1週間後――EFM当日、
「うんと、これでええかな」
日曜日、朝食を食べた後、折り畳みベッドを折りたたんではしっこに寄せて、十分に踊れるスペースを確保した自室で、青海ウミは、3時間後の開催が迫った、EFMへの準備を整えていた。
2089年の科学力は、体の各部にテープPCを貼るだけで、リアルで動かなくともVR上でとんだりはねたりが可能である。しかし、生の踊りを仮想の世界で見せ付けたい時は、現実で体を動かすも良く有る。
淡海おしゃんは基本、歌唱メインのアイドルだが、それでもダンスにも手を抜かず、心を込めたかった。
――
相当に衝撃的な光景ではあったものの、視聴者数が50人もいかず、アーカイブが非公開になったゆえ、奇跡的に拡散される事は無かった。
それでもウミの心には、釘のように刺さっている。
「……うに子さん」
彼女は――いや、名前が女性名なだけで、リアル性別は解らないが――ともかくうに子という視聴者は、まだ自分の登録者数が、100人にも満たない頃から、ファンになってくれた存在で、そして、
――あの初ライブからここまで来れて、とっても嬉しい
アイズフォーアイズの初ライブ、彼女は、唯一の観客だった。
ただ自分のライブを見る為だけに、ゲームをはじめたと文字チャットで伝えられ、ウミこと淡海おしゃんは、初めてのライブを全力で歌う事が出来た。
現在の登録者が2000人いる中で、うに子の存在は淡海おしゃんにとって特別ではあった。
――普通なら、心、折れてもおかしくはない
だが、
「……よし!」
それでもまだ歌いたかった――ファンの為に、自分の為に、悲しさをこの胸の内に秘めたまま、心をどこまでも高揚させる。
ARを起動、事務所からの激励の一言メッセージを確認し、それもしっかりエネルギーにしながら、ウミは、
アウミとして――淡海おしゃんとして、
VRMMOの世界への、ログインボタンを押した。
◇
――2時間30分後
『それじゃあ5分の休憩の後、ニューカマーコーナー! 湖北系Vtuber、淡海おしゃんの登場です!』
司会兼主催の妖精が舞台袖に掃けていく――
物理法則から解き放たれたVR空間、誰もが、一番いい席を確保できるのだ。会場を満たす客は、その姿を分散、投影したものである。
ゆえに客席を満たす人々は、期待と興奮で笑顔を浮かべていた。
だが、
「ウミ、大丈夫かな……」
赤スペ事件の詳細を、本人から聞いていた怪盗シソラは、不安げに、ステージをみつめていた。すると右隣のレイン、
「ウミが、歌うと決めたんだ」
彼女の覚悟を、
「それなら私達は、応援しよう」
見届けるつもりだった。
「――そうだね」
「おお、思いっきり盛り上げてやろうぜ! サイリウム代わりにクラマフランマ振るか!?」
「光害は主催者から
そんなやりとりをしている内に、
『それでは、時間になりました!』
舞台の中央に、キラキラと光るエフェクトと供に、
『淡海おしゃん、お願いします!』
アウミが――おしゃんが舞台へと現れ、そして、
――放つ
「AHAAAAAAAAAAAA!」
その可憐な見た目からは、一切、想定出来ない強烈なシャウトの後、
――流れてくる激しいメロディと供に
「ちょ、ちょっと待て!?」
「――この曲は」
「ウタウクマとのデュエットソング!?」
デュエット前提の構成が曲を、
たった一人で、激しく、乗りこなすように歌い始めた。
「え、ちょっとこれ、炎上相手との歌でございますよ!?」
「これをもってきますの!?」
5分休憩の間で、淡海おしゃんを調べてる内、プチ炎上を知った客達からは、驚きの声があがるが、
「い、いやすご」
「やば……」
激しく弾むリリック、男女パートの歌い分け、そして、ハーモニー部分まで完璧に彼女は、淡海おしゃんとして歌いこなしてみせた。
――粋な事をするものだ
異性と歌ったからなんだというのだと、歌唱力という暴力でねじ伏せようとする化け物が、いや、
神様のような、歌姫がそこにいて、
「――すごい」
シソラが感動し、レインも、アリクも、言葉を奪われた。
……そして彼女は歌いきる。
荒い息遣い、そして、リアルの汗が、仮想の肌にも滲んでいる様子が見て取れる。
そして、次の瞬間、
「「「うわああああああああ!」」」
会場が、爆発した。
『……え、あ、ありがとうございました! おおきによぉ!』
慌てて顔をあげて、そしてすぐに頭を下げるアウミに、会場は一斉にアンコールをかける。その声援に戸惑いをみせたアウミは、舞台袖に目をやったが、妖精は涙を流しながらサムズアップしている。後ろの他の出演者達も、うんうんうなずいてた。
『ほ、ほな、えっと、じゃああの、オリジナル曲ありますんで! 聞いて下さい!』
彼女はそのまま――初ライブの時、
うに子にも、披露した曲を、
『あうみんちゅ♡らぶ!』
歌い始める――さっきのゴリゴリのロックナンバーと打って変わって、可愛らしく、それでいてスタイリッシュな、これも聞いてて楽しい曲。
「――よかったね、ウミ」
「ああ、本当に」
「すげぇよあいつ」
友人三人は、ステージで楽しそうに歌う彼女に、目を細めた、
――その時
システムにコールが届き――その相手は、
舞台で今、歌ってるはずの、アウミからだった。
「……え?」
ただし、アイズフォーアイズ経由ではない。インフラベースのアカウントからの連絡である。三人は困惑しながらも、慌て、同時着信する。
『あ、ああ、やっと繋がったぁ!』
――紛れもなく、青海ウミの声が聞こえる
「は? い、いやお前、どうなってんだ?」
「今、歌ってるじゃないか」
『――うちちゃうんよ』
――二時間前、彼女は、ログインしようとして
昨日まで、問題無く入れていたアイズフォーアイズのアカウントが、
『WeTubeの配信みとるけど、その子、うちちゃう!』
――入れない
『うちのアカウント、乗っ取られてるんよ!』
リアルの彼女が叫ぶ中で、
どこまでもフェイクなはずな彼女は、
――あうみんちゅっらっぶ♡