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4-3 夢の舞台で夢が歌う

 1週間後――EFM当日、


「うんと、これでええかな」


 日曜日、朝食を食べた後、折り畳みベッドを折りたたんではしっこに寄せて、十分に踊れるスペースを確保した自室で、青海ウミは、3時間後の開催が迫った、EFMへの準備を整えていた。

 2089年の科学力は、体の各部にテープPCを貼るだけで、リアルで動かなくともVR上でとんだりはねたりが可能である。しかし、生の踊りを仮想の世界で見せ付けたい時は、現実で体を動かすも良く有る。

 淡海おしゃんは基本、歌唱メインのアイドルだが、それでもダンスにも手を抜かず、心を込めたかった。

 ――淡海あうみおしゃん古参ファンの赤スペチャ連投

 相当に衝撃的な光景ではあったものの、視聴者数が50人もいかず、アーカイブが非公開になったゆえ、奇跡的に拡散される事は無かった。

 それでもウミの心には、釘のように刺さっている。


「……うに子さん」


 彼女は――いや、名前が女性名なだけで、リアル性別は解らないが――ともかくうに子という視聴者は、まだ自分の登録者数が、100人にも満たない頃から、ファンになってくれた存在で、そして、

 ――あの初ライブからここまで来れて、とっても嬉しい

 アイズフォーアイズの初ライブ、彼女は、唯一の観客だった。

 ただ自分のライブを見る為だけに、ゲームをはじめたと文字チャットで伝えられ、ウミこと淡海おしゃんは、初めてのライブを全力で歌う事が出来た。

 現在の登録者が2000人いる中で、うに子の存在は淡海おしゃんにとって特別ではあった。

 ――普通なら、心、折れてもおかしくはない

 だが、


「……よし!」


 それでもまだ歌いたかった――ファンの為に、自分の為に、悲しさをこの胸の内に秘めたまま、心をどこまでも高揚させる。

 ARを起動、事務所からの激励の一言メッセージを確認し、それもしっかりエネルギーにしながら、ウミは、

 アウミとして――淡海おしゃんとして、

 VRMMOの世界への、ログインボタンを押した。







 ――2時間30分後


『それじゃあ5分の休憩の後、ニューカマーコーナー! 湖北系Vtuber、淡海おしゃんの登場です!』


 司会兼主催の妖精が舞台袖に掃けていく――ナンカカッコイイカベ未知の素材で作られた、EFMのライブ会場であるコンサートホールは、1000人のオーディエンスで満杯になっている。だが彼達は全員、”アリーナ席”に存在している。

 物理法則から解き放たれたVR空間、誰もが、一番いい席を確保できるのだ。会場を満たす客は、その姿を分散、投影したものである。

 ゆえに客席を満たす人々は、期待と興奮で笑顔を浮かべていた。

 だが、


「ウミ、大丈夫かな……」


 赤スペ事件の詳細を、本人から聞いていた怪盗シソラは、不安げに、ステージをみつめていた。すると右隣のレイン、


「ウミが、歌うと決めたんだ」


 彼女の覚悟を、


「それなら私達は、応援しよう」


 見届けるつもりだった。


「――そうだね」

「おお、思いっきり盛り上げてやろうぜ! サイリウム代わりにクラマフランマ振るか!?」

「光害は主催者から【kickout】強制退出されるから、やめてくれ」


 そんなやりとりをしている内に、


『それでは、時間になりました!』


 舞台の中央に、キラキラと光るエフェクトと供に、


『淡海おしゃん、お願いします!』


 アウミが――おしゃんが舞台へと現れ、そして、

 ――放つ




「AHAAAAAAAAAAAA!」


 その可憐な見た目からは、一切、想定出来ない強烈なシャウトの後、

 ――流れてくる激しいメロディと供に


「ちょ、ちょっと待て!?」

「――この曲は」

「ウタウクマとのデュエットソング!?」


 デュエット前提の構成が曲を、

 たった一人で、激しく、乗りこなすように歌い始めた。




「え、ちょっとこれ、炎上相手との歌でございますよ!?」

「これをもってきますの!?」


 5分休憩の間で、淡海おしゃんを調べてる内、プチ炎上を知った客達からは、驚きの声があがるが、


「い、いやすご」

「やば……」


 激しく弾むリリック、男女パートの歌い分け、そして、ハーモニー部分まで完璧に彼女は、淡海おしゃんとして歌いこなしてみせた。

 ――粋な事をするものだ

 異性と歌ったからなんだというのだと、歌唱力という暴力でねじ伏せようとする化け物が、いや、

 神様のような、歌姫がそこにいて、


「――すごい」


 シソラが感動し、レインも、アリクも、言葉を奪われた。

 ……そして彼女は歌いきる。

 荒い息遣い、そして、リアルの汗が、仮想の肌にも滲んでいる様子が見て取れる。

 そして、次の瞬間、


「「「うわああああああああ!」」」


 会場が、爆発した。


『……え、あ、ありがとうございました! おおきによぉ!』


 慌てて顔をあげて、そしてすぐに頭を下げるアウミに、会場は一斉にアンコールをかける。その声援に戸惑いをみせたアウミは、舞台袖に目をやったが、妖精は涙を流しながらサムズアップしている。後ろの他の出演者達も、うんうんうなずいてた。


『ほ、ほな、えっと、じゃああの、オリジナル曲ありますんで! 聞いて下さい!』


 彼女はそのまま――初ライブの時、

 うに子にも、披露した曲を、


『あうみんちゅ♡らぶ!』


 歌い始める――さっきのゴリゴリのロックナンバーと打って変わって、可愛らしく、それでいてスタイリッシュな、これも聞いてて楽しい曲。


「――よかったね、ウミ」

「ああ、本当に」

「すげぇよあいつ」


 友人三人は、ステージで楽しそうに歌う彼女に、目を細めた、

 ――その時




 システムにコールが届き――その相手は、

 舞台で今、歌ってるはずの、アウミからだった。




「……え?」


 ただし、アイズフォーアイズ経由ではない。インフラベースのアカウントからの連絡である。三人は困惑しながらも、慌て、同時着信する。


『あ、ああ、やっと繋がったぁ!』


 ――紛れもなく、青海ウミの声が聞こえる


「は? い、いやお前、どうなってんだ?」

「今、歌ってるじゃないか」

『――うちちゃうんよ』


 ――二時間前、彼女は、ログインしようとして

 昨日まで、問題無く入れていたアイズフォーアイズのアカウントが、


『WeTubeの配信みとるけど、その子、うちちゃう!』


 ――入れない


『うちのアカウント、乗っ取られてるんよ!』


 リアルの彼女が叫ぶ中で、

 どこまでもフェイクなはずな彼女は、

 ――あうみんちゅっらっぶ♡

 偽物アイドルの姿で、会場中を、淡海おしゃんの虜にしてみせていた。

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