前夜祭である
しかしここは、自由が売りのVRMMOアイズフォーアイズ。
翌日日曜日、義賊ゴエモン及び怪盗スカイゴールドを称え、そして、三年ぶりの開国を記念する、
|春来《キタヨキタキタ
ハルガキタ》祭りが、プレイヤー達に企画され、即本番、開催されていた。
「いやーめでてぇなぁ!」
「また花見酒が出来るとは思わんかったのぉ」
「スカイ様が負けたのだけが複雑だけど」
「でもゴエモンちゃんも、スカイゴールドと競ったからパフォーマンス出せたんじゃね?」
「なんにせよ、あっぱれゴエモン!」
人々の話題は桜の美しさと、昨日の怪盗VS義賊について。いわば人々は、怪盗スカイゴールドの初めての敗北を知る事になったのだが、それで別に怪盗の格が落ちたわけでも無くて、寧ろその健闘を称える声が圧倒的だった。
そんな人々の会話が繰り広げられる中――シソラとレイン、そして、
青薄い地味な色ではなく、あわやかな桜色の装束を着たエビモン達は、飯屋の二階で桜海老のかき揚げ蕎麦を食べていた。
濃いめのツユにまんまるとの乗るそれ、噛めばザクリと香ばしく、浸しておけば、海老の香味とともに出汁にほろほろになって、それを一緒に蕎麦とたぐるのもまた楽しい。無論、蕎麦がリアルであったらだけれども。
「本当にお二人には、ご迷惑をおかけしました」
「気にしないで下さい」
「元とは言えば、ブラックパールが原因だからな」
尚、シソラはまたもやリアルに寄せた姿である。レインの為というのもあるが、なんだかんだ、素で過ごすのならこっちの格好の方が過ごしやすい。
「……ブラックパールの所為」
エビモンは、そこで、
「本当に、そうなのでしょうか」
「え?」
「どういう事だ?」
己を狂わせたという、ブラックパールについて、私見を語り始めた。
「マドランナさんという方とは違うかもしれませんが、少なくとも、あの装置はもってるだけで、人の心が狂うという作用があるとは思えません」
「――しかし実際君は」
「ブラックパールは、ただの切っ掛けなんだと思います」
それは単純、”悪い事が出来る道具”を持った人の心に訪れる、
「何をしてもいいんじゃないかという、間違った思い上がりに、支配されてたと思います」
――万能感
大いなる力に対する責任感が、己を偉大だと思い込む、脳のバグのようなミスリード。
実際は、そんな訳が無いのに。
「……解った、お前の言葉もアイさんに伝えておく」
エビモン、レインの発言に頭を下げる、そして、
「そういえば、残りのお二人は?」
と、問えば、
「アウミは相変わらずライブだね」
「アリクはゴエモンと遊ぶと聞いてたが」
「え?」
「「え?」」
「……私、姉さんから、そんな話し聞いてませんが」
「そ、そうだったのか?」
「ひ、秘密だったのかな」
「秘密、秘密、そうですか。ええ、確かに姉さんにとってアリクさんは恩人ですものね、だからといって私に黙って二人きりで出掛けた? どういう事でしょうか? いえけして嫉んでる訳ではありませんよ、ただ一言あってもいいというか? そりゃアリクさんはステキな方ですけど? 仲を認めるというのはまた違う話というかなんというか」
「ちょ、ちょっと落ち着いてエビモン!?」
「まだブラックパールの影響が残ってるのか!?」
角がビキビキ凍りはじめたので、慌てて諫める二人であった。
◇
一方その頃、その例の二人は、
「あー、楽しかったぜアニキ!」
「本当になぁ!」
二人でたっぷりと遊んでいた。とは言っても、桜国を開国したゴエモンと、その最後の一押しをしたアリク、二人はどこにいっても大人気、ゆえ大人数で、様々なアトラクションを堪能しまくった。
「本当桜国っておもしろいよなぁ、遊ぶもんも見るもんも盛り沢山だ!」
「開国して、いっぱい他のエリアからプレイヤー来るようなるだろうさ!」
とはいえ、流石に疲れたびーんなので、ゴエモン秘蔵の穴場スポットにて、二人きりで休憩という訳である。
「――あのさ、本当にありがとうねアニキ」
「ん?」
「アニキがいなかったら、アタイ、エビモンと仲直り出来なかったからさ」
「おう、礼は素直に受け取っとくぜ、ゴエモン」
謙遜したりせず、真っ直ぐに感謝を受け取るアリク、
それに、
「――アカネって呼んで欲しいかも」
「え?」
そう言った後、ゴエモン――いや、アカネは、
アリクのほっぺにキスをした。
「――へ」
このゲーム上でのえっち過ぎる行為はけして推奨されていない。
だけどAIの判断的に、
VR上であろうとも、感触はあるから、
それは確かに、アリクに伝わった。
「……え、ア、アカネ、お前」
「えっと、そのぉ、ちょっとやりすぎちゃったかなぁ!」
顔を真っ赤にして今更あせあせするアカネ、立ち上がると、恥ずかしそうに笑って、
「ごめんアニキ! 今日はもういっぱいいっぱいだから帰るさ、でも、また絶対ぜーったい会おうね!」
そう言ってそのまま、ログアウトしてしまった。
……一人取り残されたアリク、
透明な感触に、桜色に染まった頬を撫でて、
「これって恋か!?」
誰が返事せずとも、答えが決まり切ってる事を叫んだのであった。ああもう本当、妬ましい。
◇
――桜城の地下
地上の喧噪とは無縁のこの場所に、人影が二つ。
一つは徳山イエモン――このゲームにおいて2割程度存在する、ゲームを演出するノンプレイヤーキャラクター。だが、そのNPCが今、
「――いつから入れ替わっていた」
もう一つの影に、背後から、刀を突きつけられている。
土曜日に、怪盗と会話をかわした、黒いいでたちをした侍に。
『なんの事でしょうか』
「とぼけるな、合成音声も使うな、それともお前は――肉体の無いプログラム上の存在とでも言うのか」
『――まさか』
イエモンは次の瞬間、姿を変える、それは、
――
ここから彩りを加えていく為の素体そのもの、寧ろ、この姿だとどこか無機質さがある合成音声は相応しい。
『私には、肉体がある、プレイヤーがいる、そう、無ければ、いけない』
「お前が、久透リアか」
『そう、だ』
「お前の目的はなんだ、ブラックパールなんてものを使って何を企む」
『――簡単、だ』
久透リアと、認めた存在は、
『人を、救う、事だ』
その言葉を残せば、そのまま”ログアウト”もせず消え失せた。
……ただ一人だけになる侍、彼は、
――アバターチェンジ、その姿を
同じ黒衣であるが、ところどころに十字架の意匠を刻んだコート姿に、
あのグドリーを、
暗殺者である彼は、目を閉じる。PCのメモリではなく、己の脳内から記憶を引き出す。
――浮かぶのはあの顔
友達の顔。
「怪盗になったんだな、ソラ」
黒衣の男の名は、
「友達も出来て――ああ」
白金ソラの幼馴染みで、
「――羨ましいな」
かつて怪盗に、憧れた少年。