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4-2 Vtuber-アイドルとユニコーン-

 トマト豚つけ汁うどん。

 前日の夜、ソラとレインが足踏みでしっかり捏ねたうどんを細切りし、たっぷりのお湯で茹でて、しっかりと氷水で洗う。

 つけ汁は、市販のめんつゆに、豚バラ、トマトの微塵切り、生姜の薄切りを入れて煮込み、器にもった後に刻んだ紫蘇をいれすだちを絞ったもの。


「「「「いただきます」」」」


 サウナ上がりの3人、でなく、後からやってきたウミを含む4人は、両親がおでかけ中の食卓にて手を合わせた。まず、ウミがざるに盛られたうどんを掬い上げる。


「うわぁ、半透明できらきらしとる」


 冷たく引き締まった麺を、熱々のつゆにいれて、豚とトマトごと搦めてすする。肉と野菜の旨味がしっかりとけた濃いめのつゆを纏ったうどんは、手作りならではのもっちもっちの噛み応えだ。咀嚼する度、つるっとした感触とつゆの旨味がとけあっていく。紫蘇の香りが鼻を突き抜け、生姜の刺激が食欲を燃やす。

 喉に下せば、ああうまい。


「相変わらずおいしいねぇ、ソラの料理、いくらでも食べてまうよ」


 そう、笑顔を浮かべる彼女に、


「大丈夫なの、ウミ」


 ソラは心配そうな表情を向けた。


「炎上なんてお前初めてだろ? プチとはいえ」


 リクヤも、そして、


「……人の悪意ほど、心を抉る物は無いだろう?」


 レインも、心配そうに気づかいをみせる。それにウミは苦笑い。


「へこんでへんって言えば嘘なるけど、サウナ入って、おいしいもん食べて、大分元気なったよ」


 おおきになぁ、と言うウミに、複雑な笑みをソラは浮かべた。

 ――始まりは一週間前の事

 青海ウミこと、湖北系vtuber淡海おしゃんは、VRを介してレッスンを受けている、ボイトレ系Vtuberのウタウクマとコラボして、デュエットソングを出した。


「めちゃくちゃかっこよかったよな」

「ああ、本当、お前の歌唱力の幅には驚かされる」


 互いにバトルしあうような強烈な歌、コメントの9割9分は、その曲に対する賛辞であったが、

 ――残り一分が、明確な拒否反応を見せた

 ウタウクマファンがその反応が酷く、おしゃんのファンも幾らかそういう傾向を見せた。


「でもお互い、男女共演NG、って訳じゃなかったよね?」

「うん、うちも、シソラやアリクとゲームしてる様子を配信してたし」

「――それでも、異性の影を感じるだけで、辛く覚える者もいるのは確かだ」


 レイン、アイさんに聞いた事があると言ってから、


「昔のゲームの話だが、女性ばかり出てくるゲームに、男性のキャラを出した。公式は明確に、女性キャラ達との絡みは無いと説明したが――可能性を生んだ時点で罪だと、ファン達は叫んだらしい」

「――それは」

「……創作物であるならば、その嘆きもわからなくもない、だが」

「うちも、ウタウクマさんも、生きてる人間やからねぇ」


 ウミ、


「異性と仲良く歌うだけで、悲しまれると、どうしたらええかわからんようなるんよ」


 そう、言った。


「……正直、それくらいなら無視してもいいんじゃないかな?」

「いやそれが――クマさん、うちに迷惑かけたって気にして、妻子持ちって事を公表して」

「え、おいおいそりゃ」

「あ、悪手だったかもしれんな……」


 良く聞く言葉で、”アイドルなんて裏で誰かと付き合ってるなんて解ってるから、バレないようにやってくれ”、というのがある。

 ウタウクマはだから、恋人の有無については、肯定も否定もせずに活動を続けていた。

 ――だけどこの公表は


「火に油、みたいな感じなってもうて、それでぼやがプチ炎上レベルなったというか」

「ああそりゃなぁ、……いや、それで燃えるのがおかしいのか?」

「言ってなかっただけで、騙してたって訳じゃないだろうけど、どうなんだろ」


 ウタウクマの発言後、妻子持ちなのに女子高生とコラボしたのかよ、とか、おしゃんって子、大人にすり寄る感じがして気持ち悪い、とか、

 本気でそう思ってるのか、世界を燃やして楽しみエンタメたい輩なのか、そういうコメントがあぶくのようにうまれる事になった。


「――嘘が良く無いのは確かだが」


 レイン、目を伏せて、


「嘘が無ければ、壊れてしまう人達も、沢山いるのが事実だ、……真実が常に人を癒やすとも限らない」


 人はその感情に嘘を吐けない、推しが誰かと幸せになる事を、認められないというのは自然な感情だ。失恋で、涙しない者なんていない。

 ――だがそれでも言える事は


「だがけしてその嘆きを、今まで愛してた者を傷つけるよう、ぶつける事を私は許せない」


 ウタウクマが炎上する事は、やはり、おかしい。


「……そうですよね」


 祝福しろとは言わない、呪うなとも言えない。

 けれど憎悪は、何時か忘れるべき感情であって、持ち続けるものではない。

 海に向かってバカヤローと叫んだり、居酒屋の空気に愚痴として吐き出したり、そう、感情を消え物にしてしまえば構わないが、コメントにして残してしまうと、感情が文字という形で物理化し、それは一生残る呪いデジタルタトゥーになり、自分も相手も、永遠に苦しむ事になる。

 見る度に、怒りも悲しみも思い出すのだから。


「悲しければ、叫べばいい、だけど、その言葉をナイフにして、自分も相手も傷つけるのは……」


 ……結論は出た沈黙が答えが、しんみりとした空気が流れる。だが、

 そんな中で、

 ――ずるるるるぅぅぅっ! っと

 思いっきり、ウミはうどんをすすってみせた。その豪快サウンドに目を丸くした三人の前で、もぐもぐごっくんをした後、


「おおきに、話したら少しスッキリした!」


 ウミは、笑顔を浮かべた。


「あとはアイズフォーアイズのミュージックフェスに挑むだけ! ボイトレしてくれたクマさんのためにも、うち、やってみせるから!」

「お、そ、そうだな!」

「ウミもクマさんも、悪い事は何もしてないもんね」

「そうだ、歌で、お前達Vsingerの生き様を世界に叩き付けてやれ!」


 ――友達というものはいいものだ

 悩みを解決する程の力は無くても、とりあえずは、聞いてくれる。

 胸の内を明かせるだけで、随分と心は軽くなる。青海ウミは、怪盗の一味ではないが、

 ずっとずっと、ソラ達と友達でありたいと思った。







 ――その日の夜

 とある女性が、デバイスのARを起動し、WeTubeの配信を視ていた。

 淡海おしゃんの雑談配信、内容は、アイズフォーアイズのミュージックフェス、アイズフォーミュージックEFMに、参加する事について。


『歌はもう決めてるんよ、あ、ゲタンガーさんスペチャおおきに!』


 おしゃんのファン達は、けして、ウタウクマとのプチ炎上について触れたりはしない。無論、そういうフィルター検閲をかけて配信してる、というのもあるだろうけど、やりようによってはいくらでも貫通させて、”お気持ち表明”は出来る訳で、それが今回の炎上がプチレベルである事と、何より、おしゃんのファンの良さを現していた。

 ――その配信を視ている女性は

 スペチャを、送った。


 ――EFM参加おめでとうございます


『わ、うに子さん、赤スペチャおおきに! うん、がんばって歌うよぉ!』


 ――あの初ライブからここまで来れて、とっても嬉しい


『え、あ、うに子さんおおきに、赤スペチャ連投大丈夫? ミスってない?』


 ――でもおしゃんちゃんはアイドルだよね?


『……え?』


 ――イメージ、大事にしないといけないよね


『あ、あの、うに子さん、え』


 ――なんで?


『あ――』


 ――なんで

 ――なんで

 ――なんで

 ――なんで――なんで――なんで――なんで――なんで――なんで――なんで――なんで――なんで――なんで――なんで――なんで――なんで――なんで――なんで


「なんで」


 “彼女”が、リアルでも声を出した途端、

 赤スペチャの連投なんでなんでなんでは、唐突に、打ち切られた。

 事務所側が、モデレーター配信管理で、彼女のアカウントうに子を制御したからだ。

 騒然とするコメント欄、真っ赤大金に染まった古参ファンからの疑問、沈黙を続けていたおしゃんだったが、やがて、笑顔でまた話し始めた。それでも、動揺は節々に見られた。

 ――絵姿vtuberの少女を見て、彼女は呟く


「許せない」


 その瞳は静かに、だが、

 何よりも深く、黒く、燃えていた。


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