トマト豚つけ汁うどん。
前日の夜、ソラとレインが足踏みでしっかり捏ねたうどんを細切りし、たっぷりのお湯で茹でて、しっかりと氷水で洗う。
つけ汁は、市販のめんつゆに、豚バラ、トマトの微塵切り、生姜の薄切りを入れて煮込み、器にもった後に刻んだ紫蘇をいれすだちを絞ったもの。
「「「「いただきます」」」」
サウナ上がりの3人、でなく、後からやってきたウミを含む4人は、両親がおでかけ中の食卓にて手を合わせた。まず、ウミがざるに盛られたうどんを掬い上げる。
「うわぁ、半透明できらきらしとる」
冷たく引き締まった麺を、熱々のつゆにいれて、豚とトマトごと搦めてすする。肉と野菜の旨味がしっかりとけた濃いめのつゆを纏ったうどんは、手作りならではのもっちもっちの噛み応えだ。咀嚼する度、つるっとした感触とつゆの旨味がとけあっていく。紫蘇の香りが鼻を突き抜け、生姜の刺激が食欲を燃やす。
喉に下せば、ああうまい。
「相変わらずおいしいねぇ、ソラの料理、いくらでも食べてまうよ」
そう、笑顔を浮かべる彼女に、
「大丈夫なの、ウミ」
ソラは心配そうな表情を向けた。
「炎上なんてお前初めてだろ? プチとはいえ」
リクヤも、そして、
「……人の悪意ほど、心を抉る物は無いだろう?」
レインも、心配そうに気づかいをみせる。それにウミは苦笑い。
「へこんでへんって言えば嘘なるけど、サウナ入って、おいしいもん食べて、大分元気なったよ」
おおきになぁ、と言うウミに、複雑な笑みをソラは浮かべた。
――始まりは一週間前の事
青海ウミこと、湖北系vtuber淡海おしゃんは、VRを介してレッスンを受けている、ボイトレ系Vtuberのウタウクマとコラボして、デュエットソングを出した。
「めちゃくちゃかっこよかったよな」
「ああ、本当、お前の歌唱力の幅には驚かされる」
互いにバトルしあうような強烈な歌、コメントの9割9分は、その曲に対する賛辞であったが、
――残り一分が、明確な拒否反応を見せた
ウタウクマファンがその反応が酷く、おしゃんのファンも幾らかそういう傾向を見せた。
「でもお互い、男女共演NG、って訳じゃなかったよね?」
「うん、うちも、シソラやアリクとゲームしてる様子を配信してたし」
「――それでも、異性の影を感じるだけで、辛く覚える者もいるのは確かだ」
レイン、アイさんに聞いた事があると言ってから、
「昔のゲームの話だが、女性ばかり出てくるゲームに、男性のキャラを出した。公式は明確に、女性キャラ達との絡みは無いと説明したが――可能性を生んだ時点で罪だと、ファン達は叫んだらしい」
「――それは」
「……創作物であるならば、その嘆きもわからなくもない、だが」
「うちも、ウタウクマさんも、生きてる人間やからねぇ」
ウミ、
「異性と仲良く歌うだけで、悲しまれると、どうしたらええかわからんようなるんよ」
そう、言った。
「……正直、それくらいなら無視してもいいんじゃないかな?」
「いやそれが――クマさん、うちに迷惑かけたって気にして、妻子持ちって事を公表して」
「え、おいおいそりゃ」
「あ、悪手だったかもしれんな……」
良く聞く言葉で、”アイドルなんて裏で誰かと付き合ってるなんて解ってるから、バレないようにやってくれ”、というのがある。
ウタウクマはだから、恋人の有無については、肯定も否定もせずに活動を続けていた。
――だけどこの公表は
「火に油、みたいな感じなってもうて、それでぼやがプチ炎上レベルなったというか」
「ああそりゃなぁ、……いや、それで燃えるのがおかしいのか?」
「言ってなかっただけで、騙してたって訳じゃないだろうけど、どうなんだろ」
ウタウクマの発言後、妻子持ちなのに女子高生とコラボしたのかよ、とか、おしゃんって子、大人にすり寄る感じがして気持ち悪い、とか、
本気でそう思ってるのか、世界を燃やして
「――嘘が良く無いのは確かだが」
レイン、目を伏せて、
「嘘が無ければ、壊れてしまう人達も、沢山いるのが事実だ、……真実が常に人を癒やすとも限らない」
人はその感情に嘘を吐けない、推しが誰かと幸せになる事を、認められないというのは自然な感情だ。失恋で、涙しない者なんていない。
――だがそれでも言える事は
「だがけしてその嘆きを、今まで愛してた者を傷つけるよう、ぶつける事を私は許せない」
ウタウクマが炎上する事は、やはり、おかしい。
「……そうですよね」
祝福しろとは言わない、呪うなとも言えない。
けれど憎悪は、何時か忘れるべき感情であって、持ち続けるものではない。
海に向かってバカヤローと叫んだり、居酒屋の空気に愚痴として吐き出したり、そう、感情を消え物にしてしまえば構わないが、コメントにして残してしまうと、感情が文字という形で物理化し、それは
見る度に、怒りも悲しみも思い出すのだから。
「悲しければ、叫べばいい、だけど、その言葉をナイフにして、自分も相手も傷つけるのは……」
……
そんな中で、
――ずるるるるぅぅぅっ! っと
思いっきり、ウミはうどんをすすってみせた。その豪快サウンドに目を丸くした三人の前で、もぐもぐごっくんをした後、
「おおきに、話したら少しスッキリした!」
ウミは、笑顔を浮かべた。
「あとはアイズフォーアイズのミュージックフェスに挑むだけ! ボイトレしてくれたクマさんのためにも、うち、やってみせるから!」
「お、そ、そうだな!」
「ウミもクマさんも、悪い事は何もしてないもんね」
「そうだ、歌で、
――友達というものはいいものだ
悩みを解決する程の力は無くても、とりあえずは、聞いてくれる。
胸の内を明かせるだけで、随分と心は軽くなる。青海ウミは、怪盗の一味ではないが、
ずっとずっと、ソラ達と友達でありたいと思った。
◇
――その日の夜
とある女性が、デバイスのARを起動し、WeTubeの配信を視ていた。
淡海おしゃんの雑談配信、内容は、アイズフォーアイズのミュージックフェス、
『歌はもう決めてるんよ、あ、ゲタンガーさんスペチャおおきに!』
おしゃんのファン達は、けして、ウタウクマとのプチ炎上について触れたりはしない。無論、そういう
――その配信を視ている女性は
スペチャを、送った。
――EFM参加おめでとうございます
『わ、うに子さん、赤スペチャおおきに! うん、がんばって歌うよぉ!』
――あの初ライブからここまで来れて、とっても嬉しい
『え、あ、うに子さんおおきに、赤スペチャ連投大丈夫? ミスってない?』
――でもおしゃんちゃんはアイドルだよね?
『……え?』
――イメージ、大事にしないといけないよね
『あ、あの、うに子さん、え』
――なんで?
『あ――』
――なんで
――なんで
――なんで
――なんで――なんで――なんで――なんで――なんで――なんで――なんで――なんで――なんで――なんで――なんで――なんで――なんで――なんで――なんで
「なんで」
“彼女”が、リアルでも声を出した途端、
事務所側が、
騒然とするコメント欄、
――
「許せない」
その瞳は静かに、だが、
何よりも深く、黒く、燃えていた。