――EFMが終わった後
アカウントを乗っ取たと見られるアウミとの接触を、まず、シソラ達は試みたが、彼女は直ぐにログアウトしてしまった。
現実世界に戻ったソラ達は、ともかくまず、アウミと現実世界で合流した。少し話し合った後――ウミが所属している事務所がある、長浜へと向かう事にした。
現在四人は、他に誰も居ない電車の客である。
「まず、パスワードがとおらへんかったんよ、二重認証ごと変えられて」
「そこまでは、アカウントの乗っ取りで解るが」
「俺達にもすぐに連絡が出来なかったんだよな?」
小型デバイスは、けしてVRMMO専用のハードではなく、寧ろ市井の人間は、連絡や仕事に買い物など、生活メインに使用している。
当然、WeTubeの配信も行えるが――そのアカウントすらログイン出来なくなっていた。
アカウント関係の管理は、事務所側に一任してる。
「僕達や、事務所の人達にも、連絡が出来なくなってたっておかしいよね」
「うん……今も事務所の人とはつながらへんし……」
「激励のメッセージは、今朝、来てたんだろ?」
「そうです」
「……ますます解らん、一体、何が起きてるんだ」
……沈黙が気まずい中、もう一つ、問題がある。
淡海おしゃんの偽物は、本物を差し置いて、完璧なパフォーマンスをこなしてみせた。
――もしかすればそれは
「うちより……うまかった……」
「……ウミ」
それを、否定出来ない。
それが、辛い。
そして、
「ウタウクマさんとのデュエット曲、歌う事も決めてたよ? けど、アカウント乗っ取っただけやのに」
何よりも、
「なんでそこまで、知ってるんよ」
怖い。
……悲しみを越える感情、恐怖、レインはそんなウミの肩を抱き、自分を支えにさせてやる事しか出来なかった。その突然の所為にも、ウミはただ、甘えるしかなかった。
ソラはただ、不安そうな顔をするウミを、みつめる事しか出来ない。
電車は一路、長浜駅を目指す。
◇
長浜駅は、新幹線が止まる米原駅から、そこから乗り換えて10分で行ける滋賀県北部の観光地である。
雄大な琵琶湖に、歴史博物館として再建された長浜城、春となれば600本の桜が咲き、湖面の煌めきと供に人々に湖国の春を楽しませる。
また、壁黒ガラス館や、山洋堂フィギュアミュージアム等、観光施設も充実。冬の頃になれば、日本海側に近い事から雪が深く積もり、銀世界の中で喰う鴨鍋の旨さは絶品である。
本来なら、心弾む場所ではあるけれど、この日の四人は暗い面持ちのまま――長浜大通寺の門前にある町家通りの一つに居を構える、ウミが所属する事務所へ足を運んでいた。
――事務所の女社長は、ソファに座った4人にこう言った
「ウミちゃん本人が来て、引退したいって言ったのよ!?」
「「「ええええ!?」」」
三人びっくり、ウミは呆然としていたが、やがて、
「ほ、ほんまですか!? いや、うち、来てませんよ!」
「いやでも、確かにあれはウミちゃん本人だったような……リアルで会うのはお正月以来だったけど……」
「激励のメッセージは、偽物か?」
「まさかそんな……」
想像もしなかった展開に、騒然とする一同。
ともかく、ウミは、
「……その、うちの振りしてた人、どう言うてたんですか?」
――そう聞けば
ウタウクマとの件、炎上騒ぎが殊更に堪えたと。
それで、Vtuber淡海おしゃんの存在を、
金を払うと。
その人なら
「アカウントを乗っ取るどころじゃなくて」
「――アカウント売買かよ」
「……
ゲームの運営が頭を悩ます商売。特にソシャゲ等に多く、人気のあるキャラを引いて、売る為だけに、大量のアカウントを取得する業者が絶えない。
「――購入金額は1000万円」
「い、1000万円!?」
「その内100万円を私に渡すと言ったけど、断ったわ」
「あの、という事は、売る事を認めたんですか?」
「それは、その……」
ソラとレインが口を濁すが、社長は察する。
「貴方達が言いたい事はわかる、なんで、アカウント売買を止めなかったか、でも」
その時、女社長は、
苦しそうな顔をした。
「うに子さんの事で、ひどく心を痛めていた様子だったから」
「あ……」
「……見抜けなくて、ごめんなさい、でも私は、思い詰める目の前のあの子を、あなた本人だと信じ込んでしまった」
「そ、そんな、謝らんといてください、社長は悪くないです」
ウミが社長を気遣う中で、レインが、
「その、思い出せませんか?」
レインが、
「偽物の特徴みたいな、……変な聞き方になりますが」
そう問えば、
「……今思えば、なんだか、前に会ったウミさんと違って、掴み所がないというか」
返ってきた答えは、
「まるで中身がないようだった」
マドランナから聞いた人物像と、良く似ていた。
◇
――豊国神社
長浜の地に縁が深い豊臣秀吉が亡くなった後、その遺徳を偲んで建てられた社である。江戸幕府の時代になると、秀吉公を祀ることは禁じられたが、本殿の奥で密かに祀り続けたという逸話がある。
そんな場所で、4人は情報を整理していた。
「……あんね、さっきお母さんから連絡あって」
ウミ、
「うちのVtuber活動用の口座に、1000万円の振込があったって、銀行から連絡が来たて」
そう言って。
「……資金力も考えれば、久透リアが関わっている可能性は高い」
「ブラックパールの開発者候補で、元々、アイズフォーアイズの社員さんだった人ですよね」
「うむ、彼女みたいなITエンジニアがいない限り、
「それじゃ、おしゃんの偽物もそのリアって奴がやってんのか?」
「――AIで再現した淡海おしゃんという可能性もあるが」
その言葉に、ウミは、
「それは無い」
はっきりと、本人が断言した。
「AIやったら、絶対、今日のフェスであの歌は歌わへん」
そう、もっと無難な歌でパフォーマンスするだろう、それは淡海おしゃんだけでなく、青海ウミを知らないと、出来ない選択である。
「となると、久透リア以外に、もう一人協力者がいると考えるべきか」
「いやでも、ただ歌がうまいだけじゃなくて、おしゃんを完コピ出来る奴っているか?」
「――凄い熱烈なファンだろうね」
そのソラの言葉は、
……気付かない方がおかしいというより、心の底で、ウミが気付きたくなかった事実を、
「……ソラ、もしかして」
「うん」
残酷だけど、彼女に提示する。
「うに子さんが、偽物だっていうなら、辻褄が合う」
――彼女は男とコラボしたおしゃんに絶望してた
それならば、自分が本物に取って代わってやると、考えたと。
全く、有り得ない話じゃない。
「だけど、いくら古参ファンだからってよぉ、淡海おしゃんをそこまで演じられるか?」
「わからへん、けど」
「こればかりは、直接問い質すしか――」
そう、会話がまとまりそうになった時、
「ああああああ!?」
――いきなり五人目の声が聞こえて
慌てて振り返ってみれば、
「な、なぜ、アイドルがここに!?」
そこにいたのは、かなりお年を召したご老人だった。その反応に、慌てるウミ、
「えっと、うちのこと知ってはるんですか?」
「当たり前や! 湖北が生んだアイドルやし!」
2089年、世代関係無くvtuberを見るのは当たり前、だが、
「懐かしいわ! あんた、コスプレかぁ!」
歯を見せて笑うおじいさんの言葉に、四人は一斉に違和感を覚えた。
「――懐かしい?」
コスプレ、までならまだ解る。青海ウミの首から上は、淡海おしゃんの首から上にかなり似ているから。
だが、懐かしいとはどういうことだと思ってたら、
「ほらほら、これぇ!」
老人は四人にARで画像を送信する、慌てデバイスを起動し、それを見ると、
「2015年、長浜駅近くのライブ会場!」
そこにあったのは、
「永遠の15歳、須浦ユニコのライブ、わし、見てたんやって!」
青海ウミ、いや、淡海おしゃんの姿に良く似ている、
かわいらしく、アイドルが歌う姿だった。
そうだ、恐怖という物は大抵、
何も知らない未来でなく、確かにある過去からやって来る。
◇
――長浜某所の病院にて
ベッドと、机と、テープPCだけの、簡素な病室がある。
その無機質な部屋の中央で、小柄な体をした老女が、しゃんと背を伸ばして座っていた。
体中に貼られたテープPCが、幾何学模様を描き出す。
置物のように座る彼女の体に、病といえる程のものは無く、頭も常にハッキリしていて、日常生活も自力で行える。
――ただ一点
「――淡海おしゃん」
そう、この心持ちだけが、
「永遠の、15歳です!」
彼女をこの部屋に縛り付ける。
VRMMO内でその声が響き、リアルでは、少ししわがれた声が小さく響いた。
VR、ボイチェン、テープPC、
2089年の科学力は、89歳のおばあちゃんを、
彼女を心のままに、15歳の女の子へと変えていた。