そして89年も経った時

 須浦ユニコは、幻ですら追われなくなっていた。







 EFMから三日経過した、水曜日の夜。

 圧倒的なパフォーマンスを魅せた偽物の淡海おしゃんは、それから連日ライブを行い、いまや、3000人規模の野外コンサートを開くまでに至っていた。

 現実ではこうはいかない、バーチャルだからこそ出来る、ノリと勢い。

 ――シソラ達一行は

 急遽、別アカウントを作ってログインしたアウミと供に、このコンサート会場にやってきていた。全員素性がばれないよう、私服姿程度の変装をしていた。


「うおおお! おしゃん!」

「かわいくてかっこよくてマジで好きぃ!」


 会場の熱気は凄まじい――巨大モニターを背景にした程度の、簡素な舞台でも、偽おしゃんのパフォーマンスが、この場所全てを彼女色に塗り替えてみせていた。


「誰でもアリーナ席システム、使ってないのな」

「確かに、こっちの方がリアルのライブっぽくはあるけど」


 キャラ同士の物理判定が生きた状態、後ろになればなる程、舞台上のおしゃんの姿は小さく見える。

 しかしそれにも関わらず、


「キャー! 目が合った-!」

「もっともっと!」


 会場の一体感は凄まじく、その声援を受けながら、偽のおしゃんはライブをこなしていく。

 その様子を、


「……」


 ただじっと、アウミはみつめる。


「アウミ、どうした?」


 レインがそう問えば、


「――うちが居る」


 そう、アウミが呟く。


「うちの理想の姿の、淡海おしゃんが、歌ってる」

「――アウミ」


 目を細めながらの言葉に、レインが不安を覚えた時、


『みんなー、おおきによぉ!』


 ちょうど曲を終えた偽おしゃんが、拡声機越しに声をかけて、そして、


『ほなここでスペシャルゲスト!』


 そう言った、次の瞬間、

 ――彼女の胸元が黒く輝く


(ブラックパール!)


 シソラが、心でその名を呟いた時、

 ――世界この場所を自由に出来る力は




『怪盗スカイゴールド一味と!』


 簡単に、シソラ達一行を舞台上にテレポートさせ、


『そのお友達、うちと同じプレイヤーネームのアウミちゃんの登場でぇす!』


 会場に驚愕と、熱狂、

 そしてそれ以上の困惑を巻き起こした。




「なっ!?」


 マドランナがオーナー権限よりも暴力的な、突然の招待。

 舞台上に現れた四人に、オーディエンスは、驚きの声をあげる。


「ええ、スカイゴールド!?」

「本当だ、私服だけど怪盗だ!」

「淡海おしゃんのフレンドって噂あったけど、本当だったの!?」


 そう、怪盗チームには素直に驚くが、


「え、あの子、アウミ!?」

「淡海おしゃんのフォロワー?」


 当然の様に、おしゃんのそっくりさんの登場には、ざわつきが起きていた。


「……まずいな、シソラ」

「ああ、やばいよ」


 こういう相手のペースに引き込まれる事態は、なるべく避けなければならない。しかし、既に舞台の上に乗せられたアウミまな板の鯉に、逃げ場は無くなってしまった。


「はじめまして、アウミちゃん! うち、会えて嬉しい!」


 マイクを介さず、偽おしゃんは告げる。

 他人のアカウントを盗んでおいて、のうのうと笑うこの存在、

 普通なら怯むか、怒りに呑まれ叫ぶかである。だが、


「うに子さんなん?」


 アウミは心を落ち着かせて、確かめるように聞いた。

 脅えていない訳じゃない、気を緩めれば、体ががくがくと震えてしまいそう。

 そんな風にがんばってるアウミの前で、偽おしゃんは、


「ほうよ」


 あっさりと、認めた。

 目を見開き、沈黙するばかりになるアウミ、シソラは彼女の代わりに問いかけを続ける。


「須浦ユニコ?」

「あぁ、もうそこまで辿り着いたん? 流石怪盗さんやねぇ」


 偽おしゃんことユニコはくすくすと笑いながら、


「それで、うちに何の用事?」


 そう聞いてきたので、これにはたまらず、

 ――アリクが叫ぶ


『いい加減にしろ! アウミのアカウントを返しやがれ!』


 炎のように苛烈に響き渡った言葉は、


『へ?』 


 ――動画の切り抜きのように、恣意的に会場全体に響き渡った


「え?」

「ア、 アカウント返せ?」

「ブレイズ、何を言ってるの?」


 ざわつき出す観客達、この展開には、シソラもレインも動揺する。


(なぜユニコは、自分を追い込むような真似をするんだ?)


 シソラの心中に浮かぶ当然の疑問は、

 すぐ、彼女自身が答えてみせた。


『それってつまり、うちが、淡海おしゃんのアカウントを乗っ取ったって事?』


 ――そもそもの話、ユニコが淡海おしゃんのアカウントを乗っ取るにあたり

 問題なのは、彼女が今まで築き上げてきたVRMMO上での人間関係にある。

 まだそこまで拡散してないが、エクッターに度々、アリクとシソラと遊ぶ様子は投稿されていたし、グドリーをはじめとして、シソラのPTメンだと認識してるプレイヤーも多い。

 ――その関係をリセットする為には


『おもしろ~い!』


 茶番ショーほどステキな方法商売はない。


『けどけど、うちが淡海おしゃん! それは、アウミちゃんが一番よぉわかってるやろ?』

『■、■■■さん――あれ?』


 ユニコと、アウミは確かに言ったはずだが――ブラックパールの力か、規制される。

 NGワードを吐くアウミに、ユニコは笑って、


『もう、せやったら勝負しよ!』

『――勝負』

『そう、うちとアウミちゃん、どっちが本物の淡海おしゃんか!』


 ――本来ならこんな話、通るはずが無い

 須浦ユニコは、人のアカウントを買った、運営からしたらBAN対象だ。

 だが、


「うおお! なんか知らんがおもしれぇ!」

「歌対決見たい!」

「どっちもがんばれー!」


 エンターティメントは人の心を狂わせる。これをそういう台本有りきのイベントだと、言われても無いのに信じてしまう空気を読む

 ――怪盗スカイゴールドという、タレントがいるなら尚更だ


「今週の日曜日、ええハコおさえとくからね」


 拡声機無し、アウミ達だけに伝わるように話し始めるユニコ。


「逃げんといてよ、アウミちゃん」

「ユニコ、さん」

「ちゃん付けでええよ、……大丈夫よぉ?」


 ……人間関係のデリートは、確かに、アカウントを奪う為に必要なものだ。

 だが、ユニコには、

 別の目的があって、

 それは、


男の影スキャンダルなんて、消してあげるよってに」


 完璧なアイドルになる事。

 プライベートなんて存在しない、ファンの為に歌い踊る偶像になる事。


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